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新井章「体験的憲法裁判史」(岩波同時代ライブラリー)を読みなおす

 標題の本(以下「本書」という。)は、1992年7月15日第1刷発行となっている。私の書き込みによると、私は、これを同年8月12日に読み終えている。以来ずっと本棚の片隅に隠れていたが、砂川事件最高裁判決が話題になったので、気になって引っ張り出してきて読みなおしてみた。実に22年ぶりである。
初めて読んだときのように新鮮だった、というと聞こえがいいが、白状すると、殆ど忘れてしまっていたのだ。

筆者の新井章弁護士は、人間裁判と言われた「朝日訴訟」弁護団の中心を担った人としてこの世界では、知らないなどという人はモグリかと言われるくらいの著名弁護士である。私も、弁護士を志したとき以来の憧れの人であるが、実は、残念ながら全く面識はない。

筆者は、本書で、「門出」と題するごく短いプロフィールのあと、ご自身が取り組んだ数ある憲法裁判の中から「砂川裁判」、「朝日訴訟」、「メーデー事件裁判」、「教科書検定訴訟」の4件を選び出して解説している。このうち「朝日訴訟」に関する記述部分が150ページ余りで、本書の半分ほどを占めているのは、わが国憲法裁判史上に「朝日訴訟」とともに「新井章」の名を永遠ととどめることになる筆者とすれば当然のことであろう。

本書の中から、「砂川裁判にとり組む」の部分を、私見をまじえつつ、紹介したいと思う。

1956年4月、ボスの指示で、砂川闘争の現地に飛んだ。司法研修所を終えたばかり、ようやく25歳になろうかという筆者は、ピッカピッカの弁護士バッジがなければ支援の学生と見間違われてもいたしかたないような年恰好であった。

東京都北多摩郡砂川町(現在は立川市に編入)は、1954年までは砂川村で、戸数3000戸弱、人口12000名、桑畑の広がる農村であった。この平和な町に、1955年5月、突如、米軍立川基地拡張計画の話が降ってわいた。基地拡張用地として、農地等約18万㎡の強制買収もしくは強制借り上げをするとの通告が町長に対してなされたのである。
この日から、「安全保障条約に第3条に基づく行政協定の実施に伴う土地等の収用等に関する特別措置法」に基づく土地収用を進める政府・調達庁・警察と、これに対して町をあげての反対運動に取り組む地元住民、全国から支援にかけつける労働者、学生らが四つに組む大闘争が始まった。これが戦後史にエポックを画した砂川基地反対闘争である。

筆者が、砂川基地反対闘争の現場に入ったのは、闘争2年目に入ろうとするころで、既に機動隊員の実力行使、弾圧が行われていた。筆者は、来る日も来る日も現場に出向き、地元農民への法的知識の普及、機動隊や調達庁職員の弾圧監視、被逮捕者への接見・釈放要求、調達庁職員の土地立ち入り禁止仮処分申立てや収用認定処分の執行停止申立などの裁判手続の活用などさまざまな取り組みをした。こうした活動を通じて、筆者は、人間的にも弁護士としてもきっと並みの新人弁護士の数倍の成長を遂げたことであろう。

この闘争の現場で、1957年7月8日、調達庁の強制測量に抗議していたデモ隊の一部が、アメリカ軍基地の立ち入り禁止の境界柵を壊し、基地内に数m立ち入ったとして、デモ隊のうち7名が、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法」違反で起訴された事件について、第一審、東京地方裁判所は、安保条約は憲法9条に違反するとして全員無罪の判決(伊達判決)、それに慌てふためいた国・検察庁が、米国の意向を受けて、最高裁に飛躍上告をし、これをくつがえさせたのが砂川事件最高裁判決である。筆者は、勿論、この裁判に弁護人として加わっている。
(なお、砂川事件最高裁判決については、私の小論「砂川事件最高裁判決によって集団的自衛権が認められるとの俗論を排す」http://t.co/yxnv5IdgXWを参照されたい。)

筆者は、立川基地拡張計画が、美濃部都政への転換(収用委員会の手続中断)、米軍基地再編によって、最終的に断念され、砂川闘争は完全勝利したことにも触れている。1976年7月、既に基地内に取り込まれていた土地も返還され、その土地に桑畑の植樹祭が行われたとのこと。このとき25歳になろうかという歳で砂川基地反対闘争の現場に鮮烈デビューした筆者も、今や45歳、感慨ひとしおだったことであろう。因みにこのとき、私は司法修習2年目、労働事件や公害事件に取り組むことを思い描く弁護士の卵であった。

憲法論争の陰で忘れがちなことだが、砂川基地反対闘争は、全国を席巻した基地闘争の中でも稀な完全勝利の事例である。

統一し、知恵と工夫を出し合えば、どんなに難敵でも勝てるものだ。

                             (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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