安倍内閣打倒の声を

  「岸はなんと言っても伝統的なナショナリストであった。だから内乱条項があったり、期限が定まっていない安保条約の存在は、彼にとっては快いものではなかったのである。彼が、アメリカとの交渉の席で、「それではまるで満州国だ」と口走ったのは、彼の本心を案外よく表現しているのである。(中略)
 しかし、彼は日本とアメリカとの間の平等性は、安保条約の条項を変えることによって左右されるようなものではないことを認識することができなかった。もちろん、純技術的には、日米安保条約の条文を変更することは好ましいことであったが、それは基本的な相違をもたらすものではなかったのである。だいたい、アメリカとの協力に安全保障を依存することが、すでに独立についての異なった考え方に立脚することであった。そうした体制において日本の独立性を増すためには、安保条約の条文を変更するだけではなく、外交のあり方全体を問題にしなければならなかったのである。」

 これは国際政治学者・故高坂正堯氏の論文の一節である(中公クラシックス「宰相吉田茂」所収の「吉田茂以後」)。

 昭和戦前期、「革新官僚」の筆頭格として満州国総務庁次長を務めるなど、満州侵略のお先棒を担いだ岸氏が、アメリカとの交渉の席で、「それではまるで満州国だ」などとアメリカの強硬姿勢をなじったというのは、ご愛嬌だが、安保条約の条文をいじくることでアメリカとの対等性を回復しようとしたのは、時代から取り残された伝統的ナショナリストのむなしいあがき、そこはかとない悲哀を感じさせるものがあった。

 その安保条約改定によっても、わが国は、アメリカが望む時期に、望む場所に、望む限りの基地を提供する義務を負い続け、アメリカは、どこまで実効性を伴うか不明の単なる額面上のわが国防衛義務をうたいつつ、わが国から提供された基地をアメリカの世界戦略のために使用できる権利を得る結果となっていることは、安保条約と地位協定をつぶさに検討することにより、おのずから明らかとなる。即ち、鳴り物入りの改訂にもかかわらず、安保条約は、圧倒的にアメリカ本位の不平等・従属条約のままなのである。

 さて岸氏の孫、安倍晋三氏は、昨年9月26日のニューヨークのハドソン研究所で行われた会合で、「私を右翼の軍国主義者と呼びたいならば、どうぞ そうお呼びください」と発言した。これは、祖父を敬愛する孫の心情、まことにほほえましい限りであると言っておこう。だが、わが国が行ったアジアへの侵略とそれに伴う蛮行を否定し、日本国憲法を押し付け憲法と断じ、東京裁判を否認し、尖閣諸島での対立を激化させ、アメリカの忠告をも無視して靖国神社参拝をするなど、まさに八面六臂の大立ち回りを演じていることは、伝統的ナショナリストの咆哮とでも言うべきであろうか。それはアジアにおける緊張と対立の震源になっていることは確かであり、一切の好意的見方を排除しなければならない。

 その安倍氏は、わが国が米国と米国軍隊が攻撃を受けたときにともに戦えないこと、つまりわが国自衛隊員が米兵とともに血を流すことができないことは、一方的に米国にのみ義務と負担を負わせていることになるなどと、安保条約の不平等性をさかさまに描き出し、なんとしても集団的自衛権行使を認めなければならないと強調している。
安倍氏は、集団的自衛権行使容認にいたくご執心で、寝ても覚めてもその思いが頭を離れないようだ。

 「①わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、②これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、③必要最小限度の実力を行使することは憲法上許容される。」
「上記他国に対して武力攻撃が発生した場合に憲法上許容される「武力の行使」は、国際法上は集団的自衛権が根拠となる場合もある。」
との高村改訂試案は、その安倍氏の思い、執念に応えるものだ。
 
 「平和の党」公明党も看板を捨て、すり寄ろうとしている。

 かくなる上は、安倍内閣打倒を叫ぶほかはない。安保闘争で岸内閣を打倒したように、街頭に出よう。

                              (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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