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「集団的自衛権行使容認閣議決定」は立憲主義に反する その2

                   
  憲法第9条は、素直に読めば、全ての戦争を放棄し、一切の戦力不保持を定めている。

  この9条の解釈について、憲法学者の間でどのような論争がなされてきたか(なされているか)、簡単に整理しておきたい。

(1)9条は次のように定めている。

1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力  の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

(2)まず1項について、憲法学の代表的テキストの一つである芦部信喜『憲法 新版補訂版』(岩波書店)はどのように記述しているか見てみよう(同書57頁、58頁)。

 「・・・従来の国際法上の通常の用語例(たとえば不戦条約1条参照)によると『国際紛争を解決する手段としての戦争』とは、『国家の政策手段としての戦争』と同じ意味であり、具体的には、侵略戦争を意味する。このような国際法上の用例を尊重するならば、9条1項で放棄されているのは侵略戦争であり、自衛戦争は放棄されていないと解されることになる(甲説)。これに対して、従来の国際法上の解釈にとらわれずに、およそ戦争はすべて国際紛争を解決する手段としてなされるのであるから、1項において自衛戦争も含めてすべての戦争が放棄されていると解すべきであると説く見解(乙説)も有力である。・・・」

(3)続いて2項をめぐる憲法学者の論争の状況を整理すると以下のとおりである。

 第一説は、1項について、甲説をとって、2項の「前項の目的を達するため」とは「国際紛争を解決手段としては、永久にこれを放棄する」を受けていると解することにより、自衛のための戦力は保持できるとする。
 第二説は、同じく1項について甲説をとりつつ、2項の「前項の目的を達するため」とは「国際平和を誠実に希求する」という趣旨を受けていると解することにより、戦力一切を保持できないとする。
 第三説は、1項で乙説をとる立場で、2項についても、当然、一切の戦力を保持できないとする。

 憲法学者の間では、第二説が多数説、第三説は少数有力説、第一説は少数説であるが、近時においては、9条は、平和主義の原理を定めたもので、そこにどのような具体的内容を盛るかは民主主義的政治過程において決められるべきことだという相対的な見解をとる考え方、いわば第四説も唱えられている。

 政府は、当初、第三説に近いニュアンスの見解を唱えたが、その後は第二説をとるに至り、自衛隊創設後には、建前としては、第二説をとりつつも、1項は主権国家の固有の権利である自衛権を否定していない、従って2項においても自衛のための最小限度の実力を保持することは認められるとするに至った。これは第一説に右足を踏み込み、左足を第二説の上に残した状態、または第一説と第二説の中間説と言ってよいだろう。

(4)私は、次のように解するのが正しいと考える。

 芦部教授のテキストでも触れられている1928年に成立した不戦条約は、次のように定めている。

1条 締約国は国家間の紛争の解決のために戦争に訴えることを非とし、かつ締約国相互の関係において、国家政策  の手段としての戦争を放棄することを、各々の人民の名で厳粛に宣言する。
2条 締約国は、締約国相互の間に起こる全ての争議または紛争は、その性質又は原因の如何を問わず、平和的手段 以外の方法で処理または解決を求めないことを約束する。

 1条を見ると、「国家間の紛争の解決のための戦争」、「国家政策の手段としての戦争」の禁止、もしくは放棄となっており、全ての戦争の禁止、放棄ではないように読める。しかし、そうではない。2条により、そのことが明らかとなる。「その性質又は原因の如何を問わず」国家間の争議または紛争は、平和的手段をもって解決することを定めているのである。不戦条約は全ての戦争の禁止、放棄を定めているのだ。

 にもかかわらず、実際問題として、不戦条約では、自衛戦争は容認されているものとし運用され、諸国家のプラクティスもそのようになされている。それはどうしてだろうか。実は、実は、各締約国は、不戦条約批准に際し、「自衛戦争を放棄しない」との趣旨を明示した交換公文を取り交わしていたのである。つまり各国は、「自衛戦争を放棄しない」との条件で批准をしていたのである。さらに不戦条約前文第3項には次のように定めが置かれていた。

 「どの締約国も、今後その国家的利益を押し進めるために戦争に訴えるものは、本条約の利益は拒否されねばならぬ」

 即ち、ある締約国が不戦条約に違反して戦争を開始したときは、他の締約国はその国に対して戦争をすることができるというのである。

 不戦条約においては、禁止、放棄されたのは侵略戦争だけであり、自衛戦争は禁止、放棄されていないというのはこういうことなのである。

 このことをやや一般化していうと、国際法上、戦争の禁止、放棄を定めると、全ての戦争が禁止、放棄されることを意味し、むしろ自衛戦争を禁止、放棄しないというならば、そのことを明示しなければならないということになるのである。国際法上の用例に従うとそういうことになる。

 そうするとはじめにあげた9条1項に関する、甲説は誤り、乙説は、結論は正しいが前提に誤りである。9条1項は、ストレートに(無前提に)全ての戦争の放棄を謳っていることになる。9条2項は、そのことを、戦力(軍事にかかる人的・物的組織)を保持しないことにより、担保しているのである。従って、結果的には上記の第三説が正しい。

 なお、第四説については、後に述べる。
(つづく)
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「集団的自衛権行使容認閣議決定」は立憲主義に反する その1

 立憲主義とは、最広義に定義すると、国家機関を構成する諸機関は、憲法の諸条項に拘束され、これに違反することは許されないという原則である。この意味の立憲主義を否定する人はまずいないであろう。日本国憲法は、この意味の立憲主義を実効あらしめるために、第一に、第98条1項で憲法を最高法規として「その条規に反する法律、命令、詔勅その他国務に関するその他の行為の全部又は一部はその効力を有しない」と定め、第二に、第81条で裁判所(最終的には最高裁判所)の違憲立法審査権を定め、第三にどうしても現実の必要に応じて憲法を改正しなければならないときのために第96条に憲法改正の手続規定を置いている。

 安倍政権が昨年7月1日に行った「集団的自衛権行使容認閣議決定」は、どこから見ても憲法9条に反しており、第98条により、無効となる。従って、今後、同閣議決定に基づいて検討し、立案する有事関連法案十数件(※)も違憲の法令となり、無効である。

※ 朝日新聞の2月14日朝刊は、以下のように整理している。

<グレーゾーン事態>(同閣議決定第1項)

 自衛隊法(米軍の武器等防護)/米軍以外の軍隊の武器等防護の必要性

<国際社会の平和と安定への貢献>(同閣議決定第2項)

 自衛隊法/在外邦人の救出・米軍やその他の軍隊に対する物品などの提供
 周辺事態法/米軍以外の軍隊への支援活動の必要性
 船舶検査活動法/船舶検査の実施要件の見直し
 国連平和維持活動(PKO)協力法/PKOで可能となる活動の拡大や武器使用権限の見直し
 旧テロ対策特措法・旧イラク特措法/恒久法化

 <集団的自衛権>(同閣議決定第3項)

 自衛隊法/新3要件にもとづく自衛隊の任務の位置づけ、権限、手続きなど
 武力攻撃事態法/新3要件で武力行使が可能な事態、手続きの整備
 米軍行動円滑化法/米軍以外の軍隊への支援活動の必要性
 外国軍用品等海上輸送規制法/-
 捕虜等取り扱い法/武力行使ができる場合の手続き

 <その他>

 国家安全保障会議設置法/法改正に伴う新たな役割の追加


 安倍政権は、どうしても「集団的自衛権行使」を認めなければならないと考えたならば、憲法改正手続を踏むしか道はなかったのである。

 その理由を、これから論じていくことにする。以下の論述の基礎的な部分は、2月14日(土曜日)に行った私の講演のレジュメに加筆をしたものである。レジュメを読み返し、加筆しながら、思ったが、私は、緩い話をするのが嫌いで、どうしても窮屈で堅苦しい話になってしまう。もっとわかり易い話をしなければならないと反省することしきりである。

 しかし、講演レジュメの加筆だけではあまり能がないので、今回、新たにその展開部分を追加することにした。

 その展開部分というのは、実は、岩波書店から刊行されている「シリーズ日本の安全保障3『立憲的ダイナミズム』」第3章『九条論を開く―〈平和主義と立憲主義の交錯〉をめぐる一考察』において、執筆者の山本元慶応大学大学院教授が、「安倍政権の『集団的自衛権・憲法解釈容認化』に対して、一躍舞台の中心に躍り上がることになった対抗言説は〈集団的自衛権の行使を違憲だとする、長年にわたって確立されてきた内閣法制局による憲法九条に関する憲法解釈を、憲法改正の手続を経ることなくして変更することは、立憲主義をふみにじる〉というものである。」(山本教授は、これをテーゼAと命名されている。)とした上で、従来の憲法学説の多数説は、内閣法制局の九条解釈をにせ解釈と批判をし、現在テーゼAを主張している憲法学者の多くもこれまで同様の批判をしてきた筈であるが、今、これをどう整合化することができるのかとの学者らしい鋭い問題提起をされた上で、あり得る見解を並べ、それらを批判している。

 山本教授も、少し違った論拠からではあるが、現在進行中の安倍政権による集団的自衛権行使容認とその関連法制の整備に反対だと明言されているので、同じフロントにおいてともに安倍政権に対峙しているお方だとは理解できる。しかし、山本教授の問題提起と批判は、そのフロントで、安倍政権に打撃を与えるよりも、味方に打撃を与えるような意地悪さを感じさせるものがある。いわば後ろから鉄砲を撃たれているような錯覚を覚えるのである。

 そこで、私なりにこの問題提起に挨拶をしたいと思った次第である。今回は、この程度にして次回から、まずは講演レジュメに加筆したもの2回程度にわけて載せることにする。
(つづく)

プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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