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「満蒙の特殊権益」なる幻想に発した満洲事変

 加藤陽子『満州事変から日中戦争へ シリーズ日本近現代史⑤』(岩波新書)を読んだ。本書は、通史のシリーズもの歴史書としては極めてユニークな本である。概してこのシリーズのものは力作ぞろいであるが中でも本書はピカイチである。是非ご一読をお薦めしたい。

 満州事変のキーワードは、「満蒙の特殊権益」であった。関東軍を前衛に押し立てた軍部は、「満蒙の特殊権益」を死守せよとのプロパガンダを大々的に展開し、中国への侵略と干渉を正当化した。「満蒙の特殊権益」なる特殊観念は、情緒的な響きをともなって国民各層に浸透していった。本書は、この「満蒙の特殊権益」論にこだわりぬいている。実に、その三分の一ほどが「満蒙の特殊権益」論である。

 「満蒙」とは何か。それは南満洲及びこれに隣接する内蒙古の東部地方という地域を指している。しかし、それは状況に応じて空間的に拡大する変幻自在性をもっている。「特殊権益」とは何か。それは、わが国の専有や優先権の認められた権利と、これらに基づいてわが国が実施し、発展させた経済的・政治的な諸利益ということを意味する。

 両者連結して「満蒙の特殊権益」という。何だ、それでは全然展開がないではないかと思うであろう。確かにそうだ。「満蒙の特殊権益」とは、もともと結論ありきのトートロジーになるべき宿命をもった中国への干渉と侵略のための道具概念だから。

 「満蒙の特殊権益」を主張する基礎となっているものは、①日露戦争後のポーツマス条約による山東半島と南満洲鉄道に係るロシア権益の譲渡条項、②この譲渡を承諾させた日清条約、③その後狼に変じた日露帝国主義が接近して取り交わした満洲、内蒙古に関する相互の影響力を及ぼし得る範囲を画定した日露間の秘密協定、さらには④中華民国に対し対華21か条の要求をつきつけ、武力を背景にその受諾を迫った締結された「南満洲及び東部内蒙古に関する条約」(1915年5月25日調印)などの諸条約であった。

 「満蒙の特殊権益」を広義にとると、満蒙の地そのものがわが国の勢力範囲(支配圏)であるということを主張となる。だが狭義にとれば上記①、②及び④の諸条約で個別に特定される具体的な権利、利益である。前者を概括主義、後者を列挙主義という。
 勿論、これは単なる事実もしくは状態ではなく、国際法上の概念であるから、国際社会の主要アクターたる列強諸国の承認が前提となる。

 軍部がプロパガンダで用いたのは、概括主義にもとづく「満蒙の特殊権益」であった。これは満蒙の地は、わが国において切り取り自由であり、あるいはまたわが国の生命線であるという身勝手な主張につながる。

 しかし、果たしてそのようなものが列強諸国に承認されたものと言えるだろうか。本書は、列強諸国に承認されたものだとされる論拠を一つずつ検討し、論駁する。そもそもこれは昭和初期まで実権を保持していた伊東巳代治によってさえ否定されたしろものである。
 結局、そのような概括主義に基づく「満蒙の特殊権益」なるものは、列強諸国に承認されたものではなく、独断、牽強付会によって生み出された幻想に過ぎないのであった。

 では限定列挙主義に基づく「満蒙の特殊権益」とはなんだろうか。それは第一に旅順・大連の租借権とこれに附帯する権利と利益であり、第二に南満洲鉄道及びこれに附帯する権利、その沿線炭鉱の経営権と鉄道の自主警備の権利(鉄道1名kmにつき15名を超えない守備隊の配置は条約の拡大解釈である。)であり、第三に南満洲における日本国臣民の自由往来、商業、工業、農業の自由とそのための土地・建物の所有の権利、第四に東部内蒙古における日本国臣民の現地民との合弁による農業・工業の経営の権利である。
 これらのうち、第四のものは必ずしも列強諸国により承認されたものとはいえない。

 このような限定列挙主義に基づく「満蒙の特殊権益」論でも批判はあるだろうが、これならば少なくとも満洲事変の引き金になることはなかっただろう。

 第一次世界大戦後は、帝国主義諸国間の領土切り取りの自由は否定され、戦争違法化、民族自決と領土保全、国際法遵守の流れが主流となり、わが国も、五大国の一員となり、国際連盟の常任理事国として、この主流に掉さしていた。しかるに軍部と超国家主義者によってふりまかれた概括主義に基づく「満蒙の特殊権益」の幻想により、わが国は、途方もない侵略戦争への道をひた走ってしまった。

 領土問題をはじめ、諸外国との懸案事項は、事実に基づき冷静に検証すること、権利と利益の争いごとをナショナリズムの梃子にしたり、ぬきさしならない国家間の紛争にしたりしてしまわないこと、これが「満蒙の特殊権益」論からくみ出すべき現代への教訓である。  (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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