「再度、『朝日新聞』の吉田調書「誤報」問題を考える」

 私は、当ブログ上で、昨年11月14日、15日の2回、「『朝日新聞』の吉田調書「誤報」問題を考える」と題する記事を書いた。以下に再掲しておくので本記事をお読みいただく参考として頂きたい。

前篇 http://tofuka01.blog.fc2.com/blog-entry-181.html

後篇 http://tofuka01.blog.fc2.com/blog-category-4.html

 上記記事において、私は、吉田調書に見られる3月15日朝の吉田所長の指示、所員の行動、それをかばう吉田所長の述懐の錯綜した矛盾を、以下のように解明してみたのであった。

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 「朝日新聞」の担当記者と担当デスクは、「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」との「変更」後の指示を真実の指示とする立場から、前篇③、④で摘示された吉田調書の記載は、2Fへ退避してしまった所員らの行動が、菅首相をはじめ官邸側が弾劾・拒絶していた撤退を、しかも所長の指示に反してやってしまったと受けとめられ、その責任が問われることになるのを防ぐべく、部下をかばう心遣いからなされた弁明であり、信用できないと考え、当該記事を書いたと考えられる。

 これは一つの合理的解釈として許容できるのではなかろうか。

 しかし、私は、これを非難するつもりはないが、この解釈は誤りであったと考える。ではどう解釈するべきか。

 同日3時過ぎ頃には、東電本店から1Fに「2Fへの退避手順書」が送付されていること(門田隆将『「吉田調書」を読み解く 朝日誤報と現場の真実』PHP研究所。なお、東電事故調査委員会報告書は、この退避手順書の作成履歴により、最終更新は3時13分であったとしている。)、6時32分に、1F対策本部が保安院などに「6時0分~6時10分ごろに大きな衝撃音がしました。準備ができ次第、念のため、対策本部を福島第二原発に移すこととし、避難いたします」と通報していること、7時00分に、東電側は、監視、作業に必要な要因を除き、2Fに一時避難することを関係官庁に連絡していることなどが、客観的事実として認められる。
 そうすると吉田所長の指示は、自己を含む必要要員を除く9割方の所員らは2Fへの退避することというもので一貫していたものと認めるのが相当ではなかろうか。

 そうなると前篇③、④に摘示された調書の記載内容はどう考えたらよいのだろうか。

 一つのヒントとして、海水注入問題についての吉田氏の言動を考えてみたらいいのではないかと思う。本店側が官邸の意向だと言って海水注入にストップをかけてきたとき、吉田氏は、テレビ会議のマイクに乗らないように部下に表向きの指示に従わないで海水注入を続けるように内々の指示をしつつ、マイクに乗る声で、本店側の指示を承諾していた。

 吉田氏はご自身が正しいと思ったことは、自己が責任をひっかぶるようにしてでも、それを貫く人なのである。東電の既定の方針は2Fへの退避である。しかし、額面どおりそのような指示をすれば官邸や世論の袋叩きになるおそれがある。そこで表向きは1F構内の安全な場所への退避を指示したことにし、混乱の中で、これまでの流れに沿って所員らは2Fに退避した。後にこの行動が正しく合理的であったと評価することにより命令違反のそしりを防ぐ。見事ではないか。

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 私は、矛盾した調書の記載内容を、吉田氏に最大限好意的に解釈してみたのである。これは亡くなられた吉田氏の名誉に配慮するという極めて日本人的な情緒のなせるわざであった。今、若干の反省をしているところである。

 率直に云って、このとき逆の筋書きも頭をよぎったが、それは書くべきではないと抑制したのである。

 そのとき頭をよぎった逆の筋書きとは、東電ぐるみの批判封じの策謀と吉田所長のそれへの加担というものであった。どういうことかと云うと、東電は、1F現地対策本部を2Fに移し、全員2Fへ退避させることを一旦決定したが、菅首相自らが東電本社に乗り込み、激をとばすなどこの撤退方針を官邸側が厳しく難詰したことにより、そのまま実行しづらくなり、一芝居打ったのではないかという推測である。
 所員の大部分を2Fへ退避させ、吉田所長はじめ一部は1F所内でも最も安全な重要免震棟にひきこもる。つまり大筋において既定の方針のとおり実行したのである。しかし、官邸側や世論の批判を招かないように工夫をしなければならなかった。それが、吉田調書にみられる吉田氏の弁明であった。吉田氏は、「2Fに行けとは言っていないんです」、だが伝言ゲームの行き違いで皆2Fへ行ってしまった、「よく考えてみれば2Fに行った方がはるかに正しいと思った」とすっとぼけてみせたのではなかろうか、と。

 残念なら、確証がない。そこで書くことはやめたのである。しかし、雑誌『世界』が、『解題「吉田調書」』の連載を開始し、2015年2月号に重要なことが書かれている。これらは確証ではないが、傍証にはなり得る。

 第一に、海渡雄一弁護士が、吉田所長が原子力安全保安院などに送信した「異常事態連絡様式」と標記されたFAX送信書3通を記者会見で提示したが、1通目は「準備ができ次第、念のため対策本部を福島第二へ移すこととし、避難します」というもの、2通目は「訂正あり」と手書きされ、「対策本部を福島第二へ移すこと」が抹消され、「作業に必要な要員を残し、対策要員の一部が一時避難します」と書きかえられたもの、3通目は「念のため監視、作業に必要な要員を除き、一時退避」との指示に訂正されたものであったということである。これらは、吉田所長が、「撤退」との批判を受けないように2F避難の決定の実行の仕方、官公署への届出の仕方に苦慮していたことを示すもののように思える。

 第二に、元日本原子力研究所研究主幹・田辺文也氏が、吉田調書の問題の記述の直前に「中央操作室も一応、引き上げさせましたので、しばらくはそのパラメーターを見られていない状況です」とある部分に注目し、15日朝7時過ぎから十数時間、中央操作室には要員不在となり、原子炉の水位も圧力も計測されないまま放置されていたことを解明した。そうであれば残留した69人は、中央操作室から直線距離にして400m離れた重要免震棟に退避し、なすすべなく時間を過ごしたことになる。

 これらのことから、私は、確証はないが、かつて頭をよぎった逆の筋書きも書いておくべきだと考えるに至った。これもあり得る、と。もしこちらであれば「現代の英雄」の影はややうすくなる。はたしてどうであろうか。(了)
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「朝日新聞」の吉田調書「誤報」問題を考える(後篇)

 前篇で述べた吉田氏の指示「変更」問題について検討するには、3月14日から15日未明の1F撤退をめぐる東電本社と官邸との間のすったもんだがあったことを背景事情として考えなければならない。時系列を追ってみていこう。

 3月12日15時36分、1号機建屋爆発、3月14日11時01分3号機建屋爆発にと次々と発生する緊急事態に引き続き、同日午後、2号機の炉圧、ドライウェルの圧力が急激に上昇、現場ではベントの実行と注水に悪戦苦闘、夕刻頃より悲観的な空気が支配的となる。
同日19時28分、テレビ会議で、東電本店の武藤栄副社長が「(2号機について)2時間でメルト(メルトダウン)、(さらに)2時間でRPW(圧力容器)損傷の可能性あり。いいですね?」と尋ね、吉田所長が「はい」と返事。

 その直後の19時30分前後に2号機の状態に関連して本店とF1間で退避基準について議論され、同45分頃、武藤原子力・立地本部長が「退避の手順」を検討するように部下に指示している(東電事故調査委員会報告書)。その後も、テレビ会議で、避難に関する話が度々かわされる。バスや運転手の手配状況、避難先の話題、F1現在人員の確認など。また避難と言ったり、退避と言ったり、撤退と言ったり、用語も一定していない。2Fに1Fの事故対応の司令塔である緊急対策室を設ける計画と受けとめられるような発言もある。

 3月15日0時頃、官邸では、枝野官房長官が東電清水社長からの撤退申し出の電話を受け、「そんな簡単に『はい』といえる話じゃありません」と答える。そのあと総理応接室で、枝野官房長官、海江田経産相、福山官房副長官、細野、寺田両首相補佐官ら鳩首会談、細野首相秘書官が吉田所長に携帯電話で、「まだやれますね」と念押し。3時前、福山官房副長官の発意で菅首相の判断を仰ぐことになり、全員で総理執務室に入り、仮眠中の菅総理を起し、東電側の1F撤退申し出の話をした。菅総理「撤退したらどうなるか分かってんのか。そんなのあり得ないだろう」と述べる。
続いて3時20分に、総理執務室で菅首相と上記メンバー外数名で会議。撤退すべきではないということで一致、清水社長を官邸に呼ぶことになる。4時17分、清水社長、官邸に到着。上記メンバーら同席のもとで菅首相が清水社長に「撤退などあり得ませんから」と告げ、清水社長「はい、わかりました」と答える。

 5時35分、菅首相、海江田経産相らとともに東電本店に到着。5時40分、菅首相、東電本店対策本部で「撤退はあり得ない。撤退したら、東電は必ずつぶれる」と激を飛ばす。

 上記のすったもんだのあと6時12分、4号機建屋爆発、その前後ころ2号機においても爆発音。6時24分、東電内部記録メモに「1号機『メルトの可能性』(所長)」記載。

 このような経過を背景事情として、吉田所長の突然の指示「変更」を置いてみるとどうなるであろうか。

 「朝日新聞」の担当記者と担当デスクは、「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」との「変更」後の指示を真実の指示とする立場から、前篇③、④で摘示された吉田調書の記載は、2Fへ退避してしまった所員らの行動が、菅首相をはじめ官邸側が弾劾・拒絶していた撤退を、しかも所長の指示に反してやってしまったと受けとめられ、その責任が問われることになるのを防ぐべく、部下をかばう心遣いからなされた弁明であり、信用できないと考え、当該記事を書いたと考えられる。
 これは一つの合理的解釈として許容できるのではなかろうか。

 しかし、私は、これを非難するつもりはないが、この解釈は誤りであったと考える。ではどう解釈するべきか。

 同日3時過ぎ頃には、東電本店から1Fに「2Fへの退避手順書」が送付されていること(門田隆将『「吉田調書」を読み解く 朝日誤報と現場の真実』PHP研究所。なお、東電事故調査委員会報告書は、この退避手順書の作成履歴により、、最終更新は3時13分であったとしている。)、6時32分に、1F対策本部が保安院などに「6時0分~6時10分ごろに大きな衝撃音がしました。準備ができ次第、念のため、対策本部を福島第二原発に移すこととし、避難いたします」と通報していること、7時00分に、東電側は、監視、作業に必要な要因を除き、2Fに一時避難することを関係官庁に連絡していることなどが、客観的事実として認められる。
 そうすると吉田所長の指示は、自己を含む必要要員を除く9割方の所員らは2Fへの退避することというもので一貫していたものと認めるのが相当ではなかろうか。

 そうなると前篇③、④に摘示された調書の記載内容はどう考えたらよいのだろうか。

 一つのヒントとして、海水注入問題についての吉田氏の言動を考えてみたらいいのではないかと思う。本店側が官邸の意向だと言って海水注入にストップをかけてきたとき、吉田氏は、テレビ会議のマイクに乗らないように部下に表向きの指示に従わないで海水注入を続けるように内々の指示をしつつ、マイクに乗る声で、本店側の指示を承諾していた。

 吉田氏はご自身が正しいと思ったことは、自己が責任をひっかぶるようにしてでも、それを貫く人なのである。東電の既定の方針は2Fへの退避である。しかし、額面どおりそのような指示をすれば官邸や世論の袋叩きになるおそれがある。。そこで表向きは1F構内の安全な場所への退避を指示したことにし、混乱の中で、これまでの流れに沿って所員らはF2退避した。後にこの行動が正しく合理的であったと評価することにより命令違反のそしりを防ぐ。見事ではないか。

 今のような軽佻浮薄な世の中でも、現場を預かる者には、こういうつわものはいるものだ。  (了)

「朝日新聞」の吉田調書「誤報」問題を考える(前篇)

  「朝日新聞」は、11月13日付朝刊で、1F元所長故吉田昌郎氏にかかる政府事故調作成の聞き取り調書(以下「吉田調書」)の誤報問題について、朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」がまとめた見解全文(以下「本見解」)を公表した。本見解の内容及び結論は、朝日新聞社にとって極めて厳しいものである。とりわけそれは担当記者や担当デスクにとっては耐え難い屈辱であるとともに、具体的不利益と打撃を与え、ひいては「朝日新聞」の取材現場、編集部門を萎縮させる結果をもたらすことにつながる恐れが大きい。私は、「朝日新聞」が官製報道や一部報道機関のデマゴーグ報道に転落することがないよう祈るばかりだ。

 ところで、私は、以下述べるように、本見解には、十分な説得力がないように思う。朝日新聞社が、この見解をタテにとり、担当記者や担当デスクに対する処分を強行しないように求めるとともに、私が指摘した疑問点を、「朝日新聞」が総力をあげて解明することを強く願うものである。

 本見解のエッセンスは、当該記事の根幹をなす1Fの所員の9割が所長命令に違反して2Fに撤退したとの認定部分を、所長命令に違反したと評価できる事実は存在しないし、撤退したと評価するべき行動もなくかったと、全面的に否定したことにある。

 この根拠となった部分は次のように要約できる。

 ①3月12日の1号機建屋爆発、14日の3号機爆発、それに引き続く14日夜からの2号機格納器の圧力以上上昇。吉田氏はチャイナシンドロームのような状況も想定、同日夜には最低限必要な人員を残し、2Fに退避することを考え、準備を指示した。

 ②15日AM6時12分頃、後に4号機建屋爆発と判明する衝撃音と振動、同時に2号機圧力低下の報が入り、吉田氏は2号機格納器の破損を疑い、かつ「メルト(炉心溶融)の可能性」と発言。6時27分には退避準備に入り、6時32分には本社清水社長から「最低限の人間を除き、同33分には吉田氏が「必要な人間は班長が指名する」と発言。

 ③同6時42分、吉田氏は、これまでと異なる指示をテレビ会議でした(この指示内容は記述されていないが、前後の記述及び東電内部記録メモから「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」ということであったと認められる。)。しかし既に退避行動は始まっており、騒然とした状況にあったし、吉田氏はこれまでの命令を撤回し、新たな指示に従うようにとの言動をした形跡は認められない。吉田氏も、調書で「本当は私、2Fに行けといってないんですよ」とのべつつも「ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。」と話しをしており、吉田氏の上記指示が所員の多くにうまく伝わっていなかったことが認められる。

 ④吉田氏は、調書で、「2号機が一番危ないわけですね。放射能というか、放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここかから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクをしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」と述べ、③の指示は適切ではなかったことを認めている。そもそも多くの所員は免震重要棟に退避していたのであり、1F内には免震重要棟より安全な場所はなく、合理性の乏しい指示であった。それまでの経緯と状況を考えると所員らは、2Fへの退避の指示だと理解するのが自然である。

 ⑤さらに「退避」は退いて危険を避けるという意味で戻る可能性もあるが、そこを撤去して退くという意味に受け止められる。約650人が2Fに移ったといっても、吉田氏ら69名が1Fに残っており、本部機能はまだ1Fにあったし、実際に2Fに移った相当数の所員らが同日正午以降に1Fに戻っている。多くの所員らが2Fへ移ったのは退避と認められる。

 本見解は、上記③、④に引用した吉田調書の部分をそのままなぞっているのであるが、私はこの部分に強い違和感をもつのである。即ち、ずっと2F退避ということで進んでいるのに、多くの所員が詰めており、1F内の最も安全な場所である免震重要棟内を出て、「1F構内の線量の低いエリアで退避すること」なる指示を、突如として吉田所長が出したのは何故か、あるいは本当に吉田所長はそんな指示を出したのかという点がどうしてもひっかかるのである。

 ここにはどうも背景事情がありそうである。本見解は、その背景事情にまでは立ち入らず、形式的に判断をしてしまった。しかし、当該記事を書いた担当記者ら及び担当デスクは、背景事情にまで考えをめぐらし、吉田調書の上記③、④で引用された部分を合理的に解釈をした上で、9割の所員が所長の指示に反して2Fへ撤退したと一つの考えうるストーリーを描いたのではないだろうか。

 当該記事は、吉田調書の合理的解釈の範囲内ではあるが、結果的には誤りである。しかし、私は、「誤報」ないしは「虚報」として非難されるようなものではないと考えるのである。

 その理由は後篇で述べることとする。    (前篇 了)

プルサーマル計画打ち切りを決断するべきだ


 11月3日付「朝日新聞」によると、「電気事業連合会は、2015年度までに全国の原発16~18基で実施する予定だったプルサーマル計画を先送りする方向だ。使用済み核燃料の再処理工場の完成が遅れているのに加え、停止している原発の再稼働の見通しが立たないためだ。」と報じられている。

 私は、今こそ、プルサーマル計画打ち切りの決断をすべきときだと思う。それは以下の理由による。

1 プルサーマルの効用については、資源エネルギー庁・電事連の誇大宣伝によるインフレが先行していたが、結局、2005年策定の原子力政策大綱においてさえ、「1~2割のウラン資源節約効果が得られる」と、大幅なトーンダウンとならざるを得なかった。まさにデフレである。
もっともそれさえも大きな誇張であることは、今では、はっきりしている。

 そのような僅かなウラン資源節約効果では、現在わかっているウラン埋蔵量(大島堅一『再生可能エネルギーの政治経済学』東洋経済新聞社によれば、2007年1月1日現在の値で、年需要量6.7万トンとして可採年数は132.4年であるとのことである。)からすれば無視できる程度の微々たるものである。むしろ、それは使用済燃料再処理、MOX燃料製造のために投入される膨大なコストに到底ひきあうものではなく、経済合理性を欠くものといわざるを得ない。

2 そうすると原発事業者から見ても、また電力需要者から見ても、プルサーマルの積極的な意義は全く認められない。それにも関わらず、資源エネルギー庁・電事連が、プルサーマルにしがみついているのは、結局、高速増殖炉開発・実用化が幻となった今、使用済燃料再処理路線を走ることにより必然的に備蓄されていくプルトニウムを、実際に使用して減らす努力をしているということを世界に示すためのもの、即ち、アリバイ工作に過ぎないということである。

 そうだ。云ってみればプルサーマルは、プルトニウムのごみ焼却のための苦肉の策なのである。

3 そのゴミ焼却によって、どれだけの危険がもたらされるであろうか。おおよそ次のような危険がもたらされるのである。

 プルトニウムは、ウラン235と比べると、より不安定で、中性子を吸収しやすく、核分裂を起こしやすい。そのために出力の急な上昇、核分裂暴走及び暴走した場合の制御棒の性能低下などが危惧されている。
またプルトニウム燃焼によって核分裂生成物のガスの放出量が非常に多くなること、プルトニウムの濃度が稠密になると融点が下がることなどが原因で、燃料ペレットの破損及び燃料棒の破損を起こし、メルトダウンを起こすおそれが生じることが指摘されている。

 更には、プルトニウムを燃やす場合には、ウラン燃料を燃やす場合と比べて、アルファ線を放出し、長い崩壊系列を持ち、また半減期が長いプルトニウム240、242、ネプツニウム、アメリシウム、キュリウムなどの核種がより多く蓄積するが、それらは崩壊熱が格段に高く、放射能も著しく強くなるので、万一事故が発生してそれらが放出されると被害は著しく大きくなることが指摘されている。

 プルサーマル計画の打ち切りは、もはや議論・検討の段階ではない。待ったなしの決断が迫られていると云ってよい。

 さてその先であるが、当然のことながら、プルサーマル計画打ち切りを決断すれば、いよいよ使用済み燃料再処理・核燃料サイクルの放棄が迫られる。何故なら、使用済み燃料再処理・核燃料サイクルの中核であった高速増殖炉開発の夢がついえた後に、その最後の支えとなっていたのは、プルサーマルであったから。
 使用済み燃料再処理・核燃料サイクルの放棄は論理的な成り行きであり、ドミノ倒しは避けられない。(了)

大飯原発差止判決を読む

 5月21日、福井地方裁判所は、平成24年(ワ)第394号・平成25年(ワ)第63号 大飯原発3、4号機運転差止請求事件について、大飯原発3、4号機の運転差止を命ずる画期的ともいうべき判決をした(以下、大飯原発3、4号機を「本件原発」、この判決を単に「本判決」という。)。

1 本判決が設定した差止め基準

 本判決は、最初に、「ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは、当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公法、私法を問わず、全ての法分野において、最高の価値を持つとされる以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。」と、自らよって立つ解釈指針を明示した。

 その上で、未曾有の大災害となった福島第一原発事故の被害を、「15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ、この避難の過程で少なくとも入院患者等60名がその命を失っている。家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遥かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない。」と、簡潔な言葉でではあるが、一点のくもりもない目ですくいとっている。
 私も、現役の頃には、公害裁判に取り組んだことがあるが、公害裁判は被害に始まり、被害に終わると言われる。どのようにしたら被害を裁判所にわかってもらうことができるのかを考え、主張・立証に工夫をし、なんとかやり遂げて裁判所にしっかりと被害を受け止めてもらえたとき、裁判の山を越したことになる。
 同時に、裁判が思うように進行せず、停滞して、つらい時、自己を奮い立たせてくれるものも被害の実相そのものだった。

 現代の最悪の公害である原発事故災害をテーマとした本件訴訟において、それは同じであり、原発事故災害で発生する被害をどう捉えることができるかということが、アルファでありオメガであった筈だ。
 本判決は、原発事故災害の被害を人間の心でしっかり受け止めた。

 その結果、差止基準に関する本判決の重要な法理が導かれた。本判決は以下のように整理する。

 原発に求められるべき安全性、信頼性は極めて高度なものでなければならない、万一の場合にも放射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければならない。だから、放射性物質を放出する事故を招く具体的危険性が万が一でもあれば、原発の運転の差止めが認められるのは当然である。
 そこでこのような具体的危険性が万が一でもあるかどうかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後においては、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しい。

 従来も、たとえば、航空機の離発着に伴う騒音、新幹線の騒音・振動、道路供用による大気汚染物質、騒音、振動の差止請求訴訟などにおいて、人格権は憲法上の権利(13条、25条)であり、中でも生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害に対しては、受忍限度を問うことなく差止めが認められると理解されていた。しかし、生命、健康を侵害もしくはその侵害の蓋然性(相当程度の確からしさ)が認められないと、差止請求は認容されなかった。つまり従来の公害裁判では、生命・健康の侵害の有無もしくは侵害の蓋然性が判断対象だったのである。
本判決は、福島第一原発事故後の原発裁判では、具体的危険性が万が一にもあるかどうかが判断対象だと、差止め基準を思い切って下げたことになる。

2 差止め基準を下げれば司法の役割が強化される

 これまで原発裁判では、専門技術的な判断を要するので、第一次的には専門化、専門機関による安全審査、判定が重視、尊重される傾向があった。しかし、本判決は、具体的危険性が万が一にでも発生するおそれがあるかどうかの判断は、高度の専門技術的な知識、知見を要するものではないと、言い切る。確かにそうだ。万が一にでも起こりえるかどうかは、原発の素人でも判断できる。

 このことは、原発の素人からなる司法機関が、原発裁判で、自信をもって判断を下せることになったことを意味している。

 実際、本判決でも難しい判断を迫られていない。第一に、本件原発を襲うことがあり得る地震を検討する。被告も手の施しようがないことを認める1260ガルを超える地震も起こり得るではないか。基準地振動700ガルを超える1260ガルまでの地震も起こり得る。また被告が安全という700ガル未満の地震の場合でも万一の事故は起こり得る。冷却不全に陥る可能性を認定できる。福島第一原発事故で問題になった4号機の使用済燃料プールの冷却不全の危機、そのようなことは本件原発でも起こりえる。極めてシンプルな認定だ。かくして万一の具体的危険性は幾重にも認められた。

 各地の原発差止め裁判へも、本判決は、大いなる有力な指針を提供したことになる。原発裁判を通じて「絶望の裁判所」を脱却し、司法ルネサンスの時代が到来しそうだ。

3 低次元な原子力学会の批判

 5月27日、原子力学会が大飯判決批判の見解をプレスリリースした。

 批判の第一点は、事故原因が解明されていないとの指摘は事実誤認である、当学会が本年3月、最終報告書を取り纏め、直接の原因のみならず、根本原因まで明らかにしたと。たいした自信だが、原発推進のための「原因解明」でしかなく、国民は納得しない。  

 原子力学会の判決批判の第二点は、ゼロリスクを求める考え方は科学技術に対する裁判所の判断としては不適切、いかなる科学・技術も人間の環境に対してリスクをもたらすが、科学技術によってリスクを十分に低減させた上で、その恩恵とのバランスで社会はそのリスクを受容するべきだとのご託宣だ。しかし、本判決は従来、司法判断の壁となっていた「蓋然性」説を「万が一説」に下げ、司法判断の門戸を広げはしたが、ゼロリスクを求めたのではない。それに原子力学会がよって立つ考え方は、公害対策と経済発展との調和を求める条項(経済との調和条項)が置かれていた公害対策基本法が、公害問題噴出の中で行われた1970年のいわゆる公害国会において、この条項を削除することによりとっくに克服されたものである。リスクと恩恵との調和を説く原子力学会は、40年前の死者の亡霊のようだ。

 原子力学会の批判の第三点は、原子力発電所のみ工学的安全対策を認めないという考え方は公平性を旨とする裁判所の判断としては不適切だというもので、これはたとえていえば高額所得者からは税を多くとるという累進課税制度を当の高額所得者が不公平だと非難するようなもので、すじのとおらない被害者意識を露骨に示したものと言えよう。本判決が、原発事故の重大性を認め、原発に求められる安全性、信頼性は極めて高度なものでなければならないと指摘したのは、福島第一原発事故の被害を放置して安易に原発再稼動を認め、原発を推進しようとする原発利権共同体には厳しい判断かもしれないが、国民的視野で見た場合、公平そのものだ。

 本判決文にこんな文章がある。「危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分明らかになったといえる。」。これこそ多くの国民の心をズバリ表現したもの、大きな支持を得るだろう。

 最後は、被告が原発停止⇒円安で高止まりした石油を輸入⇒貿易赤字で国富の流出と恫喝したが、「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富」であり「これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失」だと微動もしない。

                                     (了)
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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