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武力行使三要件に関する解釈混乱を整理する

 閣議決定の武力行使三要件について、政府は、国際法上の「集団的自衛権」を一部を認めたが、それは「あくまでも国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守る必要最小限度の自衛の措置を認めたに過ぎない」と述べ、憲法9条の下で認められる解釈であると主張しています。

 ※参考:国家安全保障局「『国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について』の一問一答」

 公明党も、「外国に対する武力攻撃が発生しても、日本に対する武力攻撃に匹敵するような場合でなければ『自衛の措置』は認められません。」とあたかも「個別的自衛権」の整理をしただけで、何も変更していないかのような説明をしています。

 ※参考:「Q&A 安全保障のここが聞きたい<上>」(2014年7月4日付公明新聞

 これに憲法学者の木村草太氏が乗っかったような形で、「集団的自衛権」と「個別自衛権」とが重なる範囲あり、その部分を明確化しただけだ、だから従来の政府見解を変えるものではない、日米同盟を守るために武力行使三要件により武力行使は可能との政治家の答弁は、頭のいい内閣法制局の官僚が巧みに描いた論理を、誤解しているのだという主張をされています。

 しかしながら、これらはいずれも、その意図は違いますが、誤りです。

 「集団的自衛権」の国際法上の法的性質論として、従来から、①自衛権共同行使説、②他国防衛説、③自国防衛説の三説が唱えられています。①説は、武力攻撃を同時に受けた複数の国が、共同して自衛権を行使するのが集団的自衛権だという立場で、集団的自衛権否認説の一亜流と見てよいでしょうが、学説・実務の支持はありません。②説は集団的自衛権とは、文字通り攻撃を受けた他国を防衛するために武力行使に訴える権利であると捉えます。③説は、密接な関係にある他国が攻撃を受け、それが自国の安全に重大な影響を及ぼすときに武力行使に訴える権利であると説きます。かっては③説が主流でしたが今は②説が主流となっています。

 なお私は集団的自衛権否認説を論証しようと、今、文献を読みこんでいるところです。

 安保法制懇報告書は②説の立場に立って論述されていました。しかし、閣議決定された「武力行使三要件」は③説の立場から集団的自衛権を採用しました。つまり②の他国防衛説から③の自国防衛説にシフトしているのです。このシナリオを描いたのは兼原信克内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長でしょう。彼は頭がいい人です。安保法制懇報告書も彼のペンが入っており、閣議決定も彼のペンが入っています。他国防衛説は国民には過激に聞こえますが、自国防衛説は、一見穏健で、国民はそれならいいではないかとなんとなくごまかされてしまいそうです。そこで彼は、公明党と国民を意識して、最初は過激な説をぶち上げさせて、最後は、一見、穏健な説で仕上げをさせたのです。

 ※参考:兼原信克「戦略外交原論」(日本経済新聞出版社)

 しかし、自国防衛説の下でも、「自国の安全に重大な影響を及ぼすとき」なる要件は無限に弛緩し、現実には、「集団的自衛権」が侵略、勢力圏維持、冷戦と覇権のバックボーンとなっていたことを忘れてはなりません。他国防衛説は、一見過激なようですが、自国防衛説のまやかしのヴェールを剥ぎ取り、「集団的自衛権」の現実の機能を直視したに過ぎません。学説では、この説が主流ですし、国際司法裁判所のニカラグア事件の判決もこの立場に立っていることは明らかです。もっともこの立場であっても、自国防衛説の立場であっても、諸国政府の現実の実行においては全く違いがありません。要するに説明の便宜に過ぎないと言ったら語弊があるかもしれませんが、まぁそんなもんではないでしょうか。

 木村草太さんが善意で、つまり政府をけん制するつもりでおっしゃっているのであろうことはよく理解できますが、「武力行使三要件」は集団的自衛権を認めたもの、そのようなテクニックを用いず、危険性をしっかり抉り出し、真正面から批判、反対をして行くべきです。

 ※参考:私の論文「集団的自衛権閣議決定を読み解く」
    「秘密保護法廃止をめざす藤沢の会」のHP 論文集
      http://fujisawa.boy.jp/ronbun/
                                                                  (了)
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国際法事始め その2

 前回、一般国際法上の自衛権と国連憲章51条による自衛権ということを書いたが、もう少しこれにこだわってみたい。

 戦争は、歴史上長らく各主権国家の自由に属することであった。もっとも交戦国の戦闘方法、使用禁止武器、捕虜の取り扱い及び敗戦国に対する処置などを規律し、中立国の守るべき義務が、国際条約で成文化され、総じて野蛮・残虐を排し、文明と人道重視の方向に少し進んできた。とりわけ1899年と1907年の2回にわたるハーグ平和会議は、この面での金字塔を打ち立てたと言ってよい。

 さらに1907年のハーグ平和会議は、人類がはじめて戦争を制限する一歩を踏み出した点でも特筆される。それは、「契約上の債務回収のためにする兵力使用の制限に関する条約」を成立させたことである。この条約は、従来、外国に借款を与えている者の本国がその債権回収に関する要求を取り上げて当該外国に戦争を起こすことが認められていたが、そのような戦争及び兵力の使用を禁じたのである。

 ヨーロッパを席巻した30年に及ぶ宗教戦争が終結し、戦後秩序を取り決めたウエストファリア条約が成立したのが1648年。これによって近代国際法の幕が開いたと言われていることは周知のとおりである。人類は、それ以来、実に250年余りの長い道のりを経て、ようやく戦争を禁止する現代国際法へと足を踏み出したのであった。

 一般国際法上の自衛権の嚆矢となったのは1837年のカロライン号事件である。当時、英領カナダ領内のネイヴィ島を拠点として、カナダの独立を目指す独立派が武器をとって英国と戦っていた。その独立派に対し、米国人所有の船カロライン号が、米国とネイヴィ島との間を往復し、人員、武器、物資を輸送していた。英国は、米国に取り締まりを要求したが、はかばかしい効果がない。そこで英軍は、米国ニューヨーク州シュロッサーに停泊中のカロライン号を急襲し、火を放った上、ナイアガラの滝から落下させてしまった。
 当然、英国と米国との間で、緊急の外交案件となり、厳しい交渉が行われた。その過程で、米国務長官ウェブスターは、英国政府に宛てた書簡で「英国政府は、差し迫って圧倒的な自衛の必要があり、手段の選択の余地がなく、熟慮時間もなかったことを示す必要がある」、「たとえ仮に米国領域への侵入がそのときの必要性よって容認されるとしても」、「非合理な、もしくは行き過ぎたことは一切行っていないことを示す必要があり、それは、自衛の必要によって正当化される行為が、かかる必要性によって限界づけられ、明白にその範囲内にとどまるものでなければならないからである」と主張し、英国政府に、カロライン号急襲と米国領侵犯につき、自衛権の行使としての正当性の論証を求めた。
 ウェブスターの主張は、自衛権の行使として正当性を認められるためには、①急迫不正の侵害の存在、②他に取り得る方法がないこと(必要性)、③必要最小限度の範囲にとどまる措置であること(均衡性)の3点に集約・整理することができ、爾来、ウェブスター・フォーミュラとして、自衛権の定義、自衛権行使の要件として定着することになる。

 もっとも当時は、上述のとおり、戦争自由の時代であり、自衛権なるものは、特定国間の外交問題を解決するためにその行使として正当化されることを論証される必要はあったが、国際法上の重要課題になることはなかった。それが国際法上の重要課題としてクローズアップされるのは、1919年・国際連盟の設立、1928年・不戦条約成立後のことである。この時代に、諸国政府と国際組織のプラクティス及び国際法学において、あらためてウェブスター・フォーミュラが自覚的に取り上げられ、より精緻な検討が行われた上で、一般国際法上の自衛権概念、定義、要件として確立をみたのである。

 従って、国連憲章51条は、当然のことながら一般国際法上の自衛権を前提とした規定であり、なにもない白紙の状態でひねり出し、取り決められたのではない。このことは、私の立場からは非常に重要な意味を持つのである。
次回に、国連憲章51条の制定経緯を見ながらそのあたりのことを論じ、その意味、内容を検討してみようと思う。

                         (続く)
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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