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白井聡『永続敗戦論』を読む

 白井聡『永続敗戦論』(太田出版)を読み終えた。この本の売れ行きは、既に軽く6万部を突破したそうであるが、このように小難しい本が、ブームといっていいほど話題になり、これほどに読まれていることは、わが国の読書人層も健全で、まだまだ見捨てたものではないと云っていいだろう。

 「私らは侮辱のなかに生きている。」

 これは原発事故によって露呈されたわが国の戦後体制の本質を刺し貫く言葉である。戦後体制の本質とは何か。白井氏は言う。「(福島原発)事故をきっかけとしてくっきり姿を現したのは『有司専制』とも形容すべき腐敗した政治権力構造、そして、かってそれを支え近隣諸国に惨禍をもたらし全国民を破滅の瀬戸際に追い込む(=大東亜戦争)手助けをしてしまったことへの反省の上に立っているはずの市民社会の諸機関(大学・マスメディア等)を、いまもなお呪縛している『封建遺制』であった。」

 白井氏は、「戦後政治の総決算」とか「戦後レジームからの脱却」を叫ぶ保守勢力は、それを実行しないことによって権力を独占してきたのだと述べる。どういうことだろう、誰もが抱く疑問である。彼は、そのことを論証することに本書の多くの頁を費やしている。

 白井氏は、「永続敗戦」を次のように定義する。

 「敗戦の帰結として政治・経済・軍事的な意味での直接的な対米従属構造が永続化される一方で、敗戦そのものを認識において巧みに隠蔽する(=それを否認する)という日本人の大部分の歴史認識・歴史意識の構造が変化していない、という意味で敗戦は二重化された構造をなしつつ継続している。無論、この二側面は相互に補完する関係にある。敗戦を否認しているがゆえに、際限ない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる。かかる状況を私は、『永続敗戦』と呼ぶ。」

 白井氏は、一般国民に対しては万世一系、不可侵の現人神による支配として現出させつつ、権力機構内部においては単なる支配の道具として扱った軍部による戦前天皇制の利用の実態を、前者を顕教、後者を密教と言い表した久野収にならって、戦後保守政権は、一般国民や近隣諸国に対しては顕教、即ち敗戦の事実と戦争責任を隠蔽し続けることで対処し、その裏ではアメリカに対しては密教で、即ち卑屈なまでに敗戦国として臣従し続けることで対処することにより、支配体制を維持してきたと云うのである。

 彼は、以下のように近時の状況を考察する。

 しかし、その欺瞞性と虚偽性が、北方領土・尖閣諸島・竹島の領土問題、日朝平壌宣言と北朝鮮による拉致問題においてあらわとなっている。

 またアメリカの対日政策が、わが国を庇護するものから、その力の衰退が明白になり、わが国を絞れるだけ絞る、あるいは利用するだけ利用するというものにはっきりと変貌しつつあることが、TPP、対中・対日二股外交、軍事的プレゼンスに関する負担と肩代わり要求などの形で、目に見えるようになってきた。さらにアメリカは、近隣諸国との対立・アジア太平洋戦争肯定を煽るわが国保守勢力のかく乱的行動に対する苛立ちを示し、けん制する姿勢をとるようになってきた。

 確かにそうだ。白井氏のいう顕教、密教の使い分けは、その神通力を失いつつある。2009年の政権交代は、永続敗戦を終わらせる大きなチャンスであったが、残念ながら民主党内には歴代保守政権の尻尾を持っている勢力も多数あり、その能力も力量も準備もなかった。
 対米従属からの離脱の方向とアジアの近隣諸国や国民に対する戦争責任の明確化。ドイツは、ヨーロッパ諸国と国民に対する戦争責任を明確にし、自立した国家としてヨーロッパ不戦の体制づくりに邁進した。わが国が、同様の道を歩むのはいつのことであろうか。

 永続敗戦を、本当に永続させてはならない。 (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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