大企業の空前の利益がやがて賃金上昇をもたらす?


 安倍首相はこんなことを言っている。
 
 「企業の活力を維持することによって、必ず賃金に反映され、消費の増大につながり、また企業の収益が増え、賃金に回っていく。こういう循環に入ることにより、広く国民に景気回復の恩恵が行き渡るようにすべきだ。」

 こういう物語をトリクルダウン神話という。先に結論を言ってしまったが、それが神話であることを論証した本が、ベストセラーになっている。服部茂幸『アベノミクスの終焉』(岩波新書)である。著者は、理論経済学(マクロ経済学、金融政策)専攻で、現在、福井県立大学経済学部教授を務めておられる。

 本書では、まず2002年から2008年の間持続した好況局面たるいざなみ景気の実績を検討している。

 この時期、製造業における、とくに資本金10億円以上の大企業においては、従業員一人当たり営業利益は急伸し、2002年度を100とすると2007年度には180に達した。これに対し、従業員一人当たり賃金は上昇しなかった。正確にいうと製造業大企業では微増であったが、製造業全体及び非製造業では減少したのである。いざなみ景気は、戦後最長の好景気であったとされているが、このように賃金が低下するというわが国が過去経験したことのない異常な事態であった。しかし、アメリカでは、レーガノミクス以来、これは既に普通の状態になっており、好景気の時期に恩恵をこうむるのは1%のスーパー・リッチであり、一般国民は何らの恩恵に浴していない。

 本書が書かれたのは本年2月から4月だが、あとがきの日付である本年6月時点までに公表されたデータは、アップデートしているとのことである。そのデータによって、果たしてトリクルダウンの芽が生じているか検証がなされている。

 2012年度上半期、2012年度下半期、2013年度上半期、2013年度下半期の4つの時期区分をして、①全産業/全規模、②全産業/資本金10億円以上、③全産業/資本金1000万円以上1億円未満、④製造業/全規模、⑤製造業/資本金10億円以上、⑤製造業/資本金1000万円以上1億円未満、⑥非製造業/全規模、⑦非製造業/資本金10億円以上、⑧非製造業/資本金1000万円以上1億円未満の八つのカテゴリー(企業類型)に区分し、一人当たり営業利益と一人当たり賃金(給与、賞与の合計額。従って名目額である。以下同じ。)の増加額(前年同期比)がグラフで比較対照されているが、これを見ると一目瞭然で以下のことが言える。

 資本金10億円以上の各カテゴリー、とりわけ⑤製造業/資本金10億円以上のカテゴリーでは、2013年度上半期、2013年度下半期の各一人当たり営業利益は急増している。資本金1000万円以上1億円未満の各カテゴリーでは、それは多少増加しているものの、ごくわずかである。
 2012年度上半期、2012年度下半期には、各カテゴリーとも微増もしくは微減、要するに停滞であった。

 これに対し、2013年度上半期、2013年度下半期の一人当たり賃金を見ると、各カテゴリーのほとんどで下がっている。例外は⑤製造業/資本金10億円以上のカテゴリーだけで、2013年度下半期においてわずかながら上昇している。
逆に2012年度上半期、下半期には、各カテゴリーほとんどで、上昇している。

 つまりアベノミクスは、大企業、とりわけそのうち製造業において利益を急増させたにもかかわらず、賃金上昇をもたらしておらず、アベノミクス以前には企業利益は停滞していたが、賃金はむしろ上昇している。

 アメリカのレーガノミクスは企業利益を増大させたが、賃金は低下させた。アベノミクス以前には企業利益は増大していないが賃金は上昇していた。アベノミクス1年間の実績は、大企業の利益を急増させたが、賃金は下がっている。この事実から、今後のアベノミクスを予測することはたやすいことである。

 トリクルダウンの物語は確かに美しい。だが、それは神話に過ぎないのだ。 (了)
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安倍首相の賃上げ要請から垣間見えるもの

 11月20日付「朝日新聞」朝刊は、以下のように報じている。

 安倍晋三首相は19日の政労使会議で、昨年に続き異例の賃上げを要請した。だが、景気の先行きに不透明感が漂い、再び始まる「官製春闘」に労使には戸惑いも広がる。首相の要請は、賃上げに「追い風」になるのか。
 「今年末にも賃金が上がっていく展望を示せれば、好循環の2巡目は大きく前進する」。19日、政府や経済界、労働界の代表がそろった政労使会議で、安倍首相は訴えた。
 異例の賃上げ要請は2年連続だ。昨年は政労使で合意文書をまとめ、今春闘での賃上げに弾みをつけた。首相のねらいは「2匹目のドジョウ」だ。今回も12月中の合意をめざす。

 この報道には二つの問題点がある。一つは、昨年の賃上げ要請が成果をおさめたかのように無批判に述べていること。もう一つはこうした政労使会議での安倍首相の要請がクローズアップされてしまうほどに労働組合の存在感が薄れてしまっていること。

 第一の点から見ておこう。昨年、安倍首相が政労使会議で賃上げを要請したことが2%を上回る賃上げにつながったと言われている。本記事はこれをまに受けているようだ。しかし果たしてこれは本当だろうか。

 労働者個人の受け取り賃金を示すデータには、厚労省の「毎月勤労統計」がある。これによると、本年4月度の実質賃金(名目賃金から物価上昇分を調整した後の賃金。以下同じ。)は、前年度同月比で3.1%落ち込んでいる(消費税増税による物価上昇は非課税品目もあるので2%程度と見られており、その影響分を差し引いても1%は落ち込んでいることになる。)。さらにその後も落ち込みは続いており、8月度の実質賃金は3・1%の落ち込み、9月度は3.0%の落ち込みとなっている。

 この事実は、2%を上回る賃上げと喧伝されていることとどう符合するのだろうか。まず、これは名目賃上げ率に過ぎないことを看過してはならない。それに、2%を上回るといわれているのは定昇を含んでいるし、労働組合が組織されておらず賃上げ実績の集計対象とならない非正規労働者、中小零細企業労働者の実情は反映されていない。前者の点について、定昇というのは、正規労働者に関してのみ勤続加算により賃金が上昇する部分であり、これは当該企業の労働者全員の平均を見れば賃金は上昇したことにはならず、実質賃金を押し上げる要因にはならない。また後者の点については、むしろ名目賃金さえも切り下げが進んでいると言えるのである。

 昨年、安倍首相が口先介入したことは、実質上は、何らの賃上げ成果を生んでいない。みせかけの賃上げ、賃上げの幻想を作り出したに過ぎないのである。このことは、今回の二度目の口先介入も同様であることを示すものだと言ってよく、選挙向けのパフォーマンスであると断言してよいだろう。

 二つ目は、もっと深刻な問題である。厚生労働省の調査によると2013年6月時点の労働組合組織率は17.7%であった。かつては50%を超えていたのに、長期低落が続いている。その大きな原因は、非正規雇用が急激に増大しているにもかかわらず、その組織化が一向に進んでいないということにある。大手企業の労働組合といえば、正規雇用労働者の排外的組織であり、それが連合の主力を担っているのが現状であり、労働運動は、大手企業の正規雇用労働者の利益を墨守するものとなってしまっている。そのことがいまや圧倒的多数を占めるに至っている中小零細企業の労働者や非正規雇用労働者の怨嗟の的になってしまっている。勿論、中小零細企業や非正規労働者にもウイングを広げた労働運動も粘り強く追求されてはいるが、未だ状況を変えるには道とおしである。
 そうなると労働組合の無力さは覆いがたい。憲法28条が保障している「団結する権利及び団体行動をする権利」を有効に行使して、使用者と対抗し、労働条件、とりわけ賃金アップを勝ち取る力を喪失してしまっているのである。
 そのことの行き着いた姿が、政労使会議である。これは、労働組合が、使用者から独立し、労働者の側に立って闘うことにより勝ち取ったものではない。その逆であり、力を喪失してしまっているが故に、政府・使用者にあてがわれたものである。

 労働組合は基本にかえって、非正規労働者、中小零細企業の労働者を含む労働者全体の利益の代弁者にならなければならない。このことを国民全体が後押しすることが必要である。緊張感のないところに進歩はない。
 政治的立場やイデオロギーはどうであれ、労働組合は、労働者全体の利益に徹することが何よりも肝要である。(了)
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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