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自衛隊は米軍の指揮下で行動する

 1997年に締結された日米防衛協力指針(「97年ガイドライン」)は、7.1集団的自衛権行使容認閣議決定を受けて、現在、改定作業が進められている。
 その97年ガイドラインを読んでいて、気になることがあった。

 97年ガイドラインでは、わが国に対する武力攻撃がなされた場合の対処の仕方について、概要以下のように定められている。

 まずは自衛隊が主体的に行動し、極力早期に攻撃を排除し、米軍は、これに適切に協力する。協力の在り方は、武力攻撃の規模、態様その他の状況によって異なるが、整合のとれた共同作戦の実施及びそのための準備を含む。

 その上で「作戦に係る諸活動及びそれに必要な事項」として、次のように定められている。

(イ)  指揮及び調整
 自衛隊及び米軍は、緊密な協力の下、各々の指揮系統に従って行動する。自衛隊及び米軍は、効果的な作戦を共同して実施するため、役割分担の決定、作戦行動の整合性の確保等についての手続をあらかじめ定めておく。

(ロ)  日米間の調整メカニズム
 日米両国の関係機関の間における必要な調整は、日米間の調整メカニズムを通じて行われる。自衛隊及び米軍は、効果的な作戦を共同して実施するため、作戦、情報活動及び後方支援について、日米共同調整所の活用を含め、この調整メカニズムを通じて相互に緊密に調整する。

 これを読むと、自衛隊と米軍は、共同作戦を実施する場合も含めて、それぞれの主体性が保持され、それぞれに指揮系統に従って行動することが大前提であり、必要に応じて相互調整をするだけのようである。本当に自衛隊は米軍とは別の指揮系統で行動するのだろうか。
 私が、気になることと言ったのはこのことである。

 だいぶ歴史をさかのぼることになるが、講和条約の日米交渉の際、米国側は、別途取り交わす日米安保条約に、「警察予備隊ならびに他のすべての日本軍は日本政府と協議のあと合衆国政府によって任命された最高司令官の統一司令部の下に置かれるものとする」との条項を設けることを要求し、日本側は拒否をした。しかし、日本側が拒否したのは、あくまでも国内政治情勢を考慮した表向きのポーズに過ぎず、実際には、米軍の指揮権を承諾していたのであった。
 それはクラーク米極東軍司令官が、1952年7月26日、米国統合参謀本部にあてた次のメッセージにより確認できる。

 「私は、7月23日夕刻、吉田氏、岡崎氏、マーフィー大使と自宅で夕食をともにしたのち会談した。私はわが国政府が有事の際の軍隊の投入にあたり、指令関係に関して、日本政府との間に明確な了解が存在することが不可欠であると考えている理由をある程度詳細に示した。吉田氏は即座に有事の際に単一の司令部は不可欠であり、現状の下では、その司令官は合衆国によって任命されるべきである、ということに同意した。氏は続けて、この合意は日本国民に与える政治的衝撃を考えると、当分の間、秘密にされるべきである、と表明し、マーフィーと私はこの意見に同意した。」(吉田氏とは吉田茂首相であり、岡崎氏とは岡崎勝男外相であることはいうまでもない。)

 この話には続きがある。今度は保安隊から自衛隊に改組するときのことである。1954年2月、マーフィー駐日米大使の後任であるアリソン駐日米大使は、米国下院外交委員会秘密聴聞会で次のように証言をした(1980年、同議事録は公開された。)。

 「またこれは、日本国内の政治状況により、いかなる方法においても公表できないことでありますが、吉田首相はハル将軍と私にたいし、在日米軍の使用を含む有事の際に、最高司令官はアメリカ軍人がなるであろうことには全く問題ない、との個人的な保証を与えました。しかしながら政治的理由により、これが日本において公然たる声明となった場合、現時点ではうまくないことは明白であります。ハル将軍はこの点に関し吉田首相から与えられた保証にきわめて満足し、将軍はなんら公然たる声明もしくは文書を要求しない、と述べました。」(ハル将軍とは当時の米極東軍司令官である。)

 このように有事の際の共同作戦は、自衛隊は、米軍の最高司令官の指揮下にはいることが非公式に確認されているのである。私は、この確認は今も引き継がれており、公式面で、自衛隊と米軍はそれぞれの指揮系統で行動するかのようにとりつくろっているだけだと考える。
 共同作戦において、指揮系統が別個で、単に調整するだけなどということはあり得ない話である。自衛隊は、有事において米軍に従属する部隊となる。政府は、そのことを隠しているのだ。(了)

※古関彰一『「平和国家」日本の再検討』(岩波現代文庫)参照
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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