ここにもいた安倍政権ベッタリの高坂門下生 (下)

(「安全保障環境の変化」その3)

 米国が、解決を迫られている国防戦略上の重要な問題は、財政収支と貿易収支の恒常的悪化、経済の慢性的停滞によって米国の力が減退する中で、軍事的プレゼンスを量的には再編、縮小しつつも、質と能力を落とさず、強靭性と状況をコントロールする対応力を持ち続けることにより、覇権を維持することである。
 2012年1月、オバマ政権が発表した新「国防戦略方針」の正式名称は、「Sustaining U.S. Global Leadership:Priorities for 21st Century Defense」であった。まさに覇権を維持するための国防戦略であることをタイトル自体が物語っている。その覇権維持の目的であるが、戦後史の地平に立って考察すれば、決して世界平和の実現にあるのではない。それは、米国本位の生産と投資、金融、通商・貿易、資源確保の秩序と市場ルールを形成し、かつ守りぬくことにあるのである。

 米国政府は、この困難な問題をクリアするための方策の一つとして、同盟国、とりわけ、わが国の軍事面における肩代わりと役割分担を拡大することにより補完することを企図しきた。そのことは米国政府の国防政策に係る文書において臆面もなく語られている。

 たとえば、米国国防総省発表する重要な国防政策文書であるQDR(4年ごとの国防政策見直し。Quadrennial Defense Review)の2005年バージョン(2005年2月3日発表)―そう、あのアフガン、イラク戦争をふまえて策定されたものであるが―は、過去4年間、NATO、オーストラリア、日本、韓国、その他の二国間同盟について、新しい脅威に直面して、強靭にかつ妥当に機能してきたと評価しつつも、英国との同盟が世界における同盟や友好関係の範囲や深さにおいてモデルになるものである、と別格の評価を与えていた。これはとりもなおさず、相互性のないわが国との同盟を、英国のように集団的自衛権を行使して戦闘に参加する相互同盟に改編することを希望し、わが国政府に自覚を促そうとするものであった。

 冷戦終結後、米国は、ブッシュ・シニア政権期とクリントン政権初期において、軍事力の世界展開を大幅に縮小し、同盟諸国も冷戦下で課されてきた厳しい軍事負担を削減し、平和の配当を享受した。わが国でも、細川政権下において、多角的外交が模索され、「同盟漂流」と呼ばれ、一部の自衛隊制服組幹部やタカ派政治家に危機意識が深まる時期があった。

 そのつかの間のまどろみを破ったのは、湾岸戦争、第一次朝鮮危機、台湾危機、ユーゴ内戦とコソボ紛争など冷戦下には抑えられていた地域における紛争の勃発であった。それは9.11を経て、ブッシュ・ジュニアの対テロ戦争宣言とアフガン侵略、イラク侵略、そしてそれに引き続いてパンドラの箱のふたをあけたようにテロ集団による暴力、殺戮とこれを鎮圧しようとする国家群との非対称的な戦闘が各所で展開される時代が始まり、今に続いている。

 わが国では、これに並走するように、冷戦下においてさえ想定できなかったような日米同盟強化と軍事・安保法制の制定が一挙に進行する。その要因を挙げれば、国内的には日本社会党の右傾化、政権入り、その後の実質消滅と、小選挙区制の下での日本共産党をはじめとする少数異論派の停滞、国民の政治離れと保守政治家の国民からの遊離、小泉純一郎、安倍晋三というようなポピュリズム政治家による巧妙な世論操作、それらを通じた国民主権と立憲主義の後退などを拾い上げることができるだろう。また対外的には、鳴り物入りの米国筋からの圧力(たとえばあからさまに集団的自衛権に踏み込むことを求めた第一次~第三次アーミテージ・レポートなど)と、外交・防衛官僚、とりわけ日米制服組官僚のフォーマルもしくはインフォーマルな連携、共同演習の日常化を通じた米軍と自衛隊との一体感の醸成、などがあるだろう。

日米同盟強化と軍事・安保法制の制定をざっと概観してみよう。

・1992年 6月 PKO協力法成立
・1996年 4月 日米安保共同宣言による安保再定義(日本防衛+極東の安全ための在日米軍⇒日本防衛+アジア・太平洋地域の安全のための在日米軍及び自衛隊への転換、さらには「地球的規模の問題についての日米協力」も謳われた。)
・1997年 9月 第二次ガイドライン(日米安保共同宣言の実施要項と見てよい。)
・1998年 5月 周辺事態法成立(アジア太平洋地域で、米軍のために行う自衛隊の兵站活動の法制化)
・2001年11月 テロ特措法成立。アフガン侵略多国籍軍への兵站活動。
・2003年 6月 武力攻撃事態法成立(日本防衛の基本法制)。これに引き続き一連の有事法制定。
・2003年 7月 イラク特措法成立。イラク人道復興支援の名目でのイラク侵略多国籍軍の支援活動。
・2005年10月 日米安全保障協議委員会(2+2。以下「SCC」という。)で「日米同盟:未来のための変革と再編」を合意。冒頭、「日米安全保障体制を中核とする日米同盟は、日本の安全とアジア太平洋地域の平和と安定のために不可欠な基礎である。同盟に基づいた緊密かつ協力的な関係は、世界における課題に効果的に対処する上で重要な役割を果たしており、安全保障環境の変化に応じて発展しなければならない。」と確認。日米同盟は、極東はおろかアジア太平洋地域の枠も取り払い、世界的な課題に共同対処するものと、その意義、目的の転換がより鮮明になる。
・2007年 5月 SCCで、「同盟の変革:日米の安全保障及び防衛協力の進展に関する構想」を合意。上記「日米同盟:未来のための変革と再編」を確認し、これに沿った役割・任務・能力の進展を確認したとある。

 小泉退陣のあとを受けて、2006年9月、第一次安倍政権が発足した。安倍は、2005年10月のSCC合意「日米同盟:未来のための変革と再編」に基づき、集団的自衛権を容認し、米国からの要請あるところ世界のいずこにでも自衛隊を派兵し、米軍の肩代わりし、あるいは役割分担をして行くための法制の整備を目論んだ。安倍は、安保法制懇を立ち上げ、検討を急がせた。しかし第一次安倍政権は2007年8月までの短命政権に終わり、安倍の目論見は挫折を余儀なくされた。

 5年後、民主党の失政により、はからずも安倍は政権に返り咲ことができた。その安倍が満を持して取り組み、一気呵成に仕上げたのが今回の安保法制である。

 繰り返して言うが、これは、米国の軍事的プレゼンスと威嚇、そしてその威嚇が奏功しなかった場合の武力行使に参加し、部分的に肩代わりし、役割分担をしていくことにお墨付きを与えるものである。

 国際政治学者が説く同盟のジレンマの一方―見捨てられの不安―などという古典的同盟の政治哲学に基づき、わが方が貢ぐ姿勢と努力を示せば、かのお国もそれ相応の見返りをしてくれるであろうから抑止力が高まり、わが国の安全に寄与するなどとのご高説に耳を傾けている場合ではない。 米国は、戦後、絶え間なく戦争をしてきた国であるから、威嚇が奏功しない場合に武力行使を踏み切ることに何の躊躇もないであろう。最新のQDR2014年バージョンでも「戦力の投射と決定的な勝利」として、「大規模かつ多面にわたる第一の地域的な敵を打破するとともに、他の地域における第二の敵の目的を挫き、あるいは敵に受容できないコストを課すことが可能」と誇らかに宣言している。中国の軍事作戦を「接近阻止・領域拒否」(A2/AD)などと分析し、これを打ち破るためエア・シー・バトルなる作戦概念まで打ち出すマニアックな戦争のプロがウジャウジャうごめく国、それが米国である。
 そんな米国の軍隊と協力・共同の体制を整備することは、古典的同盟の政治哲学が説く同盟のジレンマの片割れ―巻き込まれの不安―が現実化してしまうことをこそ、正視しなければならない。

(憲法解釈は五次方程式か)

 中西氏のインタビューに戻ろう。話は次のように続く。

 「合憲か違憲かに話が集中してしまったのは残念でした。憲法、特に9条は、法律学だけで解ける問題ではありません。5次方程式が2次方程式で解けないように、通常の法律学では解釈できず、国際政治的な判断、すなわち、安全保障、国際法といったものを組み合わせて判断せざるを得ないと思います。」
 「憲法9条は50年代、日本が独立したとき、あるいは自衛隊が正式に発足したときに改正するのがスジだったのでしょう。しかし、国内の政治的対立や国民の間に軍事への反感があり、できなかった。『個別的自衛権は行使する』という解釈に落ち着いたのは、当時の政治家の知恵です。今回のように、環境が変わったら別の解釈に移るということは、十分にあり得ることです。」

 中西氏は、憲法のなんたるかを全くご存じないようである。憲法は、国の根本規範であり、政治は憲法に従わなければならない。外交、安全保障の分野をカバーする国際政治とて同じである。憲法はこの趣旨を「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。」と簡潔に表現している。これが立憲主義であり、国民主権を謳う民主国家においては、原理中の原理である。

 憲法9条の解釈は何も5次方程式などという難解なものではない。憲法9条の解釈は、おそらく圧倒的多数の国民、9割を超える憲法学者、圧倒的多数の法曹(裁判官、弁護士、そして検事も)は、少なくとも以下の2点において一致するであろう。

① 憲法9条1項においてもし自衛権の行使を否定していないとしても、認められる自衛権行使は、わが国が攻撃を受けた場合に、ほかに適切な方法がなく、その攻撃を排除するために必要最小限度の武力行使にとどめなければならない。

② 自衛隊は、①の自衛権行使のための必要最小限度の実力組織である限りにおいて、憲法9条2項において保持することを禁止された戦力とは言えない。

 従って、集団的自衛権の行使、武力行使と一体化する態様での兵站活動を目的としして自衛隊を出動させることは憲法9条1項、2項に反し、許されない。もし、それをどうしてもやりたいならば、憲法改正をするしかないのである。
 中西氏も学者・研究者である以上、厳密な論理を重んじなければならない。自ら信じる国際政治学の立場からのご高説を通したいならば、憲法改正を提起するべきだ。私は、反対するが、その提案は尊重するし、それでこそ学者・研究者だとその潔さに拍手を送るだろう。しかし、「環境が変わったら別の解釈に移る」などと政治家の如き駄弁を吐く姿は見苦しいばかりである。

(おわりに)

 中西氏のインタビュアーを務めた朝日新聞記者有田哲文氏は、「どこか気持ちの落ち着かない取材だった。歴史や国際政治の現実から語り起こす中西さんの話に、引き込まれる。同時に反発も覚えた。」との感想をしたためている。反発を覚えたのは結構なことだ。しかし、こんな話に引き込まれてもらっては困る。痩せても枯れても朝日新聞の記者だ。こんな与太話、論破してやるぞというくらいの心意気と、勉強をして立ち向かって欲しいものだ。事は、国民の命、暮らしに関わってくる問題だから。

 少し、背伸びして中西氏に反論をしてみた。一太刀くらいは浴びせることができたのではなかろうかと思うがいかかであろうか。
                          (了)
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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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