ここにもいた安倍政権ベッタリの高坂門下生 (上)

(はじめに)

  9月22日付朝日新聞に国際政治学者の中西寛氏(京都大学法学部教授)のインタビュー記事が掲載された。タイトルには『国の安全を守るには』とある。
 私は、安保法は、国会(国家)レベルでは成立したが、国民(市民社会)で成立していない、市民社会と国家が乖離したときには国家は市民社会に回収され、矛盾の解消に向かうと考える。市民社会はこれを実践しなければならない。その意味で、日本共産党が、脱皮し、市民社会の実践の有力な一翼を担うことを宣言したことを歓迎するものである。
 その立場から見ると、中西氏のインタビュー記事は、市民社会の実践に冷水を浴びせかけようとするものであり黙過できない。そこで、以下反論を加えることとする。少し長くなるので、2回に分けて載せることとする。

(中西氏の立ち位置)

 中西氏は、直前2回にわたって当ブログにご登壇頂いた坂元一哉氏と同じく故高坂正堯氏に師事した高坂門下生である。中西氏は、坂元氏より6歳ほど年下であるが、1991年、博士課程在学中に師に認められ、中途で退学、京都大学法学部助教授となり、その後、師の後釜におさまっているところを見ると、高坂門下生のエースと言ってよいだろう。

 周知のとおり、高坂氏は現実主義者をもって任じていた。現実主義者というのは、転変する政治的現実に応じて時の政権の政策をもっともらしく説明することを得意技とする人たちのことだと私は理解している。

 高坂氏は、1964年に書いた論文『海洋国家日本の構想』において、以下のように論じていた。

日本独自の軍備について

① 現在保有している程度のかなり強力な空軍を持つ。
② 陸軍については、強力な師団は二個師程度にとどめ、それは国連軍に転用するものとする。
③ 海軍については、日本の周囲の海において行われる可能性のあるゲリラ活動を鎮圧しうる程度のものでよい。

米国との関係について

① 日本本土の米軍基地はすべて引き揚げてもらう。
② 海軍基地は必要であるがそれは日本本土に置く必要がなく、またそうでないほうがよい。
③ 日米条約は安保条約のようなものではなく、ソ連とフィンランドの条約、即ちソ連はフィンランドの中立を認めてその地位を保障する、必要に応じて軍事協議を行う、を参考にするべきである。

 この論文は池田政権末期に書かれたものであるが、安保体制を、対米従属でかつ米国の戦争に巻き込まれる危険な体制と批判する強固な非武装中立勢力と、安保・防衛問題を奥座敷に丁重にまつり上げつつ経済を重視し、アジア、とりわけ中国との関係を見据えた自主外交にかじ取りをしていた池田政権期において、危なげない安全保障政策論を説いたものとみてよいだろう。

 その後、高坂氏は、1983年、中曽根首相の私的諮問機関「平和問題研究会」で座長に就任し、防衛費1%枠見直しと、当時の防衛力整備の理論的根拠とされ、専守防衛論の拠り所となっていた基盤的防衛力の見直しの提言をとりまとめている。この報告書においては、日米防衛協力の強化、水際撃滅思想から洋上撃滅思想への転換、有事法制の研究の推進、三自衛隊の統合的運用なども提唱されている。論文『海洋国家日本の構想』に見られた高坂氏の姿は、もはや影も形も見られない。

 坂元氏も中西氏も、かの安倍首相の私的諮問機関「安保法制懇」の有力メンバーとして、政権にコミットすることにより、おおいに師の薫陶に応えようとしている。現実主義者の系譜は脈打ち、健在であった。

(「安全保障環境の変化」その1)

 さて、冒頭のインタビュー記事に戻ろう。中西氏は、わが国はこれまで50年間隔くらいで「安全保障環境の変化」に直面してきたと言う。西洋列強がわが国に開国と通商をせまってきた幕末期。19世紀末の帝国主義の時代に西洋列強に伍して植民地帝国を建設した戦前期。敗戦後、米国に安全保障を依存して平和を享受した戦後期。そして現在。

 複雑な国際政治の諸事象を、「安全保障環境の変化」などという切り口で整理するのは、いささか単純化のし過ぎのように思われるが、現実主義者とはこういう割り切りをするものなのだろう。

 中西氏は、現在の安全保障環境の変化について、次のように説明する。

 「二つの変化が同時に起きています。」
 「一つは、米国が圧倒的な力で秩序をつくっていた時代が終わりつつあるということ。世界は多極化し、グローバル化しています。日米同盟の軸は変わらないとしても、どう役割分担をするか模索していく必要があります。」
 「もう一つは、中国の台頭。むしろ再台頭といったほうがいいかもしれません。いまの中国の態度を見ると、『我々はかつてアジアの指導国であった。朝貢を受ける国であった』という自己イメージが反映しているように見えます。」
 「この二つにどう折り合いをつけるか、そんな模索がこれから20~30年にわたって続くのではないでしょうか。今回の安全保障関連法制も、そうした大きな流れのなかで見る必要があります。・・・個別にみるといろいろ議論すべき点はあったと思いますが、大枠としては正しい方向です。」

 中西氏は、現在わが国が直面する「安全保障環境の変化」とは、米国の力の減退と中国の台頭だと言うのである。

 ところで中西氏も参画した2014年5月15日付安保法制懇報告書は、現在の「安全保障環境の変化」として、以下の項目をあげていた。

① 技術の進歩と脅威やリスクの変化
② 国家間のパワーバランスの変化
③ 日米関係の深化と拡大
④ 地域における多国間安全保障協力等の枠組みの動き
⑤ 国際社会全体が対応しなければならない深刻な事案の発生が増えていること
⑥ 自衛隊の国際社会における活動実績とその役割の増大

 これらについて、私は以前、当ブログで以下のように批判した。
 
 「①に関して言えば、戦後69年間、これらは一貫して激しく変化し続けてきた。その中でも、核兵器の大量保持と運搬手段の飛躍的発達、核拡散、正面衝突を回避しつつ展開された米ソの覇権争いと地域紛争への積極的介入、通常兵器の精度・性能と破壊力の向上させる開発競争、熾烈な諜報・情報戦争、宇宙空間の軍事的利用の研究・開発、ありとあらゆる点において冷戦時代にこそ、これらは際立っていた。
 ②について、パワーバランスの変化の担い手は、中国、インド、ロシア等だと報告書は述べている。ただ具体的な説明がされているのは中国だけであるから、中国こそパワーバランスの変化に主たるアクターだと言うのであろう。確かに、中国の軍事的膨張主義は、わが国にとっては重要な課題である。しかし、米国に一切触れないのは片手落ちだろう。米国の動向こそ、依然として世界の緊張の原動力である。それにしても米ソの冷戦構造の時代は米ソのパワーバランスの変化に世界が振り回された。それと比べると個別国家のパワーバランスよりも、国連や地域的機構の安全保障、平和維持の役割が格段と重要視されるようになっていることは、④、⑤で取り上げられているとおりである。
 ③は、わが国歴代自民党政権がとってきた米国一辺倒の外交政策の結果であって、多角的、東アジア重視の外交姿勢に転ずれば、日米軍事同盟体制は相対的に重要性を減ずることになる。
 ④は、安全保障環境の厳しさを緩和する要因となる。
 ⑤について。冷戦終結後、地域紛争は、冷戦時代とは異なる形をとり、異なる原因で発生するようになった。そのため冷戦時代には無力であった国連が、その本来の役割を果たせる機会が増えたということである。
 ⑥について。これは、9条に関する政府見解二本柱によって、海外派兵、海外での武力行使に歯止めがかけられてきたから言えること。その歯止めがあったればこそ、自衛隊は、海外で武力行使をせず、戦闘により一人も殺されず、一人も殺してこなかった。非武装の自衛隊が、海外で平和維持活動、災害救助活動、民生活動をすることにより自衛隊は一層高く評価されることになる。」

 (「安保法制懇報告書を読む(6)」 http://tofuka01.blog.fc2.com/blog-entry-89.htmlより引用)

 これにより「安全保障環境の変化」論を十分に論駁できているだろう。

 中西氏は、安保法制懇報告書で、現在の「安全保障環境の変化」としてあげられた①から⑥のうち、②のみを切り分け、それを、一方では中国の台頭をカリカチュア化し、他方では同報告書で一言も触れられていなかった米国の力の減退をクローズアップしてみせて、脚色している。だが、そのことにより「安全保障環境の変化」論は、極めて恣意的・主観的なものであり、結局は、米国の肩代わりの推進という一点に収斂するものであることが明白なものとなった。
                  (続く)
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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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