スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦前秘密保全法制 (4)

軍機保護法の内容

軍機保護法をそのまま説明するのではなく、旧軍機保護法と比較する形で説明した方がわかりやすいだろう。

(第一に保護される秘密について)

旧軍機保護法では保護される秘密とは「軍事上秘密の事項又は図書物件」とあっただけで、それ以上の定義はなくはなはだ使い勝手の悪い法律であった。このため具体的な事件においてその適用が逡巡される事態も生じていた。ありていに言えばあまり使えない法律だったのである。

軍機保護法では、これを第1条第1項で「軍事上の秘密と称するは作戦、用兵、動員、出師其の他軍事上秘密を要する事項又は図書物件」とし、同条第2項で「前項の事項又は図書物件の種類範囲は陸軍大臣又は海軍大臣命令を以て之を定む」として、陸軍軍機保護法施行規則及び海軍軍機保護法施行規則で以下のように広範かつ抽象的に「軍事上秘密の事項又図書物件の種類範囲」を定め、さらにこれを受けて陸軍大臣、海軍大臣が具体的な指定をすることとされた。

陸軍軍機保護法施行規則
①宮闕守衛に関する事項、②国防、作戦又は用兵に関する事項、③編制、装備又は動員に関する事項、④国土防衛に関する事項、⑤諜報、防諜又は調査に関する事項、⑥運輸、通信に関する事項、⑦演習・教育又は訓練に関する事項、⑧資材に関する事項、⑨軍事施設に関する事項、⑩図書物件に関する事項の10項目

海軍軍機保護法施行規則
①国防、作戦又は用兵に関する事項、②出師準備に関する事項、③軍備に関する事項、④諜報又は防諜に関する事項、⑤艦船部隊、官衙、又は学校に於ける機密(「軍機」又は「軍極秘」に属するものに限る)に属する教育訓練、演習又は研究実験の計画、実施若は其の成果、⑥通信に関する事項、⑦軍事施設に関する事項、⑧艦船、航空機、兵器又は軍需品に関する事項、⑨図書物件に関する事項の9項目

このような法律構造は、「軍事上秘密の事項又図書物件」が無制限に拡大されるおそれが強い点で、我が特定秘密保護法に相似している。

(第二に行為態様について)

旧軍機保護法では探知収集罪も漏えい罪も、「秘密であることを知って」これをなすことが犯罪構成要件として明示されていたが、軍機保護法ではその記述がなくなった。
我が特定秘密保護法の漏えい罪も不正取得罪も「秘密であることを知って」なる文言は書かれていない。

(第三に罰則強化について)

旧軍機保護法では、探知収集は重懲役、職務上知得領有者の漏えいは有期徒刑、偶然の知得領有者の漏えいは軽懲役であった。

軍機保護法では、単純探知収集は6月以上10年以下の懲役、公表目的又は外国若しくは外国のために行動する者に漏えいする目的の探知収集は2年以上の有期懲役、業務上知得領有者の漏えいは無期又は3年以上の懲役、業務上知得領有者の公表又は外国若しくは外国のために行動する者への漏えいは死刑、無期又は4年以上の懲役、探知収集かつ漏えいは無期又は2年以上の懲役、探知収集かつ公表又は外国若しくは外国のために行動する者への漏えいは死刑又は無期若しくは3年以上の懲役、偶然の原因で知得領有した者の漏えいは6月以上10年以下の懲役、業務上知得領有者の過失漏えいは3年以下の禁錮又は3000円以下の罰金等と、行為類型を細分化するとともに死刑、無期にまで著しく重罰化し、過失による漏えいまで処罰することした。


帝国議会において、戦時下で軍部の強圧的な姿勢が顕著になる中の審議ではあったが敢然としてさまざまな疑問と修正案が提起された。そのうちいくつかを取り上げてみよう。

(第一に保護される秘密について)

死刑まで科する重大法規を勝手に陸軍大臣又は海軍大臣の命令で、しかも勅令ではなく単純な大臣命令で左右することは重大問題だとして反対する意見、少なくとも「陸軍大臣又は海軍大臣の命令」を「勅令」とせよという意見が出たが、政府は、何が軍事上の秘密で取締まりの必要があるかは、その時代、時代によって異なるところであるから委任命令で定めることにした、陸軍、海軍が専門的見地で定める必要があるとしてこれらの意見を一蹴した。なお、審議の中で政府側は、陸軍大臣又は海軍大臣命令は、法律の委任に基づいて「軍事上秘密の事項又図書物件の種類範囲」を定めるのであって、自ら新たに「秘密の事項又は図書物件」を定めるものではないとの説明がわざわざ行っているが、これは実際問題としてはしかく明確に言えることではないだろう。
我が特定秘密保護法の各行政機関の長の指定も同じである。

(第二に行為態様について)

「秘密であることを知って」なる文言が明記されないことに対する疑問、不安の意見が出されたが、これに対して政府側は、刑法総則において「罪を犯す意なき所のものは之を罰せず」との規定があるから、「秘密であることを知って」との文言がなくてもそのように解することになると説明した。また「狙いどころは他から来るところのスパイ、極めて稀に本邦人が彼らから唆されてそういうことをやる、ある極めてごく少数の一部、この一、二の欲望のために犯す、こういうのでございまして、他の国民全部は、この味方であり、全力を挙げて国家の不利なることは防ぐという日本国民の特性を十分信頼しての案でございます」と胸を張るのであった。
我が特定秘密保護法でも審議の中、或いはその他の場で政府・与党はそのような説明をし、あるいは一般の人の日常生活には何らの影響もないと人を煙に巻いていることは周知のごとしである。

しかし、それでも不安の解消には至らず、衆議院同特別委員会で「本法において保護する軍事上の秘密とは不法の手段に非ざれば之を探知収集することを得ざる高度の秘密なるを以て政府は本法の適用に当たりては須らく軍事上の秘密なることを知りて之を侵害する者のみに適用すべし」との付帯決議の上、可決を見たのであった。
(続く)
スポンサーサイト

戦前秘密保全法制 (3)

(2)軍機保護法

その制定経過

軍機保護法案が旧軍機保護法の改正法案として第70帝国議会に提出されたのは1937年2月26日、2.26事件の1年後、盧溝橋に銃弾の音が轟くわずか4か月余り前、時はまさに準戦時から戦時への端境期のことであった。この法案は、海軍省、内務省、司法省の協力を得て陸軍省が作成したものである。

当時の陸軍は、統制派、皇道派の対立抗争を統制派が制し、その説くところの広義国防国家に一路邁進していた。統制派が説いた広義国防国家とは、1934年10月1日、陸軍省新聞班が公表した「国防の本義とその強化の提唱」(いわゆる「陸軍パンフレット」)に明らかにされている。このパンフレットは「たたかひは創造の父、文化の母である」との印象的な章句で始まり、「国防は国家生成発展の基本的活力の作用なり」「国防は必勝の信念と国家主義精神を養い、それには国民生活の安定を図るを要する」とし、①万世一系の天皇を頂く日本固有の国家観念の明徴、②社会政策によって資本主義の修正、国民生活の向上を図る、③軍事産業優先のため統制経済を導入するなど、国家総動員体制と国家社会主義的政策、国民の国防精神を涵養し、高度国防国家をつくることを謳うものであった。

皇道派は国家社会主義、統制派は保守的な軍部強権派という区分けは全くの誤解である。彼らはいずれも同じ目標を持っていた。ただ異なるのは方法論。皇道派は下からのテロやクーデタによる権力掌握を狙い、統制派は陸軍内の要職を占め、組織を固め、上から権力を掌握するというものであった。統制派は懐刀・永田鉄山軍務局長を、1935年8月、相沢三郎中佐による暗殺事件で失ったが、陸軍要路にその勢力を培養しており、皇道派が2.26事件によって自滅するや、完全に陸軍の実権を掌握した。

一方、当時の海軍は、1930年4月、ロンドン軍縮会議で補助艦艇をアメリカとの比率10対7弱で妥結した海軍省首脳とこれを支持する者たち(条約派)と、あくまでも10対7を墨守することを強硬に主張した軍令部を中心とする者たち(艦艇派)が相争う抗争を艦艇派が制して、英米対決、大艦巨砲建造の強硬・軍拡路線を志向していた。

このように陸軍、海軍ともに軍国主義、軍備拡大、対外強硬路線派が制し、度重なるクーデタ未遂事件、血なまぐさい要人テロを背景に、軍部ファッショ・戦争路線に大きく傾いていたのであった。

これに対し、最後の抵抗ともいうべき政治的事件が起きた。1937年1月、広田弘毅内閣の総辞職を受けて、軍部ファッショと戦争路線に反対する政友会、民政党は、退役していた宇垣一成元陸軍大臣・前朝鮮総督を担ぎ出そうとした。宇垣も反軍部ファッショの覚悟を固めて、出馬の意思を表明、天皇から宇垣に組閣の大命が降下された。ここに反軍部ファッショ・平和の人民戦線「的」内閣の成立が日の目を見ようとした。しかし、実に、このとき無産政党の社会大衆党は、陸軍の進める広義国防路線を勤労大衆の生活向上を目標とし、社会主義的なものであると賛美して陸軍と結び、宇垣内閣の成立に反対するという決定的な誤りを犯してしまった。
陸軍は宇垣内閣には陸軍大臣を出さない強硬策で、宇垣内閣構想をつぶしてしまった。宇垣内閣は幻と消え、かわって陸軍の支持を得た林銑十郎元陸軍大臣(満州事変の朝鮮軍司令官。朝鮮軍を独断動員した越境将軍の異名をもつ。)が、同年2月2日、組閣を了したのである。

このように軍機保護法案は、軍部、とりわけ陸軍の輿望を担って登場した林内閣の手により、帝国議会に提出されたのであった。軍機保護法の解説書によるとその制定の理由として以下の説明がなされている(日高巳雄「軍機保護法」1937年)。

「近代における戦争が国家の総合力を動員する広義国防国家に在することは周知の事実にして之に伴い平戦両時に亙りて保護を必要とするもの亦往昔の比にあらず」

これは少しよそ行きの説明になっており、わかりにくい。もう少しわかり易い説明がある。1936年6月、陸軍次官梅津美治郎から内閣書記官長藤沼庄平宛に出された「国防上の機密に関する件」と題する通達である。そこには「将来戦における勝利の要諦は武力戦を主掌する軍が平時より営々として戦争準備を怠らざるが如く思想戦、経済戦を主掌する官民亦孜々として之が対策を考究準備し一朝時の時一糸不乱各最大能力を発揮し以て敵国を覆滅するに在り」として、軍機保護を一層徹底させることと、新たな軍機保護法の制定を要請した。つまり来たるべき戦争は、武力による戦争だけではなく、思想戦争、経済戦争を伴う総力戦であり、そのために新たな軍機保護法が必要だと言うのである。

第70帝国議会提出された軍機保護法案は、貴族院軍機保護法改正法律案特別委員会で審議を終えて衆議院に送付されたが、審議に入ることなく、同年3月31日、会期末を迎え、審議未了となった。

ところで林首相は、1937年度予算案が可決されたにもかかわらず、しかも政党基盤のない軍部内閣のため何らの政争もないにもかかわらず上記議会最終日に衆議院解散に打って出た。衆議院総選挙の結果は、民政党、政友会ともにほぼ現状維持、無産政党の社会大衆党の躍進という皮肉な結果であった。この結果をとらえて今こそ反軍部ファッショ人民戦線の結成をと呼び掛ける声も一時高まったが、社会大衆党の誤りは是正されず、日中戦争への突入により、その声は逼塞することとなってしまった。

さて軍機保護法案は、林内閣の総辞職、近衛文麿第一次内閣成立と慌ただしく動いた政局を経て、同年7月25日、新たな構成のもとに開会された第71回帝国議会に再提出され、貴族院同特別委員会で審議を終え、同月30日から衆議院同特別委員会で審議された。可決成立したのは同年8月8日である。法案が帝国議会に係属していた期間は暦日数にして49日間である。

この軍機保護法案の審議は、異例のスピード審議であったと評されている。それは、準戦時、戦時と軍部ファッショの時代であったから、そうなんだと妙な納得の仕方もある。しかるに我が特定秘密保護法においては、2013年10月25日に衆議院に提出され、11月26日には強行可決、参議院送付後12月6日には強行可決で成立、国会に係属していた期間は暦日数でわずかに43日間に過ぎない。しかも我が特定秘密保護法は、既存の秘密保護法の改正案ではなく、戦後はじめての包括的秘密保護法である。この異常な超スピード審議を一体どのように理由づけることができるであろうか。
(続く)

戦前秘密保全法制 (2)

戦前秘密保全法制の完成

(1)時代の動き
 
日清・日露の二つの戦争は、主として朝鮮半島に対する権益をめぐるものであった。従って、これらの戦争に勝利した我が国は、大手を振って韓国に進出し、1910年8月、日韓併合条約により、これを我が国の版図に組み入れた。またこれより先に日清戦争の直接の戦果として、1895年4月、下関条約により、清国に遼東半島・台湾・澎湖諸島を割譲させ(三国干渉により遼東半島は返還)、また日露戦争の直接の戦果として、1905年9月、ポーツマス条約により、ロシアが保有するに至っていた遼東半島租借権と長春・旅順間鉄道をもぎ取り、南樺太を割譲させ、我が少国民は日露戦争の合言葉となった臥薪嘗胆の思いを遂げ溜飲を下げたのであった。遼東半島とはいわゆる関東州であり、長春・旅順間鉄道とはいわゆる南満州鉄道である。

同年12月、ポーツマス条約を受けて、我が国は清国との間で「満洲ニ關スル条約」を締結、ロシアから我が国に譲渡された上記の清国に対する権益の移動を了承させた。同時に、南満洲鉄道の吉林までの延伸、同鉄道を守備するための我が国軍の駐屯、沿線鉱山の採掘権保障、同鉄道に併行する鉄道建設の禁止、安奉鉄道の使用権継続と両国による共同事業化、営口・安東・奉天における我が国人居留地の設置の許可、鴨緑江右岸の森林伐採合弁権獲得などが認めさせた。後に、我が国が高唱することになる満州の特殊権益である。

この「満洲ニ關スル条約」により駐屯させることになった鉄道守備隊が関東軍となるのである。南満州鉄道1㎞ につき15名、総延長は1100㎞であるから、単純計算で16500人となる。しかし満州事変勃発時にはわずか約5000人に過ぎず、駐箚師団兵数約5400人とあわせても、合計約10400人に過ぎなかった。これが関東軍で、後に70万人を超える巨大軍団に膨張するのである。

こうして我が国は、植民地を保有し、中国大陸へ干渉する橋頭堡を確保し、帝国主義の時代のニューフェースとして、歴史の檜舞台に登場することとなった。遅れてきた者は、なにごとにつけ粗忽で粗暴なふるまいをするものだ。中国への干渉、侵略は、経過を見ると、図々しい限りである。
芥川龍之介は1921年3月に新聞社特派員として中国大陸を旅行した際のルポを残している(「支那遊記」)。さりげない文章の運びの中に、当時の我が国の横暴に対する中国民衆の排日の声のすさまじさを見て取ることができる。

「不可亡了三七二十一条」、「犬与日奴不得題壁」、「殺尽倭奴方罷休」等々。

あちこちの壁に反日スローガンが書きなぐってあった。「21か条を忘れるべからず」、「犬と日本人だけは壁に文字を書くことは許されない」、「日本人を殺し尽してはじめて休むことができる」等々。1921年当時の中国民衆は、辛亥革命後新しい統一中国の建国に向けて苦難をしいられていた。我が国はそれに対し、援助するどころか、またとないチャンスとばかりに、弱みにつけ込み、中華民国政府に対し21か条に及ぶ無法な要求を突き付け、武力で脅しつけて無理やり認めさせたのだ。

21か条の要求とは、第一次世界大戦において、1914年8月、対ドイツ宣戦に踏み切り、中国の青島、威海衛などドイツ権益の奪取のため軍隊を送り出し、山東鉄道の占拠をした我が国が、抗議する中国に対して1915年1月突き付けたもので、第1「山東省に関する件」、第2「南満州及び東部内蒙古に関する件」、第3「漢冶萍公司(かんやひょうこんす)に関する件」、第4「沿岸島嶼の不割譲に関する件」、第5「懸案解決その他に関する件」からなっていた。同年5月、中国・袁世凱政権は、第5「懸案解決その他に関する件」を除き中国側は受諾・調印をしたのであった。
 
中国民衆が怒るのは当然だった。我が国はその後、中国に対し、何をしたか。中国民衆の怒りをとく努力をしただろうか。否、侵略の拡大である。
1928年6月4日、関東軍の手で張作霖爆殺。1931年9月18日、関東軍が柳条湖事件デッチあげ、「暴戻なる支那軍隊は満鉄線を破壊し、わが守備隊を襲い」とデマを流して満州事変に突入した。1932年1月18日、上海日本公使館付武官田中隆吉中佐の謀略で日蓮宗僧侶殺害事件をデッチあげて第一次上海事変を引き起こす。さらに満州から中国北部へと触手を伸ばし、1937年7月7日盧溝橋事件から日中戦争へと至る。

まさにこうした時代の動きにせかされて、1937年8月、改正軍機保護法(以下に「軍機保護法」という。)が制定された。その制定経過、内容とその適用状況は次回とする。
(続く)

戦前秘密保全法制 (1)

戦前秘密保全法制は、我が国が、アジア侵略に乗り出した時期に、呱呱の声をあげた。そして、それは、我が国が侵略戦争と軍国主義にのめりこむのにつれて次第に成長し、日米開戦直前に筋骨逞しい大人になって、敗戦とともに死んだ。

その戦前秘密保全法制の足取りをざっと追ってみよう。

明治初期から中期

明治初期から、軍人軍属については、海陸軍刑律により、軍事機密の漏えい、戦時の間諜(スパイ)行為が処罰されることになっていた。これはその後、陸軍刑法、海軍刑法となった。一方、一般人については、刑法において、交戦時に間諜(敵国へ軍事機密を漏洩する行為等)が処罰されることになっていた。しかし、平時において、一般人が、軍事秘密の漏えいや取得を処罰されることはなかった。
 
徴兵令が布告されたのは1872年、軍人勅諭が発布されたのが1882年、この間に台湾出兵、朝鮮軍との武力衝突(江華島事件)があり1876年日朝修好条規なる不平等条約を朝鮮に押しつけた。早くも我が国はアジアに矛先を向け始めた。

それと符節を合わせるように1881年、陸軍刑法、海軍刑法の改正により、一般人にも「軍人秘密を要する図書、兵器、弾薬の製法、其の他軍事に関する機密漏洩」したときは3月以上3年以下の軽禁固に処するとされ、軍事機密の保護が強化された。

1883年4月改正新聞紙条例、同年6月出版条例により、陸・海軍卿に軍事関係の記事掲載を許可し、もしくは許可しない権限が与えられることになり、さらに1886年12月出版条例改正で、軍事機密を記載する文書図書の出版はできないこととなった。

日清・日露戦争前後

我が国と清国との関係が緊迫化すると、1890年、法律第2号「軍港要港に関する件」を定め、それにもとづく「軍港要港規則」によって、軍港・要港境域内の状況、形状等を機密として保護する権限を鎮守府司令長官に付与した。

日清戦争勝利は、我が国をして少壮帝国主義国の第一歩を踏み出させることになった。軍制もようやく整備されてきた。そこで帝国主義列強に倣い、1899年7月、軍事秘密保全のための単独法として軍機保護法(以下「旧軍機保護法」という。)が制定された。

旧軍機保護法は、①軍事秘密を探知収集した者を重懲役に処する、②職務上軍事秘密を知得領有し秘密であることを知って他人に漏洩、公布、公示したときは有期徒刑に処する、③偶然軍事秘密を知得領有した者が秘密であることを知って他人に漏洩、公布、公示したときは軽懲役に処する、ということを骨子とし、わずか8か条からなる法律であったが、我が国における本格的な秘密保全法制として重い位置を占めている。

他の法令を見てみると、1893年に出版条例にかえて制定された出版法に「外交軍事其の他官庁の機密」に関する無許可出版の処罰規定が置かれ、1909年新聞紙条例にかえて制定された新聞紙法に「陸軍大臣、海軍大臣及び外務大臣は新聞紙に対し命令を以て軍事若しくは外交に関する事項の掲載を禁止し又は制限することを得」との規定がなされた。

また1907年改正された刑法(現行刑法。ただし1947年に大幅改正)には外患誘致、外患幇助、通謀利敵と並んで第83条に「敵国の為に間諜を為し又は敵国の間諜を幇助したる者は死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処す 軍事上の機密を敵国に漏泄したる者また同じ」と定められた。交戦時の規定ではあるがふるえあがるばかりである。

我が国の戦前秘密保全法制は、このあたりで高校卒業程度にまで成長したといえようか。明日は筋骨逞しい大人になる様とその過程でどんな悪さをしたか描くことにする。 
(続く)

立憲主義を守るために秘密保護法が必要との謬論を駁す (5)

4 まとめ

そろそろまとめることにしよう。頭書の対談に戻るが、杉田氏が「法律は相互に関係し合っています。憲法改正や集団的自衛権の行使容認など、安倍政権がめざす法制度改革の文脈に秘密法を位置づければ、不安も出てくる。情報が遮断された中で、いつの間にかとんでもないところに連れていかれるのではないかと。秘密法で国を守ろうとした結果、私たちの生活が脅かされるとすれば本末転倒ですようね。」と長谷部氏を、そのはまり込んだドグマティッシュな状況から救い出そうとしたのに対し、長谷部氏は、以下のように述べて、殻を閉ざしてしまうのであった。

「秘密法は民主党政権のもとで構想されたもので、民主党政権が提出していたらこれほど反発されていなかった可能性が高いと思います。(中略) ただ秘密法は、多くの先進国が持っているありふれた制度のひとつです。だから政権のありようとは別に法技術的な観点から判断されるべきです。」

驚かされることが二つある。一つ目は、秘密保護法の由来と政治的文脈に関するあまりにもひどい無知、二つ目は、先進国の法制度に関する完全なる無知を、あけすけに披露していることである。

(1)秘密保護法の由来と政治的文脈

長谷部氏は、秘密保護法は、民主党政権において構想されたものと言うが、とんでもない事実誤認であり、自民党が永年にわたって追及し続けてきた治安立法・スパイ防止法制定のベクトルと米国との軍事同盟を深化・集団的自衛権容認のベクトルの合成によって、秘密保護法が制定されたのだということを正視しなければならない。

治安立法・スパイ防止法制定の動きがはっきりした形をとったのは1985年のことである。第102国会に自民党の議員立法として国会に提出された「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法案」である。
この法案は「外国のために国家秘密を探知し、又は収集し、これを外国に通報する等のスパイ行為」を防止するために、国家秘密(防衛のための体制等に関する事項、自衛隊の任務の遂行に必要な装備品及び資材に関する事項、外交に関する事項で、我が国の防衛上秘匿することを要し、公になっていない情報)を、業務者自ら、もしくは探知・収集した第三者が外国に通報する行為、業務者が漏えいする行為等を死刑・無期懲役を含む厳罰に処することとするというもので、野党や日弁連の猛烈な反対運動と国民世論の反発により翌第103回国会で廃案となった。

自民党は、すぐにこれを修正して「防衛秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」をつくった。この法案は、「防衛秘密(防衛のための体制等に関する事項、自衛隊の任務の遂行に必要な装備品、資材等に関する事項、我が国の安全保障に係る外交に関する事項で我が国の防衛上秘匿することを要し、かつ公になっていない情報)を、業務者上自ら、もしくは探知・収集した第三者が外国に通報する行為、業務者が漏えいする行為等を最高刑無期懲役を含む厳罰に処する」こととするというものであった。旧法案に比べると、死刑の削除、対象秘密の範囲の限定及び「出版又は報道の業務に従事する者が、専ら公益を図る目的で、防衛秘密を公表し、又はそのために正当な方法により業務上行った行為は、これを罰しない。」とのメディア向けの条項が書き加えられていた。しかし、結局、自民党は国会提出を断念した。

自民党は、その後も治安立法・スパイ防止法制定の運動は細々とではあるが継続していたが、2001年の9.11事件後、突如スポットライトを浴び、上記「防衛秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」と趣旨において同じものが一気に政府の発案による自衛隊法改正という形をとって実現してしまったのである。それが自衛隊法法改96条の2・122条である(2001年11月施行)。これによって防衛秘密(自衛隊法別表4に掲げる事項―秘密保護法別表1防衛に関する事項と同じ―で、公になっていないもののうち我が国の防衛上特に秘匿することが必要として防衛大臣が指定したもの)の漏えい等が最高刑5年以下の懲役に処することとされた。
しかし、それでも自民党にとっては当初のスパイ防止法制定の目論見が完遂されたわけではなかった。
これが第一のベクトルである。

一方、日米軍事同盟を深化・集団的自衛権容認の流れを見てみよう。
2005年の「日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」)合意文書は「日米同盟:未来のための変革と再編」なる刺激的なタイトルが付されている。この中で「日米同盟は日本の安全とアジア太平洋地域の平和と安定のために不可欠な基礎。同盟に基づいた緊密かつ協力的な関係は世界における課題に対処する上で重要な役割を果たす」、「日本の有事法制、自衛隊の新たな統合運用体制への移行計画、米軍の変革と世界的な態勢の見直しといった、日米の役割・任務・能力に関連する安全保障及び防衛政策における最近の成果と発展を、双方は認識した」とし、日米同盟の深化、米軍と自衛隊の統合運用を確認している。
2007年5月1日付「2+2」合意文書「同盟の変革: 日米の安全保障及び防衛協力の進展」では、「閣僚は、新たに発生している安全保障上の課題に対して、より効果的に対応するために、二国間の情報協力及び情報共有を拡大し、深化する必要性を強調した。」と記載されている。さらにこの合意文書中では「閣僚は、この同盟の変革に関する構想に沿った役割・任務・能力の進展を確認するとともに、以下を強調した」として「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)としても知られる、秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関する両政府間の実質的合意」を明記している。
同年8月10日調印された日米軍事情報包括保護協定(GSOMIA)第6条は「日米両政府は秘密軍事情報について当該情報を提供する国の秘密保護と同等の保護を与えるための適当な措置を取ること」を確認している。
これが第二のベクトルである。

(2)先進国の法制度

先進国でも秘密保全法制はある。しかし、表現の自由・知る権利との格闘の生々しい跡をとどめており、長谷部氏のように「ありふれたもの」と言ってのけるのは、あまりにもその重みを無視していると言わざるを得ない。

米国の秘密保全法制では、秘密指定の範囲が限定され、秘密指定の濫用を防止する規定が置かれ、秘密指定・解除について連邦議会の上・下院の特別委員会による審査に服するほか、独立性が保障された強力な第三者機関による審査や解除がなされることになっている。
また米国では防諜法の犯罪類型が客観的行為によって記述され、可視性があり、拡張されるおそれが小さい。

ドイツ、フランス、イギリスについても、秘密保護法に相当する反逆的秘密漏示罪(ドイツ)、国防秘密漏えい罪(フランス)、スパイ条項(イギリス)があるが、それぞれに対象秘密を限定し、かつこれを審査する独立の第三者機関を持っている。

最後に、私は長谷部氏をこき下ろして快感を味わおうというような了見はさらさら持っていない。長谷部氏には憲法改正問題で果たしたような立派な役割を、この秘密保護法の問題でも発揮して頂きたいと心から願っている。敢えて非礼もかえりみず批判をしたのは一にかかってその願いからである。
                                      (了)

立憲主義を守るために秘密保護法が必要との謬論を駁す (4)

(3)日本国憲法の基本原理である立憲主義を守るために必要との論

頭書に掲げた昨年12月19日(日)付「朝日」紙における杉田氏との対談での長谷部氏の発言に戻ることとする。長谷部氏の説くところをできるだけ主観をまじえず、要約してみることとする。

「日本国憲法の基本原理である立憲主義を守るために秘密保護法が必要。立憲主義とは多様な考え方を持つ人たちが平穏に、公平に暮らしていけるようにするための枠組みである。権力が制限されるのはみんなを公平に扱う社会の仕組みをつくるためだ。中国や北朝鮮のように立憲主義の考えをとっていない国もある。それらの国から憲法の定める自由で民主的な現在の政治体制を守らなければならない。そのために秘密保護法が必要だ。」

後半の「中国や北朝鮮」以下のくだりは、上記のインタビュー記事の内容と同じであるから繰り返さない。本稿の主題は「日本国憲法の基本原理である立憲主義」をもって秘密保護法を正当付ける理由としている前半部分の検討にある。

立憲主義は、自民党の憲法改正草案の批判においても、憲法改正の発議要件緩和しようとした96条改正論に対する批判においても、キーワードとなった重要な概念である。それを秘密保護法の論拠にするとは何事か。誰しも憤りを覚えることであろうが、ここは冷静に検討してみよう。

ここで確認をしておきたいのはこれら批判活動において、国民の基本的人権を守るために憲法により公権力を縛るという共通理解のもとに立憲主義という概念を用いていたであろうということである。
しかし、立憲主義なる概念は、生来的にそうであったわけではない。むしろ立憲主義なる概念は多義的に用いられていたのである。たとえば明治憲法においても、美濃部達吉博士は天皇大権を制限し、国民殊にその代表者としての議会を政治の中心におく考え方として立憲主義を標榜し、これに対し、穂積八束博士は憲法の定めるところに従って天皇大権の行使することを立憲主義と説いたのであった(樋口陽一「憲法 知の復権へ」(平凡社ライブラリー104頁以下)。前者は、明治憲法を近代ヨーロッパの憲法原理に可能な限り接合しようという努力の現われであり、後者は後進国プロシャ憲法とこれをモデルにした我が国に特有な憲法原理を墨守せんとするものである。

少し立ち入ってみると、近代ヨーロッパの憲法原理は、フランス革命下の憲法制定国民議会において1789年8月26日採択されたフランス人権宣言(人及び市民の権利宣言)に定める天賦人権、国民主権及び第16条「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。」との規定に示されているところであり、当然のことながら近代的立憲主義とはこのような憲法原理を体現するものでなければならない。

我が国においても、日本国憲法の制定により劇的に転換を遂げた。日本国憲法は、近代ヨーロッパの憲法原理を具現するもの(さらにはこれを生存権条項など社会権規定により一層発展させたもの)であり、美濃部博士の所説をはるかに追い抜いてしまったのである。従って日本国憲法の下での立憲主義は、国民主権原理、三権分立の統治構造及び国民の基本的人権を守るために公権力の行使を制限することが核心的要素となる(芦部信喜「憲法 新版補訂版」岩波書店13頁以下、佐藤幸治「憲法(第三版)」青林書院5頁以下、浦部法穂「全訂憲法学教室」12頁以下)。

翻って長谷部氏の説く立憲主義であるが、先の「憲法とは何か」(岩波新書)を読む限り、これらの核心的要素は相対化され、むしろ公的領域(政治過程)における利害関係の調整、公平性の確保の仕組みというニュートラルな制度にウェートが置かれているように思われる。再び引用することになるが、以下の文章に端的に表れていると言ってよい。

「そのために立憲主義がまず用意する手立ては、人々の生活領域を私的な領域と公的な領域とに区分することである。私的な生活領域では、各自がそれぞれの信奉する価値観・世界観に沿って生きる自由が保障される。他方、公的な領域では、そうした考え方の違いにかかわらず、社会のすべてのメンバーに共通する利益を発見し、それを実現する方途を冷静に話し合い、決定することが必要となる。」

勿論、長谷部氏がここで述べるところを真摯に追及すれば、国民主権原理にも、三権分立にも、公権力の行使の制限という命題にもつきあたることになるのであろうが、長谷部氏は、それをしないで、あろうことか人々に対し公権力への信頼を説諭してしまうという陥穽に陥ってしまった。ここに長谷部氏が立憲主義をもって秘密保護法の必要性を説くという誤りが生じる原因がある。

立憲主義の核心的要素は、国民主権原理、三権分立の統治構造及び国民の基本的人権を守るために公権力の行使wを制限するというところにあると考えるならば、秘密保護法が立憲主義を守るために必要などという謬論は生じる余地がない。それどころか秘密保護法は、国民の主権の行使を制約し、立法権と司法権を行政権に従属させ、基本的人権を侵害するものであり、立憲主義に反するものというほかはない。
(続く)

立憲主義を守るために秘密保護法が必要との謬論を駁す (3)

(2)昨年12月21日付「朝日」紙インタビューでの発言

長谷部氏に対して、驚きと批判の意見が殺到したのであろう。長谷部氏は、特別に保護するべき情報がある以上は当然秘密保護法が必要だという没価値的・事務的で粗雑な論理に、理論的粉飾をこらすことを試みた。昨年12月21日付「朝日」紙のオピニオン欄に、長谷部氏のインタビュー記事が掲載されたが、そこで長谷部氏は、秘密保護法を必要と考える最大の理由は何かと問われて、以下のように語っている。

「国を守る法律だからです。国を守るとは、憲法を守るということです。単に物理的に領土を守るとか、国民の生命と財産を守るということではありません。中国や北朝鮮と同じ政治体制でいいなら、国を守る必要はない。しかし憲法の定める自由で民主的な統治の基本秩序を守り、現在の政治体制を守るためには、特定秘密保護法をつくり、特別な保護に値する秘密が外に漏れないようにしなければなりません。」

ここには立憲主義なる言葉は使われていないが、それのはしりとも言うべき考え方は示されている。憲法の定める自由で民主的な統治の基本構造を守り、現在の政治体制を守るために秘密保護法が必要だという主張である。これは、立憲主義なる抽象的概念で定式化されていないだけに非常にナイーブであり、誰もがそのウィークポイントに気付きやすいのではなかろうか。即ち、長谷部氏の言うところの、憲法の定める自由で民主的な統治の基本秩序、現在の政治体制とは、国民主権と代議制民主主義のことであり、これを支えるのは表現の自由、報道の自由、知る権利、内心の自由などの基本的人権である。これら基本的人権の徹底した保障なくして国民主権と代議制民主主義は成り立たない。そうであるならば秘密保護法とこれら基本的人権がクロスするのかしないのか検証しなければならないことになる。しかるに長谷部氏はそれを一切放棄しているのである。

この点については、私は、以下のように整理できると考える。

表現の自由・知る権利の侵害

秘密保護法は、国民の共有財産である行政情報・国家情報のうち、別表掲記の「防衛に関する事項」10項目、「外交に関する事項」5項目、「特定有害活動防止に関する事項」4項目、「テロリズム防止に関する事項」4項目、合計23項目に該当する情報について、各行政機関の長が特定秘密に指定し、特定秘密取扱者のみならず、入手し、公表し、論評しようとする第三者に対し、最高刑10年の懲役以下に処するとの脅しをかけて、情報の流れを遮断し、表現の自由とそれに内在する知る権利(憲法21条)に重大な制約をもたらすものである。

しかも上記23項目の文言は、一義的に明確ではなく、抽象的、曖昧である。そのため行政機関の長による特定秘密指定はとめどもなく広がる可能性を孕んでおり、それに対する歯止めは存在しないに等しい。

秘密保護法22条は、1項で「国民の知る権利に資する報道又は取材の自由に十分配慮しなければならない」とし、2項で報道関係者について「公益を図る目的を有し、かつ法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする」と規定しているが、前者は単なる配慮条項で何ら法的拘束力をもつものではなく、後者は、公益を図るために取材の自由と手段・方法の違法性・不当性を混同し、西山事件最高裁判決のレベルにとどまるもので、これでは取材の自由を保障したことにならない。

思想信条・内心の自由及びプライバシーの侵害

秘密保護法12条乃至17条は適性評価制度について定めている。適性評価制度とは特定秘密を取り扱う行政機関や特定秘密を保有もしくは提供を受ける可能性のある事業者において、職員・従業員を調査し、秘密を漏らすおそれありと評価された者を特定秘密取扱者としないようにする仕組みである。
適性評価の調査項目は、①特定有害活動(スパイ行為)及びテロリズムとの関係に関する事項(本人の家族及び同居人の氏名、生年月日、現国籍、過去に有していた国籍及び住所を含む)、②犯罪・懲戒歴、③情報の取り扱いに関する非違歴、③薬物の乱用及び影響に関する事項、④精神疾患に関する事項、⑦飲酒についての節度に関する事項、⑦信用状態その他経済的な状況、とされている。
調査方法は、質問調査(対象者本人だけではなく、対象者の知人その他の関係者にも)、資料提出をさせる、公務所もしくは行使の団体への照会し報告を求めるなど、徹底している。関連して政治活動や組合活動歴も調査されるおそれがある。預金の状況、株式・有価証券の取引歴など資産状況も把握される。
このような調査は、現在自衛隊で行われている上述の秘密取扱者適格確認制度の運用実情から見て、思想・信条の自由、内心の自由(憲法19条)、プライバシーの権利(憲法13条)を侵害するものとなるであろう。
  
先に、長谷部氏は、行政機関(つまり官僚)への信頼の弁をどんどん増幅させていると述べたが、このインタビューの中で以下のように述べているのが印象的である。
   
「今回の仕組みは、特別に保護すべき情報を金庫の中に厳重にしまって、権限のある人だけが見られるようにするというものです。なんでも金庫に入れてしまうと政府の仕事がやりにくくて仕方がない。常識的に考えて、秘密の範囲が際限なく広がることはありません。」

なんと底の浅い常識であろうか。我々の日常的経験においても、また歴史の教えるところでも、政府、行政機関、官僚は、必要以上に情報を囲い込みたがり、不都合な情報は一切秘密にするというのが常識ではなかろうか。

さらに長谷部氏は、独立性と中立性の高い第三者機関を設けてチェックさせるべきだとの記者の意見に対し、以下のように反論する。
   
「そうでしょうか。専門的知見のない人に、特定秘密として指定すべきか否かの判断はできません。しかし高い第三者性を求めれば求めるほど、専門性の低い人を呼んでこなければなりません。そんな組織を作ってもあまり意味がないと思います。発想を転換して、情報を手元に持っている人がそれを外に出しやすくする仕組みを作る、そのことに力を注いだ方がいいのではないですか」

これは専門家による専断を容認し、その叡慮にお任せするという見解ではないか。長谷部氏の「自由と民主」は、安倍専断政権を支える「自由民主」を名乗る政党の「自由と民主」の内実とどれだけの差異を誇れるのであろうか。メディアに萎縮」を煽るなと説教する長谷部氏に対して、私は、「公的領域(政治過程)において、人々にとって、大切なことは信じることではなく疑うことである」との一文を献呈しておくこととする。
(続く)

立憲主義を守るために秘密保護法が必要との謬論を駁す (2)

3 長谷部氏の秘密保護法必要論の展開

そうは言っても長谷部氏が、秘密保護法に賛成する立場にまわるという事態は、私にとっては想定外のことであった。

長谷部氏は、前出の「憲法とは何か」(岩波新書)の中で、次のようにも言っている。

「人間らしい生活を送るためには、各自が大切だと思う価値観・世界観の相違にもかかわらず、それでもお互いの存在を認め合い、社会生活の便宜とコストを公平に分かち合う、そうした枠組みが必要である。立憲主義は、こうした社会生活の枠組みとして、近代のヨーロッパに生まれた。」
「そのために立憲主義がまず用意する手立ては、人々の生活領域を私的な領域と公的な領域とに区分することである。私的な生活領域では、各自がそれぞれの信奉する価値観・世界観に沿って生きる自由が保障される。他方、公的な領域では、そうした考え方の違いにかかわらず、社会のすべてのメンバーに共通する利益を発見し、それを実現する方途を冷静に話し合い、決定することが必要となる。」
「政治のプロセスがその役割をその役割を適性に果たすことを狙いとする仕組みは、公と私の仕切りの他にも、さまざまな形で存在する。たとえば、マスメディアの表現の自由の保障がそうである。マスメディアは、法人であって生身の個人ではない。自分の言いたいことをいう自由は、個人には保障する必要があるであろうが、マスメディアには、『生まれながらにして』保障されるわけではない。しかし、マスメディアに報道の自由、批 判の自由が保障されているおかげで、世の中には豊かなで多様な情報が行き渡り、政策論争も活発となり、政治のプロセスがその役割をよりよく果たす助けとなる。」

長い引用になったが、熟読して頂きたい。長谷部氏は、憲法的原理として立憲主義を強調し、その眼目として、社会構成員それぞれの価値観・世界観に従って生きるべき私的領域に国家権力は介入してはならないこと、社会構成員の共通利益を実現すべき公的領域(政治過程)においては冷静な話し合いによる決定がなされるべきで、そのためにはマスメディアによる報道・批判に自由の確保を通じて多様な情報が行き渡り、政策論争も活発となることが必要であることを説いているのである。

このような長谷部氏の立憲主義論からすれば、公的領域(政治過程)においては、可能な限り情報が人々に行き渡っていることがその健全性を維持するために必要なことであり、いわば情報という米を食べた人々が自由に冷静に話し合うことによって妥当な決定を導き出すことこそが理想型として奨励されているのである。この長谷部氏の説くところと秘密保護法とは到底結びつかないだろう。

(1)第185国会衆議院安全保障特別委員会における参考人陳述

ところが長谷部氏は、昨年11月13日、第185国会衆議院安全保障特別委員会に参考人として招致され、要旨、次のように陳述し、私を驚かせた(驚かされたのは私だけではないだろう。)。

「第一に、特別の保護に値する秘密など存在しないという考え方は常識的な立場ではない。特別な保護に値する秘密があることを容認する以上、みだりに漏えい等が起こらないよう対処しようとすることには高度の緊要性が認められる。それに必要な制度を整備することは十分に合理的。ほかの国でも、類似の制度は少なくない。

第二に、この法案の別表の記載等には何が特別な保護に値する秘密なのか、基本的な考え方は示されているが、具体的にどのような情報が特別な保護に値する特定秘密なのかがわからないではないかと批判されるが、具体的な事例ごとに専門知識を持つ各行政機関で的確、合理的に判断し、その都度指定をしていくしかないのではないかと思われる。

第三に、この法案は、政府が保有する情報の中で、公になっていないものであって、かつ特定秘密として指定されたものについて、それを漏えいする行為、あるいは漏えいを唆したり扇動したりする行為等を処罰対象としているだけで、一般市民が独自に収集をした情報、既に公になっている情報についても、その保有が処罰の対象とされかねないという、ホラーストーリーはあたらない。

第四に、捜査当局がこの法案の罰則規定違反の疑いで逮捕や捜索を行う危険性、それはあるのではないかと言われるが、我が国の刑事司法は、捜索や逮捕につきましては令状主義をとっており、そうした危険性は小さい。

第五に、報道機関の取材活動に悪影響を及ぼすのではないかという懸念が示されるが、外務省秘密電文漏えい事件に関する最高裁の決定により、よほどおかしな取材の仕方をしない限りは、報道機関が情報の開示を公務員に求めたからといって、処罰されることはないとされている。法案の第二十一条第二項の条文は、この判例の考え方を注意的に確認をした。

最後に、こうした法律をつくること自体が、政府の保有する情報を取り扱う公務員の萎縮を招き、全体として報道機関の取材活動を困難にすると言われるが、この法案の目的がそもそも、特別な保護を必要とする政府保有情報に関しまして特に慎重な取り扱いを求めようとするもの、慎重な取り扱いをしているということは、悪く言えば萎縮をしているということになるだけのこと。

この問題は、そもそも日本という国には特別な保護に値する政府保有情報があるのかないのかという、冒頭の問題に戻っていくことになります。そんな情報はないという立場も理論的にはあり得ないわけではないとは思いますが、私は、それは余り常識的な立場ではないと考えております。」
 
なんという一面的で粗雑な論理であろうか。政府が保有する情報には特別に保護するべきものがあることを認めるかどうか、それを認めるならばみだりに漏えいすることを防ぐための法制度を設ける高度の必要性があり、何が秘密であるかを具体的に指定することは専門的知識を有する行政機関に委ねればよい、よその国もやっている、何も心配することはない、これだけのことである。

私は、前述のように立憲主義を説く長谷部氏であるならば、公的領域(政治過程)が健全に機能し、維持されるためには、政府が保有する情報はどうあるべきかを論じるべきであったと思うのである。そうすればいきなり特別に保護する必要があるかどうかの二者択一論から話が始まるのではなく、政府の保有する情報は、本来は国民に開示するべきあるが、ある理由のために、ある期間、秘匿をしなければならない場合もある、そのようなに秘匿を要する場合、物的管理で足りるのか、人的管理も必要なのか、現行の法制度に問題点はないか、問題点があるとすればそれはどのようなことか、それを改善し、克服するにはどうしたらいいのか、どういう法制度が望ましいのか、その法制度構築によって国民に必要以上の権利制限をし、不利益を課し、公的領域(政治過程)に無用な混乱、歪を生じはしないか等々、緻密に厳密に議論を組み立てることができた筈である。

それにしても長谷部氏が一番警戒をし、不信の念を抱くべき行政機関(つまり官僚)をかくも信頼しきっているのが、印象的であった。これは後に見るようにどんどん増幅されていくことになる。
長谷部氏ともあろう人が、こんな粗雑な俗論を述べるとはどうしたことか。長谷部氏に一体何があったのであろうか。
(続く)

立憲主義を守るために秘密保護法が必要との謬論を駁す (1) 

1 はじめに

1月19日(日)付「朝日」紙に掲載された杉田敦法政大学教授と長谷部恭男東大教授の対談を読んだ人は多いだろう。杉田氏は政治学・西洋政治思想の研究者、長谷部氏は憲法学の研究者である。お二人に対しては、時の政治権力におもねることなく、批判的視点を堅持され、自由・民主主義及び憲法政治の実現を追求されてきた方々として、敬意を抱いている方も多いであろう。この対談の中で、長谷部氏は、「日本国憲法の根本原理である立憲主義を守る」ために秘密保護法に賛成したと述べている。果たして、そのような主張は成り立つであろうか。

2 長谷部氏への疑問の端緒

長谷部氏は、自民党の憲法改正論に反対する立場を鮮明にされ、新聞・雑誌等でも積極的発言をされてきた。長谷部氏は、昨年の安倍政権による憲法96条改正の無謀な企みを阻止する運動においても大きな役割を果たされた。私も、このことには敬意を表するものである。

しかし、その一方で、もう3年も前のことだが、長谷部氏の「憲法とは何か」(岩波新書)を読み終えて、次のくだりに違和感を覚えたことを率直に告白する。

・「憲法9条の文言にもかかわらず自衛のための実力の保持を認めることは、立憲主義を揺るがす危険がある という議論があるが、これは手段に過ぎない憲法典の文言を自己目的化する議論である。立憲主義の背後にある考え方からすれば、特定の生き方を「善き生き方」として人々に強制することは、許されない。」
・「9条の文言は、たしかに自衛のための実力の保持を認めていないかに見えるが、同様に、「一切の表現の自由」を保障する21条も表現活動に対する制約を認めていないかに見える。それでも、わいせつ表現や名誉棄損を禁止することが許されないとする非常識な議論は存在しない。21条は特定の問題に対する答えを一義的に決める「準則(rule)」ではなく、答えを一定の方向に導こうとする「原理(principle)」に過ぎないからである。9条が「原理」ではなく、「準則」であるとする解釈は、立憲主義とは相容れない解釈である。」

長谷部氏のこの見解は、憲法9条を、厳格な法規範から一段低い政治的原理に格下げし、結局は、政治の場で優越する勢力の見解に軍配を上げ、現実追認を迫ることになるのではないだろうか。確かに憲法21条を持ち出すまでもなく、法が、全ての場合を文言化し、取り込むことは不可能であるから、おのずから解釈の余地が生じる。即ち、これが法解釈という知的営為である。
法解釈には一定の幅が生じることも防ぎ得ないことである。裁判例を見ても、真っ向から相対立する法解釈がなされていることもまま見られることである。しかし、それでも法解釈は、文言の持つ意味を、文理に即しつつ、立法経緯、立法事実、合理性及び妥当性を勘案し、一つの解釈に到達する努力がなされなければならないこともまた当然の事理として承認される。
しかるに法規範ではなく、政治的原理であるとすれば、長谷部氏自らも述べるように多元的立場を容認することになってしまう。そして並列する多元的立場のうちで勝利を占めるのは全て政治多数派であるということになってしまうであろう。
法規範と政治的原理とには決定的な違いがあるのである。

では憲法9条を法規範とした場合、果たして、長谷部氏の言うように個々人に生き方を強制することになることになってしまうのであろうか。私はこれもおかしな理屈だと思う。
個々人にとって大切なものは平和である。その平和を武装して確保するのか、或いは非武装で確保するかというのは政治的見解であって、「善き生き方」か「悪い生き方か」という範疇の問題ではない。憲法9条は、非武装で平和を確保するという考え方を法規範として採用したに過ぎず、個々人に「善き生き方」或いは「悪い生き方」を強制するのではない。強いて言えば、憲法9条は、国家に「善き生き方」を強制しているのである。

これに続いて、昨年5月ころ、私は、「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(2011年8月8日)を読んで驚いた。内容もさることながら、そこに長谷部氏の名前を見出したからである。それ以来、私は、喉に小骨が刺さった思いを引きずることになってしまった。

秘密保全法制の検討は、自民党政権下で脈々と進められてきたものの、政権交代によって中断されていた。ところが尖閣諸島沖における巡視船に対する中国漁船衝突事件の処理を巡って守勢に立たされ、更に衝突状況を撮影したビデオ映像がインターネット上へ流出したことにより追い打ちをかけられて、慌てふためく民主党政権を、内閣官房・内閣情報調査室の官僚たちが尻たたきして、蔵に眠っていた古着を引っ張り出し、お仕着せをし、ここに秘密保全法制の検討が再スタートしたのであった。その検討の中心となったのが2011年1月に発足した「秘密保全法制の在り方に関する検討委員会」であったからである。
(続く)

核燃料サイクルからの撤退を! (最終回)

私が社会人としてスタート切ったのは1969年7月1日。この年の夏、勤務先の同僚たちと福井県小浜市の浜に海水浴に出かけた。太平洋岸の工業地帯近傍の浜しか知らなかった私には、あの時の浜は美しく、脳裏に焼き付いている。数年後、再訪したときには跡形もなくコンクリートに打ち固められていた。恐るべき勢いで建設されて行った原子力発電所、そろそろお引き取り願う時期が来た。

連載してきた「核燃料サイクルからの撤退を!」も終わりに近づいた。今日は、全体のまとめをすることとする。

******
まとめ
******

核燃料サイクルは、①天然ウランの確保、転換、ウラン濃縮、再転換、核燃料の加工からなる原子炉に装荷する核燃料を供給する活動と、②使用済燃料再処理、MOX燃料の加工、使用済燃料の中間貯蔵、放射性廃棄物の処理・処分からなる使用済燃料から不要物を廃棄物として分離・処分する一方、有用資源を回収し、再び燃料として利用する活動である。
上記①の活動はフロントエンド、②の活動はバックエンドと概括される。わが国では、核燃料サイクルを、バックエンドに限定して論じられることが多いようである。

本稿では、バックエンドのうち、使用済燃料の再処理、高速増殖炉及びプルサーマルについて論じてきた。これらは相互に密接な関連性を有しており、一つが破綻をすれば、全てが破綻をするという結果をもたらすことになるのである。しかし、以上で明らかになったことは、いずれもが破綻をしてしまったということである。従って、もはやこれまでどおりにこれらを推し進めることは不可能と結論せざるを得ない。

とりわけ世界のウラン確認埋蔵量は有限(資源エネルギー庁「原子力2010」によると、2007年1月現在で、547万トン、可採年数100年とされる。)である隘路を打開し、エネルギーの安定供給のために、天然ウラン中99.3%もの割合を占めるウラン238を100%使い切るとの「野望」が、高速増殖炉の破綻により、露と消えたことは、決定的である。

今後、わが国は、既に発生してしまった使用済燃料、プルトニウムの廃棄に向けた研究、施設の確保に、早急に、動き出さなければならない。その際、2012年9月11日、日本学術会議が原子力委員会宛てに提出した「高レベル放射性廃棄物について(回答)」において示唆されている、使用済燃料を含む高レベル放射性廃棄物の総量抑制・管理と各電力会社の電力供給圏内で暫定保管施設を確保し、暫定保管しつつ数十年から数百年をかけて抜本的処分策を研究するとの提案も参考とすべきである。

福島原発事故後、ドイツ、イタリア、スイスは原子力発電からの撤退を明確にした。スエーデンは、既にTMI事故のあと原子力発電からの撤退を表明しつつも、その実行が遷延していたが、2011年4月12日、企業・エネルギー大臣が、議会で、「我々は、原子力の利用を延長するようなことはしていない。我々は、原子力への依存を削減すると言っており、これこそまさに我々がやっていることだ。」と述べた。フィンランド政府は、進行中のオルキルオト原子力発電所3号機のあとは新たな原子炉の建設を承認しないと宣言した。アメリカでは、2011年4月、大手電力会社NRGエナジーが、原子炉の新規建設を経済的に正当化できないと判断をして新規プロジェクトから撤退をすることを発表した。中国においても、インドにおいても、原子力発電について見直し或いは厳しい今後の見通しが語られている。

フランスはどうか。フランスは、電力の75%が、原子力発電に依存している原子力発電大国である。そのフランスにおいても、日曜紙「ジュルナル・デュ・ディマンシュ」が2011年6月に行った世論調査の結果によると、国民の77%が脱原子力発電を支持しているとのことであり、2012年5月の大統領選挙では、「2025年までに原発依存度を50に減らす」と「減原発」を表明し、フランス最古のフッセンハイム原発の「速やかな閉鎖」を公約に掲げた社会党・欧州エコロジー緑の党の推すフランソワ・オランドが当選した。国民議会(下院)も同年6月の選挙で、定数577のうち社会党は314議席を獲得し、過半数を上回り、さらに社会党とパートナーを組む緑の党ははじめて17議席の議席を確保した。フランスの原子力政策も一転する可能性を秘めている。

原子力発電そのものは本稿の対象外であるが、福島原発事故を起こしてしまったわが国は、事故そのものからも上述の世界の趨勢からも、原子力発電自体をやめる決断を迫られている。核燃料サイクルの破たんは、こうした決断を促す要因である。

最後にひとこと。2004年に、「19兆円の請求書-止まらない核燃料サイクル」なる怪文書が、何人かの国会議員や原子力委員会関係者などに配布され、ネット上を駆けめぐった。この怪文書、一部に、経産省の改革派官僚の手になるものだと取り沙汰されているが、なかなかいいことが書かれている。核燃料サイクルを「やめられない 止まらない」のは「国と電力業界の原子力利権を巡る政界、官界、業界、自治体のたかりの構図→既得権への固執」であると。

しかし、論ずるだけでは足りない。今こそ、勇気をもって一歩を踏み出さなければならない。まだ遅過ぎるわけではない。


(参考文献)

・原子力委員会「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」(第1回~第8回)
       「原子力政策大綱」
・経産省・資源エネルギー庁「エネルギー基本計画 2010年」
・同庁・総合資源エネルギー調査会基本政策分科会・「エネルギー基本計画に対する意見」(2013年12月)
・エネルギー環境会議「革新的エネルギー・環境戦略」(2012年9月)
・日本原燃株式会社「六ヶ所再処理工場の現状と今後の見通しについて」(2011年2月)
・原子力委員会「当面の核燃料サイクルの具体的な実施について」(1997年1月)
・1997年2月4日閣議了解「当面の核燃料サイクルの推進について」
・2008年3月14日閣議決定「特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針」
・2003年1月27日名古屋高裁金沢支部判決(判例時報1818号)
・石川迪夫「原子炉の暴走第2版」(日刊工業新聞社)
・吉岡斉「新版原子力の社会史 その日本的展開」(朝日新聞社)
・大島堅一「再生可能エネルギーの政治経済学」(東洋経済新報社)
・高木仁三郎「プルトニウムの恐怖」(岩波新書)
・七沢潔「原発事故を問うーチェルノブイリから、もんじゅへー」(岩波新書)
・広瀬隆・藤田裕幸「原子力発電で本当に私たちが知りたい120の基礎知識」(東京書籍)
・小出裕章「隠される原子力 核の真実 原子力の専門家が原発に反対するわけ」(創史社)
・小林圭二・西尾漠「プルトニウム発電の恐怖」(創史社)
・マイケル・シュナイダー「フクシマ・クライシス 日本は本物のパラダイム・シフトの最先端に立てるのか」(「世界」2011年9月号)
・別冊宝島編集部編「世界で広がる脱原発 フクシマは世界にどう影響を与えたか」(宝島社)
・日本弁護士連合会「原子力発電と核燃料サイクルからの撤退を求める意見書」(2011年7月) 
・山口聡「核燃料サイクルをめぐる議論」(国立国会図書館調査及び立法考査局「調査と情報」第473号)
・山口聡「高レベル放射性廃棄物最終処分施設の立地選定をめぐる問題」(国立国会図書館調査及び立法考査局レファランス2010・2)
・片原栄一「日本のプルトニウム政策と核不拡散問題」(「日本の外交・安全保障オプション」日本国際交流センター刊 1998年6月より抜粋」
・羽倉尚人・吉田正「軽水炉における使用済みMOX燃料からのアクチニド崩壊熱の核データ由来の誤差評価」(日本原子力学界平和論文誌Vol.9(2010))
・エドゥイン・S・ライマン「日本の原子力発電所で重大事故が起きる可能性にMOX燃料の使用が与える影響」(核情報ホームページより) 
・筆者不詳「19兆円の請求書―止まらない核燃料サイクル」(2004年)
・核不拡散研究会「我が国の原子力発電・核燃料サイクル政策への提言~「一国主義」を脱却し、責任あるグローバル・プレイヤーへ~」(最終報告書2013年2月)
・舩橋晴俊「高レベル放射性廃棄物という難問への応答 科学の自立性と公平性の確保」(「世界」2013年2月号)
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。