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安保法制懇報告書を読む (3)

(前回の補足)

5月16日に放映されたNHKスペシャル「集団的自衛権を問う」を見て、報告書が、従来の政府見解について、次のように述べている点について、もっと焦点をあて反論しなければならないと痛感した。

「政府は、憲法前文及び同第13条の双方に言及しつつ、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることができることを明らかにする一方、そのような措置は必要最小限度にとどまるべきものであり、集団的自衛権の行使は憲法上許されないとの見解を示すに至った。」

前回は、この点について、報告書が陥っているドグマだと指摘したのみであったが、むしろ従来の政府見解の悪質かつ意図的な改ざんであると言うべきであった。

私は、自衛隊創設の時期をはさんで確立された従来の政府見解は、次の二点であることを指摘しておいた。

第一に「自衛権行使三要件」として示された自衛権の定義とそのような自衛権行使は9条の下でも認められる。

念のためにいうと、自衛権行使三要件とは、①わが国に対する急迫不正の侵害があること、②この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、である。なお、ここでいう「必要最小限度の実力行使」とは、攻撃と均衡のとれた反撃にとどまらなければならないこと、つまり過剰防衛は許されないという意味である。

第二に「自衛権の行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力」としての自衛隊を保持することは9条2項によっても認められる。

これらは従来の政府見解の二本柱である。おわかりのように第一の柱が、9条のもとにおいても認められるという自衛権を定義し、第二の柱はこれを前提として9条2項においても認められる自衛隊を定義したという関係に立つ。その意味では第一の柱が大黒柱である。

では、この大黒柱、自衛権の定義は何を根拠としたのだろうか。それは、従来、国際慣習法上認められていた伝統的な自衛権概念に基づいているのである。

横田喜三郎博士は、戦前からその著「国際法」上巻において、「自衛権は、国家または国民に対して急迫または現実の不正な危害がある場合に、その国家が実力をもって防衛する行為である。この実力行為は、右の危害をさけるためにやむを得ない行為でなくてはならない。」として、具体的に「第一に、急迫または現実の不正な危害でなければならない。(以下略)」、「第二に、国家または国民に対する危害がなければならない。(以下略)」、「第三に、危害に対する防衛の行為は、危害を防止するために、やむを得ないものでなければならない。(以下略)」と説いておられるほか、多数の国際法学者がこのような見解を唱えており、国際法学の通説と言ってよい。

この国際法学の通説は、1837年、英国から独立を求めるカナダ独立派が利用していた「カロライン号」を英国が急襲した事件、カロライン号事件に際し、ウェブスター米国務長官が英国フォックス公使にあてた1841年4月24日付書簡において、「英国政府としては、目前に差し迫った圧倒的な自衛の必要性、及び手段の選択の余地がなく、かつ熟慮の時間もなかったことを示されなければならない。」と、後に「ウェブスター・フォーミュラ」と呼ばれることになった自衛権発動の要件の定式に由来し、その後の発展を反映したものである。

政府見解の大黒柱である「自衛権行使三要件」は、こうした国際法上の自衛権に関する伝統的概念を分節・精緻化したに過ぎない。

ところで集団的自衛権とは、わが国と密接な関係にある他の国が攻撃を受けた場合に、その国と協力してその攻撃に反撃する」することを内容とする権利である。そのような権利は、自衛権を定義した「自衛権行使三要件」の①の要件に背馳し、またそのために自衛隊を用いることは、自衛権を行使するのに必要最小限度の実力なる自衛隊の趣旨、目的に反するものである。そすると従来、政府が「他国に加えられた武力攻撃を阻止することを内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」との見解を示してきたのは当然のことであった。

報告書は、個別的自衛権と集団的自衛権を切り分けて、個別的自衛権のみが憲法上許容されるという文理解釈上の根拠は何も示されていないなどと政府見解を批判しているが、それは政府見解の改ざん者が、改ざんしたことを秘して、人を欺く論法というべく、いいがかりというほかはない。

それでは国連憲章51条「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」と、集団的自衛権を国連加盟国の固有の権利としていることがどう考えるべきか。

この点は、後に報告書の9条解釈の結論の直接的な論拠を検討する際に詳しく述べるが、ここではさしあたり、国連憲章においてはじめて認められた新しい国連加盟国の権利であり(「国際連合の規定は『集団的』自衛権を認めている。これは『固有の』の文言にもかかわらず、国連憲章でとくに認められた概念である。」高野雄一・「全訂新版 国際法概論」)、日本国憲法の憲法制定議会(第90帝国議会)においては議論の対象にもなっていなかったのであり、9条の解釈には何らの意味も持たないものだということを指摘するに留めておくこととする。
                    (続く)
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安保法制懇報告書を読む (2)

 報告書は、9条に関する政府解釈の変遷を歴史的に通覧してみると、そこには首尾一貫性がなく、根拠も不明確である、と診断を下されている。手始めにこの点から検討してみることにしよう。

1 従来の政府見解にゆらぎは確かにあった。

 当初、政府は、9条第1項では自衛権を否定していない(つまり自衛権は9条1項のもとでも認められる)、しかし第2項において一切の軍備と国の交戦権を認めず、自衛権の発動としての戦争も放棄したとの見解であった。

ところが政府は、米国の再軍備押し付けに応じ、1950年8月に警察予備隊を創設し、1952年7月にこれを保安隊及び警備隊を発展・拡充させたのであったが、同年11月、「①9条2項の戦力とは、近代戦争に役立つ程度の装備、編成を備えるもの、②陸海軍とは、戦争目的のために装備編成された組織体、③戦力とは人的、物的に組織化された総合力で、兵器そのものは戦力ではない、④保安隊は組織目的と装備編成から判断して、近代戦争遂行の能力がないから戦力にはあたらない」とする統一見解を確認し、憲法違反の主張に蓋をしたのであった。

さらに、政府は、1954年6月に自衛隊が創設されると、同年12月、「9条は独立国としてわが国が自衛権を持つことを認めている。従って自衛隊のような自衛のための任務を有し、かつその目的のための必要相当な実力部隊を設けることは、何ら憲法に違反するものではない」との統一見解によって、自衛のための実力部隊保持を認めるに至り、その後、1981年5月、「憲法第9条は、我が国が主権国家として有する固有の自衛権を否定しておらず、この自衛権の行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、同条第2項によって禁じられてはいないというのがかねてからの政府の見解」とダメ押しをした。

 それとともに政府は、1954年4月、「いわゆる自衛権の限界は・・・急迫不正の侵害、即ち現実的な侵害があること、それを排除するために他に手段がないこと、さらに必要最小限度それを防御するために必要な方法をとるという三つの原則を厳格なる自衛権行使の要件と考える」との見解を示した。通常、これを自衛権行使三要件と称しているが、自衛権の意義、要件明確にしたものであり、自衛権の定義といってもよい。

 以上の政府見解は当初から一貫していると見るむきもあるかもしれない。もともと自衛権は認められると述べていたし、軍備、戦争、交戦権は認められないとしても自衛のための措置、そのために最低限度の実力を持ちえることまで否定はせず、言及を留保していた。その後、自衛権行使三要件で自衛権を定義し、その自衛権を行使するために必要最小限度の実力を保持することは認められると明確にしたのだ。こういう説明である。

 しかし、私は、やはりゆらぎがあったと考える。なぜなら、確かに、9条1項は、国家固有の自衛権は否定していないとしていたが、憲法制定過程における政府委員の説明は、今、読んでも感動を呼ぶほどに一切の武力行使を否定する絶対的平和主義を説いていたからである。それからすると上記政府見解は重大な後退であったといわざるを得ない。

2 政府見解に首尾一貫性がなく、根拠も不明確だというのは誤診

 政府見解は、上記の二つの見解、時系列に即して並べかえるが、第一に「自衛権行使三要件」とよばれる自衛権の定義見解、第二に「自衛権の行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力」を保持することは認められるとの見解が明示されて以後、これら見解にはゆらぎはなく、ましてや首尾一貫性を欠くといった事態も生じていない。

 上記「自衛権行使三要件」は、国際法上の自衛権概念そのものであり、明確な根拠があるのであって、報告書がとりつかれている「必要最小限度の自衛権」なるドグマとは無関係である。

 政府は、これらの見解を、具体的事案、あるいは状況に適用し、捌く際に、その系として集団的自衛権否定論、海外派兵否定論、PKO五原則、周辺事態対法やテロ特措法における後方支援にかかる武力行使と一体不可論等を明示してきたのであって、それらは明確な根拠に基くものであり、かつ一貫性が認められる。

報告書は、ヤブ医者に特有の予断と偏見にたって、誤診をしているのである。

                              (続く)   
プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2018年1月、弁護士リタイア。41年間の弁護士生活にピリオドを打ちました。深草憲法問題研究室
‶これからも社会正義の話を続けよう”

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