「日本が、アメリカ軍に駐留して欲しいと頼み込んだ」

 当ブログの10月23日欄に、安保条約に基づく「日米地位協定」のことを少し書いたので、以下はその続きとしてお読み頂きたい。

 「日米地位協定」は安保条約に基づきわが国に駐留する米軍の活動の自由と特権及び基地と訓練区域の完全自由使用権、並びに米軍構成員、軍属及びそれらの家族の特権を保障するもので、安保条約の不平等性を一層際立たせ、具体化する内容となっている。
 「日米地位協定」は旧安保条約下における「日米行政協定」と比べると、国会で承認を得た点が違うだけのことで、その他はほとんど何もかわっていない。鰹節と「のし」をつけた鰹節の違いだ。つまり「日米地位協定」の不平等条項は、「日米行政協定」由来のものといってよい。

 旧安保条約の前文には、「・・・日本国はその防衛のための暫定措置として、日本国に対する攻撃を阻止するため日本国内及びその付近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する」という一文が入っている。

 この一文こそ旧安保条約と行政協定に始まり、現在の安保条約と地位協定に至る不平等性を見事に示しているのである。ひらたく言うと日本が駐留して欲しいと頼み込んだのだから、米軍及び米軍構成員・軍属・その家族の特権が保障されて当然だというのである。

 条約の文言上のことはともかく、日本が、アメリカ軍に駐留して欲しいと頼み込んだという事実は、歴史的事実として、本当にあったことなのだろうか。残念ながら本当にあったことなのだ。

 1947年5月6日、昭和天皇とマッカーサーとの第4回目の会見において、昭和天皇は次のように発言をしたのである。

 「国連が極東委員会の如きものあることは困ると思います」(極東委員会は連合国の対日占領政策を調整・決定する機関であるが、ソ連も加わっていたので機能不全の状態であった。昭和天皇は国連も同様になることを懸念したのだろう。)
「日本の安全保障を図るためには、アングロサクソンの代表者である米国が其のイニシアティブを執ることを要するのでありまして、此のため元帥のご支援を期待しております」

 この発言がどのような回路を経てそうなったのかは、解明されていないが、戦後日本人閣僚としては最初に米国を訪問した池田勇人蔵相が、1950年4月25日、米国の地を踏んだとき、吉田茂首相から託された一通の書簡を所持していた。

 「日本政府はできるだけ早い機会に講和条約を結ぶことを希望する。そしてこのような講和条約ができても、おそらくはそれ以後の日本及びアジア地域の安全を保障するために、アメリカの軍隊を日本に駐留させる必要があるであろうが、もしアメリカ側からそのような希望を申し出にくいならば、日本政府としては、日本側からそれをオファするような持ち出し方をしてもよい」

 この書簡は会談相手のジョセフ・ドッジに手渡された。勿論、米国国務省にも回覧されたであろう。

 しかし、その後、吉田首相の方針はゆらぐ。国連の決議に基づいた国連軍の派遣もしくは米軍駐留という国連の枠をかませる方式案や日本・朝鮮の非武装などを基礎とした北太平洋安全保障条約案(これは非武装中立構想である)などを外務省条約局に検討させるのである。

 1951年1月、講和条約とその後の日米関係取り決めの交渉のために来日したジョン・F・ダレスとの会談が始まると、吉田首相は、上記の案は持ち出さず、「国の安全は、その国民自らによって守られねばならないものである。敗戦後の日本は、不幸にして、自己のみに依存することはできない状態にある」、「日本は、対外的には国際連合あるいは米国との協力(駐兵のごとき)によって国の安全を確保したい」との見解を示すに至ったのであった。

 これは、外交交渉用語の「エレガントな修飾」をひっぱがせば、日本が、アメリカ軍に駐留して欲しいと頼み込んだことを意味している。当時の西村熊雄外務省条約局長は、米国が日本の基地を必要としていることも事実であるから、「五分の論理」だと述べたが、この正論は消し飛んでしまった。

 一体、吉田首相のこのような卑屈な態度はどこから来たのであろうか。当時、昭和天皇が、ダレスへの直接の働きかけをしていたことが指摘されている。昭和天皇は、自ら、米軍駐留を望んでいたことも上記のとおりである。吉田首相は、昭和天皇を崇拝し、自らを「臣・茂」と呼称したほどである。

 昭和天皇の影がちらついている。沖縄には、その影がひときわ強く、長く尾を引いているようだ。  (了)

※参照 豊下楢彦『安保条約の成立―吉田外交と天皇外交―』(岩波新書)
     古関彰一『「平和国家」日本の再検討』(岩波現代文庫) 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR