沖縄は「自己決定権の確立」を模索している

 昨年10月18日、10月19日と続けて、当ブログにおいて、わが国政府の沖縄に対する理不尽な措置について、論評した。

 1回目は、明治政府が行った琉球処分。これは、沖縄を住民の意思を無視してわが国に併合したものであり、沖縄に対する侵略であった。
 http://tofuka01.blog.fc2.com/blog-entry-161.html


 2回目は、戦後における第二の琉球処分。これは、沖縄をわが国から切り離し、米国の統治に委ねつつ、名目上のみ主権を留保して紐をつけておくという姑息な措置であった。
 http://tofuka01.blog.fc2.com/blog-entry-160.html

 沖縄は、アジア太平洋戦争下、本土の盾としてわが国唯一の地上戦の戦場とされ、壊滅的な犠牲をこうむり、さらにはソ連を介した和平工作において捨石として利用されようとし、その上戦後ずっと米軍基地を殆ど一手に引き受けさせられ、本土の防波堤の役割を担わされてきた。
 このような理不尽かつ不当な扱いで煮え湯を飲まされ続けたにもかかわらず、沖縄の人たちは、一度は、日本を祖国として選び、祖国復帰の闘いに一致して取り組み、形の上では、日本への復帰を成し遂げた。だが、日本への復帰によって、沖縄の人たちは、何らやすらぎを得ることはできなかった。

 1995年9月、三人の米兵による少女暴行事件によって、沖縄では、米軍基地整理縮小を求める声が津々浦々に沸き起こった。時の大田昌秀知事のもとで、史上空前の大運動が展開された。この大運動は、1996年4月、日米政府間において、普天間基地の返還・名護市辺野古沖への移設の合意により、一旦収束をみた。

 しかし、普天間基地の辺野古移設は、沖縄の人たちにとっては、到底、受け入れがたいものであり、その後、日米政府を揺さぶり続ける震源地となっている。日米政府は揺れ続けている。中でも日本政府の振幅の激しさと異常性は、沖縄の人々の怒りを沸点にまで高めている。そして今や、沖縄の人たちは、一度は選び取った祖国日本が、それに値するかどうか、そのことを深く考え始めている。

 沖縄の地元紙、沖縄タイムスは、昨年8月から9月にかけて歴代基地担当記者9名による『普天間基地の本質』と題する特集記事を連載した。その中で、「自己決定権の確立」なる言葉を用いて、沖縄の新しいスタートを語っている。同じく地元紙、琉球新報も、昨年5月連載した『道標(しるべ)求めて-琉米条約百六十年 主権を問う』の中で、「日本国への併合後も沖縄住民への差別や人権が無視される状況が続き、そのたびに自治権拡大や自立論、独立論など、沖縄の『主権』を追及する主張が叫ばれてきた。沖縄が目指すべき『主権』やその実現への道筋を考える上で、条約をめぐる歴史から学ぶ教訓は多い。歴史は今の沖縄に何を語りかけるのか、現在の視点から歴史を捉えなおし、沖縄が歩むべき将来像を探る」と書いている。
(仲里効『南のエッジから日本を揺さぶる変革の波(下)』世界2014年12月号より)

 沖縄の人たちは、真剣に、自らの将来を見定めようとしている。そんなところに次のニュースが舞い込んだ。

【2014年9月13日 11時12分配信の沖縄タイムス・デジタルニュース】

 「米元副大統領で、クリントン政権下で駐日米大使を務めたウォルター・モンデール氏が1995年当時、米軍普天間飛行場の返還交渉で、日本側が在沖縄米海兵隊の駐留継続を望んでいたと述べていたことが12日までに分かった。同年に発生した少女暴行事件の重大性を米側が認識し、海兵隊の撤退も視野に検討していたが、日本側が拒否し、県内移設を前提に交渉を進めていたことになる。

 モンデール氏の発言は米国務省付属機関が2004年4月27日にインタビューした口述記録に記載。1995年の少女暴行事件について「県民の怒りは当然で私も共有していた」と述べ、「数日のうちに、問題は事件だけではなく、米兵は沖縄から撤退すべきかどうか、少なくともプレゼンスを大幅削減すべきかどうか、米兵の起訴に関するガイドラインを変更すべきかどうかといったものにまで及んでいった」と回顧している。

 その上で「彼ら(日本政府)はわれわれ(在沖海兵隊)を沖縄から追い出したくなかった」と指摘し、沖縄の海兵隊を維持することを前提に協議し、「日本政府の希望通りの結果となった」と交渉過程を振り返った。交渉相手として橋本龍太郎首相(当時)と河野洋平外相(同)の名前を挙げているが、両氏の具体的な発言は入っていない。

 当時、ペリー国防長官は米議会で「日本の全ての提案を検討する」と発言。ナイ国防次官補(当時)も「兵力の本土移転も含む」と述べるなど日本側が希望した場合は本土移転も検討する意向を示していた。」

 なんと米国は現在のような規模の沖縄基地の存続には何ら固執していなかったというのだ。現状規模の米軍のプレゼンスを望んでいたのは日本政府だったのである。冷戦終結後の、米軍再編成、世界的規模での米軍のプレゼンスの縮小という流れの中で、みたび琉球処分が行われたのだ。仏の顔も三度までという。沖縄の人たちの意識において、本土離れは確実に進むであろう。

 辺野古では、連日激しい抵抗が繰り返されている。日本政府は、これを圧殺しようとしている。顧みて、私は、一度は日本を祖国として選んだ沖縄の人たちを同胞として遇するに果たしてどれだけのことをしてきたであろうか、恥じ入るばかりである。 (了)
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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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