原爆投下は国際法違反
原爆投下は国際法違反
きょうは8月6日。米軍による広島への原爆投下から79年たちました。その3日後に、米軍は重ねて長崎に原爆を投下しました。それから10年後の1955年、広島、長崎の爆死者の遺族と生存被爆者が、国に対し、以下の訴えを提起しました。
――原告らは違法な原爆投下をしたアメリカ合衆国対し損害賠償請求権を有するが、サンフランシスコ平和条約第19条(a)によりこれを放棄してしまい、これを行使できなくなった。すなわち、①国は条約締結という公権力の行使により原告らに違法の損害を生ぜしめたことになる(国家賠償請求法1条)、②しからずとするもこれは個人の財産権を公共の用に用いたことになる(憲法29条3項)。よって原告らは、国に対し、損害賠償もしくは損失補償を求めることができる。――
この訴えは、当初、東京地裁と大阪地裁へ別々に提起されましたが、1957年、大阪訴訟も東京地裁へ移送され、東京訴訟が係属していた民事第24部(裁判官 古関敏正 三淵嘉子 高桑昭)に係属しました。両者は併合決定の上、1963年12月7日判決が言い渡されました。
上の三淵嘉子裁判官は、女性法律家の草分け的存在であり、朝ドラ「虎に翼」で人気を博している佐田寅子のモデルとなった人です。
この判決は、①国内法上損害賠償請求権は成立しない、②国が被爆者の被害救済に当たるべきことは当然であり、既存の「原子爆弾被害者の医療等に関する法律」だけでは不十分というべきだが、それは裁判所の職責に属することではなく、立法府・行政府の職責に属することであるとして、損害賠償請求等は棄却しましたが、傍論ながら原爆投下に関する国際法的考察を加え、以下のように、当時のわが国の著名な国際法学者らの鑑定意見をふまえた精緻な論理により、広島・長崎への原爆投下が国際法(jus in belloと呼ばれる戦時国際法規。現在は国際人道法と呼ばれるのが通例です。)に違反する戦争犯罪であることをあますところなく論証し、今日的にも高く評価できるものです。
⑴ 原爆投下が実定国際法上いかなる評価をうけるかを判断する前提としての、戦争、とりわけ戦闘行為に関する国際法
①1868年 400グラム以下の炸裂弾及び焼夷弾の禁止に関するセント・ペテルスブルグ宣言
②1899年 第一次ヘーグ平和会議において成立した陸戦の法規及び慣例に関する条約、ならびにその付属書である陸戦の法規慣例に関する規則(いわゆる陸戦条規)。
炸裂性の弾丸に関する宣言(いわゆるダムダム弾禁止宣言)。
空中の気球から投下される投射物に関する宣言(いわゆる空爆禁止宣言)。
窒息性又は有毒性のガスを撒布する投射物に関する宣言(いわゆる毒ガス禁止宣言)。
③1907年 第二次ヘーグ平和会議で成立した陸戦の法規及び慣例に関する条約(第一回ヘーグ平和会議の同名の条約を補修したもの。)
空爆禁止宣言。
④1922年 潜水艦及び毒ガスに関する五カ国条約。
⑤1923年 空戦に関する規則案(空戦法規案)。
⑥1925年 窒息性、毒性又はその他のガス及び細菌学的戦争方法を戦争に使用することを禁止する議定書(毒ガス等の禁止に関する議定書)。
⑵ 以上に掲げた諸法規をみると、第二次大戦中に出現した新兵器である原子爆弾の投下について、直接には何の規定も設けていない。
被告はこの点をとらえて、原子爆弾の使用については、当時それを禁止する慣習国際法規も条約も存在しないし、国際法規で明らかに禁止していないから、この意味で実定国際法違反の問題は起り得ないと主張する。
もとより、国際法が禁止していないかぎり、新兵器の使用が合法であることは当然である。しかしながら、そこにいう禁止とは、直接禁止する旨の明文のある場合だけを指すものではなく、既存の国際法規(慣習国際法と条約)の解釈及び類推適用からして、当然禁止されているとみられる場合を含むと考えられる。さらに、それらの実定国際法規の基礎となっている国際法の諸原則に照らしてみて、これに反するものと認められる場合をも含むと解さなければならない。けだし、国際法の解釈も、国内法におけると同様に、単に文理解釈だけに限定されるいわれはないからである。
⑶ また新兵器は常に国際法の規律の対象とはならないという議論もあるが、これについても前同様十分な根拠がない。文明国の慣例に反し、国際法の諸原則に反するものは、たとえ法規に明文がなくても、禁止されるべきことは当然であって、ただ成文法規に何ら規定もなく、そして国際法の原則にも違反しない場合に、新兵器は適法な交戦手段として、これを利用しうるにすぎないのである。
これに対して、新兵器の発明及びその使用については常に各方面から多くの反対があるにもかかわらず、間もなく、進歩した兵器の一つとされ、その使用を禁ずることが全く無意味となり、文明の進歩とともにむしろ有効な害敵手段とされるに至っているのが歴史上の示すところであって、原子爆弾もまたこの例にもれない、と論ずる者がある。過去において新兵器の出現に際し、さまざまの利害関係から反対が唱えられたにもかかわらず、あるいは国際法が未発達の状態にあつたがために、あるいは敵国人や異教徒に対して敵愾心が強かったために、あるいは一般兵器の進歩が漸進的であったがために、その後文明の進歩と科学技術の発達によって適法とされるに至った事例のあることは、まさに否定することができない。しかし、常にそうであったといえないことは、前記のダムダム弾、毒ガスの使用を禁止する条約の存在を想起すれば明らかである。従って単に新兵器であるというだけで適法なものとすることはできず、やはり実定国際法上の検討にさらされる必要のあることは当然である。
⑷ そこで次に、原子爆弾の投下行為について、これに関連する当時の実定国際法規を検討してみる。
まず、原子爆弾の投下行為は、軍用航空機による戦闘行為としての爆撃であるから、それが従来認められている空襲に関する法規によって是認されるかどうかが問題となる。
空襲に関して一般的な条約は成立していないが、国際法上戦闘行為について一般に承認されている慣習法によれば、陸軍による砲撃については、防守都市と無防守都市とを区別し、また海軍による砲撃については、防守地域と無防守地域とを区別している。そして防守都市・防守地域に対しては無差別砲撃が許されているが、無防守都市・無防守地域においては戦闘員及び軍事施設(軍事目標)に対してのみ砲撃が許され、非戦闘員及び非軍事施設(非軍事目標)に対する砲撃は許されず、これに反すれば当然違法な戦闘行為となるとされている。この原則は、ヘーグ陸戦規則(注:上記⑴③)第25条で、「防守サレサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス。」と規定し、1907年のヘーグ平和会議で採択された「戦時海軍力をもつてする砲撃に関する条約」では、その第1条において、「防守セラレサル港、都市、村落、住宅又ハ建物ハ、海軍力ヲ以テ之ヲ砲撃スルコトヲ得ス。(以下略)」と規定し、第2条において「右禁止中ニハ、軍事上ノ工作物、陸海軍建設物、兵器又ハ軍用材料ノ貯蔵所、敵ノ艦隊又ハ軍隊ノ用ニ供セラルヘキ工場及設備並港内ニ在ル軍艦ヲ包含セサルモノトス。(以下略)」と規定していることからみて明らかである。
⑸ ところで空戦に関しては「空戦に関する規則案」(注:上記⑴⑤)があり、第24条において「1、空中爆撃は、軍事的目標、すなわち、その破壊又は毀損が明らかに軍事的利益を交戦者に与えるような目標に対して行われたかぎり、適法とする。2、右の爆撃はもっぱら次の目標、すなわち軍隊、軍事工作物、軍事建設物又は軍事貯蔵所、兵器弾薬又は明らかに軍需品の製造に従事する工場であって重要で公知の中枢を構成するもの、軍事上の目的に使用される交通線又は運輸線に対して行われた場合にかぎり適法とする。陸上軍隊の作戦行動の直近地域でない都市、町村、住宅又は建物の爆撃は禁止する。3、第2項に掲げた目標が普通人民に対して無差別の爆撃をなすのでなければ爆撃することができない位置にある場合には、航空機は爆撃を避止することが必要である。4、陸上軍隊の作戦行動の直近地域においては、都市、町村、住宅又は建物の爆撃は、兵力の集中が重大であって、爆撃により普通人民に与える危険を考慮してもなお爆撃を正当とするのに充分であると推定する理由がある場合にかぎり適法とする。(以下略)」と規定し、また第22条では「普通人民を威嚇し、軍事的性質を有しない私有財産を破壊し若くは毀損し、又は非戦闘員を損傷することを目的とする空中爆撃は、禁止する。」と規定している。すなわち、この空戦法規案は、まず無益な爆撃を禁止し、軍事目標主義を規定するとともに、陸上軍隊の作戦行動の直近地域とそうでない地域とを区別して、前者に対しては無差別爆撃を認めるが、後者に対しては軍事目標の爆撃のみを許すものとしている。これらの規定は、陸軍及び海軍による砲撃の場合と比較して、厳格にすぎるような表現がとられているが、その意味するところは、防守都市(地域)と無防守都市(地域)の区別と同様であると考えられている。ところで、空戦法規案はまだ条約として発効していないから、これを直ちに実定法ということはできないとはいえ、国際法学者の間では空戦に関して権威のあるものと評価されており、この法規の趣旨を軍隊の行動の規範としている国もあり、基本的な規定はすべて当時の国際法規及び慣例に一貫して従っている。それ故、そこに規定されている無防守都市に対する無差別爆撃の禁止、軍事目標の原則は、それが陸戦及び海戦における原則と共通している点からみても、これを慣習国際法であるといつて妨げないであろう。なお、陸戦、海戦、空戦の区別は、戦闘の行われる場所とその目的によってなされるのであるから、地上都市に対する爆撃については、それが陸上であるということから、陸戦に関する法規が類推適用されるという議論も、十分に成立し得ると考える。
⑸ それでは、防守都市と無防守都市との区別は何か。一般に、防守都市とは地上兵力による占領の企図に対し抵抗しつつある都市をいうのであって、単に防衛施設や軍隊が存在しても、戦場から遠く離れ、敵の占領の危険が迫っていない都市は、これを無差別に砲撃しなければならない軍事的必要はないから、防守都市ということはできず、この場合は軍事目標に対する砲爆撃が許されるにすぎない。これに反して、敵の占領の企図に対して抵抗する都市に対しては、軍事目標と非軍事目標とを区別する攻撃では、軍事上の効果が少なく、所期の目的を達することができないから、軍事上の必要上無差別砲撃がみとめられているのである。このように、無防守都市に対しては無差別爆撃は許されず、ただ軍事目標の爆撃しか許されないのが従来一般に認められた空襲に関する国際法上の原則であるということができる。
もちろん、軍事目標を爆撃するに際して、それに伴って非軍事目標が破壊されたり、非戦闘員が殺傷されることは当然予想されうることであり、それが軍事目標に対する爆撃に伴うやむをえない結果である場合は、違法ではない。しかしながら、無防守都市において非軍事目標を直接対象とした爆撃や、軍事目標と非軍事目標の区別をせずに行う爆撃(いわゆる盲目爆撃)は、前記の原則に照し許されないものということになる。
ところで、原子爆弾の加害力と破壊力の著しいことは、既に述べたとおりであつて、広島、長崎に投下された小規模のものであつても、従来のTNT爆弾20、000トンに相当するエネルギーを放出する。このような破壊力をもつ原子爆弾が一度爆発すれば、軍事目標と非軍事目標との区別はおろか、中程度の規模の都市の一つが全滅するとほぼ同様の結果となること明らかである。従って防守都市に対してはともかく、無防守都市に対する原子爆弾の投下行為は、盲目爆撃と同視すべきものであつて、当時の国際法に違反する戦闘行為であるといわなければならない。
⑹ 広島市及び長崎市が当時地上兵力による占領の企図に対して抵抗していた都市でないことは、公知の事実である。また両市とも空襲に対して高射砲などで防衛され、軍事施設があつたからといつて、敵の占領の危険が迫っていない都市である以上、防守都市に該当しないことは、既に述べたところから明かである。さらに両市に軍隊、軍事施設、軍需工場等いわゆる軍事目標があつたにせよ、広島市には約33万人の一般市民が、長崎市には約二七万人の一般市民がその住居を構えていたことは明らかである。従って、原子爆弾による爆撃が仮に軍事目標のみをその攻撃の目的としたとしても、原子爆弾の巨大な破壊力から盲目爆撃と同様な結果を生ずるものである以上、広島、長崎両市に対する原子爆弾による爆撃は、無防守都市に対する無差別爆撃として、当時の国際法からみて、違法な戦闘行為であると解するのが相当である。
⑺ 以上の結論に対しては、当時の戦争はいわゆる総力戦であって、戦闘員と非戦闘員との区別、軍事目標と非軍事目標との区別が困難であること、第二次世界大戦では必ずしも軍事目標主義がそのまま貫かれなかつたことを理由とする反対論がある。
軍事目標の概念は、前記諸条約により、種々の表現によって規定されているが、その内容は必ずしも固定したものではなく、時代の変化に伴って変遷し、総力戦の形態のもとではその範囲が次第に広まってゆくことは否定し難い。しかし、それだからといって、軍事目標と非軍事目標との区別が全くなくなったということはできない。例えば、学校、教会、寺院、神社、病院、民家は、いかに総力戦の下でも、軍事目標とはいえないであろう。もし総力戦という概念を、交戦国に属するすべての人民は戦闘員に等しく、またすべての生産手段は害敵手段であるというように理解するならば、相手国のすべての人民と物件を破壊する必要が生じ、従って、軍事目標と非軍事目標の区別などは無意味となる。しかし、近時に至って、総力戦ということが唱えられたのは、戦争の勝敗が単に軍隊や兵器だけによって決るのではなくて、交戦国におけるその他の要因、すなわちエネルギー源、原料、工業生産力、食糧、貿易等の主として経済的な要因や、人口、労働力等の人的要因が戦争方法と戦力を大きく規制する事実を指摘する趣旨であって、前記のような漠然とした意味で唱えられているものではないし、また実際にそのような事態が生じた例もない。従って総力戦であるからといつて、直ちに軍事目標と非軍事目標の区別がなくなったというのは誤りである。
⑻ 第二次大戦中、比較的狭い地域に軍需工場や軍事施設が集中していて、空襲に対する防禦設備も極めて強固であった地域に対しては、個々の軍事目標を確認して攻撃することが不可能であつたため、軍事目標の集中している地域全体に対して爆撃が行われたことがあり、これを適法なものとする説もある。
このような爆撃は目標区域爆撃と呼ばれ、軍事的利益又はその必要が大きいのに比べて、非軍事目標の破壊の割合が小さいので、たとえ軍事目標主義の枠からはみ出ていても、これを合法視する余地がないとはいえないであろう。しかしながら、広島、長崎市がこのような軍事目標が集中している地域といえないことは明らかであるから、これについて目標区域爆撃の法理を適用することはできない。
⑼ のみならず、広島、長崎両市に対する原子爆弾の投下は、戦争に際して不要な苦痛を与えるもの非人道的なものは、害敵の手段として禁止される、という国際法上の原則にも違反すると考えられる。
この点を論ずる場合、原子爆弾がその性能の非人道性において従来の兵器と異なる特質を有するから当然に許されない、というような安易な類推が許されないことはいうまでもない。なぜならば、戦争に関する国際法は、人道的感情によってのみ成立しているのではなく、軍事的必要性有効性と人道的感情との双方を基礎とし、その二つの要素の調和の上に成立しているからである。この点について学説は、その典型として1868年のセント・ペテルスブルグ宣言(注:上記⑴①)において爆発性の投射物、燃焼物又は発火性の物質を充填した投射物で、重量400グラム以下のものを使用することを禁止した規定を挙げ、その理由として次のように説明する。すなわち、このような投射物は小さいため、将兵一人の殺傷程度の力しかないが、それならば普通の銃弾でこと足りるのであって、それ以上に何の利益もないのに非人道的な物を敢えて使用する必要がなく、その反面、非人道的な結果が大きくとも、軍事的効果が著しければ、それは必ずしも国際法上禁止されるものとはならないとしている。
この意味で問題になるのは、原子爆弾の投下がヘーグ陸戦規則(注:上記⑴③)第23条aで禁止している「毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」に該当するかどうか、1899年の「窒息セシムヘキ瓦斯又ハ有毒質ノ瓦斯ヲ撒布スルヲ唯一ノ目的トスル投射物ノ使用ハ各自ニ禁止スル宣言」、1925年の「窒息性、有毒又はその他のガス、細菌学的戦争方法を戦争に使用することを禁止する議定書」の各禁止規定に該当するかどうかである。これについては、毒、毒ガス、細菌等と原子爆弾との差異をめぐって、国際法学者の間にもまだ定説がない。しかしながら、セント・ペテルスブルグ宣言は「(前略)既ニ戦闘外ニ置カレタル人ノ苦痛ヲ無益ニ増大シ又ハソノ落命ヲ必然的ニスル兵器ノ使用ハコノ目的ノ範囲ヲ超ユルコトヲ惟ヒ、此ノ如キ兵器ノ使用ハ此ノ如クシテ人道ニ反スルコトヲ惟ヒ(後略)」と宣べ、ヘーグ陸戦規則第23条eでは、「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物又ハ其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」を禁止していることからみて、毒、毒ガス、細菌以外にも、少なくともそれと同等或はそれ以上の苦痛を与える害敵手段は、国際法上その使用を禁止されているとみて差支えあるまい。原子爆弾の破壊力は巨大であるが、それが当時において果して軍事上適切な効果のあるものかどうか、またその必要があつたかどうかは疑わしいし、広島、長崎両市に対する原子爆弾の投下により、多数の市民の生命が失われ、生き残った者でも、放射線の影響により18年後の現在においてすら、生命をおびやかされている者のあることは、まことに悲しむべき現実である。この意味において、原子爆弾のもたらす苦痛は、毒、毒ガス以上のものといつても過言ではなく、このような残虐な爆弾を投下した行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反しているということができよう。
(了)
きょうは8月6日。米軍による広島への原爆投下から79年たちました。その3日後に、米軍は重ねて長崎に原爆を投下しました。それから10年後の1955年、広島、長崎の爆死者の遺族と生存被爆者が、国に対し、以下の訴えを提起しました。
――原告らは違法な原爆投下をしたアメリカ合衆国対し損害賠償請求権を有するが、サンフランシスコ平和条約第19条(a)によりこれを放棄してしまい、これを行使できなくなった。すなわち、①国は条約締結という公権力の行使により原告らに違法の損害を生ぜしめたことになる(国家賠償請求法1条)、②しからずとするもこれは個人の財産権を公共の用に用いたことになる(憲法29条3項)。よって原告らは、国に対し、損害賠償もしくは損失補償を求めることができる。――
この訴えは、当初、東京地裁と大阪地裁へ別々に提起されましたが、1957年、大阪訴訟も東京地裁へ移送され、東京訴訟が係属していた民事第24部(裁判官 古関敏正 三淵嘉子 高桑昭)に係属しました。両者は併合決定の上、1963年12月7日判決が言い渡されました。
上の三淵嘉子裁判官は、女性法律家の草分け的存在であり、朝ドラ「虎に翼」で人気を博している佐田寅子のモデルとなった人です。
この判決は、①国内法上損害賠償請求権は成立しない、②国が被爆者の被害救済に当たるべきことは当然であり、既存の「原子爆弾被害者の医療等に関する法律」だけでは不十分というべきだが、それは裁判所の職責に属することではなく、立法府・行政府の職責に属することであるとして、損害賠償請求等は棄却しましたが、傍論ながら原爆投下に関する国際法的考察を加え、以下のように、当時のわが国の著名な国際法学者らの鑑定意見をふまえた精緻な論理により、広島・長崎への原爆投下が国際法(jus in belloと呼ばれる戦時国際法規。現在は国際人道法と呼ばれるのが通例です。)に違反する戦争犯罪であることをあますところなく論証し、今日的にも高く評価できるものです。
⑴ 原爆投下が実定国際法上いかなる評価をうけるかを判断する前提としての、戦争、とりわけ戦闘行為に関する国際法
①1868年 400グラム以下の炸裂弾及び焼夷弾の禁止に関するセント・ペテルスブルグ宣言
②1899年 第一次ヘーグ平和会議において成立した陸戦の法規及び慣例に関する条約、ならびにその付属書である陸戦の法規慣例に関する規則(いわゆる陸戦条規)。
炸裂性の弾丸に関する宣言(いわゆるダムダム弾禁止宣言)。
空中の気球から投下される投射物に関する宣言(いわゆる空爆禁止宣言)。
窒息性又は有毒性のガスを撒布する投射物に関する宣言(いわゆる毒ガス禁止宣言)。
③1907年 第二次ヘーグ平和会議で成立した陸戦の法規及び慣例に関する条約(第一回ヘーグ平和会議の同名の条約を補修したもの。)
空爆禁止宣言。
④1922年 潜水艦及び毒ガスに関する五カ国条約。
⑤1923年 空戦に関する規則案(空戦法規案)。
⑥1925年 窒息性、毒性又はその他のガス及び細菌学的戦争方法を戦争に使用することを禁止する議定書(毒ガス等の禁止に関する議定書)。
⑵ 以上に掲げた諸法規をみると、第二次大戦中に出現した新兵器である原子爆弾の投下について、直接には何の規定も設けていない。
被告はこの点をとらえて、原子爆弾の使用については、当時それを禁止する慣習国際法規も条約も存在しないし、国際法規で明らかに禁止していないから、この意味で実定国際法違反の問題は起り得ないと主張する。
もとより、国際法が禁止していないかぎり、新兵器の使用が合法であることは当然である。しかしながら、そこにいう禁止とは、直接禁止する旨の明文のある場合だけを指すものではなく、既存の国際法規(慣習国際法と条約)の解釈及び類推適用からして、当然禁止されているとみられる場合を含むと考えられる。さらに、それらの実定国際法規の基礎となっている国際法の諸原則に照らしてみて、これに反するものと認められる場合をも含むと解さなければならない。けだし、国際法の解釈も、国内法におけると同様に、単に文理解釈だけに限定されるいわれはないからである。
⑶ また新兵器は常に国際法の規律の対象とはならないという議論もあるが、これについても前同様十分な根拠がない。文明国の慣例に反し、国際法の諸原則に反するものは、たとえ法規に明文がなくても、禁止されるべきことは当然であって、ただ成文法規に何ら規定もなく、そして国際法の原則にも違反しない場合に、新兵器は適法な交戦手段として、これを利用しうるにすぎないのである。
これに対して、新兵器の発明及びその使用については常に各方面から多くの反対があるにもかかわらず、間もなく、進歩した兵器の一つとされ、その使用を禁ずることが全く無意味となり、文明の進歩とともにむしろ有効な害敵手段とされるに至っているのが歴史上の示すところであって、原子爆弾もまたこの例にもれない、と論ずる者がある。過去において新兵器の出現に際し、さまざまの利害関係から反対が唱えられたにもかかわらず、あるいは国際法が未発達の状態にあつたがために、あるいは敵国人や異教徒に対して敵愾心が強かったために、あるいは一般兵器の進歩が漸進的であったがために、その後文明の進歩と科学技術の発達によって適法とされるに至った事例のあることは、まさに否定することができない。しかし、常にそうであったといえないことは、前記のダムダム弾、毒ガスの使用を禁止する条約の存在を想起すれば明らかである。従って単に新兵器であるというだけで適法なものとすることはできず、やはり実定国際法上の検討にさらされる必要のあることは当然である。
⑷ そこで次に、原子爆弾の投下行為について、これに関連する当時の実定国際法規を検討してみる。
まず、原子爆弾の投下行為は、軍用航空機による戦闘行為としての爆撃であるから、それが従来認められている空襲に関する法規によって是認されるかどうかが問題となる。
空襲に関して一般的な条約は成立していないが、国際法上戦闘行為について一般に承認されている慣習法によれば、陸軍による砲撃については、防守都市と無防守都市とを区別し、また海軍による砲撃については、防守地域と無防守地域とを区別している。そして防守都市・防守地域に対しては無差別砲撃が許されているが、無防守都市・無防守地域においては戦闘員及び軍事施設(軍事目標)に対してのみ砲撃が許され、非戦闘員及び非軍事施設(非軍事目標)に対する砲撃は許されず、これに反すれば当然違法な戦闘行為となるとされている。この原則は、ヘーグ陸戦規則(注:上記⑴③)第25条で、「防守サレサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス。」と規定し、1907年のヘーグ平和会議で採択された「戦時海軍力をもつてする砲撃に関する条約」では、その第1条において、「防守セラレサル港、都市、村落、住宅又ハ建物ハ、海軍力ヲ以テ之ヲ砲撃スルコトヲ得ス。(以下略)」と規定し、第2条において「右禁止中ニハ、軍事上ノ工作物、陸海軍建設物、兵器又ハ軍用材料ノ貯蔵所、敵ノ艦隊又ハ軍隊ノ用ニ供セラルヘキ工場及設備並港内ニ在ル軍艦ヲ包含セサルモノトス。(以下略)」と規定していることからみて明らかである。
⑸ ところで空戦に関しては「空戦に関する規則案」(注:上記⑴⑤)があり、第24条において「1、空中爆撃は、軍事的目標、すなわち、その破壊又は毀損が明らかに軍事的利益を交戦者に与えるような目標に対して行われたかぎり、適法とする。2、右の爆撃はもっぱら次の目標、すなわち軍隊、軍事工作物、軍事建設物又は軍事貯蔵所、兵器弾薬又は明らかに軍需品の製造に従事する工場であって重要で公知の中枢を構成するもの、軍事上の目的に使用される交通線又は運輸線に対して行われた場合にかぎり適法とする。陸上軍隊の作戦行動の直近地域でない都市、町村、住宅又は建物の爆撃は禁止する。3、第2項に掲げた目標が普通人民に対して無差別の爆撃をなすのでなければ爆撃することができない位置にある場合には、航空機は爆撃を避止することが必要である。4、陸上軍隊の作戦行動の直近地域においては、都市、町村、住宅又は建物の爆撃は、兵力の集中が重大であって、爆撃により普通人民に与える危険を考慮してもなお爆撃を正当とするのに充分であると推定する理由がある場合にかぎり適法とする。(以下略)」と規定し、また第22条では「普通人民を威嚇し、軍事的性質を有しない私有財産を破壊し若くは毀損し、又は非戦闘員を損傷することを目的とする空中爆撃は、禁止する。」と規定している。すなわち、この空戦法規案は、まず無益な爆撃を禁止し、軍事目標主義を規定するとともに、陸上軍隊の作戦行動の直近地域とそうでない地域とを区別して、前者に対しては無差別爆撃を認めるが、後者に対しては軍事目標の爆撃のみを許すものとしている。これらの規定は、陸軍及び海軍による砲撃の場合と比較して、厳格にすぎるような表現がとられているが、その意味するところは、防守都市(地域)と無防守都市(地域)の区別と同様であると考えられている。ところで、空戦法規案はまだ条約として発効していないから、これを直ちに実定法ということはできないとはいえ、国際法学者の間では空戦に関して権威のあるものと評価されており、この法規の趣旨を軍隊の行動の規範としている国もあり、基本的な規定はすべて当時の国際法規及び慣例に一貫して従っている。それ故、そこに規定されている無防守都市に対する無差別爆撃の禁止、軍事目標の原則は、それが陸戦及び海戦における原則と共通している点からみても、これを慣習国際法であるといつて妨げないであろう。なお、陸戦、海戦、空戦の区別は、戦闘の行われる場所とその目的によってなされるのであるから、地上都市に対する爆撃については、それが陸上であるということから、陸戦に関する法規が類推適用されるという議論も、十分に成立し得ると考える。
⑸ それでは、防守都市と無防守都市との区別は何か。一般に、防守都市とは地上兵力による占領の企図に対し抵抗しつつある都市をいうのであって、単に防衛施設や軍隊が存在しても、戦場から遠く離れ、敵の占領の危険が迫っていない都市は、これを無差別に砲撃しなければならない軍事的必要はないから、防守都市ということはできず、この場合は軍事目標に対する砲爆撃が許されるにすぎない。これに反して、敵の占領の企図に対して抵抗する都市に対しては、軍事目標と非軍事目標とを区別する攻撃では、軍事上の効果が少なく、所期の目的を達することができないから、軍事上の必要上無差別砲撃がみとめられているのである。このように、無防守都市に対しては無差別爆撃は許されず、ただ軍事目標の爆撃しか許されないのが従来一般に認められた空襲に関する国際法上の原則であるということができる。
もちろん、軍事目標を爆撃するに際して、それに伴って非軍事目標が破壊されたり、非戦闘員が殺傷されることは当然予想されうることであり、それが軍事目標に対する爆撃に伴うやむをえない結果である場合は、違法ではない。しかしながら、無防守都市において非軍事目標を直接対象とした爆撃や、軍事目標と非軍事目標の区別をせずに行う爆撃(いわゆる盲目爆撃)は、前記の原則に照し許されないものということになる。
ところで、原子爆弾の加害力と破壊力の著しいことは、既に述べたとおりであつて、広島、長崎に投下された小規模のものであつても、従来のTNT爆弾20、000トンに相当するエネルギーを放出する。このような破壊力をもつ原子爆弾が一度爆発すれば、軍事目標と非軍事目標との区別はおろか、中程度の規模の都市の一つが全滅するとほぼ同様の結果となること明らかである。従って防守都市に対してはともかく、無防守都市に対する原子爆弾の投下行為は、盲目爆撃と同視すべきものであつて、当時の国際法に違反する戦闘行為であるといわなければならない。
⑹ 広島市及び長崎市が当時地上兵力による占領の企図に対して抵抗していた都市でないことは、公知の事実である。また両市とも空襲に対して高射砲などで防衛され、軍事施設があつたからといつて、敵の占領の危険が迫っていない都市である以上、防守都市に該当しないことは、既に述べたところから明かである。さらに両市に軍隊、軍事施設、軍需工場等いわゆる軍事目標があつたにせよ、広島市には約33万人の一般市民が、長崎市には約二七万人の一般市民がその住居を構えていたことは明らかである。従って、原子爆弾による爆撃が仮に軍事目標のみをその攻撃の目的としたとしても、原子爆弾の巨大な破壊力から盲目爆撃と同様な結果を生ずるものである以上、広島、長崎両市に対する原子爆弾による爆撃は、無防守都市に対する無差別爆撃として、当時の国際法からみて、違法な戦闘行為であると解するのが相当である。
⑺ 以上の結論に対しては、当時の戦争はいわゆる総力戦であって、戦闘員と非戦闘員との区別、軍事目標と非軍事目標との区別が困難であること、第二次世界大戦では必ずしも軍事目標主義がそのまま貫かれなかつたことを理由とする反対論がある。
軍事目標の概念は、前記諸条約により、種々の表現によって規定されているが、その内容は必ずしも固定したものではなく、時代の変化に伴って変遷し、総力戦の形態のもとではその範囲が次第に広まってゆくことは否定し難い。しかし、それだからといって、軍事目標と非軍事目標との区別が全くなくなったということはできない。例えば、学校、教会、寺院、神社、病院、民家は、いかに総力戦の下でも、軍事目標とはいえないであろう。もし総力戦という概念を、交戦国に属するすべての人民は戦闘員に等しく、またすべての生産手段は害敵手段であるというように理解するならば、相手国のすべての人民と物件を破壊する必要が生じ、従って、軍事目標と非軍事目標の区別などは無意味となる。しかし、近時に至って、総力戦ということが唱えられたのは、戦争の勝敗が単に軍隊や兵器だけによって決るのではなくて、交戦国におけるその他の要因、すなわちエネルギー源、原料、工業生産力、食糧、貿易等の主として経済的な要因や、人口、労働力等の人的要因が戦争方法と戦力を大きく規制する事実を指摘する趣旨であって、前記のような漠然とした意味で唱えられているものではないし、また実際にそのような事態が生じた例もない。従って総力戦であるからといつて、直ちに軍事目標と非軍事目標の区別がなくなったというのは誤りである。
⑻ 第二次大戦中、比較的狭い地域に軍需工場や軍事施設が集中していて、空襲に対する防禦設備も極めて強固であった地域に対しては、個々の軍事目標を確認して攻撃することが不可能であつたため、軍事目標の集中している地域全体に対して爆撃が行われたことがあり、これを適法なものとする説もある。
このような爆撃は目標区域爆撃と呼ばれ、軍事的利益又はその必要が大きいのに比べて、非軍事目標の破壊の割合が小さいので、たとえ軍事目標主義の枠からはみ出ていても、これを合法視する余地がないとはいえないであろう。しかしながら、広島、長崎市がこのような軍事目標が集中している地域といえないことは明らかであるから、これについて目標区域爆撃の法理を適用することはできない。
⑼ のみならず、広島、長崎両市に対する原子爆弾の投下は、戦争に際して不要な苦痛を与えるもの非人道的なものは、害敵の手段として禁止される、という国際法上の原則にも違反すると考えられる。
この点を論ずる場合、原子爆弾がその性能の非人道性において従来の兵器と異なる特質を有するから当然に許されない、というような安易な類推が許されないことはいうまでもない。なぜならば、戦争に関する国際法は、人道的感情によってのみ成立しているのではなく、軍事的必要性有効性と人道的感情との双方を基礎とし、その二つの要素の調和の上に成立しているからである。この点について学説は、その典型として1868年のセント・ペテルスブルグ宣言(注:上記⑴①)において爆発性の投射物、燃焼物又は発火性の物質を充填した投射物で、重量400グラム以下のものを使用することを禁止した規定を挙げ、その理由として次のように説明する。すなわち、このような投射物は小さいため、将兵一人の殺傷程度の力しかないが、それならば普通の銃弾でこと足りるのであって、それ以上に何の利益もないのに非人道的な物を敢えて使用する必要がなく、その反面、非人道的な結果が大きくとも、軍事的効果が著しければ、それは必ずしも国際法上禁止されるものとはならないとしている。
この意味で問題になるのは、原子爆弾の投下がヘーグ陸戦規則(注:上記⑴③)第23条aで禁止している「毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」に該当するかどうか、1899年の「窒息セシムヘキ瓦斯又ハ有毒質ノ瓦斯ヲ撒布スルヲ唯一ノ目的トスル投射物ノ使用ハ各自ニ禁止スル宣言」、1925年の「窒息性、有毒又はその他のガス、細菌学的戦争方法を戦争に使用することを禁止する議定書」の各禁止規定に該当するかどうかである。これについては、毒、毒ガス、細菌等と原子爆弾との差異をめぐって、国際法学者の間にもまだ定説がない。しかしながら、セント・ペテルスブルグ宣言は「(前略)既ニ戦闘外ニ置カレタル人ノ苦痛ヲ無益ニ増大シ又ハソノ落命ヲ必然的ニスル兵器ノ使用ハコノ目的ノ範囲ヲ超ユルコトヲ惟ヒ、此ノ如キ兵器ノ使用ハ此ノ如クシテ人道ニ反スルコトヲ惟ヒ(後略)」と宣べ、ヘーグ陸戦規則第23条eでは、「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物又ハ其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」を禁止していることからみて、毒、毒ガス、細菌以外にも、少なくともそれと同等或はそれ以上の苦痛を与える害敵手段は、国際法上その使用を禁止されているとみて差支えあるまい。原子爆弾の破壊力は巨大であるが、それが当時において果して軍事上適切な効果のあるものかどうか、またその必要があつたかどうかは疑わしいし、広島、長崎両市に対する原子爆弾の投下により、多数の市民の生命が失われ、生き残った者でも、放射線の影響により18年後の現在においてすら、生命をおびやかされている者のあることは、まことに悲しむべき現実である。この意味において、原子爆弾のもたらす苦痛は、毒、毒ガス以上のものといつても過言ではなく、このような残虐な爆弾を投下した行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反しているということができよう。
(了)

