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今日は特定秘密保護法廃止祈念日

 私は、昨年12月6日、特定秘密保護法(以下「秘密法」)が成立したとき、少し高まる感情を抑えかねて次のように書いた。

  「多くの人々がまなじりを決して国会を包囲している。この空前の民衆の民主主義を求める高みを何にたとえるべきか。民衆はたとえ特定秘密保護法が成立しても反逆する力を確実に獲得した。灰塵の中から現代のリヴァイアサンは蘇る。傲慢な自民党、哀れな仔羊公明党。見よ、勝ち誇った顔が凍り付いているのを。
私たちは負けない。私たちには敗北という言葉はない。何故ならつねに蹉跌を乗り越える勇気があるからだ。一時の結果をものともしない継続する志があるからだ。彼らはそのことに気づかず、すぐに勝ち誇る。しかし過ぎ去った歴史は、彼らこそ歴史の屑籠に捨て去られる運命にあることを示しているのだ。」

 残念ながら、本日(12月10日)、秘密法が施行されることになってしまった。しかし、この1年、人びとはよく工夫をし、よくネバってきたと思う。そのことに率直に敬意を表したい。このネバリは、きっと今後の抵抗を支える力になるだろう。

 秘密法反対の論拠として以下のことがあげられていた。

① 現行法制度で情報保全はすでに十分に確保されており、法制定の必要性・合理性が存在しないこと
② 政府の保有情報は主権者たる国民に帰属するものであるとの視点を欠いていること
③ 秘密指定対象項が抽象的、包括的で、行政機関の長の裁量により、恣意的に秘密指定がなされる法構造になっていること。またこれを有効適切にチッェクするシステムを欠いていること
④ 報道の自由、表現の自由、学問・研究の自由及び国民の知る権利を侵害し、国民主権原理に反するものであること
⑤ 報道に従事する者だけではなく広く一般国民をも処罰対象とするものであること
⑥ 処罰範囲があいまいで、罪刑法定主義に反すること
⑦ 適正評価制度はプライバシーの侵害の危険性があること
⑧ 集団的自衛権容認と一体をなすものであり、憲法前文・9条の平和主義に反すること

 昨年12月の秘密法成立・公布以後、政府は、着々と施行に向けた準備作業を進め、本年10月14日に「特定秘密の指定及び解除並びに適正評価の実施に関し統一的な運用を図るための基準」を策定し、関係政令を制定公布して施行に至ったものであるが、これら運用基準等は8月末に実施したパブコメ募集に寄せられた多数の国民の意見を殆ど反映していない。
 有識者から構成される「情報保全諮問会議」も3回開催されたものの、これは単に意見ご拝聴の機会に過ぎなかった。

 特定秘密の指定、解除など運用の適正を確保するとされていた「第三者機関」も、内閣官房に設置される「保全監視委員会」、内閣府に設置される「独立公文書管理監」・「情報保全監察室」はいずれも名ばかり、お手盛りの機関であり、かつ特定秘密へのアクセス権もなければ改善の命令権限もない。
 また国会の各議院に設置される常設の「情報監視審査会」は、秘密会として開催される、秘密保護義務を課せられるばかりか、特定秘密へのアクセスや改善の強制権限が認められていない。むしろ公然活発に議論を行き、政府をチッェクするべき立法府を、特定秘密のくびきによって立法府を政府の風下におく弊害さえ指摘されている。
 さらに内閣総理大臣が委嘱する有識者で構成され、内閣官房が庶務を行うとされる「情報保全諮問会議」は、単に意見を述べるだけで、何ら実質的権限を持たない。

 つまり、秘密法反対の出発点においてあげられた問題点は、今日ただいまのものでもある。秘密法は、欠陥法のままに施行されることになったのである。

 特に、今、指摘しておきたいのは、政府の目論む秘密保護法制は、これが終着点ではなく、はじめの第一歩に過ぎないということである。このことは戦前秘密保全法制、及び戦後、85年に一度流産したスパイ防止法案、それぞれの内容と比べてみると明確になる。
 秘密法は本格的な秘密保護法制の第一歩であり、めざされている終着点はもっと先にある。それは犯罪となるべき行為を広くとって、まるで投網を広げたように瑣末な行為を犯罪として摘発できるようにし、罰則は死刑、無期、10年を超える有期懲役をも科することができることとする「国家秘密保護法」である。

 私たちは、眼前の秘密法のみに目を留めていてはならない。その先どうなるかを見通さなければならない。ボヤボヤしていてたら、たちまちのうちに次のステージに進められてしまう。そうならないように、必死になって秘密法の廃止のために声をあげ続けなければならない。(了)
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解散・総選挙の意味がようやくわかった

「朝日新聞」12月9日付朝刊は以下のように報じている。

 内閣府は8日、2014年7~9月期の国内総生産(GDP)の2次速報を発表し、成長率を下方修正した。
 (中略)
 7~9月期のGDPの2次速報では、物価の変動をのぞいた実質成長率は、前期(4~6月)と比べて0.5%減、この状況が1年続いた場合の年率で1.9%減となった。1次速報では、年率で1.6%減だった。
 (中略)
 公共事業が詳細な統計が入って落ち込んだほか、設備投資がとくに個人事業主などで伸びず、下げ幅が広がったためだ。
 (以下略)

 アベノミクスが誇る「異次金融緩和」なる黒田バズーカ砲が轟音をとどろかせてから1年半、これは一体どう考えたらいいのであろうか。そう思って、本日発売の雑誌『世界』1月号に掲載された内橋克人『アベノミクスは「国策フィクション」である』と題する論文を読んでみた。この論文は、見事に、これを解き明かしている。

 今回とられた「異次元金融緩和」の手法は、市中銀行の保有する国債を日銀が金にいとめをつけずにドンドン買い取ることにより、通貨を市中銀行に供給し、市中に通貨を潤沢に行きわたらせるというものである。国の借金である国債を日銀が直接引き受けることは「財政ファイナンス」と呼ばれ、多くの先進国では「禁じ手」とされている。そこで迂回路を使い、市中銀行の現に保有する国債を買うというわけである。しかし、実質的には、直接引き受けとはいかほども変わらない。

 市中銀行が保有する国債は、実に770兆円、そのうち本年10月末までに118兆円弱を日銀が買った。つまり日銀から市中銀行に118兆円弱に及ぶとんでもない額の通貨が供給されたのである。さぞやあちこちで金があふれていることであろうと思いきや、そのような状況には全くなっていない。

 市中銀行は、日銀に、当座預金口座を持っており、不要不急の資金はそこに預金している。その預金額の合計と実際に市中に出回っている現金の合計額を「マネタリーベース」という。その「マネタリーベース」は、2013年3月末には134.7兆円弱であったのが2014年10月末には252.5兆円と倍近くに膨らんでいる。その差額は117.8兆円である。これらが生きて働き、経済の米になって設備投資や原材料購入、あるいは消費にまわっていれば、経済は栄養をもらって活況を呈することになる。

 安保・防衛にはめっぽう強いが経済にはからきし弱いといわれる安倍首相は、きっとそうなるものと信じこまされたのであろう。冗舌で自信家の黒田日銀総裁に、よっしゃ、頼むとばかりに任せていた。

 ところがである。なんと「マネタリーベース」のうち、日銀に開設されている市中銀行の当座預金の残高だけがブクブク膨れ上がり、市中に出回る通貨は逆に減っているのである。具体的数字をあげると以下のとおりである。

                2 013年3月末    2014年10月末
  当座預金残高         47.3兆円      167.7兆円  
  市中に出回る通貨      87.4兆円       84.8兆円

 この当座預金口座に積みおかれた預金残高を「ブタ積み」と呼ぶそうである。これは氷付けされた冷凍マネーである。冷凍マネーが膨れ上がり、生きて、働き、経済の米となるべき金はむしろ減少している。これでは景気が後退するのも当然である。

 安倍首相は、それでも、サッチャーにあやかって「この道しかない」(「There is no alternative」)とばかりに、アベノミクスを推し進めることを宣言しているが、これは「鉄の女」ではなく、「鉄面皮」というべきであろう。

 つらつらおもんぱかるに、今回の解散・総選挙は、破綻が見えすいているのに、選挙で信任を得たとばかりにアベノミクスを推し進め、破綻が現実化したら、あなた方は選挙で信任したではないか、だから私は推進したのだ、信任したあなた方が悪いのだといって、自己の責任を国民に押し付けるための悪だくみではなかろうか。 (了)
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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