このようにして財界の政治支配は確立された

 わが国の戦後政治史において、米国の対日政策がわが国の政治に決定的影響を及ぼしてきたことはいうまでもないことである。とりわけ占領下においては、米軍を主体とするGHQの権力は絶対的であったから、そのことは顕著であった。

 占領初期には、米国の対日政策は、米英ソ中が協調のシンボルともいうべきポツダム宣言に基づいて、わが国を徹底的に改革することに主眼が置かれた。軍国主義の一掃と軍事力の徹底的解体、政治、経済、社会の徹底的民主化、超国家思想・神道・天皇崇拝の打破と基本的人権の確立などやつぎばやに推し進められた。これらはわが国指導層や一般国民から、ほとんど反発、抵抗を招くことなく、むしろ歓迎されたといってもよい。

 1947年3月、トルーマン米大統領は、米国両院合同会議で、「最近、世界の多くの国の国民が己の意に反して全体主義体制を強制された。ポーランド、ルーマニア、そしてブルガリアにおける、ヤルタ協定違反の強制と脅迫に対し、合衆国はたびたび抗議してきた。他の多くの国においても同様の事態が起こっていることを、私は述べておかねばならない。」と、ソ連を激しく非難し、共産主義者勢力との内戦状態にあるギリシャとその隣国のトルコへの軍事援助を実施することを発表し、ソ連との対決路線を鮮明にした(「トルーマン・ドクトリン」)。

 これがソ連封じ込め・冷戦政策への転換の狼煙であった。この前後ころから米国の対日占領政策に変化の兆しが表れはじめたが、その転換がはっきりと示されるようになったのは、1948年10月、第二次吉田内閣成立のころからと見てよいだろう。吉田は、米国の冷戦政策の忠実な追随者であった。

 米国は、まずポツダム宣言に基づいてわが国を改革するという目標はほぼ達成されたとして、わが国の経済復興に重点を置くようになる。もっとも、この点は、実業界から陸軍次官に就任したウィリアム・ドレーパーが、既に1947年9月に来日した際に、占領目的を「改革」から日本の経済的自立化へと転換するべきだと述べているので、その前後から徐々に進んできており、第二次吉田内閣期において一気に加速されたと見るべきであろう。
 それが最も明確な姿をとって見せたものが、いわゆるドッジラインである。

 ドッジラインで知られるジョゼフ・ドッジは、デトロイト銀行の頭取であったが、トルーマン大統領からその手腕を見込まれて、日本経済の復興の指南役に抜擢された。ドッジは、早速、日本経済の復興策として、経済安定九原則を策定し、1948年12月、GHQを通じて日本政府に示された。経済安定九原則とは以下のとおりである。

① 歳出の削減による均衡予算の達成
② 徴税の強化
③ 金融機関による融資抑制
④ 賃金安定計画の立案
⑤ 物価統制の強化
⑥ 外国貿易・為替の統制強化
⑦ 配給制度の効率化
⑧ 国産原料・製品の増産
⑨ 食料統制の効率化

 ドッジは、1949年3月、来日し、GHQ経済顧問の資格で、日本政府に対し、経済安定九原則の実施を指示・指導した。ドッジは来日時の記者会見で「日本の経済は両足を地につけていず、 竹馬にのっているようなものだ。 竹馬の片足は米国の援助、他方は国内的な補助金の機構である。 竹馬の足をあまり高くしすぎると転んで首を折る危険がある。」と述べたが、日本政府に迫ったのは第一に予算均衡・健全財政の実現、第二に各種補助金の全廃、第三に復興金融公庫の新規貸し出し全廃で、まさに有言実行であった。

 ドッジラインにより、資金繰りが困難になった多くの企業が整理され、行政機関職員定員法の厳格な実施がなされ、多数の民間労働者、官公労働者が首切りされた。これにより労働争議が頻発した。不景気と下山事件、三鷹事件、松川事件などが続き、社会不安が亢進した。

 しかし、その厳しい時期が過ぎると、既に、GHQ、政府、資本の総力をあげた弾圧・攻撃、レッドパージと労使協調派の育成により労働組合の力は著しく弱体化し、その一方で日本経済は確実に復興を遂げ、財界は自信と力を取り戻した。その延長線上に、1950年6月に勃発した朝鮮戦争は、朝鮮特需を呼び、日本経済と財界は疾風怒濤の時代を向かえた。

 こうして自信と経済的力を取り戻した財界は、日本の政治を左右する力をも回復した。吉田政権期は、今日に至る財界の政治支配確立の濫觴であった。

 1951年1月25日、財界8団体(経団連、日経連、日本商工会議所、経済同友会、日本産業協議会、金融団体協議会、日本貿易会、日本中小企業連名)は、来日中の米国特使ジョン・フォスター・ダレスに対し、政府を飛び越えて、以下のごとき「講和条約に関する基本的要望書」を提出した。

(1)確固たる国連の集団的安全保障を与えられたい。
(2)集団的安全保障が確立するまで米国が日本をあくまで防衛することを確約されたい。(3)なお、それまで日米相互の協定による米国軍の駐兵を希望し、そのために必要な基地は提供する。
(4)日本として国土防衛に必要な最小限度の防衛組織を樹立する用意がある。ただし装備については米国の強力な援助を待ちたい。
(5)防衛組織は日本側の完全に自主的な機構とする。

 吉田政権が、ためらいつつ試行錯誤繰り返していたことを、ズバッとダレスに要望し、吉田政権を引っ張って行ったのである。財界による政治支配確立の嚆矢といってよいだろう。(了)
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Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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