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「あいまいな三角形」は米国の対アジア政策の要

 1月3日付朝日新聞朝刊に、米誌タイムが、2004年に、「世界で最も影響力のある100人」に選んだというニーアル・ファーガソン(ハーバード大学教授)の『西洋からの警鐘』なるインタビュー記事が載っている。彼は、経済・金融史から文明論まで扱うタフな歴史学者だから、さぞかし知的刺激に富んだことを述べているだろうと思って読み進めたが、平凡な内容でガッカリした。

 まず、彼のアベノミクス評価は、全く深みがない。彼によると、アベノミクスは、金融政策、財政政策、経済構造の三つの改革で構成され、金融政策の一番目の矢はクリアに標的にあたった、三番目の矢がうまく放たれたかどうか、その証を待っているところだそうである。しかし、アベノミクスについては、既に、当ブログで、昨年11月23日、12月6日、同月10日、同月12日に、批判したとおり、その破綻は明白であり、「雨乞いも雨が降るまで続ければ雨を降らすことができる」(服部茂幸『アベノミクスの終焉』岩波新書)という類のインチキ、ペテンに過ぎない。今頃、異次元の金融緩和や財政出動による公共事業投資を持ち上げ、あるいはまた新自由主義構造改革に期待するようでは、思考と分析の底の浅さは覆いようがないように思われる。

 次に彼は、次の10年では米国が復活すると断言し、以下のように述べている。
 
 「米国は『衰退する西洋』の一部ではなくなる。シェールガスをはじめ資源は十分にあるし、今後も世界中から才能のある人たちが集まってくる。新しい大統領のもと、再び自信をつけ、テクノロジーでもエネルギーでも軍事面でも中国を上回り続けるでしょう。」

 原油価格の低迷で、シェールガス開発に暗雲が垂れ込めていることは目を瞑ることにしよう。米国が、2008年のリーマンショックで露呈したように、バブル経済とその破綻の弥縫策としての金融緩和や財政出動により、ますます財政危機を深化させ、1パーセントの富める者と99パーセントの貧困に収斂しつつ、衰退の道をたどっていくことはもはや避けようがなくなっている。米国は、ものづくり、技術立国の実体をともなわない金融経済に依拠し、バブルによってはじめて生きる糧を得ている国になっているのだ。私には、「才能のある人たち」も「新しい大統領」も、手のつけようがないように思われる。

 彼のインタビュー記事を読んで唯一参考になったのは以下の部分である。多少長くなるが引用しておこう。

 「いま、(ニクソン時代の大統領補佐官だった)ヘンリー・キッシンジャー氏の伝記を書いています。彼は最近の著書の中で、米国の戦略の中心的課題は、日中両国とどうやって同時に良好な関係を持てるかだ、と書いています。これは鋭い問いです」

 「彼は19世紀後半にドイツ帝国宰相のビスマルクが、同盟国のオーストリアと利害が反するロシア帝国とも秘密裏に再保障条約を結んだのを例に、その『あいまいさ』がパワーゲームの中で機能した、というのです。いまは日米中で『あいまいな三角形』をつくり、ワシントンの本当のお気に入りをはっきりさせないことが、東アジアの秩序を保つための解なのかもしれません。新たな冷戦構造をつくらないということです」

 「あいまいな三角形」とはいい得て妙である。鉄血宰相ビスマルクの知恵は、キッシンジャーに継承され、現在の、米国の対アジア政策を支える基礎となっている。米国は、アジアの大国である日本と中国の一方に系統的に肩入れをするのではなく、両国と等距離を保ちつつ、適当に競わせる。両国の関係がヒートアップし過ぎないように塩梅をきかせつつ、適度に対立させる。これは一種のオフショアー・バランシング政策であり、過去、世界の覇権国家が伝統的にとってきたパワーポリティックスの現代版である。

 私たちは、尖閣諸島をめぐる対中国の紛争に幻惑されすぎているようだ。安倍首相は、昨年4月の日米首脳会談において、オバマ大統領に、尖閣諸島は、安保条約5条の適用対象地域であることを認めさせたといって胸をはった。さらに日本が、集団的自衛権行使をして米国を守ることを示し、自衛隊員が米国のために血を流す覚悟を示さなければ、尖閣紛争において日中激突した場合に、米軍の支援を得られないのだと安倍首相は強調した。

 しかし、そんなことは全く現実離れをしたたわごとに過ぎないのである。米国は、日中の激突を何がなんでも防止しようとし、どうしてもいうことを聞かない政権であればその首をすげかえようとするだろう。万一、偶発的に日中が交戦することになっても決してわが国を支援することはなく、「あいまいな三角形」を維持し続けるだろう。そのことをニーアル・ファーガソンが解き明かしてくれている。(了)

沖縄返還密約情報公開訴訟一審判決

 当ブログの昨年11月9日付記事で、沖縄返還密約情報公開訴訟について昨年7月14日、最高裁第二小法廷(千葉勝美裁判長)が下した判決について、以下のとおり論評した。

 判決は、「開示請求の対象とされた行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、その取消を求める者が、当該不開示決定時に当該行政機関が当該行政文書を保有していたことについて主張立証責任を負うものと解するのが相当である」との理由で、当該不開示決定を適法と判断した。

 しかし、当該文書は、1972年の沖縄返還当時には確かに作成され、外務省その他の政府機関が保管をしていたことまでは証明されている。そうすると上記のツワネ原則(注:ある文書・記録が保管・収集・作成されたことが明白である場合、現在本当に存在しないとしても当該機関は適正にこれを回復又は再構築する義務があることを定めたツワネ原則21)に従えば、外務省その他の政府機関は、当該文書が現在本当に存在しないならば「回復又は再構築」しなければならないことになるのだから、開示請求者側で、当該文書が現在も存在することを立証する必要などさらさらなく、裁判所は安心して開示請求を認容する判決をすればよいということなる。

 上記は、ツワネ原則の先駆性と妥当性を示す例として取り上げたのであって、残念ながらその趣旨に沿って情報公開法の改正がなされない限り、裁判所に採用されることはあり得ないだろう。

 しかし、実は、同訴訟の一審判決(東京地裁2010年2月16日判決)は、事案を深く洞察し、厳密な論理を用いて、これに近い結論を導いている。

 当該行政文書が、「現に」存在することを立証する責任は、開示請求者たる原告側にあるということは、上記最高裁も述べるとおり、裁判実務上は動かしえない考え方である。外務省側が「現に」存在することを否定する以上、原告側には実際問題として「現に」存在することを立証することは不可能だ。 従って当該行政文書が「現に」存在するかどうかは真偽不明ということになり、立証責任を負う原告側が敗訴する。

 上記最高裁判決は、その動かしえない考え方を、平板に、凡庸に、本事案に適用したのである。もっともこの判決をリードしたと思われる千葉勝美裁判長は、民事裁判官出身であり、その俊才ぶりは音に聞こえる人、決して平板、凡庸な人ではない。しかし、いかに有能でも権力の中枢に近づくと鈍るものだ。彼は、原告らを敗訴させることを相当と考え、敢えて平板、凡庸に徹したのであろう。

 一審判決は、本事案を深く洞察している。担当裁判官らは、権力のプレッシャーからのびのびと、徹底的に事案の適正、妥当な解決のために努力をした。その結果、立証責任を平板、凡庸に適用する愚を免れることができた。その論旨は以下に見るとおりである。

・ 情報公開法3条が規定する行政文書の開示請求権が発生するためには、行政機関において当該文書を保有していることが必要であり、したがって、行政機関が文書を保有していることは、当該行政文書の開示請求権発生の要件ということができる。
・ 開示請求の対象である行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、同訴訟の原告である開示請求者が当該行政文書を保有していることについての主張立証責任を負うと解するのが相当である。
・ もっとも、取消訴訟の原告である開示請求者は、不開示決定において行政機関が保有していないとされた行政文書に係る当該行政機関の管理状況を直接確認する権限を有するものではないから、上記立証責任を果たすため、基本的には①過去のある時点において、当該行政機関の職員が当該行政文書を職務上作成し、又は取得し、当該行政機関がこれを保有するに至り、②その状態がその後も継続していることを主張立証するほかないことになる。
・ 当該行政文書が、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして一定水準以上の管理体制に置かれることを考慮すれば、原告である開示請求者において上記①を主張立証した場合には、上記②が事実上推認され、被告において、当該行政文書が上記不開示決定の時点までに廃棄、移管等されたことによってその保有が失われたことを主張立証しない限り、当該行政機関は上記不開示決定の時点においても当該文書を保有していたものと推認されるものというべきである。

 一審判決は、このような論理により事実上立証責任を一部転換し、原告側の立証責任の負担を軽減したのである。その結果、本件においては上記①が立証されている、しかし被告において不開示決定までに当該行政文書が廃棄、移管等されたことによってその保有が失われたことを主張立証していないとして、原告側の請求を認容したのであった。

 一審判決と最高裁判決、格調の高さ、内容の妥当性、国民への説得力、いずれの点においても、私は一審判決に軍配をあげる。わが国では一審判決こそ最高裁判決とするべきだというケースが存外多いものだ。(了)

ナチス、軍国主義の亡霊をよみがえらせてはならない

 今年は、戦後70年、歴史の節目となる年である。その年頭にあたり、考えてみたいことがある。それは、わが国の国政の舵取りが、狭量で独善的な集団に牛耳られており、このままではわが国は再び国際社会のかく乱分子になってしまうのではないかということである。彼らとは、いうまでもなく「日本会議」であり、いまや彼らは自民党を乗っ取り、ほぼ一色に塗り挙げてしまった。

  「日本会議」とは、どのような団体であろうか。彼らのホームページによると、「私達『日本会議』は、前身団体である『日本を守る国民会議』と『日本を守る会』とが統合し、平成9年5月30日に設立された全国に草の根ネットワークをもつ国民運動団体です。」と説明されており、以下の綱領を掲げている。

一、 我々は、悠久の歴史に育まれた伝統と文化を継承し、健全なる国民精神の興隆を期す。
一、 我々は、国の栄光と自主独立を保持し、国民各自がその所を得る豊かで秩序ある社会の建設をめざす。
一、 我々は、人と自然の調和をはかり、相互の文化を尊重する共生共栄の世界の実現に寄与する。

 また、同ホームページにおいて、彼らは「これまでに、明治・大正・昭和の元号法制化の実現、昭和天皇御在位60年や今上陛下の御即位などの皇室のご慶事をお祝いする奉祝運 動、教育の正常化や歴史教科書の編纂事業、終戦50年に際しての戦没者追悼行事やアジア共生の祭典の開催、自衛隊PKO活動への支援、伝統に基づく国家理 念を提唱した新憲法の提唱など、30有余年にわたり正しい日本の進路を求めて力強い国民運動を全国において展開してきました。」とその実績を誇っている。

  「日本会議」は、このように明確な綱領と行動力を有するまぎれもない右翼団体といってよい。

  「日本会議」は彼らに同調し、彼らの意向に従って行動する「日本会議国会議員懇談会」を傘下におさめている。第三次安倍内閣の閣僚は、19名のうち、安倍首相を筆頭に15名までが、その「日本会議国会議員懇談会」所属しており、これからはずれているのは公明党の太田国交相、宮沢経産相、上川法相、西川農相の4人だけだ。

 ところで「日本会議」は、ナチズムに同調し、戦前の日本軍国主義に同調する団体である。それは次の一事によって明らかだ。

 2011年1月26日、ドイツ連邦議会は、ドイツ・日本の外交関係樹立150周年の節目にあたり、これまでの両国関係の発展を振り返ってその成果を総括し、その上で将来を展望する良き機会とするための決議をした。同決議は、先の第二次世界大戦について、以下のように述べている。

  「ドイツと日本はそれぞれ侵略と征服のための戦争を遂行し、戦場となった近隣諸国の人々に甚だしい惨禍をもたらした。第二次世界大戦は両国にとって1945年の無条件降伏を以て、政治的、倫理的カタストロフィーのうちに終焉を迎えた。」

 わが国でも、同年3月、超党派の「日独友好議員連盟」が、同趣旨の「日独交流150周年に当たり日独友好関係の増進に関する決議案」を準備した。しかし、同決議案中の「両国は、その侵略行為により、近隣諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え(た)」なる文言に「日本会議国会議員懇談会」に所属する高市早苗議員らがいちゃもんをつけて強く反対、同月31日に予定されていた国会決議採択は見送りとなってしまった。
その後、上記の文言を削除し、以下の案文に手直しをした上で、同年4月22日、衆議院において採択された。

 「今から150年前の1861年、我が国は日・プロイセン修好通商条約に調印し、日本とドイツの前身であるプロイセンとの間に公式な関係が樹立された。
 1871年にプロイセンを中心に統一を達成したドイツは、我が国が近代化に当たり、模範とした国の一つであり、日独両国はお互いに影響を及ぼし合いながら、友好関係を築いてきた。
 両国は、第一次世界大戦で敵対したものの、先の大戦においては、1940年に日独伊三国同盟を結び、同盟国となった。その後、各国と戦争状態に入り、多大な迷惑をかけるに至り、両国も多くの犠牲を払った。
 しかし、両国は奇跡の経済復興を遂げ、同時に戦争への反省に立ち、今日、自由、民主主義、人権の尊重という基本的な価値観を分かち合いつつ、世界の平和と繁栄のために緊密に協力している。さらに、両国の国民は、相互の文化と価値観に対する尊敬の念を基礎に、広範多岐にわたる交流を着実に進めている。
 本院は、日独交流150周年に当たるこの機会に、今後とも我が国は、信頼関係に基づくパートナーであるドイツと共に、国際平和の実現に向けて最大限の努力を継続する所存であることを、ここに銘記する。
 右決議する。」

 この決議案に対しても、「日本会議」は、「大災害の対応に全力を尽くすべきこの時期に、問題を含む『日独友好決議(各国と戦争状態に入り、多大な迷惑をかけ)』を強引に推し進めることに断固反対します。福島原発事故は未だ終息の目処が立たず、現場では命がけの作業が続けられています。被災地の支援も十分ではありません。復興計画も端緒についたばかりです。全省庁はもとより、官民あげて全力をつくすべき時、国会が早急にやらなければならない課題は山積しています。こうした現状を無視するかのような問題のある決議に取り組むこと事態、国会の見識を疑わざるを得ません。しかも決議文案は、意見のわかれるところが多い歴史観を含みながら一部の関係議員しか知らされておらず、十分に検討された質の高い内容の文章とはなっていません。これで、いきなり本会議に提出されて議決されたところで、本当に友好の心のこもった、国会の総意になるでしょうか。」と述べて反対、これを受けて「日本会議国議員懇談会」に所属する高市議員らが画策、自民党所属衆議院議員約150名のうち約50名が反対もしくは棄権をしたのであった。

 いまや彼らは国会に、彼らに忠誠を誓う安定多数の議員を擁している。戦後70周年の今年、いよいよ憲法9条が危うくなる。ここで踏みとどまらなければ、ナチズム、軍国主義の亡霊が息を吹き返す。(了)
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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