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沖縄返還密約情報公開訴訟一審判決

 当ブログの昨年11月9日付記事で、沖縄返還密約情報公開訴訟について昨年7月14日、最高裁第二小法廷(千葉勝美裁判長)が下した判決について、以下のとおり論評した。

 判決は、「開示請求の対象とされた行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、その取消を求める者が、当該不開示決定時に当該行政機関が当該行政文書を保有していたことについて主張立証責任を負うものと解するのが相当である」との理由で、当該不開示決定を適法と判断した。

 しかし、当該文書は、1972年の沖縄返還当時には確かに作成され、外務省その他の政府機関が保管をしていたことまでは証明されている。そうすると上記のツワネ原則(注:ある文書・記録が保管・収集・作成されたことが明白である場合、現在本当に存在しないとしても当該機関は適正にこれを回復又は再構築する義務があることを定めたツワネ原則21)に従えば、外務省その他の政府機関は、当該文書が現在本当に存在しないならば「回復又は再構築」しなければならないことになるのだから、開示請求者側で、当該文書が現在も存在することを立証する必要などさらさらなく、裁判所は安心して開示請求を認容する判決をすればよいということなる。

 上記は、ツワネ原則の先駆性と妥当性を示す例として取り上げたのであって、残念ながらその趣旨に沿って情報公開法の改正がなされない限り、裁判所に採用されることはあり得ないだろう。

 しかし、実は、同訴訟の一審判決(東京地裁2010年2月16日判決)は、事案を深く洞察し、厳密な論理を用いて、これに近い結論を導いている。

 当該行政文書が、「現に」存在することを立証する責任は、開示請求者たる原告側にあるということは、上記最高裁も述べるとおり、裁判実務上は動かしえない考え方である。外務省側が「現に」存在することを否定する以上、原告側には実際問題として「現に」存在することを立証することは不可能だ。 従って当該行政文書が「現に」存在するかどうかは真偽不明ということになり、立証責任を負う原告側が敗訴する。

 上記最高裁判決は、その動かしえない考え方を、平板に、凡庸に、本事案に適用したのである。もっともこの判決をリードしたと思われる千葉勝美裁判長は、民事裁判官出身であり、その俊才ぶりは音に聞こえる人、決して平板、凡庸な人ではない。しかし、いかに有能でも権力の中枢に近づくと鈍るものだ。彼は、原告らを敗訴させることを相当と考え、敢えて平板、凡庸に徹したのであろう。

 一審判決は、本事案を深く洞察している。担当裁判官らは、権力のプレッシャーからのびのびと、徹底的に事案の適正、妥当な解決のために努力をした。その結果、立証責任を平板、凡庸に適用する愚を免れることができた。その論旨は以下に見るとおりである。

・ 情報公開法3条が規定する行政文書の開示請求権が発生するためには、行政機関において当該文書を保有していることが必要であり、したがって、行政機関が文書を保有していることは、当該行政文書の開示請求権発生の要件ということができる。
・ 開示請求の対象である行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、同訴訟の原告である開示請求者が当該行政文書を保有していることについての主張立証責任を負うと解するのが相当である。
・ もっとも、取消訴訟の原告である開示請求者は、不開示決定において行政機関が保有していないとされた行政文書に係る当該行政機関の管理状況を直接確認する権限を有するものではないから、上記立証責任を果たすため、基本的には①過去のある時点において、当該行政機関の職員が当該行政文書を職務上作成し、又は取得し、当該行政機関がこれを保有するに至り、②その状態がその後も継続していることを主張立証するほかないことになる。
・ 当該行政文書が、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして一定水準以上の管理体制に置かれることを考慮すれば、原告である開示請求者において上記①を主張立証した場合には、上記②が事実上推認され、被告において、当該行政文書が上記不開示決定の時点までに廃棄、移管等されたことによってその保有が失われたことを主張立証しない限り、当該行政機関は上記不開示決定の時点においても当該文書を保有していたものと推認されるものというべきである。

 一審判決は、このような論理により事実上立証責任を一部転換し、原告側の立証責任の負担を軽減したのである。その結果、本件においては上記①が立証されている、しかし被告において不開示決定までに当該行政文書が廃棄、移管等されたことによってその保有が失われたことを主張立証していないとして、原告側の請求を認容したのであった。

 一審判決と最高裁判決、格調の高さ、内容の妥当性、国民への説得力、いずれの点においても、私は一審判決に軍配をあげる。わが国では一審判決こそ最高裁判決とするべきだというケースが存外多いものだ。(了)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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