再び軍部独走を許してはならない


 このところ自衛隊制服組の独走ぶりを示す事実が相次いで発覚している。

 一つめは、今年5月26日、安保法案の衆議院での審議が開始されたまさにその日に、自衛隊統合幕僚監部において、8月成立、来年2月施行のスケジュールを立てて、今年4月に日米合意がなった新ガイドラインを具体的に運用する計画書が作成されていたこと。
 これについて中谷防衛大臣は、当初、当該文書の詳細を承知していないと答弁した。このことは、自衛隊幕僚監部が、防衛大臣の指揮・監督の及ばぬところで、法案の成立・施行時期を想定し、その先の具体的運用を検討していたことを示している。まさに制服組の独断専行である。

 二つめは、河野克俊統合幕僚長が、昨年12月に訪米した際、米側のオディエルノ米陸軍参謀総長から安全保障法制整備の見通しを問われて「与党の勝利により安保法制の整備は夏までには終了する」と説明、政治過程にコミットした発言をしていたことである。
 防衛省は、呈示された会談記録写しと同一の文書の存在確認できなかったなどとしているが、当の河野統合幕僚長が、記者会見で、同一のタイトルの文書は存在していると認めたこと及び指摘された発言を否定しなかったことから、これは事実であろう。これまた制服組の独断専行である。

戦 前、わが国は、軍部の独走に引きずりまわされた。まずは関東軍の独走が、満州から中国全土に及ぶ侵略戦争にわが国を引きずりこんだ。2.26事件の後成立した広田弘毅内閣において「軍部大臣現役武官制」が復活され、その後、軍部は、これを梃子に軍部の意向に反する内閣をつぶし、軍部の意向に従う内閣を作り上げ、とどのつまりは対英米決戦を挑むに至らしめた。軍部独走により、2000万人及ぶアジアの人々と310万人に及ぶに同胞、多数の米英兵士の尊い命が失われ、アジアの人々とわが国民は、物心両面にわたる塗炭の苦しみを強いられた。

 戦後、政府は、日本国憲法9条の下で、本来は認められない自衛隊を創設に及んだが、さすがに戦前の轍を踏まないためのシビリアン・コントロールの制度的保障として防衛庁(省)設置法にさまざまな仕組みを作った。これらを総称して文官統制と呼んでいた。制服組を背広組が抑制する仕組みであり、これによってかつてのような軍部独走を防止するための担保とすることを企図したのである。

 文官統制は次の三本柱から成っていた。

① 参事官制度・・・背広組防衛官僚から8~10名の参事官を任命。これら参事官は、職制としては内部部局の官房長や局長を兼務しつつ、参事官として防衛庁長官(防衛大臣)の行政・防衛(軍事)両面にわたる基本方針策定を補佐する。
  
② 自衛隊の部隊運用・作戦を制服組だけに任せない仕組み・・・背広組から成る内部部局(防衛局運用課。その後組織改編により運用局事態対処課及び国際協力課)が制服組から成る各幕僚監部で作成された部隊運用・作戦計画をチェックし、防衛大臣の決裁を得るための起案をする。

③ 背広組が制服組優位する仕組み・・・防衛大臣が制服組トップである統合幕僚長や陸・海・空の幕僚長に指示を出したり、方針を承認したり、一般的監督をしたりするのに、背広組である内部部局の官房長や局長がこれを補佐する。

 これらのうち①は、既に2009年に廃止されている。制服組の圧力がしからしめたのである。そして②、③は、今年6月10日成立した改正防衛省設置法によりいずれも廃止された。これまた制服組の圧力がしからしめたのである。

 文官統制の廃止により制服組の地位と権限は、著しく伸長することとなった。

 こういう流れの中で、自衛隊統合幕僚監部や河野統合幕僚長の独断専行が生じているのである。このような状況において自衛隊の海外派兵の常態化、集団的自衛権行使、海外での武力行使をオーソライズする安保法案の成立を許せば、かつての軍部独走の再現を見ることになる。だから、私たちは、なんとしても安保法案成立を阻止しなければならない。


                              (了)
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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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