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小川和久氏の参考人陳述批判(5)

「国連憲章、集団的自衛権、戦力投射能力なき自衛隊という3点が全て歯止めになる。」

 いよいよ終わりに近づいた。小川氏は、突然歯止めの問題を提起する。話の筋から言うと、それは、わが国の武力行使に対する歯止めという意味であろう。
 小川氏は個別法令による歯止めの前に、大きな枠組みとして、国連憲章、集団的自衛権、自衛隊の軍事力という三つの歯止めがあると述べているのであるが、果たしてそれらは歯止めとして機能するのであろうか。

国連憲章は無視され続けてきた

 小川氏は国連憲章の精神に反することはできない、それに反した場合には国連が対応措置をとると言うのであるが、それは全くの空論である。そのことは、国連設立後70年の歴史の一コマ一コマが実証しているところであり、ホゾをかむ思いを抱き続けてきたことは、私たち戦後に生きた者の共通体験ではないか。東西冷戦時代しかり、冷戦終結後のアメリカ一極支配確立後しかりである。
 大国の横暴により、武力行使禁止原則と国連関与の下での集団的安全保障による国際の平和と安全の確保という国連憲章の真髄は、いかに無残に踏みにじられてきたことか。とりわけ国連生みの親とも言うべきアメリカの、育児放棄とネグレクトは顕著なものであった。アメリカが国連憲章に背馳する単独行動で武力紛争を引き起こし、国連憲章を侵犯したことは幾たびに及んだであろうか。すぐにはその回数を答えられない程である。
 国連憲章は、かつて違法、不当な武力行使の歯止めになったためしがないのだ。

集団的自衛権が歯止めになる?

 小川氏は集団的自衛権が歯止めになると言うが、その意味するところはよくわからない。ここは小川氏の言葉をなぞるが如く論じることにする。

 小川氏は、参考人陳述の中で、二つの例をあげている。一つはドイツの例、もう一つはアメリカの例。

 まずドイツの例について。戦後ドイツはNATOに包摂されることによってのみ再軍備が認められたのであり、単独で軍事行動はできない、これは集団的自衛権による歯止めだとおっしゃっている。しかし、ドイツは、再軍備をしてNATOにドイツ国軍の指揮権を委ねる、即ち主権の一部譲渡をすることが戦後国際社会に復帰するための唯一の道であったのであり、大きな国民的議論の末、ドイツ国民はその道を選択したのであった。集団的自衛権がドイツ国軍の武力行使に対する歯止めであるなどという小川氏の論は、戦後ドイツの政治史を正しく見ておらず、牽強付会と言うほかない。

 次にアメリカの例について。アメリカは湾岸戦争のとき、同盟国からの意見噴出により単独行動にブレーキがかけられた、それは集団的自衛権による歯止めが働いたからだとおっしゃる。しかし、これは全くの見当はずれである。戦後アメリカは一貫して単独行動主義をとってきたことは上述のとおりであり、湾岸戦争では、冷戦終結後、たまたま国連を自己の世界戦略に利用できる状況が生まれたため、これを奇貨として、国連の疑似的な集団的安全保障措置に乗っかったに過ぎないのであって、集団的自衛権がアメリカの武力行使の歯止めになったなどいう小川氏の論はこれまた牽強付会と言うほかはない。その後、時を経ずしてアメリカが単独行動主義に回帰したことは周知のとおりである。

 小川氏の集団的自衛権が武力行使の歯止めになるという主張は、彼の著書『日本人が知らない集団的自衛権』(文春新書)を読むと、もうひとつ集団的自衛権行使を約束しあった軍事同盟の対峙が平和共存をもたらすということをも根拠にしているようである。しかし、これはすでに破綻済みの古典的なパワー・ポリティクス論である。バランス・オブ・パワーによってつかの間の平和共存が現出されても、あい対峙する超大国、あるいは相互の同盟ブロックにおけるあくなき軍拡競争を呼び起こし、やがて世界大戦の破局を迎えるか、一方がその負担を担い切れずに体制崩壊するが、そのいずれかに帰することになる。小川氏は、歴史の教訓から何も学んでいないのだ。

 ところで戦後、集団的自衛権を根拠として、どれだけの違法、不当な武力干渉、武力行使がなされてきたことだろう。以下の事例は全てを網羅しているわけではないが、これらを一瞥するだけで、小川氏の主張がいかに的外れであるか一目瞭然であろう。

(冷戦期)

① ハンガリー動乱(1956年/ソ連)
② レバノン・ヨルダンへ介入(1958年/アメリカ、イギリス)
③ イエメンへ介入(1964年/イギリス)
④ ベトナム戦争(1966年/アメリカ)
⑤ プラハの春への介入(1968年/ソ連)
⑥ アフガニスタン介入(1980年/ソ連)
⑦ グレナダ介入(1983年/アメリカ)
⑧ ニカラグア介入(1984年/アメリカ)
⑨ チャド介入(1986年/フランス)

注:朝鮮戦争については、38度線まで北朝鮮軍を押し戻す過程は国連の集団的安全保障、そこから中国国境線近くまで攻め入った北朝鮮せん滅作戦は集団的自衛権と見るべきだろうか。さらに研究を深める必要がある。

(冷戦終結後)
   
① アフガン戦争(2001年/アメリカ、NATO構成諸国)
② イラク戦争(2003年/アメリカ、イギリス)

注:イラク戦争は勿論であるが、アフガン戦争も、同国は一目1兆ドルの豊富な鉱物資源の宝庫であり、これらは古典的な帝国主義戦争という側面も有しているように思われる。ブッシュの対テロ戦争論は、ハゲタカの論理を覆い隠す方便であったかもしれない。

 さて今回で終える予定でいたが、歯止め論の最後、戦力投射能力なき自衛隊そのものが歯止めになるという主張は、少し面白いのでもう1回とって論じたい。また小川氏は律義にもグレーゾーン問題に言及しているので、それにも少し応接することとして、次回には、小川氏の参考人陳述にお別れをしようと思う。

                              (続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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