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小川和久氏の参考人陳述批判(6)

 戦力投射能力なき自衛隊そのものが、自衛隊の武力行使の歯止めになるとの小川氏の主張は、しっかりと検討する必要がある。何故なら、彼の主張は、戦前の軍隊ならともかく、今の自衛隊が、海外進出して世界の紛争に首を突っ込む、あるいは戦争を引き起こすなどということはあり得ないとの楽観論を、軍事アナリストなる専門家の知見をもって、支える効果を持っているように思われるからである。

自衛隊の能力に対する厳しい診断

 最初に彼の著書『日本人が知らない集団的自衛権』(文春新書)から、この文脈で言わんとしていることを正確に引用して紹介しておこう。

 まず「戦力投射能力」とは、「多数の戦略核兵器によって敵国を壊滅させることができる能力」又は日本のような島国で非核政策をとっている場合には「海を渡って数十万規模の陸軍を上陸させ、敵国の主要地域を占領して戦争目的を達成できるような構造を備えた陸海空軍の能力」のことだそうである。

 こう言っただけではわからないと思ってか、続けて、「仮に朝鮮半島を本格的に攻めるとすれば、50万人ほどの陸軍を上陸させて敵軍を粉砕し、首都を占領しなければ、戦争目的を達成できない」、「そのための作戦をしようとすれば3000機規模の作戦用航空機を持つ空軍力が必要」、「海軍は、数十万人規模の陸軍に応じた揚陸作戦能力を持つ空軍と、それを援護する戦闘艦艇、航空機が必要」、「数万人規模の空挺部隊と、それに見合う輸送機も必要」等々と大きな話が展開される。

 それに対して、現在の陸上自衛隊は定員15万1000人(現員13万7000人)、海上自衛隊は主要艦艇約140隻(45万トン)、一度に運べるのはわずか2000人ほどという兵員輸送能力しか保有していない、航空自衛隊は戦闘機など作戦用航空機は約440機を保有するのみで、兵員輸送能力はどんなにがんばっても3000人程度しかない。だから、「自衛隊は、本格的な海外派兵をしたり、戦力を投入して外国を占領できる構造を持つ軍事力ではない」、「限られた国土防衛における戦闘、つまり『専守防衛』だけで、侵略戦争などできるはずもない」と。

 さらに自衛隊の現実の能力を見ると、海上自衛隊の対潜水艦戦能力と掃海能力は世界トップクラスだが、空母も巡洋艦も原子力潜水艦もない「単能海軍」であるし、航空自衛隊の防空戦闘能力も対地・対艦攻撃能力は限られている。これはアメリカの求めに応じて整備されてきた結果である。自衛隊は自立できない構造であり、わが国防衛も独自にはできず、日米同盟によってはじめて成り立つのであると厳しい診断が下される。

戦前日本の侵略戦争は「戦力投射能力」を備えた上で敢行されたか

 戦前日本は、日露戦争での形ばかりの勝利で、新参の帝国主義国として華々しく国際舞台に登場することになったが、そこで日本が確保できたものは遼東半島(南満州)の租借権と鉄道経営権のみであった。戦果を華々しく報じる新聞に煽られて「勝った!勝った!」と提灯行列に沸いた民衆は、無賠償が報じられるや一転して、怒り狂い、暴徒と化して日比谷公園を焼き討ちした。しかし、それは如何ともし難いことであった。日本は、ときすでに戦争を継続する力を失い、米英の仲立ちで辛うじてポーツマス条約を締結、メンツを立てることができたというのが事の実態であり、日本にとっては、ロシアにおける革命の進展と帝政の動揺、米英の仲立ちという僥倖に助けられた薄氷の勝利あったからだ。
 日露戦争における兵員の犠牲者は、戦死者では日本88,429人、ロシア 25,331人、戦傷病死者では日本 27,192人、ロシア11,170人とされているが、日本がロシアのおよそ3倍である。これは日本軍の戦力不足を物語っており、小川氏流に言えば「戦力投射能力」なき無謀な戦争であったと評価できるのではなかろうか。

 日本が日露戦争に投じた直接戦費は、当時の国家予算の約8倍、それらの80パーセントは外債によりまかなわれた。そのために、日露戦後の国家予算は、長期にわたって歳出の部の30パーセントが国債費、その上にさらに30パーセントが軍事費として積み上げられることになり、国民生活は逼迫の度を進めた。

 当時の日本を、夏目漱石は次のように活写している。

 「第一、日本程借金を拵えて、貧乏狂いしている国はありゃしない。この借金が君、何時になったら返せると思うか。そりゃ外債位は返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国をもって任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りしようとする。だから、あらゆる方面に向かって、奥行きを削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争する蛙と同じ事で、もう腹が裂けるよ。」(『それから』より)

 政府も軍部も、このようなあい路を打開する術として、「満蒙の特殊権益」なるものを発明し、国民をしてそれに執心せしめる策をとった。遼東半島(南満州)の租借権と鉄道経営権が、「満蒙の特殊権益」なるものに目いっぱい膨らませられ、国民にとって神聖なる権利に転化して行った。

 父祖の血をもってあがなった「満蒙の特殊権益」を守るためとのスローガンで国民は動員される。満州駐在の関東軍が、それを声高に叫び突っ走る。「戦力投射能力」?そんなものクソ喰らえだ。かくして柳条湖事件が引き起こされ、満州事変が始まった。事態は、常に、現地派遣軍が戦争の引き金を引き、あとから軍中枢部と政府が追認するかたちで進行する。盧溝橋事件後の日中全面戦争もしかりである。これらの戦争は「戦力投射能力」を備えた上で進められたものだとでも言うような人は誰もいないだろう。

 そのどん詰まりが日米開戦であった。

天皇 「もし日米開戦となった場合、どのくらいで作戦を完遂する見込みか?」
杉山 「太平洋方面は3ヶ月で作戦を終了する見込みでございます。」
天皇 「汝は支那事変勃発当時の陸相である。あのとき事変は2ヶ月程度で片付くと私にむかって申したのに、支那事変は4年たった今になっても終わっていないではないか。」
杉山 「支那は奥地が広うございまして、予定通り作戦がいかなかったのであります。」
天皇 「支那の奥地が広いというなら太平洋はなお広いではないか。いったいいかな  る成算があって3ヵ月と言うのか?」

 これは日米開戦を決定づけた「帝国国策遂行要領」(1941年9月6日御前会議)の策定の前日における昭和天皇と陸軍参謀総長杉山元とのやりとりとして、一般に知られているところである。果たしてこのようなやりとりが本当にあったのかどうか、資料は、近衛文麿の手記だけなので、確証できているわけではないが、これが本当であったとすれば、日米開戦決定は、陸軍最高首脳において3カ月程度戦えばなんとかなると何ら成算もなく、なされたことを示して余りある。

 実際、戦後になってアメリカが、対日戦における空襲の効果について調査した「米国戦略爆撃調査団報告書」によると、何故日本が日米開戦に踏み切ったのかという調査項目に対してインタビューに応じた旧軍人、旧指導者、官僚らの説明を要約して、①ヨーロッパ戦線におけるドイツの圧勝とイギリスの敗退の見通し、②アメリカが反転攻勢に移るまでには3、4ヶ月はかかるのでその間にできるだけ兵力を展開し、占領地域を拡大する、③そうすることによって民主主義国家アメリカは国民の間に厭戦気分が蔓延し、妥協を図ることを余儀なくされるとの分析に立っていたことが示されている。

 日米開戦決定直前における日本とアメリカの戦力比、工業生産力、資源調達量、マンパワー、いちいち数字をあげないが、いずれを見ても大人と子供の違いがある。「戦力投射能力」など戦争をするか否かの決定に、何の影響も与えることはなかったのである。

現代の戦争、武力紛争

 ましてや現代における戦争は、旧来型の大国どうしの全面戦争の形をとることはないだろう。それは、一極化した超大国アメリカの世界戦略に基づく世界秩序維持のための強権行使とそれに対する反抗としての武力紛争となる。戦争は、戦争ではなく武力紛争と呼ぶにふさわしく非対称な形態のものとなっている。そこにおけるアメリカの同盟国の役割は、最初から機能分担がなされている。もっともそれは超大国アメリカの都合にあわせて、時には伸張し、時には縮小する。1990年代においてアメリカの世界戦略と軍事展開は激しく揺れ動いた。しかし、今や、悪化する財政の圧力から、世界各地における武力紛争への対処の仕方はできる限り同盟国の軍事力に肩代わりさせる方向に進んでいる。
 その中で、わが国の自衛隊の役割も大きな転機を迎えている。アメリカ軍を補完する軍事力として世界に展開して行くことが鮮明になってきている。日米新ガイドラインと今回の安保法制はまさにそれを示している。そのときに「戦力投射能力なき自衛隊」には武力行使は歯止めがビルトインされているなどとどうして言えるのであろうか。またはアメリカの求めに応じて整備されてきたから自衛隊は自立できない構造だ、だから日米同盟によってはじめて機能することになるのだということが、日本の海外における武力行使の歯止めになるなどとどうして言えるのであろうか。むしろアメリカの要求に応じられる構造となっている自衛隊だからこそ、もっと言えば日米調整メカニズムという名でアメリカ軍の指揮命令系統に組み込まれる軍事組織であるからこそ、自衛隊はより一層世界の武力紛争にアメリカ軍とともに介入して行けることになるのである。将来はともかく、少なくとも、現時点では、安倍政権は、それを喜んで買って出ている状況であり、自立・自主の道を歩むことはなかろう。

グレーゾーン事態への自衛隊の投入

 小川氏は、中国の武装船による尖閣海域への侵入と武装「民間人」上陸の危険を盛んに煽りたて、それらは海保の巡視船の武器では到底対応できない武力を備えているから、海保に任せていれば皆殺しにあうだろう、だから海保に任せていてはだめだ、速やかに自衛隊を投入できるようにしなければならない、また外国公船に対しても、単に警告だけではなく毅然と対処できるようにしなければならない、などと主張し、そのような法整備をすることを提唱している。
 しかし、戦闘的軍事アナリスト小川氏の主張に従っていては中国との間に何回もの小競り合いを繰り返し、それが大きな武力紛争に発展してしまうおそれ大である。

 中国とは一衣帯水、どんなに気に入らなくても平和を第一義において粘り強く交渉を続け、もつれにもつれた相互の関係を友好と信頼、互恵と互譲の関係に復元させるほかはない。
 グレーゾーンはあくまで治安・警察問題であり、海保を含む警察力で対応し、自衛隊は極力しゃしゃり出るべきではない。それが本連載の2回目で述べた「自衛権行使3要件」で定義される自衛権行使の主体たる自衛隊の務めである。

まとめ

  以上、小川氏の参考人陳述は、いずれの点から見ても採用しがたく、安保法案支持者の弁はここでも無効であった。政府は、少数の勇ましい賛成意見を進軍ラッパとして猪突猛進するもではなく、圧倒的多数の憲法学者、歴代内閣法制局長官の違憲論、国民多数の反対意見に耳を傾け、速やかに安保法案を撤回して、出直すべきである。

最後に一言。小川氏の参考人陳述に対する批判は図らずも6回にも及んでしまった。別に私は小川氏に遺恨があるわけではなく、むしろ、かつて政府からも独立した軍事アナリストとして活躍された小川氏の著作を読み、私なりのイメージがあった。しかし、それは残影であったのかもしれない。それを追うあまりやや言葉が走ったところもあっただろう。失礼の段お許し願いたい。
 小川氏が、かつて書かれたものについて、それらは若気の至りであったと言われればそれまでだが、それらには本当に時代にマッチした提言があったことを小川氏の名誉のために記しておきたい。
                               (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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