核燃料サイクルからの撤退を! (11)

2013年12月5日付「朝日」に、米国原子力規制委員会(NRC)委員長アリソン・マクファーレン氏のインタビュー記事が載っている。NRCは、核利用推進の立場から「安全性」を確保するための機関であるから脱原発の立場からの批判は当然あるだろう。
しかし、たとえば電源喪失時の対策としてすべての原発に時間無制限の安定的バックアップ電源を設けることを事業者に命令する(わが国ではバックアップ用電池は1系統あたり24時間作動、ディーゼル発電は1週間分の燃料を備え付けることを義務付け)、放射能漏れなどの緊急時の対応について運転開始前に実効性を演習で確かめないと稼働できない(わが国では緊急時対策の実効性を演習で確かめることを要しない)、できるだけ物事を透明な状態で行い、一般の人が読めるように書かれた文書のほとんどは公開し、公聴会も数多く開くなど情報公開に努力している(わが国では情報公開が著しく遅れており、特定秘密保護法によりそれが一層甚だしくなる懸念がある)、質量優れた事務局スタッフを擁し、原子力業界からの独立性を確保が図られている(わが国の事務局である原子力規制庁は、政府各部局からの寄せ集めで、かつ人員面でも弱体である。)など、わが国の原子力規制委員会と比べて、より信頼性が高いと言えそうだ。

さてプルサーマルの話、なかなかまとまらない。もう少し続けることにする。

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プルサーマル導入の経緯(3)
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チェルノブイリ事故後、1990年代後半には、こうした脱原子力発電依存の世論を背景に、1980年代末ころから続発する事故(1989年1月の福島第2原発3号炉再循環ポンプ破断事故、1991年2月の美浜原発2号炉蒸気細管ギロチン破断事故、1994年6月の福島第1原発シュラウドひび割れ事故及び既に述べた1995年12月の「もんじゅ」のナトリウム漏出事故)が、地方自治体を後押しし、地方自治体による政府の原子力政策への異議申立へとつながるのである。

まず、福井県と敦賀市は、「もんじゅ」事故発生直後の1995年12月11日、事故現場に立ち入り調査をした。これは動燃との安全協定にもとづく権限の行使で、当然と言えば当然のことであるが、それまでにこうした立ち入り調査さえも実施されたことはなかった(なお、その立ち入り調査によって、動燃が、事故状況を撮影したビデオテープのうち一部のみを公表し、肝心な部分を秘匿していたことが突き止められ、その後の動燃批判、解体のきっかけとなったのであった。)。

次いで、1996年1月、福島、新潟、福井3県知事連名の「今後の原子力政策の進め方についての提言」と題する政府への申し入れがなされた。その中で、3県知事は、①核燃料サイクルのあり方などについて国民各界各層と対話をし、合意形成をはかるべく、原子力委員会の体制整備を図ること、②検討段階から各種シンポジウム、フォーラム、公聴会を積極的に企画・開催すること、③以上の手続を踏まえて、改訂時期にこだわらず、原子力開発利用長期計画を見直すことなどを訴えた。

さらに、新潟県巻町では、東北電力巻原子力発電所建設の可否を巡って町政が紛糾した。1994年、原発賛成に転じた町長の当選、建設反対派の住民による自主管理住民投票の実施、住民投票条例制定、町長リコール、建設反対派町長の当選、そして1996年8月には、建設賛否を問う住民投票が行われ、有効投票総数の過半数が建設反対を占め、上記原子力発電所の建設計画は中止のやむなきに至った。

こうした情勢に促されて、わが国政府も、原子力行政の改革の検討に着手することを余儀なくされ、1996年4月には、通産省、科学技術庁両省庁の提唱のもとに、「原子力政策に関する国民的合意の形成に資するための場」として、「各界各層から幅広い参加者を招聘、原子力委員は常時出席、出席者の対話方式を採用、地域における開催も検討、全面的に公開」の原則のもとに、「原子力政策円卓会議」がスタートした。

ところが、通産省・総合エネルギー調査会原子力部会は、上記の「原子力政策円卓会議」がいまだ継続中であるにもかかわらず、そこでの議論とは無関係にそそくさと会合を行い、突如として、1997年1月20日、今後数十年間の核燃料サイクルの柱としてプルサーマルを積極的に進めるとの中間報告をまとめてしまった。

これを受けて、原子力委員会は、同月31日、「当面の核燃料サイクルの具体的な施策について」と題する文書をまとめた。それによると、①プルサーマルは現時点で最も確実なプルトニウムの利用方法であり、原子力発電所を有する全ての電気事業者が共通の課題として取り組む必要がある、②2010年頃までには全ての電気事業者が実施する必要がある、③具体的には海外再処理で回収されたプルトニウムを用いて2000年までには3~4基程度で開始し、その後、国内外でのプルトニウムの回収状況や個々の電気事業者の準備状況等に応じて2010年頃までに十数基程度にまで拡大することが適当である、とプルサーマル実施の方針が示されていた。

同年2月4日、政府は、閣議了解によりこれを確認し、直ちに動き出した。通産省、科学技術庁が、福井、福島、新潟3県への協力申し入れ、東電及び関電がそれぞれの原子力発電所立地県と市町村への協力申し入れ、当時の橋本首相自らが上記3県知事と会談をするなどプルサーマル導入へ目まぐるしく動く。

政府は、一方でプルサーマルを含む核燃料サイクルの問題などについて、広く各界各層の国民と対話して、合意形成を図るとして、「原子力政策円卓会議」を提唱し、開催しているのに、他方で、それを無視して一方的に、プルサーマル実施する方向に走り出してしまったのである。
これは二枚舌、背信行為であり、厳しく批判されなければならない。

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プルサーマル導入状況
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政府、電力会社一体となったプルサーマル導入の動きに対し、導入対象とされた原子力発電所の地元では、さまざまな反対運動が展開され、またイギリス燃料公社(BNFL。当時)によるMOX燃料のデータ改ざんの発覚などもあり、プルサーマル導入は、政府、電力会社の思い通りには進まなかった。

2011年3月11日時点の状況は以下のとおりであった。
① 既に導入がなされたところ
・ 九州電力玄海原子力発電所3号機 2009年11月5日より試運転開始、同年12月2日より営業運転開始
・ 四国電力伊方原子力発電所3号機 2010年3月2日より試運転開始、同年3月30日より営業運転開始
・ 関西電力高浜原子力発電所3号機 2010年12月25日より試運転開始、2011年12月25日より営業運転開始
・ 東京電力福島第一原子力発電所3号機 2010年9月18日より試運転、同年10月26日より営業運転開始
② 事前合意が成立しているところ)
・ 中部電力浜岡原子力発電所4号機 2012年3月以降に導入予定
・ 関西電力高浜原子力発電所4号機 2011年夏から導入予定
・ 中国電力島根原子力発電所2号機
・ 北海道電力泊原子力発電所3号機
・ 東北電力女川原子力発電所3号機 2015年度までに導入予定

本日(2014年1月19日)現在、新基準への適合審査(再稼働)申請をしているのは、9原発16基。以下のとおりである。

四国電力・伊方3号機(プルサーマル)、九州電力・玄海3号機(プルサーマル)、4号機、川内1号機、川内2号機、北海道電力・泊1号機、2号機、3号機、関西電力・大飯3号機、4号機、高浜3号機(プルサーマル)、4号機、東京電力・柏崎刈羽6号機、7号機、中国電力・島根2号機、東北電力・女川2号機

本日の「朝日」紙が報じた原子力規制委員会田中俊一委員長の談によると、このうち四国電力・伊方3号機(プルサーマル)、九州電力・玄海3号機(プルサーマル)、4号機、川内1号機、川内2号機、関西電力・大飯3号機、4号機、高浜3号機(プルサーマル)、4号機、計9基の審査の「山を越えた」とのことであり、いよいよプルサーマル再稼働も正念場を迎えている。
(続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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