フルスペックの集団的自衛権も限定的な集団的自衛権も単なる言葉の綾である

 昨年7月1日の閣議決定で、集団的自衛権の行使が認められることとなった。もっとも同閣議決定では、「武力行使3要件」を示し、あくまで限定的な集団的自衛権行使を認めたものであるとの弁明がなされている。

 この閣議意決定を受けて、武力攻撃事態法に、新たに「存立危機事態」が設けられようとしている。そこで言う「存立危機事態」とは、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と定義される。内閣総理大臣は、「存立危機事態」が認定され、「国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な方法がない」とき、自衛隊法の改正規定により自衛隊に防衛出動を命じることができることとなる。出動を命じられた自衛隊は、当該他国への攻撃を排除するため「事態に応じて合理的必要と判断される限度」の武力を行使することができる(現行の自衛隊法88条)。

 武力攻撃事態法改正と自衛隊法改正により認められる限定的な集団的自衛権は、フルスペックの集団的自衛権とは違うのだ、そのほんの一部を認めたに過ぎないのだと、安倍首相、中谷防衛相、及び与党関係議員は、口を酸っぱくして繰り返している。しかし、フルスペックの集団的自衛権とは一体何だろうか。国際法上、そんなものが果たして確固たるものとして存在しているのであろうか。この点を十分に検討してみる必要があるように思われる。

 元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)といういかめしい肩書きを持つ香田洋二氏の『賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門』(幻冬舎新書)という本をパラパラと読んでいたら、「20世紀に入り国際関係が複雑になるにつれて、自国が攻撃を受けたときだけでなく、自国と密接な関係にある他国が攻撃を受けたときにも、加勢・救援として武力を行使する権利がある、という考え方が登場します。これが『集団的自衛権』です。」と書かれているのを目にした。残念ながら、これでは落第である。

 国際法上「自衛権」が確立するのは、第一次大戦後、戦争違法化の流れが顕著になって以後のことである。それまでは17世紀中葉に近代国際法が形成されて以後、無差別戦争観、つまり戦争自由の時代であった。その時代においても、人類は、外交交渉上において自衛権に言及して相手国の行動を批判したり、ユス・イン・ベローと言われる戦時における国際ルールづくりをしたりと、わずかずつ戦争自由の聖域に正義と理性のメスを入れ始め、芋虫の如くチマチマとした前進を続けた。

 大きな転機となったのは第一次世界大戦であった。第一次大戦はヨーロッパ世界に未曾有の惨害をもたらした。戦争の悲惨さ、非人間性は、世界の人々に人間の魂を覚醒させた。戦線膠着とともに、ヨーロッパ、北米大陸、日本で、反戦運動が澎湃と沸き起こり、革命ロシアが産み落とされた。戦後、国際連盟が設立され、戦争違法化の流れが加速した。1928年パリ不戦条約の締結は、その延長線上に建てられた人類の巨大な進歩を示す金字塔であった。いまや、自衛権による以外の武力行使は国際法上認められなくなったのである。

 パリ不戦条約で、例外として認められた自衛権による武力行使とは、「武力攻撃を受けた当該国が、他に適当な方法がないとき、これを排除するために必要最小限度」のものであり、これが国際法(一般国際法もしくは国際慣習法と言われるもの)上の自衛権として確立したのであった。国際法の視点で大きく見れば、第二次世界大戦は、侵略諸国による違法な侵略戦争、被害諸国による自衛権行使の正当な戦争であったと言うことができる。

 違法な侵略戦争が敗退し、正当な自衛権行使による戦争の勝利で終わることが明白となった第二次世界大戦末期から、戦後世界の平和と安全は、包括的国際機構(国連)を設立し、個別国家による一切の武力行使を禁止し、国連がこれを確保するという集団的安全保障が模索された。しかし、1945年6月、連合国によって開催された国連憲章の制定のためのサンフランシスコ会議において、次第に対立を深める米ソの思惑とこれに起因する小国の不安が交錯する中で、集団的安全保障とはあい矛盾する国連憲章51条が採択されてしまった。

 国連憲章51条は、集団的安全保障の例外として、加盟国の自衛権行使を「個別的又は集団的自衛の固有の権利」として認めた。しかし、国連憲章制定過程ではこの「個別的又は集団的自衛の固有の権利」の定義、意義、目的、要件については何ら議論もなされてはいないし、規定もなされていない。これは、いわばさまざまな思惑の妥協の産物だったのである。

 戦後の国際法学者は、「個別的自衛の固有の権利」を従来の国際慣習法上の自衛権(今では個別的自衛権と呼ばれることが多い。)、「集団的自衛の固有の権利」を国連憲章が新たに認めた集団的自衛権と解し、諸国家及び国連もその趣旨で国際政治、外交、国際紛争に対処することになっていった。
 
 このように集団的自衛権は、当初から不明確なものだったのである。従って、政府・与党或いは一部の論者が言うようにフルスペックの集団的自衛権なるものが国際法上、明確に存在しているわけではなく、国際法学者の中でも、その定義、意義、目的、要件等について共通した理解が存在したわけでもない。

 戦後から1950年代にかけて活躍した英国の著名な国際法学者バウエットは、こう説明いている。集団的自衛権とは、武力攻撃を同時に受けた複数の国が、共同して自衛権(今でいう個別的自衛権です。)を行使することであると。これは国際慣習法上の自衛権行使が競合する現象を捉えたものであり、第二次大戦に、その原型がある。
 これに対して、日本の著名な国際法学者である高野雄一東大名誉教授は、集団的自衛権は国連の集団的安全保障体制を危殆に陥れるものとの認識のもとに、これを限定する趣旨で、他国に対する武力攻撃が同時に自国をも危うくする場合に、自国の自衛のために、この武力攻撃に反撃することを集団的自衛権であると説明している。
 さらに1986年の国際司法裁判所ニカラグア事件判決は、集団的自衛権として正当とされるのは、他国からの武力攻撃が存在し、その被害国が武力攻撃を受けたことを宣言し、かつその被害国の真摯な支援要請があったときに、その被害国に対する武力攻撃を排除するため支援国がなす必要最小限度の武力行使であると判示している。

 ①バウエットの説は個別自衛権共同行使説、②高野教授の説は自国防衛説、③ニカラグア事件判決は他国防衛説と言われている。①は実質的には個別的自衛権に対置される集団的自衛権を否認するに等しい。②は他国への武力攻撃があっただけではなく、自国を危うくする場合に認めるというもので、安倍政権の打ち出した集団的自衛権限定行使論の原型である。しかし、この考え方の下で、「自国を危うくする」との断定のもとに集団的自衛権が、事実上侵略を正当化する根拠とされたことは周知の如くである。③はそのことをふまえ、他国防衛目的に純化することにより不純な自己の目的を排除し、集団的自衛権が行使できる範囲を限定せんとする新たな限定行使論であると言ってよい。

 このように見てくると、政府・与党や一部論者が言うフルスペックの集団的自衛権などというものは、米国とその同盟国、旧ソ連とその衛星国が勝手に濫用し、実行してきたものを、都合よく整理したものに過ぎないことがわかる。さらに言えば安倍政権が限定的だという集団的自衛権も、決して特殊なものではなく、言ってみれば一人前の集団的自衛権なのである。それは限定的であるかのような文言を散りばめているが、実際にはそれらの文言は多義的で不確定であり、総合判断を要するものであるのみならず、上述した集団的自衛権の歴史に照らしても決して限定的なものとはならないことは、疑問の余地がないところである。(了)
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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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