従来の政府見解を「超克」した「武力行使三要件」

 「朝日新聞」連載の「検証 集団的自衛権」の各論たる「内閣法制局編」は、今日(11月6日)で8回目を数えている。私は、既に10月27日、当ブログに、10月26日掲載の総論に関する批判の一文を載せたのでご覧頂きたい。
 その後は、最後まで黙って読み続けるつもりであったが、おそらく苛立っておられる方もおられるであろうから(かくいう私が苛立っているのだが)、ここらで、もう一度問題点を確認しておきたい。

 「朝日新聞」の記事のあらましは以下のとおりである。

 横畠内閣法制局長官は、「『国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される』場合、日本は武力を使うことができる、としている。『国家』のみならず、より具体的に『国民』に焦点を当てているのが特徴であり、過去の政府見解の中で、武力行使に最も厳しい表現を使って制約をかけている」から、「わが国と密接な関係のある他国が武力攻撃を受け」かつ「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」場合に、集団的自衛権行使の限定行使を認めることすれば、従来の政府見解との整合性が確保でき、解釈改憲とはならないと考え、「武力行使三要件」の原案をつくった。それはいったん安倍首相の手で葬られたが、自民、公明両党による協議の過程で、公明党北側副代表手で復活し、7.1閣議決定に結実した。

 この記事の取材対象は、横畠氏や北側氏、あるいは高村自民党副総裁、兼原内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長であろう。彼らは、当然のことながら密室の談合で、国民を騙す策謀をめぐらせたのだとは、口が裂けても云わないだろう。彼らは、一致して、憲法9条の解釈に関する従来の政府見解を頭において真摯に検討し、憲法の解釈変更に踏み込むことなく、ギリギリの線でまとめることが出来たと云うに決まっている。

 この記事を書いた記者らは、まんまとそのような自画自賛に、目をくらまされたようである。もし、そうではなければ、「朝日新聞」の特殊事情を考え、「奴隷の言葉」で書いているのだから、裏の裏を読んでくれということなのだろうか。それなら悲愴感をもっとにじませてしかるべきだろう。

 どこが問題か。「田中内閣見解」全文をじっくり読んで頂きたい。

※1972年10月14日参議院決算委員会に提出された田中内閣作成の資料「集団的自衛権と憲法との関係」

 国際法上、国家は、いわゆる集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにかかわらず、実力をもって阻止することが正当化されるという地位を有しているものとされており、国際連合憲章第51条、日本国との平和条約第5条、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約前文並びに日本国とソビエト社会主義共和国連邦との共同宣言3第2段の規定は、この国際法の原則を宣明したものと思われる。そして、わが国が国際法上右の集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然といわなければならない。

 ところで、政府は、従来から一貫して、わが国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであって許されないとの立場にたっているが、これは次のような考え方に基づくものである。

 憲法は、第9条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文において「全世界の国民が……平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、また、第13条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、……国政の上で、最大の尊重を必要とする」旨を定めていることからも、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであって、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。

 しかしながら、だからといって、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであって、それは、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。

そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。

 横畠氏が着目したとされる「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」なる文言は、「戦争と武力による威嚇又は武力の行使」を放棄した憲法9条の下でも、自衛権(自衛の措置)が認められる根拠づけとして用いられていることはおわかりであろう。ゴチック体で記した箇所は、そうして認められた自衛権の限界を明示した部分だ。これは「自衛権行使三要件」の第一要件である。つまり「自国が攻撃を受けた時」には自衛権行使は可、「他国が攻撃を受けた時」に行使される自衛権(集団的自衛権)は不可だと云っているのである。

 横畠氏は、緊張感のない弛緩した論理を弄び、煙幕を張っているのである。     (了)
スポンサーサイト
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR