「朝日新聞」の吉田調書「誤報」問題を考える(後篇)

 前篇で述べた吉田氏の指示「変更」問題について検討するには、3月14日から15日未明の1F撤退をめぐる東電本社と官邸との間のすったもんだがあったことを背景事情として考えなければならない。時系列を追ってみていこう。

 3月12日15時36分、1号機建屋爆発、3月14日11時01分3号機建屋爆発にと次々と発生する緊急事態に引き続き、同日午後、2号機の炉圧、ドライウェルの圧力が急激に上昇、現場ではベントの実行と注水に悪戦苦闘、夕刻頃より悲観的な空気が支配的となる。
同日19時28分、テレビ会議で、東電本店の武藤栄副社長が「(2号機について)2時間でメルト(メルトダウン)、(さらに)2時間でRPW(圧力容器)損傷の可能性あり。いいですね?」と尋ね、吉田所長が「はい」と返事。

 その直後の19時30分前後に2号機の状態に関連して本店とF1間で退避基準について議論され、同45分頃、武藤原子力・立地本部長が「退避の手順」を検討するように部下に指示している(東電事故調査委員会報告書)。その後も、テレビ会議で、避難に関する話が度々かわされる。バスや運転手の手配状況、避難先の話題、F1現在人員の確認など。また避難と言ったり、退避と言ったり、撤退と言ったり、用語も一定していない。2Fに1Fの事故対応の司令塔である緊急対策室を設ける計画と受けとめられるような発言もある。

 3月15日0時頃、官邸では、枝野官房長官が東電清水社長からの撤退申し出の電話を受け、「そんな簡単に『はい』といえる話じゃありません」と答える。そのあと総理応接室で、枝野官房長官、海江田経産相、福山官房副長官、細野、寺田両首相補佐官ら鳩首会談、細野首相秘書官が吉田所長に携帯電話で、「まだやれますね」と念押し。3時前、福山官房副長官の発意で菅首相の判断を仰ぐことになり、全員で総理執務室に入り、仮眠中の菅総理を起し、東電側の1F撤退申し出の話をした。菅総理「撤退したらどうなるか分かってんのか。そんなのあり得ないだろう」と述べる。
続いて3時20分に、総理執務室で菅首相と上記メンバー外数名で会議。撤退すべきではないということで一致、清水社長を官邸に呼ぶことになる。4時17分、清水社長、官邸に到着。上記メンバーら同席のもとで菅首相が清水社長に「撤退などあり得ませんから」と告げ、清水社長「はい、わかりました」と答える。

 5時35分、菅首相、海江田経産相らとともに東電本店に到着。5時40分、菅首相、東電本店対策本部で「撤退はあり得ない。撤退したら、東電は必ずつぶれる」と激を飛ばす。

 上記のすったもんだのあと6時12分、4号機建屋爆発、その前後ころ2号機においても爆発音。6時24分、東電内部記録メモに「1号機『メルトの可能性』(所長)」記載。

 このような経過を背景事情として、吉田所長の突然の指示「変更」を置いてみるとどうなるであろうか。

 「朝日新聞」の担当記者と担当デスクは、「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」との「変更」後の指示を真実の指示とする立場から、前篇③、④で摘示された吉田調書の記載は、2Fへ退避してしまった所員らの行動が、菅首相をはじめ官邸側が弾劾・拒絶していた撤退を、しかも所長の指示に反してやってしまったと受けとめられ、その責任が問われることになるのを防ぐべく、部下をかばう心遣いからなされた弁明であり、信用できないと考え、当該記事を書いたと考えられる。
 これは一つの合理的解釈として許容できるのではなかろうか。

 しかし、私は、これを非難するつもりはないが、この解釈は誤りであったと考える。ではどう解釈するべきか。

 同日3時過ぎ頃には、東電本店から1Fに「2Fへの退避手順書」が送付されていること(門田隆将『「吉田調書」を読み解く 朝日誤報と現場の真実』PHP研究所。なお、東電事故調査委員会報告書は、この退避手順書の作成履歴により、、最終更新は3時13分であったとしている。)、6時32分に、1F対策本部が保安院などに「6時0分~6時10分ごろに大きな衝撃音がしました。準備ができ次第、念のため、対策本部を福島第二原発に移すこととし、避難いたします」と通報していること、7時00分に、東電側は、監視、作業に必要な要因を除き、2Fに一時避難することを関係官庁に連絡していることなどが、客観的事実として認められる。
 そうすると吉田所長の指示は、自己を含む必要要員を除く9割方の所員らは2Fへの退避することというもので一貫していたものと認めるのが相当ではなかろうか。

 そうなると前篇③、④に摘示された調書の記載内容はどう考えたらよいのだろうか。

 一つのヒントとして、海水注入問題についての吉田氏の言動を考えてみたらいいのではないかと思う。本店側が官邸の意向だと言って海水注入にストップをかけてきたとき、吉田氏は、テレビ会議のマイクに乗らないように部下に表向きの指示に従わないで海水注入を続けるように内々の指示をしつつ、マイクに乗る声で、本店側の指示を承諾していた。

 吉田氏はご自身が正しいと思ったことは、自己が責任をひっかぶるようにしてでも、それを貫く人なのである。東電の既定の方針は2Fへの退避である。しかし、額面どおりそのような指示をすれば官邸や世論の袋叩きになるおそれがある。。そこで表向きは1F構内の安全な場所への退避を指示したことにし、混乱の中で、これまでの流れに沿って所員らはF2退避した。後にこの行動が正しく合理的であったと評価することにより命令違反のそしりを防ぐ。見事ではないか。

 今のような軽佻浮薄な世の中でも、現場を預かる者には、こういうつわものはいるものだ。  (了)

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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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