戦後憲法9条解釈論争・米国に尻尾をふった最高裁長官(その5)

 1959年11月初旬、田中長官が、「非公式の会談」(「内密の接触」というべきであろう。)で、マッカーサー大使に語ったことは、「評議の秘密」の漏えいであるばかりか、その中身においてもとんでもないことが含まれている。

 「評議の秘密」とは一般に「合議の秘密」と言われるが、裁判所法75条で、これを漏らしてはならないことが定められている。合議を主宰するのは裁判長である。このケースでは田中長官が裁判長を務めている。その裁判長自らが合議の秘密を洩らした、それも外国に、という前代未聞の事件が起きていた。田中長官は、発覚すれば懲戒処分(裁判所法49条)の対象になるし、訴追されれば弾劾裁判に対象にもなる筈であった。

 そもそも「合議の秘密」は、裁判官の職業倫理となっており、通常の裁判官はこれの保持に細心の神経を用いるもので、これを漏らすなどということはあり得ないことである。田中長官は、学者であり、また政治家であったが、既に最高裁での裁判官のキャリアを10年近く積んでいるのであるから、「合議の秘密」は絶対であることは当然理解し、身に染み着いていたことだろう。それでも漏らしたのは、確信犯というほかはない。
 
 田中長官が話したり仄めかしたりしたことの中身は驚くべきものである。手続き上の観点から判断をしようとする立場、法律上の観点から判断しようとする立場、憲法上の観点から判断しようとする立場に分かれているという合議の状況を明らかにし、憲法上の観点から判断で、できるだけまとめていく方針であることを仄めかしているのである。法服をまとった米国のエージェントとでも言うべきか。

 「裁判所はその超党派的な性格上、政府のような与党はもっていない。単に精神的要素だけに依存しているのである。一党一派の後援でなく、国民全体の支持を求めなければならぬ。一方、われわれ裁判官としては、裁判所の威信が法の支配の基礎条件であること、(中略)ためらうことなく裁判所の威信を擁護しなければならぬ。」

 これは、上記のマッカーサー大使との「内密の接触」のほぼ1ヶ月前のこと、全国の高裁長官、地・家裁所長を一同に集めた会議(裁判官会同)で、田中長官が垂れた訓示である。裁判所の威信を落とす行為を平然と行っていた本人の言葉とはとても考えられない。厚顔無恥も極まれり、ではないか。

 さてかくして、1959年12月16日、判決言い渡しの日を迎えた。これが、「安保法制懇」や高村自民党副総裁が持ち上げた砂川事件最高裁大法廷判決である。要約すると以下の理由で、伊達判決を取り消し、東京地裁に差し戻したのであった。

1 憲法9条は、戦争放棄、戦力不保持を謳っているが、主権国としての固有の自衛権を否定したものとは解されない。
2 この趣旨から、同条2項を考えると、いわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として、その戦力とはわが国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、わが国に駐留する外国軍隊は、これに該当しない。
3 日米安全保障条約は、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものであり、その内容が違憲かどうかの判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断に委ねるべきで、裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものである。
従って、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものである。
4 日米安保条約に基づくアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法9条、98条2項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。

 これは田中長官が、マッカーサー大使に示唆したように15人裁判官全員一致の判決である。そのかわり、非常にわかりづらい判決となっている。それは田中長官が苦労して行った工作の痕跡といってよいだろう。いわゆる統治行為論を唱えているようであるが、それであれば憲法判断回避となる。これが本筋だったように思われる。しかし、憲法判断はどうしても入れたい田中長官は猛然と奮闘したのであろう。典型的な統治行為論ではなく、特殊な行政・立法裁量論のようにして、「一見極めて明白に違憲無効」といえるかどうかの検討をする道をとって憲法判断に分け入っている。こうまでして憲法判断への執念を示す田中長官、もはや常人の域を超越しているというべきか。「安保法制懇」や高村自民党副総裁は、その常人の域を超えたレトリックに飛びついたのである。

 安保条約改訂への援護射撃をした田中長官。米国からその功績を高く評価されたことはいうまでもない。最高裁長官を定年退官した田中前長官は、1960年8月19日、ワシントンの国務省を訪問し、ディロン国務長官代理に挨拶のあとパースンズ国務次官補に会って国際司法裁判所判事への立候補を表明した。パースンズは、「あらゆる考慮を払う」と応じた。田中前長官が国際司法裁判所判事に当選したのは同年11月16日。米国の影響力によるものであったことは言うまでもない。
 これがこの連載のはじめに保留しておいた論功行賞である。なんと田中氏は、商魂たくましき商売人でもあったようだ。あな、あさましや。
                                     (了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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