立憲君主制と象徴天皇制の間 (29)

重要なことを忘れていた。日本国憲法の象徴天皇制規定の由来を述べておく必要があった。話がバックするが、ここで述べておきたい。

GHQ民政局のスタッフが、憲法草案を起草するにあたり直接のガイドラインとしたのは、通称マッカーサー3原則、私のいうマッカーサー・幣原3原則であるが、その第1原則を原文で引用してみよう。

(原文)
The Emperor is at the head of the State.
His succession is dynastic.
His duties and powers will be exercised in accordance with the Constitution and responsible to the basic will of the people as provided therein.
(訳文)
 天皇は、国の最高位にある。
 皇位は世襲される。
 天皇の職務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法に示された国民の基本的意思に応えるものとする。

 このほかにポツダム宣言、「日本の統治体制の改革」(SWNCC228)、日本側のいくつかの憲法改正案などしか手元にはなかった。しかし彼らは研究意欲旺盛であった。2月4日、起草作業を統括するケーディスを責任者とする運営委員会(ケーディスを責任者とする3名で構成される)のもとに、立法権に関する小委員会、行政権に関する小委員会、人権に関する小委員会、司法権に関する小委員会、地方行政に関する小委員会、財政に関する小委員会、天皇・条約・授権規定に関する小委員会に組織編成がなされるや、各自、担当分野に関する文献を収集し、研究に没頭した。人権に関する小委員会の一員となった22歳のベアテ・シロタはすぐジープを走らせ、いくつかの図書館をめぐって大量の書籍を借り出してきた。行政権に関する委員会に配置された26歳の行政学の研究者でもあるミルトン・エスマン中尉は東京大学の蝋山政道教授を訪ね、世界各国の憲法の英文の資料を大量に借り出してきた。会議室の机の上に山と詰まれた資料と彼らは格闘した。 

3月13日、日本政府に交付されたGHQ草案では、天皇に関する規定は、上記に対応して以下のように成文化された。

(原文)
article i.
The emperor shall be the symbol of the state and the unity of the people, deriving his position from the sovereign will of the people, and from no other source.
article ii.
Succession to the imperial throne shall be dynastic and in accordance with such imperial house law as the diet may enact.
article iii.
  The advice and consent of the cabinet shall be required for all acts of the emperor in matters of state, and the cabinet shall be responsible therefor.
The emperor shall perform only such state functions as are provided for in this constitution. he shall have no governmental powers, nor shall he assume nor be granted such powers.
 The emperor may delegate his functions in such manner as may be provided by law.
(訳文)
第1条
天皇は日本国の象徴であって、日本国民統合の象徴である。その地位は主権者である国民の意思に基づくものであり、他の如何なる源泉にも基づかない。
第2条
皇位の継承は世襲であり、国会の制定する皇室典範に従う。
第3条
国事に関する天皇の一切の行為には内閣の輔弼及協賛を要し、内閣がその責任を負う。
天皇はこの憲法の規定する国家の機能をのみ行い、政治上の権限を有せず又これを把握し又は賦与せられることはない。
天皇はその機能を法律の定めるところに従い委任することを得。

マッカーサー3原則と対照して、すぐ気付くことは、ここには「天皇は日本国の象徴であって日本国民統合の象徴」であること、即ち象徴天皇制が明確に規定されていることである。どのような経緯によってこのように規定されるに至ったのであろうか。

まず、あの天皇および天皇制を利用する心理戦のバイブル「日本計画(最終草稿)」には、「天皇の象徴的側面」の利用価値を繰り返し強調し、それを心理戦の武器とすることを賞揚していた。フェラーズが、1945年10月2日付の覚書の中で、「彼ら(日本国民)の天皇は、祖先の儀徳を伝える民族に生ける象徴である。」、「日本国民は、かりに彼らがそのような機会を与えられるとすれば、象徴的国家元首として天皇を選ぶであろう。」と述べているのも、さらにマッカーサーが1946年1月25日、米国陸軍参謀総長アイゼンハワーに送った回答電文中で、「天皇はすべての日本人を統合するシンボルである。彼を滅ぼすことは国を崩壊させることになる」と述べているのもこれを敷衍したものである。

心理戦の系譜とは別に、グルーが1942年12月14日、ホーンベックに送った手紙の中で、「象徴として、天皇制はかって軍国主義崇拝に役立ったと同様に、健全かつ平和的な内部成長にとっての礎石としても役立っている」と述べ、天皇を象徴とみなす考えを披露している。おさらいをしておくと、これは米国務省内に設置された戦後対外政策諮問委員会の領土小委員会が活動を開始する1943年3月の少し前のことで、この委員会には、ボートン、ブレークスリー、バランタインらとともにホーンベックも加わっていた。

しかし、GHQ草案起草を統括する運営委員会の責任者・ケーディスは、自己を含む運営委員会のメンバーと、天皇・条約・授権規定に関する小委員会を担当したリチャード・プール少尉、ジョージ・ネルソンらが、草案作成過程で発案したものであることを強調し、これらとは全く無関係であると断言している。

ケーディス自身は、英連邦の「ウェストミンスター憲章」とそれの基礎になったパルフォア報告書(1926年、パルフォア伯爵が英国議会に提出し報告書)を貪り読んだ記憶があると述べている。その「ウェストミンスター憲章前文」には「王位(クラウン)はイギリス連邦構成国の自由な連合の象徴であり、構成国は、王位(クラウン)に対する共通の忠誠によって結合されている」と定められている(中村政則「象徴天皇制への道―米国大使グルーとその周辺―」岩波新書)。

プールは、「象徴」は「ウェストミンスター憲章」からとったことを明言した上、「〈シンボル〉という言葉は、旗とか紋章とかの物質を連想しやすいのですが、英語では、精神的な意味も強く含んだ言葉です。日本の憲法学者は、現行憲法第1条の〈シンボル〉という表現がどこから来たか非常にこだわっているようですが、アメリカ人ならば十人が十人とも精神的な要素も含んだ高い地位という意味を、すぐ理解する言葉です。〈シンボル〉というのはよい表現だと思いました」と述べている。

なお日本国憲法制定史の研究者であるメリーランド大学名誉教授セオドア・マクネリーは、マッカーサーの示した「The Emperor is at the head of the State.」の訳文として、「天皇は国の元首の地位にある」(たとえば高柳賢三ほか「日本国憲法制定の過程」有斐閣)というのは間違いである、天皇は国の元首の地位にある」の英文は「The Emperor is the head of State.」である、「The Emperor is at the head of the State.」は「天皇は国のトップ(最高位)にある」と訳すべきだとも述べている(鈴木明典「日本国憲法を生んだ密室の九日間」創元社)。
天皇を元首と改正せよという改憲論の一つの論拠も、もろくも崩れ去ったと言うべきである。

いずれにせよ、GHQ民政局の憲法草案起草チームには、象徴天皇制を生み出す知的バックグラウンドが存在していたのであり、彼らの真摯な討議の中から象徴天皇制の規定が生み出されることになったことは間違いない。それは彼らが、天皇および天皇制利用の心理戦に加わったことを意味するものではなく、それとは別の次元で、置かれた条件のもとで彼らの持てる力を最大限発揮し、日本国民へ大きなプレゼントを残したものと評価するべきことではなかろうか。
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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