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原爆投下は国際法違反

原爆投下は国際法違反

 きょうは8月6日。米軍による広島への原爆投下から79年たちました。その3日後に、米軍は重ねて長崎に原爆を投下しました。それから10年後の1955年、広島、長崎の爆死者の遺族と生存被爆者が、国に対し、以下の訴えを提起しました。

――原告らは違法な原爆投下をしたアメリカ合衆国対し損害賠償請求権を有するが、サンフランシスコ平和条約第19条(a)によりこれを放棄してしまい、これを行使できなくなった。すなわち、①国は条約締結という公権力の行使により原告らに違法の損害を生ぜしめたことになる(国家賠償請求法1条)、②しからずとするもこれは個人の財産権を公共の用に用いたことになる(憲法29条3項)。よって原告らは、国に対し、損害賠償もしくは損失補償を求めることができる。――

 この訴えは、当初、東京地裁と大阪地裁へ別々に提起されましたが、1957年、大阪訴訟も東京地裁へ移送され、東京訴訟が係属していた民事第24部(裁判官 古関敏正 三淵嘉子 高桑昭)に係属しました。両者は併合決定の上、1963年12月7日判決が言い渡されました。

 上の三淵嘉子裁判官は、女性法律家の草分け的存在であり、朝ドラ「虎に翼」で人気を博している佐田寅子のモデルとなった人です。

 この判決は、①国内法上損害賠償請求権は成立しない、②国が被爆者の被害救済に当たるべきことは当然であり、既存の「原子爆弾被害者の医療等に関する法律」だけでは不十分というべきだが、それは裁判所の職責に属することではなく、立法府・行政府の職責に属することであるとして、損害賠償請求等は棄却しましたが、傍論ながら原爆投下に関する国際法的考察を加え、以下のように、当時のわが国の著名な国際法学者らの鑑定意見をふまえた精緻な論理により、広島・長崎への原爆投下が国際法(jus in belloと呼ばれる戦時国際法規。現在は国際人道法と呼ばれるのが通例です。)に違反する戦争犯罪であることをあますところなく論証し、今日的にも高く評価できるものです。

⑴ 原爆投下が実定国際法上いかなる評価をうけるかを判断する前提としての、戦争、とりわけ戦闘行為に関する国際法

①1868年 400グラム以下の炸裂弾及び焼夷弾の禁止に関するセント・ペテルスブルグ宣言
②1899年 第一次ヘーグ平和会議において成立した陸戦の法規及び慣例に関する条約、ならびにその付属書である陸戦の法規慣例に関する規則(いわゆる陸戦条規)。
 炸裂性の弾丸に関する宣言(いわゆるダムダム弾禁止宣言)。
 空中の気球から投下される投射物に関する宣言(いわゆる空爆禁止宣言)。
 窒息性又は有毒性のガスを撒布する投射物に関する宣言(いわゆる毒ガス禁止宣言)。
③1907年 第二次ヘーグ平和会議で成立した陸戦の法規及び慣例に関する条約(第一回ヘーグ平和会議の同名の条約を補修したもの。)
 空爆禁止宣言。
④1922年 潜水艦及び毒ガスに関する五カ国条約。
⑤1923年 空戦に関する規則案(空戦法規案)。 
⑥1925年 窒息性、毒性又はその他のガス及び細菌学的戦争方法を戦争に使用することを禁止する議定書(毒ガス等の禁止に関する議定書)。

⑵ 以上に掲げた諸法規をみると、第二次大戦中に出現した新兵器である原子爆弾の投下について、直接には何の規定も設けていない。
 被告はこの点をとらえて、原子爆弾の使用については、当時それを禁止する慣習国際法規も条約も存在しないし、国際法規で明らかに禁止していないから、この意味で実定国際法違反の問題は起り得ないと主張する。
 もとより、国際法が禁止していないかぎり、新兵器の使用が合法であることは当然である。しかしながら、そこにいう禁止とは、直接禁止する旨の明文のある場合だけを指すものではなく、既存の国際法規(慣習国際法と条約)の解釈及び類推適用からして、当然禁止されているとみられる場合を含むと考えられる。さらに、それらの実定国際法規の基礎となっている国際法の諸原則に照らしてみて、これに反するものと認められる場合をも含むと解さなければならない。けだし、国際法の解釈も、国内法におけると同様に、単に文理解釈だけに限定されるいわれはないからである。

⑶ また新兵器は常に国際法の規律の対象とはならないという議論もあるが、これについても前同様十分な根拠がない。文明国の慣例に反し、国際法の諸原則に反するものは、たとえ法規に明文がなくても、禁止されるべきことは当然であって、ただ成文法規に何ら規定もなく、そして国際法の原則にも違反しない場合に、新兵器は適法な交戦手段として、これを利用しうるにすぎないのである。
 これに対して、新兵器の発明及びその使用については常に各方面から多くの反対があるにもかかわらず、間もなく、進歩した兵器の一つとされ、その使用を禁ずることが全く無意味となり、文明の進歩とともにむしろ有効な害敵手段とされるに至っているのが歴史上の示すところであって、原子爆弾もまたこの例にもれない、と論ずる者がある。過去において新兵器の出現に際し、さまざまの利害関係から反対が唱えられたにもかかわらず、あるいは国際法が未発達の状態にあつたがために、あるいは敵国人や異教徒に対して敵愾心が強かったために、あるいは一般兵器の進歩が漸進的であったがために、その後文明の進歩と科学技術の発達によって適法とされるに至った事例のあることは、まさに否定することができない。しかし、常にそうであったといえないことは、前記のダムダム弾、毒ガスの使用を禁止する条約の存在を想起すれば明らかである。従って単に新兵器であるというだけで適法なものとすることはできず、やはり実定国際法上の検討にさらされる必要のあることは当然である。

⑷ そこで次に、原子爆弾の投下行為について、これに関連する当時の実定国際法規を検討してみる。
 まず、原子爆弾の投下行為は、軍用航空機による戦闘行為としての爆撃であるから、それが従来認められている空襲に関する法規によって是認されるかどうかが問題となる。
 空襲に関して一般的な条約は成立していないが、国際法上戦闘行為について一般に承認されている慣習法によれば、陸軍による砲撃については、防守都市と無防守都市とを区別し、また海軍による砲撃については、防守地域と無防守地域とを区別している。そして防守都市・防守地域に対しては無差別砲撃が許されているが、無防守都市・無防守地域においては戦闘員及び軍事施設(軍事目標)に対してのみ砲撃が許され、非戦闘員及び非軍事施設(非軍事目標)に対する砲撃は許されず、これに反すれば当然違法な戦闘行為となるとされている。この原則は、ヘーグ陸戦規則(注:上記⑴③)第25条で、「防守サレサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス。」と規定し、1907年のヘーグ平和会議で採択された「戦時海軍力をもつてする砲撃に関する条約」では、その第1条において、「防守セラレサル港、都市、村落、住宅又ハ建物ハ、海軍力ヲ以テ之ヲ砲撃スルコトヲ得ス。(以下略)」と規定し、第2条において「右禁止中ニハ、軍事上ノ工作物、陸海軍建設物、兵器又ハ軍用材料ノ貯蔵所、敵ノ艦隊又ハ軍隊ノ用ニ供セラルヘキ工場及設備並港内ニ在ル軍艦ヲ包含セサルモノトス。(以下略)」と規定していることからみて明らかである。

⑸ ところで空戦に関しては「空戦に関する規則案」(注:上記⑴⑤)があり、第24条において「1、空中爆撃は、軍事的目標、すなわち、その破壊又は毀損が明らかに軍事的利益を交戦者に与えるような目標に対して行われたかぎり、適法とする。2、右の爆撃はもっぱら次の目標、すなわち軍隊、軍事工作物、軍事建設物又は軍事貯蔵所、兵器弾薬又は明らかに軍需品の製造に従事する工場であって重要で公知の中枢を構成するもの、軍事上の目的に使用される交通線又は運輸線に対して行われた場合にかぎり適法とする。陸上軍隊の作戦行動の直近地域でない都市、町村、住宅又は建物の爆撃は禁止する。3、第2項に掲げた目標が普通人民に対して無差別の爆撃をなすのでなければ爆撃することができない位置にある場合には、航空機は爆撃を避止することが必要である。4、陸上軍隊の作戦行動の直近地域においては、都市、町村、住宅又は建物の爆撃は、兵力の集中が重大であって、爆撃により普通人民に与える危険を考慮してもなお爆撃を正当とするのに充分であると推定する理由がある場合にかぎり適法とする。(以下略)」と規定し、また第22条では「普通人民を威嚇し、軍事的性質を有しない私有財産を破壊し若くは毀損し、又は非戦闘員を損傷することを目的とする空中爆撃は、禁止する。」と規定している。すなわち、この空戦法規案は、まず無益な爆撃を禁止し、軍事目標主義を規定するとともに、陸上軍隊の作戦行動の直近地域とそうでない地域とを区別して、前者に対しては無差別爆撃を認めるが、後者に対しては軍事目標の爆撃のみを許すものとしている。これらの規定は、陸軍及び海軍による砲撃の場合と比較して、厳格にすぎるような表現がとられているが、その意味するところは、防守都市(地域)と無防守都市(地域)の区別と同様であると考えられている。ところで、空戦法規案はまだ条約として発効していないから、これを直ちに実定法ということはできないとはいえ、国際法学者の間では空戦に関して権威のあるものと評価されており、この法規の趣旨を軍隊の行動の規範としている国もあり、基本的な規定はすべて当時の国際法規及び慣例に一貫して従っている。それ故、そこに規定されている無防守都市に対する無差別爆撃の禁止、軍事目標の原則は、それが陸戦及び海戦における原則と共通している点からみても、これを慣習国際法であるといつて妨げないであろう。なお、陸戦、海戦、空戦の区別は、戦闘の行われる場所とその目的によってなされるのであるから、地上都市に対する爆撃については、それが陸上であるということから、陸戦に関する法規が類推適用されるという議論も、十分に成立し得ると考える。

⑸ それでは、防守都市と無防守都市との区別は何か。一般に、防守都市とは地上兵力による占領の企図に対し抵抗しつつある都市をいうのであって、単に防衛施設や軍隊が存在しても、戦場から遠く離れ、敵の占領の危険が迫っていない都市は、これを無差別に砲撃しなければならない軍事的必要はないから、防守都市ということはできず、この場合は軍事目標に対する砲爆撃が許されるにすぎない。これに反して、敵の占領の企図に対して抵抗する都市に対しては、軍事目標と非軍事目標とを区別する攻撃では、軍事上の効果が少なく、所期の目的を達することができないから、軍事上の必要上無差別砲撃がみとめられているのである。このように、無防守都市に対しては無差別爆撃は許されず、ただ軍事目標の爆撃しか許されないのが従来一般に認められた空襲に関する国際法上の原則であるということができる。
 もちろん、軍事目標を爆撃するに際して、それに伴って非軍事目標が破壊されたり、非戦闘員が殺傷されることは当然予想されうることであり、それが軍事目標に対する爆撃に伴うやむをえない結果である場合は、違法ではない。しかしながら、無防守都市において非軍事目標を直接対象とした爆撃や、軍事目標と非軍事目標の区別をせずに行う爆撃(いわゆる盲目爆撃)は、前記の原則に照し許されないものということになる。
 ところで、原子爆弾の加害力と破壊力の著しいことは、既に述べたとおりであつて、広島、長崎に投下された小規模のものであつても、従来のTNT爆弾20、000トンに相当するエネルギーを放出する。このような破壊力をもつ原子爆弾が一度爆発すれば、軍事目標と非軍事目標との区別はおろか、中程度の規模の都市の一つが全滅するとほぼ同様の結果となること明らかである。従って防守都市に対してはともかく、無防守都市に対する原子爆弾の投下行為は、盲目爆撃と同視すべきものであつて、当時の国際法に違反する戦闘行為であるといわなければならない。

⑹ 広島市及び長崎市が当時地上兵力による占領の企図に対して抵抗していた都市でないことは、公知の事実である。また両市とも空襲に対して高射砲などで防衛され、軍事施設があつたからといつて、敵の占領の危険が迫っていない都市である以上、防守都市に該当しないことは、既に述べたところから明かである。さらに両市に軍隊、軍事施設、軍需工場等いわゆる軍事目標があつたにせよ、広島市には約33万人の一般市民が、長崎市には約二七万人の一般市民がその住居を構えていたことは明らかである。従って、原子爆弾による爆撃が仮に軍事目標のみをその攻撃の目的としたとしても、原子爆弾の巨大な破壊力から盲目爆撃と同様な結果を生ずるものである以上、広島、長崎両市に対する原子爆弾による爆撃は、無防守都市に対する無差別爆撃として、当時の国際法からみて、違法な戦闘行為であると解するのが相当である。

⑺ 以上の結論に対しては、当時の戦争はいわゆる総力戦であって、戦闘員と非戦闘員との区別、軍事目標と非軍事目標との区別が困難であること、第二次世界大戦では必ずしも軍事目標主義がそのまま貫かれなかつたことを理由とする反対論がある。
 軍事目標の概念は、前記諸条約により、種々の表現によって規定されているが、その内容は必ずしも固定したものではなく、時代の変化に伴って変遷し、総力戦の形態のもとではその範囲が次第に広まってゆくことは否定し難い。しかし、それだからといって、軍事目標と非軍事目標との区別が全くなくなったということはできない。例えば、学校、教会、寺院、神社、病院、民家は、いかに総力戦の下でも、軍事目標とはいえないであろう。もし総力戦という概念を、交戦国に属するすべての人民は戦闘員に等しく、またすべての生産手段は害敵手段であるというように理解するならば、相手国のすべての人民と物件を破壊する必要が生じ、従って、軍事目標と非軍事目標の区別などは無意味となる。しかし、近時に至って、総力戦ということが唱えられたのは、戦争の勝敗が単に軍隊や兵器だけによって決るのではなくて、交戦国におけるその他の要因、すなわちエネルギー源、原料、工業生産力、食糧、貿易等の主として経済的な要因や、人口、労働力等の人的要因が戦争方法と戦力を大きく規制する事実を指摘する趣旨であって、前記のような漠然とした意味で唱えられているものではないし、また実際にそのような事態が生じた例もない。従って総力戦であるからといつて、直ちに軍事目標と非軍事目標の区別がなくなったというのは誤りである。

⑻ 第二次大戦中、比較的狭い地域に軍需工場や軍事施設が集中していて、空襲に対する防禦設備も極めて強固であった地域に対しては、個々の軍事目標を確認して攻撃することが不可能であつたため、軍事目標の集中している地域全体に対して爆撃が行われたことがあり、これを適法なものとする説もある。
 このような爆撃は目標区域爆撃と呼ばれ、軍事的利益又はその必要が大きいのに比べて、非軍事目標の破壊の割合が小さいので、たとえ軍事目標主義の枠からはみ出ていても、これを合法視する余地がないとはいえないであろう。しかしながら、広島、長崎市がこのような軍事目標が集中している地域といえないことは明らかであるから、これについて目標区域爆撃の法理を適用することはできない。

⑼ のみならず、広島、長崎両市に対する原子爆弾の投下は、戦争に際して不要な苦痛を与えるもの非人道的なものは、害敵の手段として禁止される、という国際法上の原則にも違反すると考えられる。
 この点を論ずる場合、原子爆弾がその性能の非人道性において従来の兵器と異なる特質を有するから当然に許されない、というような安易な類推が許されないことはいうまでもない。なぜならば、戦争に関する国際法は、人道的感情によってのみ成立しているのではなく、軍事的必要性有効性と人道的感情との双方を基礎とし、その二つの要素の調和の上に成立しているからである。この点について学説は、その典型として1868年のセント・ペテルスブルグ宣言(注:上記⑴①)において爆発性の投射物、燃焼物又は発火性の物質を充填した投射物で、重量400グラム以下のものを使用することを禁止した規定を挙げ、その理由として次のように説明する。すなわち、このような投射物は小さいため、将兵一人の殺傷程度の力しかないが、それならば普通の銃弾でこと足りるのであって、それ以上に何の利益もないのに非人道的な物を敢えて使用する必要がなく、その反面、非人道的な結果が大きくとも、軍事的効果が著しければ、それは必ずしも国際法上禁止されるものとはならないとしている。
 この意味で問題になるのは、原子爆弾の投下がヘーグ陸戦規則(注:上記⑴③)第23条aで禁止している「毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」に該当するかどうか、1899年の「窒息セシムヘキ瓦斯又ハ有毒質ノ瓦斯ヲ撒布スルヲ唯一ノ目的トスル投射物ノ使用ハ各自ニ禁止スル宣言」、1925年の「窒息性、有毒又はその他のガス、細菌学的戦争方法を戦争に使用することを禁止する議定書」の各禁止規定に該当するかどうかである。これについては、毒、毒ガス、細菌等と原子爆弾との差異をめぐって、国際法学者の間にもまだ定説がない。しかしながら、セント・ペテルスブルグ宣言は「(前略)既ニ戦闘外ニ置カレタル人ノ苦痛ヲ無益ニ増大シ又ハソノ落命ヲ必然的ニスル兵器ノ使用ハコノ目的ノ範囲ヲ超ユルコトヲ惟ヒ、此ノ如キ兵器ノ使用ハ此ノ如クシテ人道ニ反スルコトヲ惟ヒ(後略)」と宣べ、ヘーグ陸戦規則第23条eでは、「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物又ハ其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」を禁止していることからみて、毒、毒ガス、細菌以外にも、少なくともそれと同等或はそれ以上の苦痛を与える害敵手段は、国際法上その使用を禁止されているとみて差支えあるまい。原子爆弾の破壊力は巨大であるが、それが当時において果して軍事上適切な効果のあるものかどうか、またその必要があつたかどうかは疑わしいし、広島、長崎両市に対する原子爆弾の投下により、多数の市民の生命が失われ、生き残った者でも、放射線の影響により18年後の現在においてすら、生命をおびやかされている者のあることは、まことに悲しむべき現実である。この意味において、原子爆弾のもたらす苦痛は、毒、毒ガス以上のものといつても過言ではなく、このような残虐な爆弾を投下した行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反しているということができよう。
 (了)

無条件停戦を今唱えることは真の平和主義と言えるだろうか(第2回)

無条件停戦を今唱えることは真の平和主義と言えるだろうか(第2回)

被害に始まり被害に終わる

 ロシアの侵略よって、ウクライナ国民が強いられた犠牲・被害は言語に絶するものがあります。兵器・兵士の損耗を除き、民間人、民間施設だけに限定してその概略を述べると以下のとおりです。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、侵略開始からほぼ2年の2024年2月18日時点で、約648万人が国外に逃れ、2023年12月末時点で推計369万人が国内において避難生活を送っているとのことです。侵略開始前のウクライナの人口は約4200万人でしたから、人口の4分の1が国内外で避難生活を余儀なくされていることになります。

 国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)は、侵略開始後からほぼ2年後の2024年2月15日までにウクライナの民間人の被害状況をまとめた報告書を発表しています。これによると、ウクライナ領内で少なくとも1万582人の民間人が殺害された(うち子どもは587人)、負傷者は、子ども1298名を含め1万9875人と報告されています。
 もっとも、同報告書は、国連職員が当局の発表に基づいて現地に出向き、目撃者や親族、医療関係者らの話を踏まえて死亡が確認できた民間人だけを死者数として計上したものであり、激戦地の周辺やロシアの占領地での被害は把握しづらいため、実際の死者数はこれより多いとの所見が示しています。
 さらに同報告書は、これら死傷者の80%近くが激戦地の南部や東部の前線付近で集中しているが前線付近だけでなく、ウクライナ全土に広がりつつあり、首都キーウのほかウクライナの24州のうち22州で死傷者が確認されたこと、死傷者のほぼ91%がミサイルや砲弾、自爆型ドローン(無人機)といった爆発性の兵器の攻撃によるものであることを明らかにしています。

 ロシアの攻撃は、民間人を標的にし、住宅・病院・学校・歴史的文化的施設、原子力発電所やダム、日常生活破壊を狙った電力供給施設に及び、さらにブチャで見られたような女性への性的暴行・拷問・虐殺、子どものロシアへの強制移送(ウクライナ政府は1万9000人以上としており、国際刑事裁判所・ICCがプーチン大統領らに逮捕状を発布していることは周知のとおりです)などの、国際人道法違反の戦争犯罪を伴っています。

 物的被害についての詳細な報告は目にしておりませんが、2024年2月15日、ウクライナ政府、世界銀行グループ、欧州委員会、国連が共同で作成・公表した被害・ニーズ調査 (RDNA3)でその規模・全容が推認できます。それによるとウクライナの再建と復興にかかる総費用は今後10年間で4860億ドルとされており、前年度の公表値4110億ドルから750億ドル増加しています。

 さらにウクライナ国民の生存権侵害、精神的被害状況は、このような数字では表せないほどに過酷な状況にあります。

 日本列島をかつて席巻した公害問題。その被害救済を求める裁判闘争では、被害に始まり被害に終わると言われ、被害者側弁護団は、被害の実相を鮮明にすることに全力を尽くしました。ロシアが引き起こした最大の公害であるこの戦争においても、国際社会の審問において被害救済を図るには、被害の実相が鮮明にされなければなりません。それは同時に、被害者がどのような救済を求めるかを明らかにし、それをとことん追求することでもあります。

 そこで、まずウクライナ政府が何を求めているか、どのような救済を求めているか、について次回に整理してみることにします。

無条件停戦を今唱えることは真の平和主義と言えるだろうか(第1回)

無条件停戦を今唱えることは真の平和主義と言えるだろうか(第1回)

 梅雨に入ってから少し気持ちが落ち込みかけていました。この6月28日には、78歳というかつて想像したこともない年齢を迎え、もうそろそろ引っ込む時期かなと思ったりもしています。しかし、ウクライナ侵略戦争にもう一度向き合ってみようという気持ちも抑えがたく、悶々とする日が続いていました。

 ようやくふっきれましたので、少し書いてみたいと思います。きょうはまずウォーミングアップです。

 ゼレンスキー大統領は好戦論論者であり、戦場で決着をつけようと非現実的な妄想にとりつかれ、ウクライナ国民に犠牲を強いている。「西側諸国」の盟主アメリカはオフショア・バランシング政策をとっているに過ぎず、ゼレンスキー大統領は、まんまとこれに乗ぜられた愚かな指導者だ。今、必要なことは人命尊重の観点からとにもかくにも停戦させることである。領土問題や戦争犯罪などの国際人道法上の問題は、その後の和平交渉の中で話し合い、解決を図ればよい。

注1:「西側諸国」という呼び方は、冷戦時代の名残であり、ロシア、中国の外交戦略に乗ぜられるきらいがあり適切ではないが、一般に広く用いられているので疑問を呈しつつ、一応それに従うこととした。
注2:オフショア・バラシング政策とは、覇権国家間のパワーポリティクスにおいて、一の覇権国家が他の覇権国家の動きを封じ、弱体化させるために、これと対立関係にある別の国家を援助し抗争を維持・拡大させることを言う。


 こういう見解を、私は無条件停戦論と命名して、強く批判をしてきました。ウクライナ侵略開始直後から、このような無条件停戦論は、一部の左派・リベラルの間に蔓延していていましたが、その本質はロシアに停戦と撤退を求めるのではなく、むしろウクライナに抗戦をやめさせ、ロシアの侵略・国際法違反を二義的なものとして事実上免責するに等しいロシア擁護論でした。

 しかし、アメリカが国内の政争によって、ウクライナ支援が停滞と打ち切りの危険に直面してきたこと、またアメリカの支援の限界からいわゆるウクライナの反転攻勢が失敗に終わったことから、上記の無条件停戦論はより多くの人々をとらえつつあるように思われます。

 そこであらためて無条件停戦論について検討をしてみることとし、次回以後順次その概略を述べて行きたいと思いますが、それら各論に入る前に、声を大にして言っておきたいことがあります。それは、侵略と戦争犯罪の被害国であるウクライナの意思を何よりも大切にしなければならないということです。これと無関係に、日本国憲法第9条を錦の御旗のように振りかざすのは、9条帝国主義とも指弾されかねません。

 それではウクライナは何を望んでいるのか、その実現は支持に値しないものなのか。次回にその点について述べてみたいと思います。

軍事同盟の陥穽—憲法9条の堅持を

軍事同盟の陥穽—憲法9条の堅持を

 5月3日、みなとのもり公園で開催された兵庫憲法集会で、思想家・武道家・神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんがメインスピーカとして30分余りお話しされました。
 この短文では内田さんのお話を再現するスペースはありませんので、そのお話の中から、つねひごろ憲法9条を大切にしたいと考えている私にとって、しっかり受け止め、深く考えてみるべきだと思ったことを一つだけ取り上げてみることにします。
 内田さんは、内戦さえ起こりかねない分断国家アメリカの今日的状況をリアルに語り、その上でもしトランプ氏が次期大統領になったら、アメリカの方から安保条約を破棄し、米軍が撤退するということが決して起こり得ない話ではなく、そういった事態をも考えてみる必要があると言われました。意想外、とっぴなことだと受け取られた方もおられたかもしれませんが、私は決してそうは思いません。
 今から30年近く前のことですが、1995年9月、沖縄で、三人の米兵が小学生の少女に性的暴行を加えるといういたましい事件が起き、加害者らの厳罰を求めるとともに普天間基地撤去をはじめ沖縄の過重な基地負担を軽減することを要求する史上空前の県民運動が展開されました。このとき、アメリカ側は海兵隊の撤退、在沖米軍基地の整理・縮小を検討しましたが、日本側が海兵隊の駐留継続を望んだためにそれはとりやめになったことがアメリカ側の当時の当局者によって明らかにされています。ペリー国防長官の議会証言、モンデール駐日大使のインタビューでの発言によると、アメリカは、当時、冷戦終結を受けて世界的米軍展開を縮小し、軍事費の負担を軽減しようとしていたこともあって、地元住民の基地反対運動の燃えさかる沖縄から海兵隊を撤退させ、普天間基地を無条件返還することを検討したのですが、日本政府が抑止力低下をおそれてアメリカにしがみつき、県内に普天間基地の代替施設を建設することを提示してアメリカ側に翻意をさせたというのです。
 1993年6月に成立した非自民8会派連立の細川政権から自社さ連立村山政権に至る3年弱の期間は、わが国外交が日米機軸から国連重視・多角的外交へと転換する萌しが見られ、「同盟漂流」と言われた時代です。これに危機感を募らせた共和党ブッシュ(父)政権におけるアーミテージ元国防次官補が、画策し、民主党クリントン政権ナイ国防次官補と連携して、わが国政府に日米同盟堅持を迫りました。村山政権を引き継いだ自民党総裁橋本龍太郎氏が首班をつとめる橋本政権は、これに乗って1996年4月、「日米安全保障共同宣言」により、日米安保条約を基盤とする両国間の安全保障面の関係(日米同盟)が、両国共通の安全保障上の目標を達成するだけではなくアジア太平洋地域において安定的で繁栄した情勢を維持するための基礎であることを確認しました。これが安保再定義と言われるもので、その後の自民党政権の下で、一貫して日米同盟の深化が叫ばれ、わが国の安保防衛政策は日米同盟強化を唯一無二の課題とし、日米同盟の世界的かつ効率的運用を図るための安保防衛法制が整備されてきました。
 日米軍事同盟は、いまや、わが国では所与の前提と化し、政府と与党だけではなくその他の中間的政党、さらには国民の圧倒的多数にとって、それは疑うべからざる強固な構築物となっています。それだけではなく、実を言うと9条を大切したいと考えている私たちの中にも、日米同盟の強大な壁の前に無力感に陥る人少なからずというのが現実ではないでしょうか。
 巻き込まれるリスクと見捨てられるリスク、国際政治学者はこれを軍事同盟のジレンマと説いてきました。9条を大切にしたいと考えている人たちはどちらかというと二つのリスクのうち巻き込まれるリスクを指摘することで日米軍事同盟・安保条約反対、9条の非軍事平和主義と国連中心主義を唱えてきました。
 しかし、内戦さえ厭わない分断のエキスパートであるトランプ氏が次期大統領になったなら、見捨てられるリスク、それは文字通り見捨てられる事態だけではなく、そのリスクをほのめかし、声高に叫びたて、わが国に無限の貢献を迫るゆすり・たかりが横行する事態を想定しておかなければなりません。これは9条非軍事平和主義と国連中心主義を訴える有力な論点になるのではないでしょうか。
 安倍的なるものを一掃する時代となりました。軍事同盟の陥穽を論争テーマとし、それに9条の非軍事平和主義と国連中心主義を対置してみることも重要な取り組みではないでしょうか。内田さんのお話から、こんなことを考えてみました。いかがでしょうか。(了)



対米密約外交はわが国の主権を侵害するものだ 

対米密約外交はわが国の主権を侵害するものだ 

 5月19日付朝日新聞朝刊で、信夫隆司日本大学名誉教授(日米外交史)が、米国の国立公文書館やNPOの国家安全保障公文書館で探索、発掘した1958~60年の条約改定交渉に関する二十数点の文書に基づき、1960年安保条約改定時の岸・ハーター交換公文(同年1月19日取り交わし)にかかわる密約の一つである「討議の記録」が作成された顛末を明らかにしたことが報じられています。

 岸・ハーター交換公文とは、期限の定めもしない、内政干渉条項と片務的基地提供条項を定める旧占領軍をそのまま駐留させるに等しい不平等条約の典型であった旧安保条約を、形の上では期限を定め(10年経過後は一方的通告によりはきできる)、内政干渉条項を削除し、基地提供と日本防衛をバーターとする相互性的で対等性を装った新安保条約において、岸元首相が、対等平等を標榜し、その目玉として、米軍の行動に一定の規制を加えることを目的とした日米政府間の協定であり、以下のように定めています。

 「合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更並びに日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く。深草注:日本国施政下にある領域への武力攻撃に対する行動防衛行動を除くという趣旨)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする。」

 アメリカ政府がこれに限定を加えようとして画策した顛末が、信夫隆司日本大学名誉教授(日米外交史)が、米国の国立公文書館やNPOの国家安全保障公文書館で探索、発掘した文書により明らかとなったというもので、そのことを大々的に報じた今回の朝日新聞記事は、大きな意義があると言ってよいでしょう。

 密約文書「討議の記録」は、1960年1月6日、当時の藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日大使とがイニシアル署名した文書で、その概要は以下のとおりです。

 a. 「装備における重要な変更」とは、中・長距離ミサイル及びかかる兵器の基地建設を含め、核兵器の日本への持込み(introd uction)を意味するものと理解され、例えば核弾頭(nuclear components)を装備していない短距離ミサイルを含む非核兵器の持込みはこれに当たらない。
 b. 「戦闘作戦行動」は、日本から日本以外の地域に対して行われる戦闘作戦行動を意味する。
 c. 「事前協議」は、米軍とその装備の日本への配置、米軍機の立入り(entry)及び米国艦船の日本領海や港湾への立入り(entry)に関する現行の手続に影響を与えない。
 d. 米軍部隊の日本からの移動については事前協議の対象にならない。

 アメリカ政府は、1991年、アメリカが核兵器の配備見直しをするまでの間、核兵器を搭載した艦船及び航空機の一時的立ち寄り、通過(transit)は、a項、c項をタテに、事前協議の対象とならないとの見解で平然と継続的にそのような形態での核持ち込みをしてきましたが、そのことは一切公表されることはありませんでした。一方、日本政府は、transitを含め、核兵器は一切わが国領土、領海への持ち込みは認めないと度々言明し、アメリカ政府要人や米軍関係者のそのような形態で核持ち込みを認める非公式発言を、事実無根と強弁してきました。

 民主党政権下で、対米密約についての調査がなされ、この「討議の記録」もオープンなものとなりました。しかし、同政権下で外務省に設置された有識者委員会は、2010年3月9日付で「『「密約」問題に関する有識者委員会報告書』を発表、以下のような結論を示し、岸元首相、藤山外相、外務省の責任をあいまいにしたまま、過去の問題だとばかりに一件落着、さっさと解散してしまいました。

・・・「討論の記録」自体から、transitを事前協議対象としないとまで読み取ることはできないし、作成当時、米側がそのようなことが明示されたこともなく、日本側もそのような認識はなかった。その後1969年1月、東郷メモが作成され、transitを事実上黙認することとし、外務大臣交代時にこれを引き継ぎするとの取り扱いがなされるに及んで黙示の合意が成立した。これ以後は広義の密約が成立するに至った。しかし、1991年、ブッシュ・シニアが、全ての艦船、航空機から戦術核兵器を撤去する決定を行ったので、その時点でその広義の密約も事実上失効したといわれる。・・・

 しかし、米国のNCND(核の有無については否定も肯定もしない)政策の下で、transitが事前協議の対象となる余地はなく、当初から明示の密約があったと考えるべきで、そのことが今回の記事が報じた「討議の記録』作成に関する顛末で明らかになったと言ってよいでしょう。
 日本政府は、1950年代から事実上とってきた非核政策、それが1967年12月佐藤政権において非核三原則として国是にまで格上げされたこととの辻褄合わせをしてきたわけですが、それは国民をたぶらかすものであるばかりか、主権放棄の対米屈従外交であり、到底許されません。

 外務省は、わが国主権を侵害してきた対米密約外交の詳細を天下に明らかにし、国民に謝罪するべきです。(了)
プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2018年1月、弁護士リタイア。41年間の弁護士生活にピリオドを打ちました。深草憲法問題研究室
‶これからも社会正義の話を続けよう”

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