日米安保条約と集団的自衛権 (3)

安保条約第4条は次のように定めている。

「締約国は、この条約に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締約国の要請により協議する。」

もう一度引用するが、安保条約第5条1項は、以下のとおりである。

「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」

ここで、これらに照応する米韓相互防衛条約(以下「「米韓条約」という。」の条文を見てみることとする。

まず安保条約第4条に照応する米韓条約第2条
 
「締約国は、いずれか一方の締約国の政治的独立又は安全が外部からの武力攻撃によって脅かされているといずれか一方の締約国が認めたときはいつでも協議する。締約国は、この条約を実施しその目的を達成するため、単独に及び共同して、自助及び相互援助により、武力攻撃を阻止するための適当な手段を維持し発展させ、並びに協議と合意とによる適当な措置を執るものとする。」

次に安保条約第5条1項に照応する米韓条約第3条

「各締約国は、現在それぞれの行政的管理の下にある領域又はいずれか一方の締約国が他方の締約国の行政的管理の下に適法に置かれることになったものと今後認める領域における、いずれかの締約国に対する太平洋地域における武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」

安倍首相は、これを読み比べて、米韓条約では、韓国と米国は、それぞれ相互に、一方への攻撃に対して共同して対処することが合意されているではないか、その合意がなされていない安保条約には許容しがたい欠陥があると考えていることであろう。彼は、きっと、米韓条約は輝くばかりの存在、対して安保条約は濁ったうす汚れた存在、これでは日本は韓国にも劣る二流国ではないかと、こういう思いが募っているのだろう。地団太を踏んでいる姿が目に浮かぶようだ。

安倍首相は、何ものかにとりつかれたかのように集団的自衛権行使容認へと突っ走っている。それがこのような幼児的心的風景に根ざしていなければ幸いである。
それにしても客観的には、安倍首相の目論見は、事実上、安保条約を米韓条約に「引き上げる」ことを目ざしていることは否定できないところである。

しかし、私たちは忘れてはならない。

相互防衛をうたう米韓条約のもとで、韓国は、ベトナム戦争で、米軍支援のため延べ37万名、最高時には5万の兵士を南ベトナムに派兵し、死者4,968名、負傷者8,004名(2005年韓国国防部公表資料)の犠牲者を出したばかりか、数々の残虐行為、虐殺行為に手を染めてしまった。さらに近時では、イラク戦争において、当初600名規模の部隊を多国籍軍の一部として派遣し、その後米国からさらに大規模な派兵を要請され、2004年2月、イラク北部のクルド自治区に8000名規模のザイトゥーン部隊(イラク平和再建師団、)をイラク北部に派遣した。

安保条約に関しては、旧安保条約の時代から「巻き込まれる恐怖」と「見捨てられる恐怖」が語られてきた。長期保守政権は、米国に「見捨てられる恐怖」を軽減するために、一貫してプラクティスの場面で安保条約を強化することにより、米国の戦争に「巻き込まれる恐怖」のレベルを高めてきた。

今、安倍首相は、集団的自衛権行使に踏み込み、安保条約を「血の同盟」・米韓条約化することにより、米国に「見捨てられる恐怖」を払いのけ、米国の戦争に「巻き込まれる」ことを現実のものとしようとしているのだ。

                                     (了)
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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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