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外務官僚が取り仕切った「集団的自衛権閣議決定」

 2013年11月27日成立した国家安全保障法に基づき、同年12月4日、外交・安全保障政策の司令塔となる国家安全保障会議が発足した。

 国家安全保障会議は、①首相、官房長官、外相、防衛相によって構成され、定常的に開催されて安全保障に関する政策を協議して、対外政策の基本的な方向性を決定する「四大臣会議」、必要に応じて開催され、多角的な観点から国防の指針や緊急時の対処といった安全保障の重要事項について審議する 「九大臣会議」(四大臣のほかに副総理、総務大臣、財務大臣、経産大臣、国交大臣、国家公安委員長が加わる。)、及び緊急事態の際に開かれ、首相と官房長官のほかに首相が定めた大臣が出席する「緊急事態大臣会合」とから成る。

 その国家安全保障会議の頭脳、心臓の役割を果たすのが内閣官房に設置された国家安全保障局である。2014年1月7日、外務省、防衛省、警察庁、自衛隊出身者ら67名の体制で発足した。その幹部人事は以下のとおりである。

事務局長 谷内正太郎(外務省総合外交政策局長、内閣官房副長官補、外務事務次官など)
事務局次長(兼内閣官房副長官補)
兼原信克(外務省日米安保条約課長、同国際法局長など)
髙見澤將林(防衛省防衛政策課長、同防衛政策局長など)
審議官 山崎和之(外務省北米1課長、麻生首相秘書官など)
武藤義哉(防衛省国際企画課長、同官房審議官など)
長島純(航空自衛隊情報本部情報官、同ベルギー駐在官など)

 国家安全保障局は、どうやら谷内事務局長、兼原事務局次長兼内閣官房副長官補の二人三脚体制のようである。
なかでも、2012年12月、第二次安倍政権発足と同時に、当時外務省国際法局長から内閣官房副長官補に、「三階級特進」と評される大抜擢をされた当年55歳の兼原氏が、その中心を担っているようである。

 兼原氏は、第一次安倍政権の当時も、安倍首相のNATO本部訪問に同行し、同本部で安倍首相が行った「憲法の諸原則を固守しつつ、世界の平和・安定のためであれば、もはや自衛隊を含む海外諸活動遂行をためらわない。一層安全な世界構築の目標の実現には、長年当然としてきた教条の束縛を捨てることを決して恐れてはならない」とのスピーチの原稿を書いたものと思われる。
 その兼原氏が、今回の「集団的自衛権閣議決定」を取り仕切ったことは、以下の7月6日(日)付朝日新聞の記事に照らし、間違いないだろう。

(検証 集団的自衛権:4)「集団安保」潜ませた外務官僚

(前略)
 与党協議では、集団的自衛権を使わなければ対応できないケースを盛り込んだ事例集が政府から示された。外務省の精鋭が数多く送り込まれている国家安全保障局が作ったものだ。
「『武力行使』に当たり得る活動」という項目の事例として「国際的な機雷掃海活動への参加」があった。中東ペルシャ湾のホルムズ海峡を想定し、海中にまかれた機雷を自衛隊が除去するという内容だ。
(中略)

 中東での紛争に関わる米国を守るための機雷除去は「集団的自衛権」だが、国連から要請されると「集団安全保障」になる。しかし、集団安保は、国連決議に基づいて侵略国に制裁を加える措置だ。身を守るために武力行使する自衛権とは根本的に異なる。集団的自衛権の議論に集団安保をこっそりもぐり込ませようと、外務官僚らが画策していた。
事例集を中心になって作ったのは外務省出身で国家安全保障局次長の兼原信克だ。外務省には、1991年の湾岸戦争で国際社会から「カネだけ出した」と批判されて以来、自衛隊の活動範囲を広げて「外交カード」を増やしたい考えがあった。
 一方の佐藤(ヒゲの隊長こと自民党佐藤正久参議院議員)は96年にゴラン高原PKOで初代隊長を、2004年には陸上自衛隊のイラク派遣で先遣隊長を務めるなど、自衛隊の国際貢献の重要性を身に染みて感じている。
外務省きっての戦略家の兼原と佐藤の思いが一致した。佐藤はたびたび、議員会館の自室に兼原を呼び寄せ議論を重ねた。そして、自民党の会議で、佐藤が問題提起して流れを作る。いつしか、そんな連係プレーが出来上がった。
(中略)

 国家安全保障担当の首相補佐官を務める礒崎陽輔は、外務官僚らの野心に警戒感を持っていた。
昨秋ごろからひそかに行われてきた政府内部の検討会で、湾岸戦争のような集団安保の容認を求めてくる外務省幹部らを「憲法の論理として無理」と押し返した。首相の安倍晋三にも「集団安保まで認めるのは相当難しい」と訴えた。
安倍は4月、「礒崎さんの考えでいい」と裁定。5月15日の記者会見で「湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加することは、これからも決してない」と宣言した。礒崎は胸をなで下ろした。
ところが、外務官僚らはあきらめない。「集団安保ができる理論を考えなければ」と巻き返しを図る。
(中略)

 6月13日の与党協議で配られた「高村試案」は、従来の「自衛権発動の3要件」が、「武力行使の3要件」という位置づけに変わっていた。礒崎は外務官僚らの執念を感じた。
そして、6月16日。自民側と政府側の会議は集団安保をめぐる決戦の場となった。
佐藤が口を開く。
 「『武力行使』の3要件となっているのは集団安保も読めるようにするためですか。そうでなければ、機雷除去はできませんよね」
 礒崎は即座に反論した。
 「首相にも公明側にも『自衛権』の3要件と説明した。いまさら変えられない」

 自民党副総裁の高村正彦は両氏の言い分にじっと耳を傾けていた。最終的には、佐藤に軍配を上げた。
反発する公明党に配慮し、閣議決定文に「集団安全保障」の文字は書き込まれなかった。しかし、国家安全保障局が作った想定問答には、武力行使の3要件を満たせば、「憲法上許容される」と記された。

 戦前、外交と軍事・防衛は一つながりのものとして、軍事に首をつっこみ、日本をあの愚かな戦争に導いた外交官がいた。日・独・伊三国同盟体制を志向した松岡洋右と白鳥敏夫などはその筆頭である。軍事・防衛を放棄している筈の日本国憲法の下で、軍事・防衛問題にちょっかいを出す外務官僚は退場願いたいものだ。

                                           (了)

「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定」を読み解く (補遺)

「集団的自衛権閣議決定を読み解く (3)を以下のとおり補充する。

批判文の(4)を、(5)とし、(4)として、次の文章を挿入する。

(4)さらに「武力行使3要件」には、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」という表現を用いるが、シーレーンの機雷封鎖もこれに含まれ、「国際的な機雷掃海活動」にも自衛隊が出動することは明言されている。この「国際的な機雷掃海活動」は、国連安保理とは無関係に米国中心の多国籍軍によってなされる場合だけではなく、国連安保理決議に基づく集団安全保障措置としてなされる場合も含むことは安倍首相も度々言及しているところである。
 もともとの議論の経過からすると、集団的自衛権の行使はともかく、国連の集団安全保障措置には参加するべきだという見解が有力であった。特定国を支援する集団的自衛権よりは国連の集団安全保障措置の方が重要であり、国際貢献として必要であるという考え方である。国民にもこの方がとおりがよいだろう。

 筆者は、最近首相補佐官の礒崎陽輔氏とツィッターで次のような交信をした。

深草 湾岸戦争以後の議論で、集団的自衛権はともかく集団安全保障措置への参加は認めるべきだという意見が有力だったように思います。しかるに今般の閣議決定は、集団的安全保障措置はともかく集団的自衛権は認めるという線を打ち出しています。貴職はどう整理されますか。

礒崎 これは完全に個人の意見ですが、集団安全保障における武力の行使は、平和国家である我が国が前線で戦闘行為を行う途を開くものであり、十分慎重に検討すべきことであると考えます。

深草 ありがとうございます。勿論、貴職個人のご意見をうかがっています。「十分慎重に検討」というのは、官庁用語では、前向きに検討するという意味だと思いますが、そう理解していいですか。

礒崎 安倍総理は、我が国が湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことを完全に否定しています。

深草 かさねておうかがいします。集団的安全保障措置への参加は、前線で戦闘行為を行う途を開くので否定するということですね。それなら集団的自衛権行使も前線で戦闘を行う途を開くので否定するということでなければ一貫性がないのではありませんか。

 残念ながら最後の質問に対する回答はなかった。おそらく痛いところをつかれたのであろう。そう思っていたところ、まさに図星であった。7月6日(日)の朝日新聞は、「(検証)集団的自衛権:4「集団安保」潜ませた外務官僚」なる記事を載せた。一部抜粋してみよう。
 
 国家安全保障担当の首相補佐官を務める礒崎陽輔は、外務官僚らの野心に警戒感を持っていた。
 昨秋ごろからひそかに行われてきた政府内部の検討会で、湾岸戦争のような集団安保の容認を求めてくる外務省幹部らを「憲法の論理として無理」と押し返した。首相の安倍晋三にも「集団安保まで認めるのは相当難しい」と訴えた。
 安倍は4月、「礒崎さんの考えでいい」と裁定。5月15日の記者会見で「湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加することは、これからも決してない」と宣言した。礒崎は胸をなで下ろした。
 ところが、外務官僚らはあきらめない。「集団安保ができる理論を考えなければ」と巻き返しを図る。
 6月9日の参院決算委員会。共産党議員の質問に対し、安倍は「機雷の除去は基本的に『受動的かつ限定的』な行為で、会見で申し上げた戦闘行為とは性格を異にする」と答弁した。5月の記者会見から明らかに軌道修正し、集団安保への参加に含みをもたせた。佐藤は「あれがなければまずかった。共産党の質問のおかげだ」とつぶやいた。
 次の手も打たれた。
 6月13日の与党協議で配られた「高村試案」は、従来の「自衛権発動の3要件」が、「武力行使の3要件」という位置づけに変わっていた。礒崎は外務官僚らの執念を感じた。
 そして、6月16日。自民側と政府側の会議は集団安保をめぐる決戦の場となった。
 佐藤が口を開く。
 「『武力行使』の3要件となっているのは集団安保も読めるようにするためですか。そうでなければ、機雷除去はできませんよね」
 礒崎は即座に反論した。
 「首相にも公明側にも『自衛権』の3要件と説明した。いまさら変えられない」
 自民党副総裁の高村正彦は両氏の言い分にじっと耳を傾けていた。最終的には、佐藤に軍配を上げた。
(抜粋終わり)

要するに、「武力行使3要件」は国連の集団安全保障措置としての武力行使にも参加することを含んでいるのである。イラクやアフガニスタンのような戦闘には参加しないとの安倍首相の弁はそれを隠すイチジクの葉に過ぎない。

「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定」を読み解く (3)

3 第3項「憲法9条の下で許容される自衛の措置」

・ 憲法9条は、自衛の措置を禁じているとは解されない。この自衛の措置は、外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利を守るためのやむを得ない措置として容認され、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが従来から政府が一貫して表明してきた見解の基本的な論理で、昭和47年10月14日参議院決算委員会に提出した「集団的自衛権と憲法の関係」なる資料に明確に示されている。

・ この基本的な論理の下で、従来、「武力の行使」が許容されるのは、わが国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきたが、前文で述べたわが国を取り巻く安全保障の変化をふまえ、以下のように考えるに至った(筆者:見解を改めたのである。以下これを「武力行使3要件」と呼ぶこととする。)。
  
 ①わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、②これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、③必要最小限度の実力を行使する、ことは上記の基本的な論理も基づく自衛の措置として憲法9条の下で許容される。

・ 上記で認められる他国に対する武力攻撃に対処するための「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠になるが、憲法上は、わが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として許容されるものである。

・ これら武力行使は、原則として、事前に国会の承認を求めることを法律に明記する。

(以下は、これに対する批判である。本稿では、これまで筆者の批判は、括弧で括り、それとわかるようにしてきたが、この項に関しては、批判が長くなるので、括弧付番号を付する形にした。)

(1)自衛権に関する従来の政府見解は、一義的に明白であり、解釈の幅はない。

  それは、1954年4月、「自衛権の限界というものにつきましては、たびたび述べておりますように、急迫不正の侵害、即ち現実的な侵害があること、それを排除するために他に手段がないことと、しかして必要最小限度それを防御するために必要な方法をとるという三つの原則を厳格なる自衛権の行使の条件と考えておるわけあります。」と定式化され(同月6日衆議院内閣委員会における佐藤達夫法制局長官答弁)、以後微動もしていない。通常、これを自衛権行使3要件と称している。今、これを上記「武力行使3要件」と対応させると、①わが国に対する武力攻撃が発生し(佐藤法制局長官答弁では「わが国に対する」が省略されているが、当然の前提になっていた。また同答弁で「急迫不正の侵害、即ち現実的侵害があること」とされているが、上記決定に照らしこれを「武力攻撃の発生」と表現する。)、②これを排除するためにほかに他に手段がないときに、③必要最小限度の実力を行使すること、ということになる。
 
(2) 上記「自衛権行使3要件」は、国際法学の通説に基づいている。
 
 我が国の代表的な国際法の教科書である横田喜三郎「国際法学上巻」(1955年・有斐閣)によれば、自衛権とは、国家または国民に対して急迫または不正の危害がある場合に、その国家が実力をもって防衛する権利であり、行使される実力は当該危害をさけるためにやむを得ないものでなければならないとされている。これは我が国の国際法学における通説といってよい。

 自衛権に関しては、古くは、1837年、英国から独立を求めるカナダ独立派が利用していた「カロロライン号」を、英国艦船がナイル川に急襲し、撃破した事件(カロライン号事件)に際し、ウェブスター米国務長官が英国フォックス公使にあてた1841年4月24日付書簡において、「英国政府としては、目前に差し迫った圧倒的な自衛の必要性、及び手段の選択の余地がなく、かつ熟慮の時間もなかったことを示されなければならない」との見解が表明された。この見解がその後「ウェブスター・フォーミュラ」と呼ばれることとなった。
その後、国際連盟規約、1925年ロカルノ条約、1928年不戦条約、と平和を維持する国際取り組みがなされ、戦争を違法化する流れが強まった。その中で、自衛権に基づく戦争は、違法な戦争から区別されるとして、自衛権が注目され、それは国家の固有の権利である自己保存権に由来するものとの考え方が共有され、より精緻に定義されることとなったのである。
 即ち、「自衛権行使3要件」は国際法学の通説で認められている国際慣習法上の自衛権の定義と一致するのであり、国際法上、明確な根拠を有しているのである。

(3)歴代の内閣総理大臣や内閣法制局長官らが、国会で、憲法9条の下では集団的自衛権の行使は認められないと答弁してきた。阪田雅裕元内閣法制局長官によると、その回数は、数百回に及ぶとのことである。

 それらは、上記自衛権行使3要件に基づき、その応用として展開されたものである。質問の趣旨や答弁の重点の置きどころにより、言い回しは多少のヴァリィエーションはあるが、いずれも依拠するところは、根本的には、「集団的自衛権はとは自国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃を受けていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」であるから、上記自衛権行使3要件の①の要件を満たさないということにあった。

 たとえば、1981年5月、鈴木善幸内閣は、「国際法上、国家は集団的自衛権すなわち自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃をされていないのにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が、国際法上このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然であるが、憲法第9条の下において、許容される自衛権の行使はわが国を防衛するための必要最低限度の範囲にとどめるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。」(社会党・稲葉誠一議員の質問対する答弁書)との見解を示したが、これは、「自衛権行使3要件」との関係が不明瞭であり、「必要最小限度の範囲」にとどまる限り、集団的自衛権行使も認められると解する余地があった。
はたせるかな、集団的自衛権否定の立場に立つ公明党二見伸明衆議院議員が、1986年3月5日衆議院予算委員会において、「必要最小限度であれば集団的自衛権の行使も可能というようなひっくり返した解釈は将来できるのか」と質問したのであった。
 これに対する茂串俊内閣法制局長官の答弁は、「自衛権行使3要件」を説明した上で、「従ってその論理的な帰結といたしまして、他国へ加えられた武力攻撃を実力で阻止するということを内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されない。」と答え、「自衛権行使3要件」によって、の二見議員が問い質した「ひっくり返した解釈」はできないことを明確にした。

 また安倍首相自身が、自民党の幹事長であった当時の2004年1月26日、衆議院予算委員会において、集団的自衛権について、国際法上は持っているが憲法上は行使できないということへの疑問とともに「(自衛権の行使は)わが国を防衛する必要最小限度の範囲にとどまるべきである」ということなら、数量的な概念を示しているわけで、この範囲の中に入る集団的自衛権の行使が考えられるのではないか、と質問したのに対し、秋山収内閣法制局長官は、「お尋ねの集団的自衛権と申しますのは、先ほど述べましたように、わが国に対する武力攻撃が発生していないにもかかわらず外国のために実力を行使するものでありまして、ただいま申し上げました自衛権行使の第一要件、すなわち、わが国に対する武力攻撃が発生したことを満たしていないものでございます。したがいまして、従来、集団的自衛権について、自衛のための必要最小限度の範囲を超えるものという説明をしている局面がございますが、それはこの第一要件を満たしていないという趣旨で申し上げているのでございまして、お尋ねのような意味で、数量的な概念として申し上げているものではございません。」と安倍首相もぐうの音も出ないほどに明確に答えている。
 
 田中角栄内閣が、昭和47年10月14日参議院決算委員会に提出した「集団的自衛権と憲法の関係」なる資料で述べていることも同じである。しかるに集団的自衛権閣議決定は、これを換骨奪胎し、この文章、表現の一部を選り出し、我田引水ともいうべき強引な屁理屈をつけて、「武力行使3要件」に捏造してしまったのである。

(3)「武力行使3要件」なるものは、本来の「自衛権行使3要件」と「集団的自衛権行使3要件」とでも言うべき別の要件を無理やりくっつけている。「集団的自衛権行使3要件」とでも言うべき別の要件とは、①わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合に、②これを排除し、国民の権利を守るために他に適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力を行使すること、である。

 本来、このように次元の異なる事態に関する要件を一つにくっつけてしまうことは、してはならないことで、特に法的意義のある文書では、きちんと場合わけをしなければならない。それにもかかわらずくっつけるのは、これは本来の意図を隠蔽し、読む人を混乱させ、誤魔化す場合である。

 さて上記のうち①に言う、「我が国の存立が脅かされ」と「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」とは、 国家安全保障局が作成した「自衛権などに関する政府見解の想定問答集」によると、「国家と国民は表裏一体のものであり、我が国の存立が脅かされるということの実質を、国民に着目して記述したもの(加重要件ではない)」とされている。そうすると結局①は、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる明白な危険がある場合」ということになり、生身の国民を離れた抽象的、観念的な概念となる。そこで思い出されたい。日米同盟は、わが国の安全保障の機軸、わが国の存立の基盤と安倍政権は説明しているではないか。そこで、米国が、、戦争を開始したら、わが国もともに戦わないことは日米同盟を危殆に陥しいれ、わが国の存立を脅かすことになる。従って、当然に、わが国も「武力行使3要件」に基づき参戦を余儀なくされることにある。勿論、地理的限界はないし、他国領域(領海)を除外する理屈を見出すことはできない。

 そもそも「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」というのは、一義的明確性を欠き、政府の判断を限定することはできないし、また政府が特定秘密保護法施行により安全保障に関する重要な情報を独占する法体制の下で、誰からも検証・批判を受けないことになる。

 さらに日米同盟を「双務化」させるために集団的自衛権行使容認を呼号する安倍政権の足取りを見るとき、米国から参戦を求められてこれを拒否するということを想定することは不可能である。

 結局、米国の戦争に参戦すること、これがこの部分の読み方となる。従ってことは重大であり、集団的自衛権行使が問題とされる以下の8事例について武力の行使ができるかどうかなどという問題に目を奪われてはならない。これらも勿論軽視できないが、政府は、この程度の限定的な集団的自衛権の行使を考えているのではないことを、しっかり見抜かなければならない。

8事例
・ 邦人輸送中の米輸送艦の防護
・ 武力攻撃を受けている米艦の防護
・ 強制的な停船検査
・ 米国に向け我が国上空を横切る弾道ミサイル迎撃
・ 弾道ミサイル発射警戒時の米艦防護
・ 米本土が武力攻撃を受け、我が国近隣で作戦を行う時の米艦防護
・ 国際的な機雷掃海活動への参加
・ 民間船舶の国際共同護衛
 
(4)「武力行使3要件」に基づいて武力の行使をするときに原則として国会の承認を求めるとされていることも、何ら限定的行使につながらない。言わずもがなであるが、原則は例外があるし、特定秘密保護法が施行されれば、国会自体が、安全保障にかかわる重要な情報は特定秘密に指定され、情報が全くない状態で、審議し、歯止めの役割を果たしえないことは明らかであろう。まさに政府の思うままである。

4 まとめ

  集団的自衛権閣議決定第4項でも述べられているように、今後、国内法の整備を進めていくとのことであるが、私たち国民にとっては逆にそれをいかに阻止するかが重要な課題になる。これからは戦争をする国づくりをする勢力と平和を守る勢力のせめぎ合いが始まる。重い課題であるが、覚悟を固めるほかはない。
 NHKの報ずるところによれば、中学校用「公民」、高校用「現代社会」や「政治・経済」の教科書を発行している出版社11社を取材したところ、既に、8社が、集団的自衛権閣議決定を受けて、来年度使われる教科書の記述を見直す必要があるとして文部科学省への訂正申請を検討していることが分かったとのことである。
 フェスティナ・レンテ!

                             (了)

「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定」を読み解く (2)

2 第2項「国際社会の平和と安定への一層の貢献」

・ 「武力の行使との一体化」要件の形骸化

  「後方地域(又は非戦闘地域)」とは、「現に戦闘が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘が行われることがないと認められる地域」と解されていたが、これを「支援対象となる他国部隊等が現に戦闘行為を行っている現場」ではない場所であるとの認識に基づき、「支援活動」を実施する。
  
 (これまでPKO協力活動、国連の安全保障措置としての武力行使もしくはこれに準ずる武力行使をする多国籍軍等に対する支援活動、及び周辺事態法等による米軍への後方支援活動について、憲法9条に適合させるためにPKO部隊本隊、多国籍軍もしくは米軍の武力の行使と一体化しないことを要件として、認められてきた。これがいわゆる「武力の行使との一体化」要件である。

「武力の行使との一体化」要件とは、具体的には以下のとおりである。

① 実施する活動は、補給、輸送、修理及び整備、医療、通信等それ自体が武力の行使に該当しないもの。
② 活動を行う地域を後方地域(又は非戦闘地域)と限定する。
 ※後方地域(又は非戦闘地域)とは、「現に戦闘が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘が行われることがないと認められる地域」である。  
③ 活動を実施している場所の近傍において、戦闘行為が行われるに至った場合には活動を一時休止又は避難するなどして、防衛大臣の活動実施区域変更もしくは活動中断命令を待つ。
④ 武器使用は、武器防護もしくは自己等の生命・身体の防護に限定し、人に危害を与えることは正当防衛又は緊急避難に当たるときに限る。
 
 集団的自衛権閣議決定は、上記の②及び③を緩和することを明言するが、次のPKO協力における「駆けつけ警護」及び他国に在留する邦人救出活動の武器使用との関連から④をも緩和する趣旨を含むと考えられる。①については言及がないので不明であるが、先の安保法制懇報告書の記述、第3項「憲法9条の下で許容される自衛の措置」の武力行使3要件の趣旨をを敷衍すると実施する活動の限定は大幅に緩められるものと考えられる。結局、「武力の行使との一体化」要件は形骸化されることになる。)

・ 上記「武力の行使との一体化」要件のうち④を、PKO参加5原則(①紛争当事者の間で停戦合意が成立していること、②当該平和維持隊が活動する地域の属する 国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること、③当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること、④上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は、撤収することが出来ること、⑤武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること)のうち⑤を、を緩和する。
 PKO協力活動おいて、「任務遂行のための武器使用」(従事するPKO協力業務を武装勢力が妨害するとき、武器を使用してこれを排除すること)及び「駆けつけ警護」(離れた場所にいる他国要員や国連職員が武装勢力に襲撃されたときに、駆けつけて武器を用いて警護すること)を認める。

・ 他国の在留する邦人がテロに巻き込まれ、これを当該他国の同意を得て自衛隊を派遣し、救出する場合に、武器使用を認める。

(憲法9条の下では自衛隊の海外派兵は禁止されている。しかし、武力の行使を伴わない形態ならば海外派兵ではないとして、「武力の行使との一体化」要件や「PKO参加5原則」の枠組みで、自衛隊の海外派遣が行われてきた。集団的自衛権閣議決定は、相手方が、国家もしくは国家に準じる集団ではく、単なる犯罪集団である場合には、その犯罪行為を制圧するのは警察的活動であり、武力の行使にあたらないという乱暴な解釈をして、武器使用の基準を撤廃してしまおうというのである。しかし、第一に、他国におけるテロ集団、武装勢力は、当該他国の国家権力と対峙し、当該他国の軍事力では壊滅できない力を持っている場合が多い、第二に、自衛隊の装備は、警察や海上保安庁の所持する武器とは、その威力、殺傷力において隔絶しており、第三に、自衛隊は実質において軍隊である。従って、自衛隊が、部隊を形成して、武器使用することは、武力の行使に該当すると判断される場合が多い、との理由で、武器使用を緩和することは憲法9条に反し、許されない場合が多いと考えるべきである。もっとも第3項「憲法9条の下で許容される自衛の措置」の武力行使3要件の趣旨を敷衍すると、上記の議論が意味を失うほどに自衛隊は大手を振って武力行使ができるようになってしまうだろう。)

                             (続く)

「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定」を読み解く (1)

 「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定」というのは7月2日付「朝日新聞」朝刊が付した名称で、公式には「国の存立を全うし、国民を守るためのきれ目のない安全保障法制の整備について 2014年7月1日 国家安全保障会議決定、閣議決定」(以下には、「朝日新聞」に敬意を表して、「集団的自衛権閣議決定」という。)である。

 この集団的自衛権閣議決定、通常の言葉の意味を転換し、本当に意図するところをボカし、前提事項を省略し、わざと難解な表現をしたりして、なかなか分かりづらい代物である。だから7月2日付及び7月3日付「朝日新聞」朝刊は、図示し、赤ペン方式(実際は黒ペンであるが)を採用し、さらにはQ&A方式で、できるだけわかりやすく解説するため悪戦苦闘をしているが、それでも理解は容易ではないだろう。

 だが理解困難ということで放置するわけにはいかない。閣議決定は、行政府の最高機関の意思決定であり、法令整備はこれからとはいうものの法令事項以外の行政事務は、具体的に、この内容に従って動き出す。また、主権者として、これから重要な判断を迫られる場面も増えてくるであろうし、何よりも反対の声をあげるためには、しんどくても正確な理解をしておく必要があるだろう。

 そこで以下、できる限り読み解いてみたいと思う。

 集団的自衛権閣議決定は、前文、第1項「武力攻撃に至らない侵害への対処」、第2項「国際社会の平和と安定への一層の貢献」、第3項「憲法9条の下で許容される自衛の措置」、第4項「今後の国内法整備の進め方」という構成になっている。このうち各種報道でスポットライトがあてられていたのは第3項「憲法9条の下で許容される自衛の措置」中の「武力行使3要件」の表現とそれによってどういう事態を招き寄せることになるかということであった。しかし、勿論、それは重要であるが、それにも劣らぬ重要なポイントがいくつもある。

1 前文では何が述べられているか

・ 戦後わが国は日本国憲法の下で、専守防衛に徹し、非核三原則を守り、平和国家として国際的評価と尊敬を勝ち得てきた。
 
(もっともここで言われる専守防衛とは武力攻撃が発生しなければ武力行使をしないというもので、海外での武力行使も受動的なものであれば許されるとされる。本来の専守防衛とは似て非なるものである。本来の専守防衛はわが国領土、領空、領海の防衛であり、許される武力の行使は、あくあまでもわが国に対する攻撃の撃退のみである。また何故か、わが国の国是であった武器輸出3原則には一言も言及がない。本年4月1日、安倍政権は、これを防衛装備品移転3原則に切り替え、武器輸出禁止原則を撤廃してしまったからであろうか。)

・ わが国を取り巻く安全保障の変化(国連の機能不全、国家間の勢力関係の変化、技術革新の進展、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発、国際テロの脅威、アジア太平洋地域の緊張、海洋・宇宙空間・サイバー空間におけるリスクの拡散)に適応できるようにわが国防衛力を整備し、日米同盟を一層強化し、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」により、あらゆる不測の事態に対処し、自衛隊を投入できるように国内法制を整備する。

(ここで言われている安全保障環境の変化は、自衛隊創設後、冷戦下で幾度も重要な節目があったが、それらと比べて特に大きな変化と言うほどのものでもない。結論をきれいに着飾るために、にわかじたてでつくった着物のようだ。国際協調主義という言葉は、通常は、世界の各国が、文化的・経済的・社会的交流を深め、民生面での相互援助などを通じて、信頼関係を作り上げ、紛争の防止と平和解決のしくみを作ることを意味するが、ここでは世界の大国が武力行使をするとき、それに参戦することにより足並みを揃えることという意味で使われている。また「積極的平和主義」とは、これまで平和学において用いられてきた概念で、国家間の戦争や地域紛争がない状態に加え、社会における貧困や差別などがない状況を積極的平和といい、そういう積極的平和を志向するイニシアティブを指しているが、ここでは、軍事力を背景に相手を畏怖させ、屈服させる抑止力により、つかの間の平和状態を作ることを指している。)

1 第1項「武力攻撃に至らない侵害への対処」

・ 武力攻撃に至らない程度の不法行為に対し、自衛隊を即時に投入できるようにする。そのために日頃から、警察、海上保安庁との連携を密にし、情報共有をはかる。自衛隊の投入は、治安出動(自衛隊法78条~81条)、海上警備行動(自衛隊法82条)を発令して行うが、その命令手続を簡素化して現場の判断で臨機応変の対応ができるようにする。

(警察や海上保安庁が対応するべき事態に、臨機応変に自衛隊を出動させる。それは現場の判断に基づき時期を失せず、柔軟に行えるようにする。自衛隊は当然必要な範囲で武器使用もできる。これはたとえば尖閣諸島問題に即して考えると、武力攻撃に至らぬイザコザに対し、自衛隊が出動することにより、「海警局」が対応している中国も人民解放軍(海軍)が出動させるだろうから、戦争を挑発ししまうことになる。恐ろしいことである。)

・ 自衛隊と米軍部隊が連携して行う平素の各種活動(主として共同演習をいう。)に際し、米軍部隊に対し、武力攻撃に至らない侵害行為があったとき、武器防護のための武器使用(自衛隊法95条)を参考に、自衛隊が必要な範囲で武器使用することが認められるよう法整備をはかる。

(武力攻撃に発展したら、第3項「憲法9条の下で許容される自衛の措置」で対応する事態として武力行使できることとなり、切れ目なく自衛隊を活用できる。まさに自衛隊は、万能である。)

                                  (続く)

注釈:集団的自衛権などに関する想定問答 (3)

 集団的自衛権などに関する新「政府見解」の閣議決定案は、7月1日夕刻からの閣議で、原案通り決定された。私は、国家安全保障局が作成したこの新「政府見解」に関する問答(「集団的自衛権などに関する問答」)が、いかに事の本質をはずし、いかに空疎な言葉を弄し、いかにごまかしに終止しているかを淡々と述べてきたに過ぎない。しかし、そのことにより、新「政府見解」閣議決定が憲法9条に違反し、違憲無効であることがおのずから明らかになったと思う。

 それにしても、この想定問答、途中でまじめに批判をすることがバカらしくなるくらいの出来の悪い代物である。

問10 「武力の行使」関連の8つの事例で集団的自衛権を行使できるのか

・ いずれの事例も、「新3要件」を満たす場合には、集団的自衛権の行使としての「武力の行使」が憲法上許容される事例。
・ 8事例のような活動が新たに可能となるが、実際には、個別具体的な状況に即して総合的に判断。

■注釈

8事例というのは下記のとおりである。

・ 邦人輸送中の米輸送艦の防護
・ 武力攻撃を受けている米艦の防護
・ 強制的な停船検査
・ 米国に向け我が国上空を横切る弾道ミサイル迎撃
・ 弾道ミサイル発射警戒時の米艦防護
・ 米本土が武力攻撃を受け、我が国近隣で作戦を行う時の米艦防護
・ 国際的な機雷掃海活動への参加
・ 民間船舶の国際共同護衛

政府・自民党は、これらはいずれも集団的自衛権行使の事例であり、わが国としてこれらの措置をとることは絶対必要なことである、だから憲法9条の下では集団的自衛権の行使を認められないとする従来の政府見解を改めなければならないと主張してきた。公明党は、これらの事例の架空性・虚偽性を暴露し、これらの事例が想定する措置は現実的必要性のないものであることを真正面から論じるのではなく、集団的自衛権ではなく従来の自衛権で対処できるのではないかというような微温的対応をしていたために、全く勝負にならなかった。結局、全面的屈服をしてし、「新3要件」受け入れを余儀なくされたのであった。

「新3要件」中の「集団的自衛権行使3要件」のあてはめ及び自衛隊の出動は、あげて政府に判断に委ねられる構造であり、特定秘密保護法との組み合わせにより、報道機関も国会(議員)も情報にアクセスできず、戦前同様、政府の民主的統制は不可能で、その独断専行を阻止することも事後批判することも出来ない状況となる。

なお、これら8事例に限定されるわけではなく、米国が交戦状態になったときには、上記要件に該当すると判断されること、前述のとおりである。

問11 シーレーンでの機雷掃海や民間船舶の護衛は憲法上できるのか

・ 我が国の存立を全うし、国民を守るために、「武力の行使」に当たるものであっても、シーレーンにおける機雷掃海や民間船舶の護衛が必要不可欠な場合があり得る。これらは(湾岸戦争やイラク戦争での戦闘と異なり)航行安全を確保する限定的で受動的な活動。「新3要件」を満たす場合には憲法上許容される。

・ 実際には、個別具体的な状況に即して、総合的に判断。

・ 「新3要件」を満たす場合、邦人が乗船する船舶以外でも、共同の退避計画の下で外国人が乗船する船舶や外国のチャーター船等の護衛も可能。

■注釈

想定問答の答えも「新3要件」中の「集団的自衛権行使3要件」該当性の判断は、変幻自在、全く歯止めがないことを示している。

問12 地理的制限はないのか。他国の領域に行くのか

・ 「新3要件」に照らせば、我が国がとり得る措置には自(おの)ずから限界がある。

・ 武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領域へ派遣するいわゆる「海外派兵」は一般に許されないとする従来の見解は変わらない。

■注釈

新要件中の「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険性」は、要するに「我が国の存立が脅かされる明白な危険性」であり、それは抽象的、観念的な概念。米国が、地球の裏側で、大きな戦争を起したら、日米同盟を維持するために、わが国も参戦を余儀なくされる。勿論、地理的限界はないし、他国領域(領海)を除外する理屈を見出すことはできない。

問13 他国の領海内では機雷掃海はやらないということか

・ 他国の領海内における「武力の行使」に当たる機雷掃海であっても、「新3要件」を満たす場合には、憲法上許されないわけではない。

・ 実際には、個別具体的な状況に即して総合的に判断。

■注釈

上に述べたとおり他国領域(領海)を除外する理屈はどこにもない。政府の恣意的判断と独断専行を阻止することも批判することもできない。

問14 「我が国と密接な関係にある他国」とはどこか

・ 同盟国である米国はこれに当たる蓋然(がいぜん)性が高い。

・ 米国以外は、「新3要件」に照らし、一般には相当限定されるが、個別具体的な状況に即して総合的に判断。

・ 具体的な手続等は、法整備の過程で更に検討。

■注釈

同盟国である米国は、蓋然性が高いのではなく、米国のために従来の自衛権行使3要件とは別に「集団的自衛権行使3要件」を作ったのであり、まさにそれにあたる。

ほかは武力介入した時点で、その国が「我が国と密接な関係にある他国」になるというのが新「政府見解」の論理構造である。

問15 いわゆる集団安全保障では「武力の行使」はできないということか

・ かつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはない。

・ 武力攻撃が発生した直後に、あるいは我が国が「新3要件」を満たす活動を実施中に、国連安保理が武力行使を容認する決議を採択しても、「新3要件」を満たすならば、憲法上「武力の行使」は許容される。国連安保理決議が採択されたからといって、「新3要件」を満たす活動を途中でやめなければならないわけではない。

・ この場合、国際法上、国連安保理決議が根拠となるが、「新3要件」を満たす「武力の行使」は、憲法上、我が国による自衛の措置として許容される。我が国が実施できる活動が、集団的自衛権が根拠となる場合より広がることはない。

・ 我が国有事の際に国連安保理決議が採択された場合についても、従来から、これと同様の考え方。

■注釈

湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはないというのは、単なるショックアブソーバー、これが守られる保障はない。なにせ憲法よりも日米同盟を、憲法よりも当面の政策を上に置く人たちのすることだから。

国連の集団的安全保障措置としてならともかく集団的自衛権の措置としての武力行使は反対だという人と、集団的自衛権の措置としてならともかく国連の集団的安全保障措置としての武力行使は反対だという人のどちらが多いだろうか。おそらく前者の方が多いだろう。だから、新「政府見解」は実によく考えられている。集団的自衛権の行使を認めれば、国連の集団的安全保障措置としての武力行使も認めるということになってしまうのである。

問16 「専守防衛」の変更になるのではないか

・ 武力攻撃が発生しなければ武力行使をしないことに変わりはなく、あくまで受動的なもの。「専守防衛」(憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢)は不変。

■注釈

従来言われてきた「専守防衛」とは、わが国領土、領空、領海の防衛であり、自衛権の行使として許される武力の行使は、あくあまでもわが国に対する攻撃の撃退であり、それが行使できる区域は、わが国領土、領空、領海、もしくはそれに接続する限定された物理的空間に限られるというものであった。「問答」で言われている「専守防衛」は、これとは全く異なる概念。ここでも恣意的な解釈の変更がなされている。


問17 日米安保条約は改正するのか

・ 改正は考えていない。集団的自衛権の行使は義務ではなく、改正の必要もない。

■注釈

既に安保条約は、条約本文の改正はないが、二度にわたるガイドライン(日米防衛協力指針1978年11月及び1999年5月)及び日米安全保障協議会における合意(たとえば2005年10月の「日米同盟:未来のための変革と再編」など)によって、実質的に改訂されてしまっている。その結果、安保条約本文からは到底考えられない日米協力体制の構築、軍事同盟化と世界戦略上の位置づけなどがなされるに至ってており、集団的自衛権行使が憲法上の制約がないということなると、その行使は日米同盟上の義務になる。

問18 後方支援で「現に戦闘行為を行っている現場」をどう判断するのか

・ 「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為が現に行われている現場」。

・ 隊員が支援活動を実施する地点で、人を殺傷し又は物を破壊する行為が現に行われていれば、客観的に明らか。現場の部隊で判断し、直ちに休止・中断。隊員の安全確保からも当然の対応。

■注釈

集団的自衛権行使(集団的安全保障措置への参加)を認めてしまえば、これを論じる意味がなくなる。「武力行使と一体化しない」との判断枠組みは、「自衛権行使3要件」の応用例であり、「自衛権3要件」によって海外での武力の行使は認められないから、自衛隊の「海外派遣」は「武力行使と一体化しない」ことを条件とする厳密な制限のもとで、かろうじて合憲とされ、認められてきたのであった。それは厳密な憲法9条解釈論をベースにしていたのである。しかし、集団的自衛権行使を認めることになれば、「海外派兵」は容易に認められることになるのだから、「武力行使と一体化しない」ということの意味は既にその時点で消滅してしまう。これこそ安倍式改憲である。

「問答」の答えからも歯止めがないことが理解できるが、多少の歯止めをかけるような言い方をしているのは、これまた現時点でのショックアブソーバーに過ぎない。

問19 「現に戦闘行為を行っている現場」で支援活動を実施しないのは「一体化」するおそれがあるためか

・ 「現に戦闘行為を行っている現場」での支援活動は、「武力の行使と一体化」するおそれが排除されないとしてきたことは事実であるが、今般、そのような現場での支援活動は必要性が低いことから、基本的に「現に戦闘行為を行っている現場」では支援活動は実施しないという政策上の判断をしたもの。

■注釈

前問と同じ。

問20 なぜ駆け付け警護や任務遂行のための武器使用が可能になるのか

・ PKO参加5原則の下でのPKO活動や、領域国の同意に基づく邦人救出等に伴う武器使用は、基本的には「武力の行使」に当たらない「武器の使用」。警察比例に類似した厳格な比例原則が働く。

・ その上で、国家安全保障会議で、情勢分析・審議等を行い、「国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場しないことを事前に判断する仕組みを設定し、自衛隊の活動が「武力の行使」に当たらないことを担保。

■注釈

前々問と同じ。PKO5原則とは、「自衛権行使3要件」の応用例で、海外での武力行使を認めないとの憲法9条論をベースにして考案されたもの。①)停戦合意の成立、②)紛争当事国によるPKO実施と日本の参加への合意、③)中立的立場の厳守、④)基本方針が満たされない場合は撤収する、⑤武器の使用は命の防護のための必要最小限に限る、というもの。安倍式改憲は、先人の叡知も無にする、知的ピグミーのなす暴挙。

問21 臨時国会に法案を提出するのか。グレーゾーン先行なのか

・ 今後の国内法制の在り方については、今次閣議決定で示された事項全般の検討と並行して、十分に検討。

・ 準備ができ次第国会に提出したいが、その段取りについて具体的に述べる段階でない。

・ 準備ができた段階で、与党にも御議論頂き、進め方も十分相談したい。

■注釈

閣議決定したといっても、自衛隊法その他の諸法の改正がなされなければ何らの意味もない。だからこれからが正念場である。戦争への道を阻止するために全国民の奮起を訴える。

                                   (了)

注釈:集団的自衛権などに関する想定問答 (2)

 外務省のホームページにアクセスし、「よくある質問集・北米」の項を開くと、次のような問いと答えが書かれている。

問 「日米関係の現状について教えてください。」
答 「日本と米国は、基本的価値及び戦略的利益を共有する同盟国であり、日米同盟は日本外交の基軸です。現在も東アジア地域に不透明性や不確実性が存在する中、日米安全保障体制を中核とする日米同盟は、日本の平和と安全及びアジア太平洋地域の安定と発展にとって不可欠な役割をはたしています。」

 また安保法制懇の第一次報告書(2008年6月24日提出)は、「我が国が戦後平和の内に行き続けることができたのは、外交によって平和な国際環境を構築するとともに、自衛の努力とこれを補う日米同盟によって有力な抑止力を維持してきた結果である。」(「はしがき」)、「今日如何なる国も一国のみでは自国の安全保障を全うすることができず、特に我が国の場合には一層そうした事情が顕著である以上、日米安全保障条約を基礎とする日米同盟を維持し、継続的にこれを整備することが必要である。」(「第一部の4」)と述べている。

 さらに今次の安保法制懇報告書(2014年5月15日提出)でも、「日米同盟なくして、我が国が単独で上記第1、第2のような状況の変化(注:我が国を取り巻く安全保障環境は、一層厳しさを増していることを示す具体的説示)に対応してその安全性を全うし得なことは自明である」(「Ⅰの2」)とされている。

 このように日米同盟は、わが国の存立、安全保障に不可欠であるとの認識が示されている。勿論、安倍首相も、同じ認識を度々示しており、最近では、4月24日日米首脳会談後の共同記者会見で、「日本と米国は、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった、基本的価値を共有し、そして戦略的利益を共有するグローバルなパートナーであります。そのパートナーシップを有する両国の強固な日米同盟は、アジア太平洋地域の平和と繁栄の礎となっています。」と述べたところである。

 このようなことを念頭に置いて想定問答の続きを見て行こう。

問6 国民の生命、自由及び幸福追求の権利が「根底から覆されるという急迫、不正の事態」を含め、昭和47年の政府見解の基本的な論理を維持し、この「基本的な論理に基づく自衛のための措置」というのであれば、他国に対する武力攻撃が発生した場合にこれらの権利が「根底から覆される明白な危険」も、昭和47年の政府見解にいう「急迫、不正の事態」に含まれるということか

・ 「新3要件」の第1要件に当たる事態は、昭和47年の政府見解にいう「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態」ということである。

・ 昭和47年の政府見解にいう「急迫、不正の事態」に該当するものとして、従来は「我が国に対する武力攻撃が発生した場合」に限ると考えていたが、現在の安全保障環境においては、我が国に対する武力攻撃が発生していなくとも、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合であっても、この「急迫、不正の事態」に該当するものがあると判断するに至った。

■注釈

わが国に対する武力攻撃と他国に対する武力攻撃とでは次元を異にする。従来の政府見解は、わが国に対する武力攻撃に対する反撃を自衛権の行使としてきた。何故、他国への武力攻撃に対する反撃が認められるのか全く説明がない。

わが国に対する武力攻撃は、即自的に「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」ことになる。しかし外国に対する武力攻撃が「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという明白が危険となるというのは観念的で理屈の分野の問題であり、何とでも言える。政府の日米同盟に関する上記の認識からは、米国が交戦状態に入れば全てこれを満たすと判断されることになるだろう。

問7 「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」は、「我が国の存立が脅かされ、」といかなる関係にあるのか

・ 国家と国民は表裏一体のものであり、我が国の存立が脅かされるということの実質を、国民に着目して記述したもの(加重要件ではない)

■注釈

「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態」と「我が国の存立が脅かされる急迫、不正の事態」が同じことだと述べている。具体的に、生身の国民の生命、自由及び幸福追求の権利が問題にされているわけではない。これは注目しておこう。

問8 「新3要件」は、いわゆる自衛権発動の「新3要件」なのか、「武力の行使」の「新3要件」なのか

・ 従来のいわゆる自衛権発動の3要件を改めたもの。憲法第9条の下で許容される自衛の措置としての「武力の行使」の「新3要件」である。

■注釈

「新3要件」という言い方は便宜的なもので、厳密には、従来の「自衛権行使3要件」プラス「集団的自衛権行使3要件」と言うべきであろう。具体的には以下のとおりである。

自衛権行使3要件

① 我が国に対する武力攻撃が発生したこと
② これを排除するために他に適当な手段がないこと
③ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

集団的自衛権行使3要件

① 他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根 底から覆される明白な危険があること
② これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
③ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

問9 今次閣議決定により憲法上許容される集団的自衛権の行使は、あくまでも我が国を防衛し、国民を守るためのやむを得ない自衛の措置であり、他国を防衛するためのものではないという理解でよいか

・ 「新3要件」の第2要件にあるとおり、憲法第9条の下で許容される「武力の行使」は、我が国の存立を全うし、国民を守るためのもの。

・ 我が国の存立と国民を守ることと関係なく、他国を防衛することそれ自体を目的とするものではないが、他国を防衛することがすなわち、我が国を防衛することになるということは想定される。

■注釈

繰り返しになるが、政府は、交戦状態となった米国や米軍を支援することは、わが国の安全の基礎をなす日米同盟を守ることであり、わが国の存立のためやむを得ない措置と判断することになる。

                                 (続く)
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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