立憲君主制と象徴天皇制の間 (終章)

「立憲君主制と象徴天皇制の間」と題して、30回にわたって書いてきたが、このあたりでひとまずのまとめをしておくこととする。

 天皇および天皇制の取り扱いは、GHQ/SCAP・マッカーサーが主導して決定したのであり、米国本国政府や連合国諸国政府は、それを追認したに過ぎないことが明らかになった。マッカーサーの千軍万馬の働きである。ではマッカーサーにそのように推し進めさせたものは何であろうか。

マッカーサーは、米国陸軍トップの地位にある高官として権威への親和性を持ち、自己にsubject toすることになった昭和天皇に対し個人的にも感慨をもったことであろう。しかし、マッカーサーを突き動かしたものはそのような個人的感慨ではなく、占領政策を効率的かつ平穏に遂行するために昭和天皇を利用できるという昭和天皇の利用価値こそがはるかに大きな意味を持ったのである。マッカーサーにとっては、武器をもった戦時下の戦いから権力をもった平時における戦いに局面が移動したに過ぎず、昭和天皇の利用は戦時下における戦いの一側面である心理戦の延長であった。

それと同時にマッカーサーが本国政府や連合国諸国政府を自己の決定に従わせ、日本政府をそれに協力させるためにとった戦略・戦術もまさに戦時下の心理戦の延長線上のものであった。そしてそれを支えたのは、民政局をはじめ有能なGHQスタッフの実務的働きも勿論であるが、それ以上に心理戦のプロ、フェラーズの存在と働きが大きくものを言ったのである。

私は、日本国憲法に規定する象徴天皇制はこのような由来をもち激戦のあとをとどめているものとして把握しておく必要があることを強調しておきたい。

「立憲君主制と象徴天皇制の間」を書き始めたときには、包括的に天皇制を論じてみようと思ったのであるが、論じることができたのは、戦後「象徴天皇制」を生み出した力とその本質の分析だけに終わってしまった。これまで論じたところは、多少、デフォルメをされ過ぎとの感もあろうが、それは、通説的に論じられていることを意識し、これを疑うという姿勢がしからしめたもの、寛容に願いたいものである。

ところで、「立憲君主制と象徴天皇制の間」の続編として今後展開していくべき課題は以下のとおりである。

第一に昭和天皇の戦争責任論
丸山真男は、戦争責任を、①誰に対しての責任か、②どのような性質の行為が責任対象となるか―過失、怠慢、不作為責任、③どういう範疇の責任か―刑事上の責任、道徳上の責任、政治的な責任、形而学的責任、④行為主体の地位および職能の4つに区分して論じる必要があると提起している。適切な提言である。
昭和天皇の戦争責任についてもこの区分に従い、論じていく必要がある。
もっともそれに先行して、近代天皇制とその昭和戦前の特殊態を研究しておくことが必要である。私は、この問題について、政治過程を詳細に検討し、立憲君主制であったかどうかを論じるのは事の一部を捉えて全体を論じるに等しく、政治過程に現われない宗教・精神・思想における天皇と天皇制を考察する必要があると考えるものである。政治史、思想史を渉猟する必要があるだろう。

第二に近代以前の天皇制の歴史
不親政の伝統、刀に血塗らざるの伝統を説く大家の説を紹介した。が、果してそれはどうであろうか。大家の説くところでも疑ってかかる必要がある。
大王の時代の戦乱史、律令制導入前後における古代内乱史、律令制の円熟期および中世における天皇による権力闘争の歴史、近世の天皇の実態等々、研究し、論ずることは膨大である。

第三に戦後象徴天皇制の実像と将来
戦後象徴天皇制下においても、昭和天皇が政治に深く関わっていた事実、戦後においても首相をはじめ国務各大臣の内奏が実施されている事実がある。憲法の諸規定との乖離を明らかにする。
そして象徴天皇制の国民への定着状況、病理と生理、さらには将来を展望することも必要だろう。

以上について私なりに研究していきたいと思いつつ、つたない小論を終えることにする。
                                                    (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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