スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

米国に見る平和主義の実践

 9.11事件の直後、米国は、アフガニスタンのタリバン政権に対し、ウサマ・ビン・ラーディンらアル・カーイダのメンバー引渡しを要求したが、同政権はこれに応じなかった。そこで、2001年10月7日、米国を中心とした有志連合諸国は、アフガニスタン空爆を開始した。NATOは、集団自衛権を発動し、この空爆を支援した。こうした中、同年11月13日、米軍の支援を受けた北部同盟軍が首都カブールを制圧し、タリバン政権は崩壊した。

 この時期、報復戦争熱に沸き立つ米国にあって、同年10月16日、米国・カリフォルニア州バークリー市議会は、アフガニスタンへの空爆を停止することを求める下記決議を、採択した。

(バークリー市議会決議)

 2001年9月11日の数千人の大量殺害を糾弾する。この悲劇によりニューヨーク・ワシントン・ペンシルバニアで罪のない多数の人が殺害されたことことに深く追悼の意を表し、警察・消防署・市・州・連邦の勇敢な救命の努力に、敬意を表し、支援する。
 我々の代表者が、ただちに空爆を停止し、アフガニスタンの罪のない人々の命を危うくすることをやめ、米国の兵士への生命リスクをなくし、暴力の連鎖を断ち切ることを求める。
 我々の代表者が、国際社会とともに、先月のテロを共謀した人々を処罰するために、あらゆる努力をすることを求める。
 我々の代表者が、あらゆる国々の政府と協力して、テロリズムの温床となる貧困・飢餓・疫病・圧政・隷属といった状況を克服するために、最大限の努力をすることを求める。
 5年以内に、中東の石油への依存を減らし、太陽パワーや燃料電池などの持続可能なエネルギーへの転換をめざすキャンペーンに、国全体で取り組むことを要請する。

 バークリー市議会は、日本国憲法前文及び9条から導かれる武力によらない平和、平和主義を実践しようとしたと云える。テロに対して武力をもって対抗する道を進むのではなく、国際社会の一致した協力により、法の支配を確立し、テロの温床となる貧困・飢餓・疫病・圧政・隷属を克服しよう、また中東の石油への過度な依存は、中東への合理的かつ公正な対応を不可能にしてしまう、だから再生可能エネルギーへの転換をめざそう、こう云っているのである。。

 一方、中東からの石油輸送のシー・レーン確保を数ある目的のうちの一つに数え上げて、集団的自衛権を行使する道を切り開こうとするわが国政府の志向は、これとは逆に武力による「平和」を求めることによって日本国憲法前文と9条をないがしろにするものである。

 「軍事的安全保障を平和の前提と信じ込む“思考の惰性”は、政治的安全を平和の内容の一部にとりいれる健康な思考様式にきりかえられなければならない。憲法の平和主義が原理として主張しているのは、このような健康な思考様式である。・・・・憲法の平和主義は、軍備のもたらす自殺過程のほうに賭けるよりも、政治的安全のもたらしかねない危険過程のほうに賭けている。軍備のもたらす自殺過程は証明済みであると判断し、政治的安全のもたらしかねない危険過程は、未来にむかっての自己実験であると判断するのである。政治的指導者はもちろん、われわれ国民も、このパスカル的賭けの意味を充分深くほりさげて、自覚する必要があるであろう。」(久野収『平和の論理と戦争の論理』岩波書店)

 わが国は、「攻められたらどうするのだ」、「攻められないためには抑止力を持たねばならない」と声高に叫ぶ「現実主義者」たちに振り回されてきたし、現在も、振り回されている。だが、それは証明済みの「自殺過程」なのだ。
 憲法前文と9条は、法の支配の貫徹と構造的暴力の根絶のための国際協力という政治による安全保障をこそ、「抑止力論」のオルタナティブとして提示している。これは魅力ある実験であり、そこに人類の未来がある。 (了)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。