「武力行使3要件」に関する誤った説明を排す

 7月1日閣議決定された「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(以下単に「本閣議決定」という。)は、第3項で以下のように述べている(要約)。

・ 従来、「武力の行使」が許容されるのは、わが国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきたが、わが国を取り巻く安全保障環境の変化をふまえ、以下のように考えられるべきである(「武力行使3要件」)。
  ①わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、②これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、③必要最小限度の実力を行使する、ことは上記の基本的な論理も基づく自衛の措置として憲法9条の下で許容される。
・ 上記「武力行使3要件」で認められる他国に対する武力攻撃に対処するための「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠になるが、憲法上は、わが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として許容されるものである。

 本閣議決定の「武力行使3要件」について、私は、従来の「自衛権行使3要件」(①の1・わが国に対する武力攻撃が発生した場合、②の1・これを排除するため他に適当な手段がないときに、③必要最小限度の実力を行使する)、今回新たに導入した「集団的自衛権行使3要件」(①の2・わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合、②の2・これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないとき、③必要最小限度の実力を行使する)に分解するのが分かりやすいと思う。このように、少し、整理すれば、「武力行使3要件」は、論理的・視覚的に、従来の「自衛権行使3要件」とは全く違うものであることが明らかとなる。

 さて政府は、「武力行使3要件」は、国際法上の「集団的自衛権」を一部認めたが、それは「あくまでも国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守る必要最小限度の自衛の措置を認めたに過ぎない」と述べ、憲法9条の下で認められる解釈であると主張している。

 ※ 参考:国家安全保障局「『国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について』の一 問一答」
 
 また公明党も、「外国に対する武力攻撃が発生しても、日本に対する武力攻撃に匹敵するような場合でなければ『自衛の措置』は認められません。」とあたかも「個別的自衛権」の整理をしただけで、何も変更していないかのような説明をしている。

 ※ 参考:「Q&A 安全保障のここが聞きたい<上>」(2014年7月4日付公明新聞

 これに憲法学者の木村草太氏が乗っかったような形で、「集団的自衛権」と「個別自衛権」とが重なる範囲あり、その部分を明確化しただけだ、だから従来の政府見解を変えるものではない、日米同盟を守るために武力行使三要件により武力行使は可能との政治家の答弁は、頭のいい内閣法制局の官僚が巧みに描いた論理を、誤解しているのだという主張をされている。
 
 上述したとおり「武力行使3要件」を二つに区分することにより、これらが誤りであることは一目瞭然である。政府と公明党の説明は、国民だましの意図的ごまかし、木村氏の主張は、政府の今後の実行に枠はめをしようとする善意の誤りである。しかし、誤りは誰が言おうと誤りであり、必ず綻びが生じることになるだろう。

 そんな形式的説明では納得できないとおっしゃる向きには、国際法の理論に基づいてさらに説明してみよう。

 「集団的自衛権」は、国連憲章51条によりはじめて歴史の舞台に登場したものであるが、その国際法上の意義・法的性質について、従来から、①自衛権共同行使説、②他国防衛説、③自国防衛説の三説が唱えられている。

 ①説は、武力攻撃を同時に受けた複数の国が、共同して自衛権を行使するのが「集団的自衛権」だという立場で、「集団的自衛権」否認論に近い。そのため殆ど支持されていないのが現状である。例えば田岡良一京大名誉教授は、著名な国際法学者バウエットが、この説を唱えているのに対し、「この説の背後にあるのは、第二次大戦後の流行現象たる多辺的防衛条約の群立が、そのうち一つの条約の一締約国と他の一つの条約の一締約国との間に起こった戦争をたちまち対戦にまで発展せしめる国危険を孕むことに対する憂慮であり、これらの条約の所謂集団的自衛権の発動を、国際連合の統制の下に置くことによって、右の危険を防止しようとするのが彼の狙いであると想像される。故に彼の説は平和のために望ましいものであると言わねばならないが、しかし、理想としてどれほど望ましいものであるといっても、彼の説は、1945年のサン・フランシスコ会議で第51条が作られ、『集団的自衛権』という語がそこに用いられた由来から考えれば、立法者の意図にそぐわない解釈であり、またその後の国連組成国が、彼ら相互間に結ぶ条約の中に、憲章第51条を援用し集団的自衛権に言及する場合に、この語に付与している意義にも反する解釈である。」として、この説に後ろ髪引かれる思いを抱きつつ排斥している(田岡良一「国際法上の自衛権」勁草書房)。

 ②説は「集団的自衛権」とは、文字通り攻撃を受けた他国を防衛するために武力行使に訴える権利であると捉える。「集団的自衛権」の現実を直視した把握である。

 ③説は、密接な関係にある他国が攻撃を受け、それが自国の安全に重大な影響を及ぼすときに武力行使に訴える権利であると説く。例えば高野雄一東大名誉教授は、「集団的自衛権」と国連の集団的安全保障体制の理念との矛盾に悩み、苦渋しつつ「集団的自衛権は、他国に対する武力攻撃が同時に自国をも危うくする場合に、自国が自衛(集団的自衛)のために、実力をもって右の武力攻撃に対抗する権利である」と述べている(高野雄一「集団安保と自衛権」東信堂所収の第2論文・1957年筆)。

 かっては③説が主流であった。国連の集団的安全保障体制を擁護するために、それと矛盾・対立をきたす「集団的自衛権」を、むしろ本来の自衛権に近づけ、濫用を防ごうとしたのであるが、それは徒労に終わった。今は、②説が主流である。

 こうした整理を踏まえてみると、安保法制懇報告書は②説の立場に立って、「集団的自衛権」の採用を主張し、本閣議決定の「武力行使3要件」は③説の立場から「集団的自衛権」を採用したものであることがわかる。つまり②の他国防衛説から③の自国防衛説にシフトしているが、「集団的自衛権」は、きっちり採用されたのである。

 ※ 参考:当ブログの7月21日付記事
    「続々・集団的自衛権を疑う」http://tofuka01.blog.fc2.com/blog-entry-129.html …

 このシナリオを描いたのは兼原信克内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長であろう。安保法制懇報告書も彼のペンが入っており、閣議決定も彼のペンが入っている。他国防衛説は国民には、一見過激な説のように受け止められ、反発を招きそうである。その点、自国防衛説なら、一見穏健そうで、国民はそれならいいではないかとなんとなくごまかされてしまいそうである。そこで彼は、公明党と国民を意識して、最初は一見過激な②説をぶち上げさせて、最後は、一見、穏健な③の説に沿うように仕上げをさせたのである。かくして、静かに、穏やかに「集団的自衛権」を採用させたのである。

 ※ 参考:兼原信克「戦略外交原論」(日本経済新聞出版社)

 このあたりのことを頭に入れて、本閣議決定の「国際法上は、集団的自衛権が根拠になるが、憲法上は、わが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として許容される」との冒頭の一文を読み直すとその趣旨をよく理解できるのではなかろうか。

 さて、自国防衛説の「他国に対する武力攻撃が同時に自国をも危うくする場合」なる「集団的自衛権」の行使を制約するかのごとき文言であるが、実際には、無限に弛緩し、意味を持たなくなってしまった。その結果、現実には、「集団的自衛権」が侵略、勢力圏維持、冷戦と覇権のバックボーンとなっていたことは、周知のとおりである。

 他国防衛説は、一見過激なようであるが、自国防衛説のまやかしのヴェールを剥ぎ取り、「集団的自衛権」の現実の機能を直視したに過ぎない。国際司法裁判所のニカラグア事件の判決もこの立場に立っている(なお、同判決は、被害国の武力攻撃を受けたとの宣言と真摯な支援要請を必要とすることにより濫用を防ごうとしているようである。)。

 もっとも他国防衛説であっても、はたまた自国防衛説であっても、諸国政府の国家的実行においては全く違いがなく、「集団的自衛権」になんらの歯止めがない点では同じである。

 私たちは、誰がなんと言おうと「武力行使3要件」は「集団的自衛権」の行使を認めたもの、自国防衛説の立場からの「これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」なる要件は屁のツッパリにもならないことを、戦後の歴史を反芻しつつ確認し、その危険性をしっかり抉り出していくことが必要である。

 本閣議決定の全体的批判は、私の論文「集団的自衛権閣議決定を読み解く」をご覧いただきたい。
  収録先 「秘密保護法廃止をめざす藤沢の会」のHP 論文集
        http://fujisawa.boy.jp/ronbun/
       政治学者加藤哲郎氏のネチズン・カレッジ
        http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Homef.html
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武力行使三要件に関する解釈混乱を整理する

 閣議決定の武力行使三要件について、政府は、国際法上の「集団的自衛権」を一部を認めたが、それは「あくまでも国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守る必要最小限度の自衛の措置を認めたに過ぎない」と述べ、憲法9条の下で認められる解釈であると主張しています。

 ※参考:国家安全保障局「『国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について』の一問一答」

 公明党も、「外国に対する武力攻撃が発生しても、日本に対する武力攻撃に匹敵するような場合でなければ『自衛の措置』は認められません。」とあたかも「個別的自衛権」の整理をしただけで、何も変更していないかのような説明をしています。

 ※参考:「Q&A 安全保障のここが聞きたい<上>」(2014年7月4日付公明新聞

 これに憲法学者の木村草太氏が乗っかったような形で、「集団的自衛権」と「個別自衛権」とが重なる範囲あり、その部分を明確化しただけだ、だから従来の政府見解を変えるものではない、日米同盟を守るために武力行使三要件により武力行使は可能との政治家の答弁は、頭のいい内閣法制局の官僚が巧みに描いた論理を、誤解しているのだという主張をされています。

 しかしながら、これらはいずれも、その意図は違いますが、誤りです。

 「集団的自衛権」の国際法上の法的性質論として、従来から、①自衛権共同行使説、②他国防衛説、③自国防衛説の三説が唱えられています。①説は、武力攻撃を同時に受けた複数の国が、共同して自衛権を行使するのが集団的自衛権だという立場で、集団的自衛権否認説の一亜流と見てよいでしょうが、学説・実務の支持はありません。②説は集団的自衛権とは、文字通り攻撃を受けた他国を防衛するために武力行使に訴える権利であると捉えます。③説は、密接な関係にある他国が攻撃を受け、それが自国の安全に重大な影響を及ぼすときに武力行使に訴える権利であると説きます。かっては③説が主流でしたが今は②説が主流となっています。

 なお私は集団的自衛権否認説を論証しようと、今、文献を読みこんでいるところです。

 安保法制懇報告書は②説の立場に立って論述されていました。しかし、閣議決定された「武力行使三要件」は③説の立場から集団的自衛権を採用しました。つまり②の他国防衛説から③の自国防衛説にシフトしているのです。このシナリオを描いたのは兼原信克内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長でしょう。彼は頭がいい人です。安保法制懇報告書も彼のペンが入っており、閣議決定も彼のペンが入っています。他国防衛説は国民には過激に聞こえますが、自国防衛説は、一見穏健で、国民はそれならいいではないかとなんとなくごまかされてしまいそうです。そこで彼は、公明党と国民を意識して、最初は過激な説をぶち上げさせて、最後は、一見、穏健な説で仕上げをさせたのです。

 ※参考:兼原信克「戦略外交原論」(日本経済新聞出版社)

 しかし、自国防衛説の下でも、「自国の安全に重大な影響を及ぼすとき」なる要件は無限に弛緩し、現実には、「集団的自衛権」が侵略、勢力圏維持、冷戦と覇権のバックボーンとなっていたことを忘れてはなりません。他国防衛説は、一見過激なようですが、自国防衛説のまやかしのヴェールを剥ぎ取り、「集団的自衛権」の現実の機能を直視したに過ぎません。学説では、この説が主流ですし、国際司法裁判所のニカラグア事件の判決もこの立場に立っていることは明らかです。もっともこの立場であっても、自国防衛説の立場であっても、諸国政府の現実の実行においては全く違いがありません。要するに説明の便宜に過ぎないと言ったら語弊があるかもしれませんが、まぁそんなもんではないでしょうか。

 木村草太さんが善意で、つまり政府をけん制するつもりでおっしゃっているのであろうことはよく理解できますが、「武力行使三要件」は集団的自衛権を認めたもの、そのようなテクニックを用いず、危険性をしっかり抉り出し、真正面から批判、反対をして行くべきです。

 ※参考:私の論文「集団的自衛権閣議決定を読み解く」
    「秘密保護法廃止をめざす藤沢の会」のHP 論文集
      http://fujisawa.boy.jp/ronbun/
                                                                  (了)

国際法事始め その2

 前回、一般国際法上の自衛権と国連憲章51条による自衛権ということを書いたが、もう少しこれにこだわってみたい。

 戦争は、歴史上長らく各主権国家の自由に属することであった。もっとも交戦国の戦闘方法、使用禁止武器、捕虜の取り扱い及び敗戦国に対する処置などを規律し、中立国の守るべき義務が、国際条約で成文化され、総じて野蛮・残虐を排し、文明と人道重視の方向に少し進んできた。とりわけ1899年と1907年の2回にわたるハーグ平和会議は、この面での金字塔を打ち立てたと言ってよい。

 さらに1907年のハーグ平和会議は、人類がはじめて戦争を制限する一歩を踏み出した点でも特筆される。それは、「契約上の債務回収のためにする兵力使用の制限に関する条約」を成立させたことである。この条約は、従来、外国に借款を与えている者の本国がその債権回収に関する要求を取り上げて当該外国に戦争を起こすことが認められていたが、そのような戦争及び兵力の使用を禁じたのである。

 ヨーロッパを席巻した30年に及ぶ宗教戦争が終結し、戦後秩序を取り決めたウエストファリア条約が成立したのが1648年。これによって近代国際法の幕が開いたと言われていることは周知のとおりである。人類は、それ以来、実に250年余りの長い道のりを経て、ようやく戦争を禁止する現代国際法へと足を踏み出したのであった。

 一般国際法上の自衛権の嚆矢となったのは1837年のカロライン号事件である。当時、英領カナダ領内のネイヴィ島を拠点として、カナダの独立を目指す独立派が武器をとって英国と戦っていた。その独立派に対し、米国人所有の船カロライン号が、米国とネイヴィ島との間を往復し、人員、武器、物資を輸送していた。英国は、米国に取り締まりを要求したが、はかばかしい効果がない。そこで英軍は、米国ニューヨーク州シュロッサーに停泊中のカロライン号を急襲し、火を放った上、ナイアガラの滝から落下させてしまった。
 当然、英国と米国との間で、緊急の外交案件となり、厳しい交渉が行われた。その過程で、米国務長官ウェブスターは、英国政府に宛てた書簡で「英国政府は、差し迫って圧倒的な自衛の必要があり、手段の選択の余地がなく、熟慮時間もなかったことを示す必要がある」、「たとえ仮に米国領域への侵入がそのときの必要性よって容認されるとしても」、「非合理な、もしくは行き過ぎたことは一切行っていないことを示す必要があり、それは、自衛の必要によって正当化される行為が、かかる必要性によって限界づけられ、明白にその範囲内にとどまるものでなければならないからである」と主張し、英国政府に、カロライン号急襲と米国領侵犯につき、自衛権の行使としての正当性の論証を求めた。
 ウェブスターの主張は、自衛権の行使として正当性を認められるためには、①急迫不正の侵害の存在、②他に取り得る方法がないこと(必要性)、③必要最小限度の範囲にとどまる措置であること(均衡性)の3点に集約・整理することができ、爾来、ウェブスター・フォーミュラとして、自衛権の定義、自衛権行使の要件として定着することになる。

 もっとも当時は、上述のとおり、戦争自由の時代であり、自衛権なるものは、特定国間の外交問題を解決するためにその行使として正当化されることを論証される必要はあったが、国際法上の重要課題になることはなかった。それが国際法上の重要課題としてクローズアップされるのは、1919年・国際連盟の設立、1928年・不戦条約成立後のことである。この時代に、諸国政府と国際組織のプラクティス及び国際法学において、あらためてウェブスター・フォーミュラが自覚的に取り上げられ、より精緻な検討が行われた上で、一般国際法上の自衛権概念、定義、要件として確立をみたのである。

 従って、国連憲章51条は、当然のことながら一般国際法上の自衛権を前提とした規定であり、なにもない白紙の状態でひねり出し、取り決められたのではない。このことは、私の立場からは非常に重要な意味を持つのである。
次回に、国連憲章51条の制定経緯を見ながらそのあたりのことを論じ、その意味、内容を検討してみようと思う。

                         (続く)

国際法事始め その1

 国際法上、他国を守る権利が「集団的自衛権」なる国家固有の権利だとして、大真面目に論じられている。私には、そんな非常識なことがまかり通っていることが、不思議でならない。
 国際法学者は、一体どう考え、どう論じあっているのであろうか。また国際司法裁判所(International Court of Justice以下「ICJ」と略称する。)は、どう判断しているのだろうか。これを解読するために基礎から国際法を学びなおしてみることにした。勿論、事実上、集団的自衛権否認説とでも言うべき私の考え方を、直接的に支持してくれる学説や判例はないだろう。しかし、批判的に読み込んで行けば、私の考えを裏付け、補強する材料を沢山仕入れることが出来るのはなかろうかとひそかに期待しているところである。

 それにしても私は、学生時代、高野雄一教授の講義を聴き、同教授著のなつかしいグリーンの函入りの「国際法概論」(弘文堂)、これもなつかしい有斐閣・法律学全集の田畑茂二郎著「国際法Ⅰ」を読んだが、単位を取るためであったからあまり突っ込んだ勉強はしていなかったし、実務家になってからも、国際法とは縁のないケースばかりを扱ってきたので国際法はスポット的に読む程度のことであった。だから私には、少し荷が重い課題ではあるが、集団的自衛権否認論の賛同者を増やしたいとの一念である。

 まぁ、なんとかなるであろうと気楽に船出してみることとしたい。

 今回、読もうと思っているテキストは以下の7冊である。

①田岡良一「国際法上の自衛権」(勁草書房)
②田畑茂二郎「国際法第2版」(岩波全書セレクション)
③村瀬信也編「自衛権の現代的展開」(東信堂)
④高野雄一「集団安保と自衛権」(論文集・東信堂)
⑤同「国際社会と法」(同上)
⑥森肇志「自衛権の基層-国連憲章に至る歴史的展開 」(東京大学出版会)
⑦C.G.ウィーラマントリー「国際法から見たイラク戦争 ウィーラマントリー元判事の提言」(勁草書房)

 私のスタイルは、読みながら書く、である。誤読したまま書いてしまうおそれもあるが、読んだ直後の新鮮な印象をそのまま表すことができる。失敗、誤読はあとで正せばよい。不定期に、これはと思うところをブログに落としていくこととする。

 では早速、第1回目を始めよう。

 村瀬信也編「自衛権の現代的展開」(東信堂)中の、村瀬氏筆の第一論文は、小渕内閣当時の高村正彦外務大臣の次の国会答弁から始まる。

  「政府は従来より、国連憲章51条は、自衛権の発動が認められるのは武力攻撃が発生した場合である旨規定しているが、武力攻撃に至らない武力の行使に対し、自衛権の行使として必要最小限度の範囲内において武力を行使することは、一般国際法上は認められており、このことを国連憲章は排除しているものではない、こう解してきている・・・」

 高村外務大臣は、何を言わんとしているのであろうか。察するところ、以下のようなことであろう。

 わが国は、自衛権の行使について、①急迫不正の侵害が発生したとき、②ほかに取るべき手段・方法がなく、③侵害を排除するに必要最小限度の武力を行使する、との「自衛権行使3要件」を確立している。ここでいう①の急迫不正の侵害というのは、武力攻撃に至らない程度の散発的な武力の行使などが考えられる。わが国の「自衛権行使3要件」は、国連憲章とは別に存在すると考えられる一般国際法(国際慣習法と言い換えてもよい。以下同じ。)にもとづく自衛権の定義、要件を宣命したものであり、国連憲章とはズレがある。武力攻撃に至らない程度の散発的な武力の行使などを排除するために武力行使をすることは、一般国際法において許容される。そのことを国連憲章も容認している。

 条約と一般国際法との関係については、通常、一般法と特別法の関係にあると言われている。だから一般法、特別法の関係では、特別法が適用され、一般法は後景に退く。さて国連憲章も条約そのものであるから、一般国際法に優位する。してみると高村外務大臣、いや当時の政府は誤った見解を述べたことになるのではなかろうか。1954年に「自衛権行使3要件」を確立した時点から国連に加盟するまでの間であれば問題はないが、小渕内閣の外務大臣としての答弁としては、「自衛権行使3要件」は、国連憲章に即して、「①急迫不正の侵害が発生したとき」は「①武力攻撃が発生したとき」と読み替えられるとするべきであったのである。

 ところで私は、何も、今回の集団的自衛権閣議決定で活躍された高村氏にしっぺ返しがしたくて揚げ足取りをしているのではない。実は、高村氏は、一般国際法上の自衛権とは、上記の「自衛権行使3要件」の定義、要件によるものと認識していたこと、従って、集団的自衛権にわけいることはあり得ない認識状況であったことを言いたかったのである。高村氏は弁護士出身であるから、法律家としての素養はお持ちであろう。そのお方のかっての国会答弁と今回のご活躍ぶりの落差、これはどうやら弁護士の資格を返上なさった方がよいのではないかと思うのであるが、いかかであろうか。
こんなことを言うから私は嫌われるのかな?

 なお、一般国際法上の自衛権と国連憲章51条の関係については、さらに重要な発見をした。一回で書くと、書き手もそうであるが、お読みになる方も頭が痛くなるから、また次の機会にしたい。

 暑いのでのんびり行こう。

                                           (続く)

続々・「集団的自衛権」を疑う

 当ブログで、6月10日、7月12日の2回にわたり、国際法上の「集団的自衛権」の定義に疑問を提出、その再検討を提起した。

 要約すると、国際法上、「集団的自衛権」とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」であると解されているが、これは国際慣習法において確立している「自衛権」を逸脱するものである、「集団的自衛権」もあくまでも「自衛権」の一態様として捉えるべきである、具体的には①いくつかの国に対し、同時に武力攻撃があったとき、これに対抗するために共通的に共同して戦う、或いは単一国家を形成する連合国家の構成員に対する武力攻撃に対し、連合国家として戦うというようなレア・ケースにおける権利、②非武装もしくは軽武装の国が、武力攻撃を受けたとき、自らの力だけではこれを排除する能力がないため他国の支援によってこれを排除する権利と考えるべきである、という主張である。

 私は、「集団的自衛権」といっても「自衛権」の行使態様の一つに過ぎないと考えるのである。その「自衛権」とは、国際慣習法上、解釈はほぼ統一されている。それによると①自国が武力攻撃を受けたとき、これを、武力を行使して排除する権利であり、②武力を行使して排除する以外に方法がないこと、③武力攻撃を排除するのに必要最小限度の武力の行使にとどめられるべきこと、とされている。

 そもそも「自衛権」とは、古くから国際法上唱えられており、戦争違法化の流れが定着した第一次大戦後においても、「自衛権」に基づく戦争は違法ではないとされてきたのである。そこでいう「自衛権」とは、1928年不戦条約の立役者、米国務長官ケロッグ、仏外相ブリアンが、「攻撃または侵入に対して自国の領土を防衛する自由」だとしているように、自国に対する武力攻撃があることが核心をなしている。

 国連憲章は、加盟国に対し、あらゆる個別の武力行使を禁じ、加盟国に対する武力攻撃に対しては、国連(安保理)の下でこれを排除する(これを集団的安全保障措置という。)ことを確認しつつ、その例外として、かつ暫定的に、加盟国の「自衛権」行使を認めた。それが51条である。そこには以下のように書かれている。

  「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基づく権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」

 従来、国際法学において、「個別的又は集団的自衛の固有の権利」とあるうちの「集団的自衛の固有の権利」を、従来認められてきた「自衛権」とは別の「集団的自衛権」を加盟国の固有の権利として認めたものと解されてきた。これが「集団的自衛権」の歴史の舞台への登場であった。
 しかし、国連憲章制定過程において「集団的自衛の固有の権利」とは何かとの議論はなされておらず、国連憲章においても、その意義、目的、根拠、定義、要件について何も書かれていない。そうすると、国連憲章51条は、従来の「自衛権」概念を何ら変更していない筈であり、従来どおりの「自衛権」を認めたに過ぎない、だからこそ「個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って」と書かれているのではないか、というのが私の疑問の根拠であり、私は、その解を上記のように求めたのである。

 勿論、それは単に形式論理、法的論理であるだけではなく、「集団的自衛権」に関する従来の国際法上の定説が、戦後の殆ど全ての戦争、武力の行使を担った諸国家から援用・悪用されてきたこと、それが冷戦構造を支え、覇権構造を支える法的・理論的な論拠とされてきたこと、それは要するに軍事同盟、軍事ブロックを認めるものであって、国連による集団的安全保障体制を崩壊させるものである、との実質論に基づいている。

 ところで、元外務次官竹内行夫氏は、「集団的自衛権」の国際法上の論拠として、「自国防衛説」なる論を立て、「集団的自衛権」は「自衛のための措置」の一つであるとし、「集団的自衛権閣議決定」で掲げる「武力行使3要件」を擁護する論を展開している(「朝日」2014年7月20日朝刊)。

 曰く、「武力行使3要件」でいう、「①わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、②これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」とは、②に重点があり、あくまでもわが国防衛が目的であると。しかし、これが屁理屈であり、結局①が武力行使の主たる要件となり、自衛権ではなく「他衛権」を認める結果となることは明らかである。

 即ち、第一に、上記②には、日米同盟を守ることが含まれる、経済的打撃を受ける場合も含まれるというのが政府答弁である、第二に「これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」とは解釈によりいくらでも広げられるおそれがある、第三に、より根源的であるが「自衛権」は自国への武力攻撃があったときにはじめて認められるものであり、「これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」には認められない、それは先制的自衛権として国際法上違法である。

 似た論理でもよく吟味しなければならない。

 また、その意図も目的も全く異なる。竹内氏の考えは、抑止論であり、日米同盟を強化し、米国とその補完者日本の軍事力で世界の秩序を維持する、そのために「集団的自衛権」を捻じ曲げて解釈する、国内法的には憲法9条の解釈は時の政府の安全保障政策に従属するというものである。私の考えは、国連中心主義、そのために「集団的自衛権」を本来の自衛権の行使態様の一つの現われと解釈をする、国内法的には憲法9条堅持である。

                               (了)

14日の衆議院予算委員会集中審議を論評する

 14日、衆議院で「集団的自衛権閣議決定」に関する集中審議が行われた。新聞報道が、質疑応答をどこまで正確に捉えているかは保障の限りではないが、それに基づいて、論評してみることとする。
 中身に入る前に、こういう集中審議は、長時間にわたる与党協議をして、その合意のもとで閣議決定をしたのであるから、与党の自民党、公明党が一人前に質問時間をとってしまうのはいかにも不可思議である。時間が無制限にあるわけではないから、閣議決定成立過程においてカヤの外に置かれていた野党の質問に集中するのが公正・公平な取り扱いではなかろうか。

 さて本集中審議でいくつかの注目すべきことが浮き彫りになった。

 その1。「武力行使3要件」なるものの「これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」に、経済的な打撃を受ける場合も含まれること。

 民主党岡田議員の質問に対し、安倍首相は次のように述べている。

 「経済に与える打撃によって多くの例えば中小企業等々も相当の被害を受けることになる。多くの倒産も起こり、多くの人が職を失う状況につながるかもしれない。そういうものも勘案しながら総合的に判断していく。」

 これを読んで満州事変を思い出す人も多いのではないだろうか。例えば関東軍高級参謀であった板垣征四郎は、柳条湖事件直前、「我国ノ経済界ヲ支配スル資本主義ノ立場カラ申シマシテモ勿論テアリマス又無産階級ノ立場カラ申シマシテモ国内ノ富ノ平均ヲ図ルコトカ固ヨリ必要ナル要求テアリマセウカ元来富裕ナラサル我国ノ世帯ノ範囲丈テハ国民全般ノ生活ヲ保証スル根本策ヲ発見セントシテモ結局詰マル外ナイノデアリマス」と満州を確保するための軍事作戦の必要性を説いている(1931年5月29日「満州問題ニ就イテ」)。

 要するに武力の行使の正当化は、こんな類の主張でできるのであり、安倍首相の上記答弁は、こういう類の主張をも排除しないことをつい明かしてしまっているのである。

 その2。同じく上記の「これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」に、「日米同盟に深刻な影響を与える場合」が含まれること。

 引き続いて、民主党岡田議員の「日本が集団的自衛権を行使しないと、日米同盟に深刻な影響を与える場合はどうなのか」との質問に、岸田外相は「日米同盟はわが国の平和と安全を維持するために重要。新3要件に該当する可能性が高い。」と答えている。

 私は、論文「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を読み解く」の中で、以下のように指摘しておいた。岸田外相は自白したといってよい。
 http://t.co/yxnv5IdgXW

 「我が国の存立が脅かされ」と「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」とは、 国家安全保障局が作成した「自衛権などに関する政府見解の想定問答集」によると、「国家と国民は表裏一体のものであり、我が国の存立が脅かされるということの実質を、国民に着目して記述したもの(加重要件ではない)」とされている。そうすると結局①は、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる明白な危険がある場合」ということになり、生身の国民を離れた抽象的、観念的な概念となる。そこで思い出されたい。日米同盟は、わが国の安全保障の機軸、わが国の存立の基盤と安倍政権は説明しているではないか。そこで、米国が、戦争を開始したら、わが国もともに戦わないことは日米同盟を危殆に陥しいれ、わが国の存立を脅かすことになる。従って、当然に、わが国も「武力行使3要件」に基づき参戦を余儀なくされることにある。勿論、地理的限界はないし、他国領域(領海)を除外する理屈を見出すことはできない。

 その3。自衛隊の海外派遣において、自衛隊の活動を行う地域を「支援対象となる他国部隊等が現に戦争行為を行っていない現場」と改めようとすることの危険性がはっきりしたこと。従来は、「現に戦闘が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘が行われることがないと認められる地域」とされていた。
これは共産党笠井議員の質問に対し、安倍首相は「状況が悪化し、支援場所が戦闘現場になれば、支援を中止・中断する」と答え、さらに「閣議決定では戦闘現場に居合わせることを想定しているのではないか」と追及されて「そこが戦闘行為の現場になる可能性はある」と答えた。まさしく戦闘に巻き込まれることを容認しているのである。

 最後に憎まれ口を一つ。公明党の質問はいただけない。この期に及んでも、自分たちは、安部首相の暴走を止めようとしているのだといわんばかりの質問をしている。その質問に対する政府答弁は、いずれも抽象的レベルに終始し、なんとか顔を立ててもらったが、他党の質問に対する答弁で、具体的にそれが全て否定をされ、面目丸つぶれであった。気の毒に、穴があったら入りたい心境ではなかっただろうか。なに、心臓に毛の生えた人たち、蛙の面になんとかだろう。おそまつ!

 

                              (了)

矛盾が噴出する「武力行使3原則」

 復習になるが、7月1日の集団的自衛権閣議決定で、「武力行使3原則」が確認された。それは以下のとおりである。
   
① わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合
② これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないとき
③ 必要最小限度の実力の行使(「武力の行使」)

 なお、上記で認められる他国に対する武力攻撃に対処するための「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠になるが、憲法上は、わが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として許容されるものである。

 これに基づく関係法令の整備のための実務作業が開始されている。その実務を担っているのは、本年1月、内閣官房に設置された「国家安全保障局」である。さて、これに関して、毎日新聞(デジタル版7月12日(土)7時15分配信)は、以下のとおり報じている。

~集団的自衛権の行使を可能にするための法整備を巡り、政府は11日、武力攻撃事態法を改正し、日本が外国から攻撃を受ける前でも武力行使できるようにする方針を固めた。同法は武力行使を「(外国からの)攻撃が発生した」場合に限定して認めているが、「攻撃が発生する明白な危険が切迫している」場合でも武力行使を可能とする。日本の安全保障法制の大きな転換点となる。
 来年の通常国会での改正を想定している。同法は、有事の際の自衛隊や地方自治体の対処方針の概要などを定める。現行法は外国からの武力攻撃に対しては「武力の行使は、事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」とし、自衛隊の武力行使は日本が攻撃を受けた場合に限っている。
1日の安全保障に関する閣議決定は「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合」でも、日本の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険があると認めれば、武力行使が可能だとした。改正で、自衛隊が集団的自衛権に該当する活動に従事する際の法律上の根拠とする。
 同法は、防衛のための自衛隊出動には国会承認が必要と定めており、日本が攻撃を受けていない場合の出動にも同様に国会承認を義務付ける。武力行使の程度に関しても、現行法と同様に「事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」との制約を盛り込む。【青木純】」~    http://t.co/7cKrnB4Rbd

 少し、法文で確認してみよう。ややこしいが我慢をして読んで頂きたい。

 自衛隊法76条は、自衛隊の防衛出動について定めている。「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃(以下「武力攻撃」という。)が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律 (平成15年法律第79号)第9条 の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。」

 自衛隊の防衛出動は、「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(以下「武力攻撃事態法」という。)と連動しているのである。そこで武力攻撃事態法に移ることとする。

 武力攻撃事態法3条は、「武力攻撃事態等への対処に関する基本理念」と銘打たれ、その3項には「武力攻撃事態においては、武力攻撃の発生に備えるとともに、武力攻撃が発生した場合には、これを排除しつつ、その速やかな終結を図らなければならない。ただし、武力攻撃が発生した場合においてこれを排除するに当たっては、武力の行使は、事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない。」と定められている。武力攻撃事態とは何か。それは第2条で「第1号 武力攻撃 我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。第2号 武力攻撃事態 武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態をいう。第3号 武力攻撃予測事態 武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう。」と定義されている。つまり武力攻撃事態とは、武力攻撃が発生した事態と武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態とが包含されているのである。そして武力攻撃事態と武力攻撃予測事態とを総称して武力攻撃事態等と呼称しているのだ。

 上記武力攻撃事態法の法文から明らかなように、「武力攻撃事態」の発生により、自衛隊法76条に基づき出動命令を命じられた自衛隊は、武力攻撃の発生に備えるとともに、武力攻撃が発生した場合には、これを排除するため事態に応じた合理的に必要とされる限度の武力の行使をすることが認められることとされているのである。
ところがこれを改正し、武力行使できる場合を「武力攻撃が発生した事態」とではなく、「武力攻撃が発生する明白な危険が切迫している事態」に緩和してしまおうと言うのである。勿論、これには「わが国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃が発生した」との要件を書き加えるのであろうが、わが国を基準に考えれば、武力攻撃発生前の先制攻撃を認めることになることは間違いない。具体的な改正案作成の段階になると、このような矛盾がここかしこに噴出することになるだろう。

                            (了)

続・集団的自衛権を疑う

 6月10日、当ブログに、「集団的自衛権を疑う」と題する小論を載せた。

 そこでも冒頭述べたところであるが、集団的自衛権なるものは、国連憲章51条により、はじめて歴史の舞台に立ち現われた法的概念であるが、国際法学上も未だ法的確信に支えられた説得力のある主張がなされるには至っていないように思われる。

 わが国政府は、従来から、集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」であって、国際法上の権利として認められているが、憲法9条の下では、わが国に対する武力攻撃を排除するために行使する実力との自衛権の要件(①わが国に対する武力攻撃の発生、②これを排除するための方法がほかにない、③侵害を排除するための必要最小限度の実力の行使なる「自衛権行使3要件」の①の要件)に反し、認められないと解されてきた。

  今回の集団的自衛権閣議決定は、これを根本的に覆す解釈改憲であり、立憲主義に背馳し、無効であることは多くの識者が指摘するとおりで、私も「集団的自衛権行使を容認する閣議決定」なる論文を書いたところである。
 http://t.co/yxnv5IdgXW

  ところで、私は、上記小論「集団的自衛権を疑う」で、従来の集団的自衛権に関する定義に根本的な疑問を提起しておいた。

 そもそも自衛権とは、古くから国際法上唱えられており、戦争違法化の流れが定着した第一次大戦後において、自衛権に基づく戦争は国際法上も認められるとして、おおむね上記「自衛権行使3要件」と同様な定義がなされるに至り、国際慣習法上の権利として認められるようになっていたのに対し、集団的自衛権なるものは、国連憲章51条に次のように規定されただけのことである。

  「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基づく権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」

 確かに、暫定的にではあるが、「個別的又は集団的自衛の固有の権利」とかかれており、集団的自衛権を加盟国の固有の権利として認めているようでもある。しかし、私は、国連憲章制定過程に、国際法上、これまで主張されたこともない「集団的自衛の固有の権利」を国連憲章に書き込むのであれば、その意義、目的、根拠、定義、要件について十分な議論と整理がなされ、憲章の本文に明記されなければならないのに、それは一切なされていないことから、別の解釈をするべきではないか、これが私の上記小論で提起した疑問である。

 私は、そのような疑問に基づき、国連憲章51条は、従来の自衛権概念を何ら変更していないと解するべきで、従来どおりの自衛権を認めたに過ぎず、それを集団的に行使すること、具体的には、各加盟国に対する武力攻撃がそれぞれになされたために共に戦う、或いは各加盟国の国家連合として構成国に対する武力攻撃と戦うというようなレア・ケースを想定していると解するべきではなかろうかとの見解を示しておいた。

 今回、私は、もう一つの考え方を示したい。国際法上は、従来から認められている自衛権しか存在しない。しかし、そのような自衛権を行使しえる軍備を保有しない国も当然あるだろう。そのような国は、本来は、自ら加盟する国連に侵略を排除してもらうことを期待するのであるが、国連の現状では、国連はその負託に必ずしも応えられない。そこで、そのような国に、一定の関係国との条約に基づき、自国に対する侵略を排除してもらうことを認めるという趣旨で、「集団的自衛の固有の権利」を書かれたのではないか。つまり、非武装もしくは軽武装の国が、他国に守ってもらう権利、それが集団的自衛権ではないのか。侵略排除のために条約に基づいて武力行使をする国は、集団的自衛権の反射的利益で受動的に違法性を阻却されると考えることになる。

 このように解釈することは、より国連の重要性を高め、やがて諸加盟国の個別の自衛権行使も不必要とし、国連による本来の集団安全保障措置の確立を招き寄せることになるように思われ、国連設立の目的にも沿うものであると考えるがいかがなものであろうか。
 世界の恒久平和のための学問、国際法学の研究者の検討をお願いしたいものである。
 
                                             (了)

見習うべき見事な外交交渉

 嘉永6年(1853年)6月3日(旧暦)、ペリー率いるアメリカ合衆国東インド艦隊の軍艦4隻が来航し、浦賀沖に投錨した。旗艦サスクェハナ号は、2450トン、当時、和船は最大の千石船でも100トン程度、日本人には途方もなく巨大な恐るべき代物であった。

久里浜の海辺で西洋式砲術訓練をしていた浦賀奉行所の武士たちはこれを目撃し、肝をつぶして奉行所に注進した。奉行はすぐさま与力中島三郎助ら一行をこの怪物船団に差し向けた。中島は石高100石クラスの中級武士だが、学もあり、なかなか肝の据わった男であった。

 ペリー艦隊側は、小舟でこぎ寄せた中島ら一行に、「われらは合衆国大統領から将軍に宛てた書翰を所持しており、日本高官でなければ話をしない」と乗船を拒絶したのに対し、中島は、「日本の国法では、奉行が異国船に直接応接することはない」と一歩も引かない。実力行使してでも大統領書翰を直接将軍に手渡すとなおも言い張るペリー艦隊側に、中島は、国には「その国の法」があると切り返す。まさにアヘン戦争の際に活躍した清国の開明派官僚林則徐が国際法を漢訳させ手元においていた「各国禁律」の法理である。

 中島は、その上「自分は副奉行である」と詐術を弄して、ようやく同行のオランダ通詞とともにサスクェハナ号に乗船することを認めさせ、ペリーとの面談に及んだ。

 ペリーは、「一文明国」が他の文明国にとるべき儀礼的態度とるべしと、大統領書翰を将軍に直接手渡せるように措置することを、高飛車に要求する。これに対して、中島は、わが国にはわが国の国法があると一歩も動じず、要求を丁重にかつ毅然と拒絶する。しかも、艦内の様子を仔細に観察、去り際には艦上の巨砲を見て、「これはバクサンズ砲ではないのか。射程距離はいかほどか」などと尋ねるほどに沈着冷静であった。

 文明国の儀礼的態度を説法したペリーは、翌日から、軍艦ミシシッピー号に護衛された測量船4隻を江戸湾内に繰り返し侵入させた。これは「武力の行使」と評してもよい文明国の慣行、国際法に違反する行為であった。浦賀奉行所側は、衝突を回避しつつ、これを「かねて国禁」を犯すもの、「不法の致し方」と厳しく抗議をし続けた。

 6月6日、幕閣の評議は、衝突回避に帰し、浦賀奉行に大統領書翰の受け取りを命じた。こうして6月10日、浦賀奉行所の西洋式砲術訓練場となっていた久里浜において、ペリー東インド艦隊指令長官兼遣日特使から浦賀奉行に対して、大統領フィルモアの書翰が手交され、当面の目的を達したペリー一行は浦賀沖から去って行った。

 なお、大統領書翰には、通商和親の基本要求とともに、漂流民の保護、航海のための 補充、薪水食料の提供などが当面の要求として記載されていた。またこの大統領書翰とともに交付されたペリーの書面には、「この国書の返事を受け取りに、来年の春、再びこの江戸湾に来る」と記してあった。

 翌年1月中旬、予告どおりペリーは、初来航時の旗艦サスクェハナ号と同型船のボーハタン号を旗艦とする7隻の艦隊で、来航した。今度は勝手知ったる江戸湾内海自ら「アメリカ碇泊所」と名づけた金沢沖の深い小湾に投錨した。再び武威を見せつけるべく艦隊航進を繰り返した。

 2月はじめ、幕府側は林大学頭を全権に任命して、ペリーとの正式交渉にあたらせた。ペリーは、前年の大統領書翰によって示され要求、とりわけ当面の要求として提起された人道的課題を押し出した。そして17年前に、異国船打ち払い令により日本人漂流民引取りを求めた米国船モリソン号を追い返した、いわゆるモリソン号事件を引き合いに出し、このような漂流民引取りという人道的要求さえも拒絶するのであれば「断固として応懲する」と居丈高に通告した。対する林全権は、既に異国船打ち払い令は撤回され、日本近海での他国船の遭難に対しては、人道的対応をしている、また薪水給与令も実施していると、事実を示し、「貴国も人命を重んずるということであれば・・・さして累年の遺恨を結んでいるというのでもないところ、強いて戦争に及ばなければならないという程のこととも思われない。使節にても、とくとあい考えられてしかるべき儀と存じそうろう」と反論した。
       (以上井上勝生「幕末・維新 シリーズ日本近現代史」岩波新書による)

 幕末、幕府方の外交、小国の武威を誇る大国相手の堂々たるものではないか。これまでの幕末史では、幕府方は弱腰外交に終始したかのように描かれることが多かったが、上記の井上本では、ペリー初来航から1858年日米修好通商条約締結に至る外交において、幕府方は、世界の動向を見据え、国際法を研究し、また手続き的にも諸大名の意見を繰り返し聴取するなど、開明的、先見的外交を行ったこと、これに対して孝明天皇を筆頭に、朝廷側は、「神武帝よりの皇統連綿の事、他国に例がない」、「ひとえに天照大神の仁慮」、「血脈違わざる」日本は「神州」であり、清国より優れている、日米修好通商条約は「神州の瑕瑾」であり「許すまじき事」と愚かな歴史観に立って、歴史の歩みを押しとどめようとしたことが示されている。

 世界史の発展方向を見定め、知を武器に、平和を旨として外交を進めること、幕末、幕府方の外交はそのことを実践したようだ。さしずめ孝明天皇の姿勢に通ずるかのごとき現代の安倍政権に、爪の垢でもせんじてのませてやりたいものだ。

                                     (了)

東京、キャンベラ、マニラ、ブリュッセル

1 安倍首相は、7月8日、訪問先のオーストラリアで、トニー・アポット同国首相と会談、両首脳は、武器等防衛装備品や技術の移転に関する協定書に調印した。安倍政権は、本年4月1日に武器輸出3原則を撤廃し、武器輸出を解禁する防衛装備移3原則を閣議決定したばかりで、早くもその閣議決定は「成果」を挙げたことになる。

オーストラリアのアポット首相は、昨年9月の総選挙で、野党・保守連合(自由党と国民党)を率いて、与党・労働党に圧勝、首相に就任した。所属は自由党であるが、同党は、近年、とみに新自由主義・ネオコン的色彩を強めており、かっての党首であったマルカム・フレイザー元党首などは、離党をし、批判を強め、対米依存脱却、自主外交の重要性を訴えている。

こうしたことから首相就任後のアポット氏が打ち出す政策が注目されていたが、予想を上回るほどに新自由主義・ネオコンそのものというべき状況である。

外政においては、対米依存を一層強め、インドネシアを経由して流入するアフガン、イラン、スリランカなどのボート・ピープルをインドネシアへ追い返すなど関係を悪化させ、中国に対して露骨な敵視策をとり、その一方で、同じ新自由主義・ネオコンの安倍政権に接近するなど穏健なオーストラリアのイメージを一変させている。

また内政においては、先住民や非英語圏からの移民に対するヘイトスピーチを禁ずる「人種差別禁止法」の規定を、表現の自由を理由に緩和しようとし、叙勲制度にイギリスの騎士叙勲であるナイト、デイムの称号を復活させるなどしている。

安倍首相は、本年4月、来日したアポット首相を歓待し、出来立ての国家安全保障会議の「四大臣会議」に出席させると、アポット首相もいたく感激して安倍政権の外交政策をベタほめし、集団的自衛権行使容認の解釈改憲に賛同する一方、靖国神社参拝や従軍慰安婦問題については、盟主アメリカの意向を知ってか知ずでか、一言も触れることはなかった。

安倍首相は、今回の、お返しのオーストラリア訪問において、オーストラリア議会で、集団的自衛権を容認する閣議決定に触れつつ、「日本とオーストラリアの試練に耐えた信頼関係を安全保障分野での協力に生かしていくことになる」、「経済の連携を深めてきた両国が地域と世界の秩序を育み平和を守るため、ラグビーのようにスクラムを組もうとしている」などと演説した。

かくてアジアの南西部において、あらたな二国同盟への動きが始まった。ネオコン二人組の一場の夢ではなく、アメリカの強い後押しによるものであり、アメリカのアジア太平洋重視・リバランスの一里塚である。

2 目を転じて、フリッピンを見てみよう。ベニグノ・アキノ3世が、第15代大統領に就任したのは2010年6月であった。

そのフリッピンが、蜂起した市民の力で独裁者マルコスを追放したのは1986年2月であった。市民革命は、独立・民主主義・非核平和を掲げるフィリッピン憲法を制定させ、米比友好安全保障条約を破棄、米軍基地撤去を実現した。1992年末までに、米軍基地は撤去され、駐留アメリカ軍は完全撤退した。

ところが2002年には、テロとの闘いに疲弊するフィリッピン政府は、「米比相互補給支援協定」を締結し、長期合同演習の名目で、ミンダナオ地方にアメリカ軍を事実上駐留させることとなる。次第にアメリカ軍の駐留は常態化、恒久化し、ついに本年4月28日、米比軍事協力協定を締結した。

① アメリカ軍は今後10年間、フリッピン軍基地とその施設を利用してフリッピン軍と合同訓練、演習、共同作戦を実施できる。

② 基地内に駐留するアメリカ軍将兵はフリッピン政府の監視下に置かれる。

③ 駐留するアメリカ軍部隊は、ローテーションで派遣され、常駐はしない。

これが米比軍事協力協定の内容だ。ローテーション、常駐しないとあるが、沖縄の基地だって将兵自体はローテーションを組まれ、常駐ではない。しかしアメリカ軍としては常駐である。それと何らかわらない。テロとの戦いが、中国の脅威への対抗ということに変じたものの、フィリッピンは、ともかくもアメリカ依存を深めた。

今度は、安倍政権率いるわが国が、フィリピンとの間で、米比軍事協定とほぼ同じ内容の日比安全保障協力協定(仮称)を取り交わし、自衛隊がフィリッピンに駐留するという構想が持ち上がっているようだ。かくして東京、キャンベラの間に、東京、マニラの二国間同盟への胎動が始まった。

これも毛並みの良さを誇る安倍首相、ベニグノ・アキノ3世の両御曹司の一場の夢ではなく、アメリカの強い後押しによるものであり、アメリカのアジア太平洋重視・リバランスの一里塚である。

3 さらに安倍首相は5月6日、7日、NATO本部、EU本部を訪問、「日本とNATO間の国別パートナーシップ協力計画」に署名、NATO及び諸構成国との合同軍事演習、アフリカ各地での軍・民間活動の協力を含む合意だ。これによりわが国はNATO及び諸構成国との軍事的連携にも踏み出した。目的はアフリカにおける中国とのしのぎを削る利権・ヘゲモニー争いだ。まるで20世紀初頭の世界ではないか。

集団的自衛権容認閣議決定は、実に深く、広い意味があるようだ。しかし、いずれにおいても国民的支持を受けているわけではない。対置さすべきは憲法9条での連携だ。

(本稿は、「世界」7月号の以下の三つの論文を参考にして書いたもので、文章上の責任は筆者にある。谷口長世「安倍欧州諸国安保歴訪」、「杉田弘也「戦略的依存に終止符を」、加治康男「中国の海洋進出と日比軍事連携の道」」
                                    (了)
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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