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それぞれの「対米平等」志向と現実・・・岸信介の場合

 鳩山一郎の「対米平等」志向は空回りに終わったとはいえ、日ソ国交回復と国連加盟をやり遂げたことにより、花道を飾ることができたと見てよいだろう。

 1956年12月、鳩山内閣総辞職のあとの自民党次期総裁選挙では一波乱があった。総裁選挙立候補者は、岸信介、石橋湛山、石井光次郎の3人であったが、おおかたのところ岸が総裁に選出されるものと考えられていた。だが、第1回投票で、岸はトップであったが過半数の得票を得ることができず、第2回投票においては、2位の石橋と3位の石井の2・3位連合が成立したために、石橋が当選してしまったのである。

 石橋は、戦前、東洋経済新報に拠って、植民地放棄・小日本主義を唱えたことで広く知られている。満州事変を経て、わが国がファシズムに突入した1930年代以後も、石橋はリベラルな姿勢を貫き、しばしば軍部・政府批判を繰り返した。戦後、第一次吉田内閣に大蔵大臣に入閣して以後、リベラル保守の立場で政治活動を開始、鳩山政権では通産大臣をつとめた。石橋の持論は、対米自主独立であり、社会主義国のソ連、中国を含む全方位外交を唱えた。しかし、政権についた後まもなく軽い脳梗塞と肺炎を患い、病の床につき、1957年2月末、就任後2ヶ月余りで、持論を花開かせることなく、石橋は退陣を余儀なくされた。

 石橋のあとを襲ったのは、外相であり石橋療養中首相代理をつとめた岸である。

 岸は、戦前、農商務省(商工省)生え抜きの官僚であり、超国家主義を推進する革新官僚として鳴らした。1932年3月、満州国建国後は、満州国の産業振興に辣腕をふるい、満州国の実力者としとしてその名を高めた。誰が言い出したのかは知らないが、満州国で実権をふるった日本人5人、星野直樹、岸信介、東条英機、松岡洋右、鮎川義介をさして「二キ三スケ」と言うそうである。おもしろいことを思いつく人がいるものだ。

 星野直樹は、大蔵省出身で岸より1年年長であるが、岸と同じく革新官僚として鳴らし、岸と同じようなコースを歩き、東条内閣の閣僚になったのも同じである。また同じくA級戦犯として巣鴨プリズン送りとなった。だが星野は極東軍事裁判の被告に選定され、終身刑を宣告されたのに対し、米国の占領政策の転換により、岸は、東条ら7名のA級戦犯に対する死刑が執行された翌日、1948年12月24日、不起訴・釈放となった。

 岸は、不起訴・釈放をかちとっただけではなく、その後わずか9年にして内閣総理大臣のイスまで奪取したのであるから、これほど強運の持ち主はいないだろう。

 さてその岸に対し、現実主義者の国際政治学者・故高坂正堯氏は、次のように、辛口の論評をしている(中公クラシックス「宰相吉田茂」所収の「吉田茂以後」)。

 「岸はなんと言っても伝統的なナショナリストであった。だから内乱条項があったり、期限が定まっていない安保条約の存在は、彼にとっては快いものではなかったのである。彼が、米国との交渉の席で、『それではまるで満州国だ』と口走ったのは、彼の本心を案外よく表現しているのである。(中略)
しかし、彼は日本と米国との間の平等性は、安保条約の条項を変えることによって左右されるようなものではないことを認識することができなかった。もちろん、純技術的には、日米安保条約の条文を変更することは好ましいことであったが、それは基本的な相違をもたらすものではなかったのである。だいたい、米国との協力に安全保障を依存することが、すでに独立についての異なった考え方に立脚することであった。そうした体制において日本の独立性を増すためには、安保条約の条文を変更するだけではなく、外交のあり方全体を問題にしなければならなかったのである。」

 岸は、戦後民主主義のもとで、超国家主義の残り香をふんぷんと漂わせつつ、「対米平等」を志向し、強権的手法で安保条約を改定した。しかし、その安保条約改定とは、決して「対米平等」をかちとったものではない。

 安保条約改定後も、わが国は、米国が望む時期に、望む場所に、望む限りの基地を提供する義務を負い続け、在日米軍はわが国土を思うままに使用し続け、在日米軍人・軍属及びその家族らは特権的地位を保持し続けている。このことは安保条約とともに「日米安保条約第6条にもとづく基地ならびに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(日米地位協定)を検討すれば、誰しも理解できることである。
 一方米国は、改訂後の安保条約においても、どこまで実効性を伴うか不明の単なる額面上のわが国防衛義務をうたっているに過ぎない(安保条約第5条)。信ぜよ、さらば与えられる!

 鳴り物入りの改訂にもかかわらず、安保条約は、圧倒的に米国本位の不平等・従属条約のままなのである。かくてさすがの岸も、米国の手のひらの中で踊らされに過ぎなかったことが明らかとなった。 (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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