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「刑事司法改革法案」に異議あり (その4)

 刑事司法改革法案の内容を項目のみ再掲します。

① 取調べの録音・録画制度の導入
② 捜査・公判協力型協議合意制度及び刑事免責制度の導入
③ 通信傍受(盗聴)の合理化・効率化
④ 身柄拘束に関する判断の在り方についての規定の新設
⑤ 弁護人による援助の充実化
⑥ 証拠開示制度の拡充
⑦ 犯罪被害者及び証人を保護するための方策の拡充
⑧ 公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等
⑨ 自白事件の簡易迅速な処理のための方策

(どこが問題か)

 私は、上記のうち、うち①、④、⑤、⑥は改革であり、②、③、⑦ははっきりした反改革だと考えます。⑧、⑨もどちらかというと反改革です。
 ⑤において、勾留段階では全て国選弁護人を選任することができることとしたのは、日弁連・単位弁護士会・弁護士が永年取り組んできた刑事弁護の充実のための実践活動が実を結びつつあるものと評価することができます。日弁連・単位弁護士会及び弁護士は、永年にわたり、手弁当で当番弁護士制度(各弁護士会が身柄拘束された全被疑者に申し出に基づき、弁護人を1回、無料で派遣する制度)を実践してきました。その上にたって、法定刑が死刑又は無期若しくは長期3年を越える懲役若しくは禁錮に当たる事件の被疑者について、勾留段階で国選弁護人を付する制度が実現されました。またそれ以外の事件については、申し出あれば「刑事被疑者弁護援助」として、一定の資力基準を満たし、弁護士による援助の必要性・相当性が認められた被疑者について、法テラスが弁護士費用を立て替える制度も実現しています(日弁連の法テラス=日本司法支援センターに対する委託事業。費用は日弁連が拠出)。勾留段階の全被疑者に国選弁護人を付することになれば、それは大きな前進であることは間違いありません。

 しかし、以下述べるにように改革は、質量ともに反改革に圧倒されており、しかもその反改革は耐えがたいほどに我が国の刑事司法に歪をもたらすものだといわざるを得ません。私は、三点にわたって具体的に問題点を指摘したいと思います。

 第一は、①に関することです。刑事司法改革の要をなすべき取調べ可視化(録音・録画)は惨憺たるものです。その対象事件は統計によると全事件のおよそ3パーセントに過ぎません。村木事件は検察単独捜査事件でしたから録音・録画の対象になりえますが、警察をかませることにより潜脱することもできます。志布志事件や全く身に覚えのない人が虚偽の自白により有罪判決を受けたパソコン遠隔操作冤罪事件、多くの冤罪事件を生み出している痴漢事件は対象になりません。さらに、たとえば「記録したならば被疑者が十分な供述をすることができないとき」などのように捜査官の不確かな判断によって記録されない場合や暴力団の構成員が係っている場合には関連事件全部について記録をしないことなど例外事由が定められており、運用次第では録音・録画がなされないことが広げられてしまい、尻抜けのザル法になってしまうおそれがあります。公判において、被告人の捜査段階における供述調書の任意性が争いになったとき、録音・録画対象事件では検察官はその記録に基づいて任意性を立証しなければならないという規定がなされ、それによって録音・録画を励行させる担保としているのですが、裁判所は、場合によっては、記録がないときでも職権で当該供述調書を採用できるという運用がなされる余地があることも重大問題です。被疑者の取調べに限定し、参考人の取調べは対象とされていないことも疑問があります。そもそも法案には、何故、取調べを可視化(録音・録画)しなければならないのかを深く考え、刑事司法の歪みを正すという確固たる思想がありません。
 特別部会では、既に述べたように、改革勢力は、対象事件の範囲は限定されても、ともかく取調べの全過程にわたり実施させるということで押し、将来の確かな発展へつながる第一歩を確保しようとの考えのもとに対応したのでしょうが、そのような考えからも果たしてこれを受け入れるべきであったかどうかさらに熟慮の余地があったのではないでしょうか。

 第二は、②に関することです。正式には「捜査・公判協力型協議合意制度及び刑事免責制度」といいますが、一般には、司法取引とも呼ばれています。これは、有罪を認めることにより罪を軽くしてもらう「アメリカ版型司法取引」とは全く異なります。「日本版司法取引」は、他人の犯罪に関して供述する、あるいは証言することにおいて、当該供述者もしくは証人の事件について有利な取り扱いを受け、或いは免責を得たりするというものです。他人の犯罪に関して供述することにより有利な取り扱いを受けるということは、実は、現在もヤミ取引として行われています。最近の例でいえば、2015年3月5日に名古屋地裁で無罪判決が言い渡された岐阜県美濃加茂市長冤罪事件が記憶に新しいところですが、村木氏の事件でもそのようなヤミ取引がなされた疑いがあります。  過去に幾多の冤罪事件において、ヤミ取引により作られた供述や証言が、誤判の一つの原因にさえなっています。本法案において採用されている「日本版司法取引」は、これをヤミの世界から、表の世界に引き出し、正規の取引に格上げしようとするものです。「日本版司法取引」は、正規の手続に組み入れ、虚偽供述を防止するために、「虚偽供述罪」を新設し、或いは証言の場合には宣誓と偽証罪の威嚇によって、真正の供述、証言を確保できると言われていますが、このようなこと素直に受け入れるわけにはいきません。冤罪事件の歴史をひもとくと、虚偽供述を強要してきたのは警察・検察でした。また偽証がなされても検察の有罪立証に沿うものが立件され、処罰された事例を私は知りません。この制度は、「供述、証言買収型司法取引」だと言ってもいいでしょう。これの導入により、警察、検察の捜査や検察の公判対策には便利で使い勝手がいいオプションがもたらされるかもしれませんが、それは結局、堂々と冤罪を生み出していくことになりかねません。

 第三は、③に関することです。通信傍受(盗聴)制度は、2000年8月施行された通信傍受法により導入されましたが、通信の秘密・プライバシーの侵害であり、憲法違反だとして、日弁連をはじめ大きな反対の声に押され、対象犯罪を上記のとおり4類型に絞り、しかも令状主義による厳しい手続的制約を課するなど、極めて限定的な制度とすることによりようやく同法は成立を見たのでした。施行後、実際には警察・検察からは、非常に利用しにくいものであるとの不満が出され、対象犯罪拡大・手続的制約を緩和するための法改正の機会が虎視眈々狙われてきました。
 しかし、通信傍受(盗聴)は、市民生活の隅々にまで犯罪捜査の網の目を張り巡らすものであり、健全な市民社会を閉塞させてしまいます。特定秘密保護法、共謀罪創設と並んで、通信傍受(盗聴)は、自由社会を根底から覆す三種の神器と言っていいでしょう。従って、警察・検察も、単独で通信傍受(盗聴)の拡大と緩和をし、彼らにとって使い勝手のいいものに改めるには、日弁連の反対や国民の大きな反対にあうことは必定で、おいそれとはその狙いを持ち出すことができないできました。警察・検察にとっては、検察犯罪による轟々たる非難の嵐の中で、刑事司法改革の試みが始まったことはまさに僥倖でした。彼らは、日弁連が長きにわたり訴え続けてきた刑事司法改革への提言のうち上記の如き僅かな譲歩をする見返りにと言おうか、あるいはドサクサまぎれにと言おうか、かねての狙いをもぐりこませて来たのです。
 もう一度、前回に書いた③の内容を見て下さい。「現住建造物放火・同未遂、殺人・同未遂、傷害・傷害致死、逮捕監禁・同致傷、未成年者略取誘拐をはじめとする誘拐関連事犯、窃盗・強盗・強盗致傷及びこれらの未遂、詐欺・恐喝等及びその未遂、爆発物取締罰則所定の爆発物使用・同未遂、児童買春・児童ポルノ法違反など犯罪のうち一定の組織性をもって遂行される場合」へと対象犯罪を飛躍的に拡大しているではありませんか。「自動的に通信傍受(盗聴)を記録し、再生することができる装置(「特定装置」)を用いて、記録、再生、廃棄についての簡便な手法を導入する」として、厳密な令状主義による制約を潜脱することになっているではありませんか。通信傍受(盗聴)については、通信傍受法施行前の最高裁判所平成11年12月16日第三小法廷決定において、検証許可状により実施された電話傍受の適法性に関し、「重大な犯罪に係る被疑事件」に限定してこれを認めています。しかし、本法案は、けっして「重大な犯罪」とは言い難い犯罪をも対象とすることができるようにしています。反改革勢力は、火事場ドロボウ、まさに転んでもただでは起きない、の類です。

(国会審議に望むことなど)

 法制審議会「新時代の刑事司法特別部会」では、答申採択には一括採択と全員一致の枠をはめられてしまいました。そのため改革勢力は、一歩でも刑事司法改革を前進させ、確かな足がかりを確保するとの考えのもとに、答申案に賛成しました。それはまずい饅頭ではあるが背に腹はかえられないとの思いであったのでしょう。改革勢力の委員らは大変な努力されたわけですから、安易に批判をするのは慎まなければならないかもしれません。ただ敢えて言えば、私は、答申案は、まずい饅頭だが我慢して食べることができるようなものではなく、とんでもない毒饅頭であったと思います。まずくても食べれば空腹を充たし、栄養となるなどというのは甘かったのではないかと思います。

 さて本法案はとにかく国会に上程され、審議がなされています。5月19日の衆院本会議では、野党議員の意見、質疑では、私が指摘した三つの問題点、即ち通信傍受(盗聴)の拡大・緩和、日本版司法取引制度の導入、余りにも現状糊塗的な取調べ可視化(録音・録画)についてはっきりと異議が述べられています。
6月4日には、民主党、維新の党、日本共産党の議員らが、院内で、村木厚子氏を招いて合同勉強会を行っています。国会議員らは、本法案の審議において、特別部会のような一括賛成でなければならないとの制約はありませんし、勿論、全員一致でなければならないということもありません。私が、指摘した問題点だけではなく、その他の問題点についても慎重の上にも慎重に検討し、審議を尽くし、修正して前進を図るように尽力して欲しいと思います。そしてどうしても前進が図られないときには、本法案に断固反対するという対応も迫られるかもしれません。

 いまだマスコミも本法案に注目していません。たとえば朝日新聞が5月20日付けの社説で、取調べ可視化(録音・録画)が不十分であるとし、「通信傍受の拡大や司法取引の導入など、人権やプライバシーとの関係で疑念がある内容も含まれている」との指摘をして、「国会論議で前進をはかれ」と呼びかけていますが、まだまだマスコミの関心は低いと言わねばなりません。
国民にとってもそうでしょう。刑事司法改革は、地味な分野です。その上、世はまさに「戦争法案」をめぐって沸騰しています。それでも私たち国民は、本法案審議をこれまで以上に注視し、個別の論点について声をあげ、意見を集約していかなければなりません。冤罪根絶のために。冤罪を根絶することなくして公正な社会はありません。
                                  (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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