国際法事始め その5

 国連憲章51条をどう読むべきかという核心部分に一気に突っ込みかけたが、やはり、これは最後までとっておこう。

 国際法のテキスト、論文集を読み始めて4週間がたった。今、4冊目、田岡良一「国際法上の自衛権」(勁草書房)の半ばまで読み進めている。この本は、著者が京大教授定年退官の時期をはさんで、5年の歳月をかけて書き上げ、1964年の終わりに公刊された著者渾身の力作である。その内容たるや、当時の通説である伝統的自衛権論に対する徹底した批判と自説の展開にあてられており、本文379ページ、全部が一本の論文と言ってよいほどに、論争的かつ刺激的である。

 だが私は、読みながら、ある一点において、これは違う、賛同できないとの思いが募っている。それはどういう点かというと、著者の論が、国内法と国際法を同次元におき、国内刑法における正当防衛、緊急避難の対比もしくはアナロジーで国際慣習法(以下、「一般国際法」という。)上の自衛権を解明するという観点に立っておられることである。

 著者は言う。

 まず違法行為の排除について。

 国内法においては、公権力によって違法行為が排除され、制裁として刑罰が課される仕組みが出来上がっている。その反面として私人が、違法な行為を自らの実力で排除し、制裁を課する自力救済は禁じられている。ただ公権力が出動し、違法行為を排除することが間に合わないような緊急事態において、自己もしくは自己と密接な関係のある第三者の法益を守るために、やむを得ずに違法行為を排除するために必要かつ相当な実力を行使した場合には、例外的に、正当防衛として違法性が阻却される。
 これに対し、伝統的国際社会は、主権国家によって構成されており、公権力により一元的な秩序が維持される状況にはなっておらず、ある国家の違法行為を公権力で排除し、制裁を課する仕組みとはなっていない。そこで、主権国家は、他の国家の違法行為に対して、原則として自力救済により、自らこれを排除することが認められる。

 次に違法ではない害悪の排除について。

 国内法においては、国によって違いがあるが、基本的には自己の身体、生命、財産等の重大な法益が危殆に瀕し、公権力による救済を待てないほどに緊急やむをえないとき、相対的に重要度の低い他者の法益を侵害することは、緊急避難として許される。
 国際法においても、上記の自力救済とは別に、このような緊急避難が認められる。

 過去、自衛権の事例として、国際法のテキストに取り上げられてきたカロライン号事件、アメリア島事件、ヴァージニアス号事件等々は、いずれも相手国に違法行為があったわけではなく、正当防衛即ち自衛権行使の事案ではない。

 通説は、カロライン号事件に関するウェブスター・フォーミュラをもとに、自衛権とは、自国に対する他国からの急迫不正の侵害、これを排除するために他にとり得る手段がない、必要最小限度において武力を行使すること、と定義し、一般国際法上、国家の固有の権利だとしてきた。通説を説く学者の中には、その一方で自力救済を認めるものもいる。これでは、自衛権と自力救済を区別する意味がないではないか。
 通説が、自衛権が問題になった事案とする上記のケースは、いずれも緊急避難の事例であり、一般国際法上の自衛権とは、実は、緊急避難の言い換えに過ぎない。他国の違法行為に対しては自力救済で対処することができる。

 私見。今のところ以下のように考えている。

 上述の如くに著者は、国際法と国内法とを同一次元に置き、結局、一般国際法においては自力救済を認めてしまう。しかし、近世初頭、ヨーロッパにおいて国際法の定立、体系化が始まって以来、国際法は、国内法とは異なる基盤の上に、異なる法思想のもとに、成長、発達した。主権国家内においては、公権力への国民の統合を前提として、統治のありようをめぐる闘争の中で法体系が形成される。しかし、国際社会においては、そもそも公権力への統合など問題にはなりようがなく、諸国家の国際関係は、絶対主義の時代、資本主義勃興期における諸国家の経済的発展の時代、帝国主義の時代に応じた色調を帯びた諸国家の対立、拡散を前提として成り立っている。そこにおいて対立と抗争を適正化し、合理性を持ったものとし、紛争を予防・調整し、平和を維持・発展させ、国際的な交易と人的交流を発展させるルールとして、規範化してきたものが国際法である。

 私は、その流れの中で、戦争や武力行使についても、自力救済、正当防衛、緊急避難などという国内法上の道具概念とは異なる次元で、無差別戦争観による無秩序、非合理性な国家実行を抑制するための道具概念として自衛権の概念が形成され、法思想的根拠をもってその一般国際法化が意識的に推し進められたと考えるのである。通説は、カロライン号事件は、典型的な自衛権の事案ではないと承知しつつ、敢えてこれを異化し、その処理をめぐって確認されたウェブスター・フォーミュラを足がかりに、自衛権概念を発展せしめたのでではなかろうか。

 一般国際法上の権利として自力救済を認めることは、無差別戦争観への逆戻りである。なお、緊急避難についても国内法のアナロジーではなく、国際法に即したデコンストラクションがなされなければならない。

                                 (続く)
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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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