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立憲主義を守るために秘密保護法が必要との謬論を駁す (4)

(3)日本国憲法の基本原理である立憲主義を守るために必要との論

頭書に掲げた昨年12月19日(日)付「朝日」紙における杉田氏との対談での長谷部氏の発言に戻ることとする。長谷部氏の説くところをできるだけ主観をまじえず、要約してみることとする。

「日本国憲法の基本原理である立憲主義を守るために秘密保護法が必要。立憲主義とは多様な考え方を持つ人たちが平穏に、公平に暮らしていけるようにするための枠組みである。権力が制限されるのはみんなを公平に扱う社会の仕組みをつくるためだ。中国や北朝鮮のように立憲主義の考えをとっていない国もある。それらの国から憲法の定める自由で民主的な現在の政治体制を守らなければならない。そのために秘密保護法が必要だ。」

後半の「中国や北朝鮮」以下のくだりは、上記のインタビュー記事の内容と同じであるから繰り返さない。本稿の主題は「日本国憲法の基本原理である立憲主義」をもって秘密保護法を正当付ける理由としている前半部分の検討にある。

立憲主義は、自民党の憲法改正草案の批判においても、憲法改正の発議要件緩和しようとした96条改正論に対する批判においても、キーワードとなった重要な概念である。それを秘密保護法の論拠にするとは何事か。誰しも憤りを覚えることであろうが、ここは冷静に検討してみよう。

ここで確認をしておきたいのはこれら批判活動において、国民の基本的人権を守るために憲法により公権力を縛るという共通理解のもとに立憲主義という概念を用いていたであろうということである。
しかし、立憲主義なる概念は、生来的にそうであったわけではない。むしろ立憲主義なる概念は多義的に用いられていたのである。たとえば明治憲法においても、美濃部達吉博士は天皇大権を制限し、国民殊にその代表者としての議会を政治の中心におく考え方として立憲主義を標榜し、これに対し、穂積八束博士は憲法の定めるところに従って天皇大権の行使することを立憲主義と説いたのであった(樋口陽一「憲法 知の復権へ」(平凡社ライブラリー104頁以下)。前者は、明治憲法を近代ヨーロッパの憲法原理に可能な限り接合しようという努力の現われであり、後者は後進国プロシャ憲法とこれをモデルにした我が国に特有な憲法原理を墨守せんとするものである。

少し立ち入ってみると、近代ヨーロッパの憲法原理は、フランス革命下の憲法制定国民議会において1789年8月26日採択されたフランス人権宣言(人及び市民の権利宣言)に定める天賦人権、国民主権及び第16条「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。」との規定に示されているところであり、当然のことながら近代的立憲主義とはこのような憲法原理を体現するものでなければならない。

我が国においても、日本国憲法の制定により劇的に転換を遂げた。日本国憲法は、近代ヨーロッパの憲法原理を具現するもの(さらにはこれを生存権条項など社会権規定により一層発展させたもの)であり、美濃部博士の所説をはるかに追い抜いてしまったのである。従って日本国憲法の下での立憲主義は、国民主権原理、三権分立の統治構造及び国民の基本的人権を守るために公権力の行使を制限することが核心的要素となる(芦部信喜「憲法 新版補訂版」岩波書店13頁以下、佐藤幸治「憲法(第三版)」青林書院5頁以下、浦部法穂「全訂憲法学教室」12頁以下)。

翻って長谷部氏の説く立憲主義であるが、先の「憲法とは何か」(岩波新書)を読む限り、これらの核心的要素は相対化され、むしろ公的領域(政治過程)における利害関係の調整、公平性の確保の仕組みというニュートラルな制度にウェートが置かれているように思われる。再び引用することになるが、以下の文章に端的に表れていると言ってよい。

「そのために立憲主義がまず用意する手立ては、人々の生活領域を私的な領域と公的な領域とに区分することである。私的な生活領域では、各自がそれぞれの信奉する価値観・世界観に沿って生きる自由が保障される。他方、公的な領域では、そうした考え方の違いにかかわらず、社会のすべてのメンバーに共通する利益を発見し、それを実現する方途を冷静に話し合い、決定することが必要となる。」

勿論、長谷部氏がここで述べるところを真摯に追及すれば、国民主権原理にも、三権分立にも、公権力の行使の制限という命題にもつきあたることになるのであろうが、長谷部氏は、それをしないで、あろうことか人々に対し公権力への信頼を説諭してしまうという陥穽に陥ってしまった。ここに長谷部氏が立憲主義をもって秘密保護法の必要性を説くという誤りが生じる原因がある。

立憲主義の核心的要素は、国民主権原理、三権分立の統治構造及び国民の基本的人権を守るために公権力の行使wを制限するというところにあると考えるならば、秘密保護法が立憲主義を守るために必要などという謬論は生じる余地がない。それどころか秘密保護法は、国民の主権の行使を制約し、立法権と司法権を行政権に従属させ、基本的人権を侵害するものであり、立憲主義に反するものというほかはない。
(続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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