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緊急事態条項と憲法9条・立憲主義(24)

緊急事態条項は、危険、有害かつ不必要である(その12)

「緊急事態条項は世界の常識」は揺らいでいる・・・序

 確かに諸外国の憲法の多くは緊急事態条項を定めている。

 改憲論者は、このことを過度に一般化し、国家緊急権は国家の自己保存権であり、国家固有の権能である、などとの理由で緊急事態条項をもうけるのは当たり前のことだと声高に叫んでいる。

 しかし、そもそも国家緊急権なるものは、絶対君主制の時代には、そうした概念さえもなかった。それは絶対君主制が揺らぎ、あるいは解体されたときに浮かび上がってきた概念である。言い換えるならば、絶対君主制から近代立憲主義への移行時おけるアンシャン・レジームと新体制との鬩ぎあいの中で、新体制に刻み付けられたアンシャン・レジームの母斑である。
 歴史は飛躍するものではない。新しい高みといえども古いものをかかえている。また世界は一直線に前進するものでもない。必ず、現状維持や後退を志向する逆流があり、停滞と混乱を伴いながらジグザグに前進するものである。このことは既に戦争と平和の問題を論じたところで述べたことである。
 思い起こして欲しい。自衛権の概念は、無差別戦争論(戦争の自由、同盟の自由)の殻を突き破って生まれてきた戦争と武力行使の違法化・禁止の時代の子であったことを。国家緊急権なるものは、まさにこれと表裏の関係に立つものであり、やがて歴史の舞台からフェードアウトして行くことになるだろう。

 このことをいくつかの国の実情によって確認しておくこととする。

「緊急事態条項は世界の常識」は揺らいでいる・・・いくつかの国の実情

フランス

 フランスは、憲法に緊急事態条項を定めている。しかし、それはアルジェリア独立戦争時にド・ゴールによって発動された以後、既に封印されて50年以上に及んでいる。
 先般のパリ連続テロ事件に際しても緊急事態条項は発動されておらず、危急状態法という憲法の下位に立つ法律が適用されている。

注:フランスでは、2015年11月に発生したパリ連続テロ事件の後、危急状態法を適用して危急事態を宣言、テロ危険人物に対する指定場所での事実上の軟禁、劇場や居酒屋など多数の人の集まる場所の強制閉鎖、令状なしの捜索・押収、メディア規制など、警察権限の強化がなされている。危急状態法はその後、改正され、軟禁措置が取られた者に1日3度の警察への出頭義務を課する、前科のある者に発信装置付きのブレスレッドを装着して監視する、危険団体の強制解散、深夜帯でも無令状の捜索・押収を可とする等、きわどい措置までとれるようになっている。
 オランド大統領は、この改正法が憲法院(憲法裁判所)に憲法違反と判断されることを危惧して、その根拠条項をもうけるべく憲法改正案を国会に提出した。この憲法改正については強い異論もあり、帰趨が注目されていたが、憲法院が、この法改正を合憲と判断をしたところからオランダ大統領も憲法改正案を取り下げることになった。
 しかし、元老院(上院)は、政府による濫用を危惧して、国会によるコントロールを強化する決議をした。
 1789年に、「人及び市民の権利宣言」を発したフランスは、テロ攻撃にさらされて、人権よりも安全にギアチェンジしようとする圧力が強まる一方で、人権との折り合いをつけなければならないとブレーキをかける良識も未だ健在で、この綱引きのなかで、苦悩しているようだ。


ドイツ

 ドイツでは、ボン基本法(憲法)に、自然災害に対処する条項が置かれているが、これは、被害を受けた州は他の州や連邦の支援を要請できること、被害を受けた州が対処できないときは連邦が救援することを定めているに過ぎず、緊急事態条項には該当しない。
 また1968年に、戦争や内乱・騒擾に対して詳細を極めた緊急事態条項を定めたが、これは憲法を改正して再軍備をした後の選択であり、我が国には参考とはならない。それにしてもその規定ぶりは、防衛事態、緊迫事態等の事態認定を連邦議会の権限とし、人権制限も、職業選択の自由や人身の自由に対する最小限度の範囲に限定し、連邦憲法裁判所による司法審査も害されないなど、濫用防止に対する慎重な配慮がなされている。

イギリス、アメリカ

 イギリスやアメリカについては、martial law(「マーシャル・ロー」)なる不文の憲法律により国家緊急権の発動が認められていると言われるが、必ずしも当を得ていないように思われる。マーシャル・ローとは、軍法であり、一般に、戦乱もしくは事変に見舞われた地域において、軍司令官に一時的に当該地域の秩序維持の全権を委ねるというものと理解されている。そのようなものが、本当に、現在も認められているのであろうか。

 まず、イギリスの場合。20世紀初頭まで活躍したイギリスを代表する憲法学者アルバート・ヴェン・ダイシーは、その著書において、イギリスにおいては法の支配(立憲主義)が確立しており、包囲状態の下で秩序と公安を維持するために、通常はcivil powerに委ねられている権限を全面的に軍事当局に委ねるような不文律は認められていないと述べている。実際、第一次世界大戦時の国土防衛法以後、憲法の下位に立つ議会制定法により、緊急事態に対処してきており(現在は1964年制定の「緊急権法」と2000年制定のテロ防止対策法が適用される。)、立憲主義の停止という事態は生じていない。

 次にアメリカの場合。イギリスからの独立直後の戦乱期や南北戦争下において特定地域の治安維持を軍司令官に委ねた例はあるが、その後はない。憲法上、大統領は、軍の指揮権及び行政の執行権が認められ、法律の忠実執行義務が課されている。大統領はそれに付随して大統領令制定権が当然に認められている。その大統領の権限が、ある時期に広く解され、議会や司法と悶着を引き起こすこともあった。しかし、議会は立法権その他により大統領の権限をチェックし、司法は違憲審査権を行使することにより、立憲主義が貫かれてきたと言ってよい。特に大統領の軍指揮権を制約する「戦争権限法」(1973年制定)や過去の大統領令を整理し、新たに緊急事態を宣言する手続き定めるなど大統領の執行権を制約する国家緊急事態法(1976年制定)などは注目に値する。
(続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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