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立憲主義を守るために秘密保護法が必要との謬論を駁す (1) 

1 はじめに

1月19日(日)付「朝日」紙に掲載された杉田敦法政大学教授と長谷部恭男東大教授の対談を読んだ人は多いだろう。杉田氏は政治学・西洋政治思想の研究者、長谷部氏は憲法学の研究者である。お二人に対しては、時の政治権力におもねることなく、批判的視点を堅持され、自由・民主主義及び憲法政治の実現を追求されてきた方々として、敬意を抱いている方も多いであろう。この対談の中で、長谷部氏は、「日本国憲法の根本原理である立憲主義を守る」ために秘密保護法に賛成したと述べている。果たして、そのような主張は成り立つであろうか。

2 長谷部氏への疑問の端緒

長谷部氏は、自民党の憲法改正論に反対する立場を鮮明にされ、新聞・雑誌等でも積極的発言をされてきた。長谷部氏は、昨年の安倍政権による憲法96条改正の無謀な企みを阻止する運動においても大きな役割を果たされた。私も、このことには敬意を表するものである。

しかし、その一方で、もう3年も前のことだが、長谷部氏の「憲法とは何か」(岩波新書)を読み終えて、次のくだりに違和感を覚えたことを率直に告白する。

・「憲法9条の文言にもかかわらず自衛のための実力の保持を認めることは、立憲主義を揺るがす危険がある という議論があるが、これは手段に過ぎない憲法典の文言を自己目的化する議論である。立憲主義の背後にある考え方からすれば、特定の生き方を「善き生き方」として人々に強制することは、許されない。」
・「9条の文言は、たしかに自衛のための実力の保持を認めていないかに見えるが、同様に、「一切の表現の自由」を保障する21条も表現活動に対する制約を認めていないかに見える。それでも、わいせつ表現や名誉棄損を禁止することが許されないとする非常識な議論は存在しない。21条は特定の問題に対する答えを一義的に決める「準則(rule)」ではなく、答えを一定の方向に導こうとする「原理(principle)」に過ぎないからである。9条が「原理」ではなく、「準則」であるとする解釈は、立憲主義とは相容れない解釈である。」

長谷部氏のこの見解は、憲法9条を、厳格な法規範から一段低い政治的原理に格下げし、結局は、政治の場で優越する勢力の見解に軍配を上げ、現実追認を迫ることになるのではないだろうか。確かに憲法21条を持ち出すまでもなく、法が、全ての場合を文言化し、取り込むことは不可能であるから、おのずから解釈の余地が生じる。即ち、これが法解釈という知的営為である。
法解釈には一定の幅が生じることも防ぎ得ないことである。裁判例を見ても、真っ向から相対立する法解釈がなされていることもまま見られることである。しかし、それでも法解釈は、文言の持つ意味を、文理に即しつつ、立法経緯、立法事実、合理性及び妥当性を勘案し、一つの解釈に到達する努力がなされなければならないこともまた当然の事理として承認される。
しかるに法規範ではなく、政治的原理であるとすれば、長谷部氏自らも述べるように多元的立場を容認することになってしまう。そして並列する多元的立場のうちで勝利を占めるのは全て政治多数派であるということになってしまうであろう。
法規範と政治的原理とには決定的な違いがあるのである。

では憲法9条を法規範とした場合、果たして、長谷部氏の言うように個々人に生き方を強制することになることになってしまうのであろうか。私はこれもおかしな理屈だと思う。
個々人にとって大切なものは平和である。その平和を武装して確保するのか、或いは非武装で確保するかというのは政治的見解であって、「善き生き方」か「悪い生き方か」という範疇の問題ではない。憲法9条は、非武装で平和を確保するという考え方を法規範として採用したに過ぎず、個々人に「善き生き方」或いは「悪い生き方」を強制するのではない。強いて言えば、憲法9条は、国家に「善き生き方」を強制しているのである。

これに続いて、昨年5月ころ、私は、「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(2011年8月8日)を読んで驚いた。内容もさることながら、そこに長谷部氏の名前を見出したからである。それ以来、私は、喉に小骨が刺さった思いを引きずることになってしまった。

秘密保全法制の検討は、自民党政権下で脈々と進められてきたものの、政権交代によって中断されていた。ところが尖閣諸島沖における巡視船に対する中国漁船衝突事件の処理を巡って守勢に立たされ、更に衝突状況を撮影したビデオ映像がインターネット上へ流出したことにより追い打ちをかけられて、慌てふためく民主党政権を、内閣官房・内閣情報調査室の官僚たちが尻たたきして、蔵に眠っていた古着を引っ張り出し、お仕着せをし、ここに秘密保全法制の検討が再スタートしたのであった。その検討の中心となったのが2011年1月に発足した「秘密保全法制の在り方に関する検討委員会」であったからである。
(続く)

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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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