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緊急事態条項と憲法9条・立憲主義(2)

緊急事態条項は立憲主義に背馳する

  緊急事態条項とは、以下のように定義される国家緊急権を定めた憲法の条項のことである。

  国家緊急権・・・「戦争・内乱・恐慌ないし大規模な自然災害など、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家権力が、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序(人権の保障と権力分立)を一時停止して、非常措置をとる権限」(芦部信喜『憲法学Ⅰ 憲法総論』有斐閣)

  要するに緊急事態条項とは、非常事態を理由として、「一時」とはいえ立憲主義を否定することを定める憲法の条項だと言ってよい。ここに、緊急事態条項をめぐる根本的な矛盾がある。

 さて、そこで立憲主義とは何か、考えてみることとする。その前に、少し脱線するが、よもやま話を一つ。

 昨年、「法的安定性は関係ない。我が国を守るために必要な論理かどうかを気にしないといけない」と発言し、首相補佐官を更迭された磯崎陽輔氏も、「私は、芦部信喜先生に憲法を習いましたが、そんな言葉は聞いたことがありません。いつからの学説でしょうか?」とツィッター上でつぶやいたことがある。
磯崎氏は、憲法をまじめに勉強しなかったのだなと思っていたら、最近、次の記事を目にして愕然とした。

 5月17日付朝日新聞朝刊の記事(田村理・明治大学准教授の話)
  
「戦後、人びとが立憲主義的な観点を欠いたまま日本国憲法を受け入れてきたことは間違いありません。典型が1947年に当時の文部省が中学生用の教科書として発行した『あたらしい憲法のはなし』です。長年護憲のバイブルのように扱われてきましたが、立憲主義的な記述はほとんどありません。逆に『みなさんは、国民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守っていかなければなりません』とあります。
 そうだそうだと思ったら、その時点で間違っています。憲法を守る義務があるのは政治家や公務員であり、一般の国民ではありません。この記述は、立憲主義とは相いれないものです。
 近年、言葉として知られてきたとはいえ、中身が広く理解されたかというと疑問です。」

 田村准教授は、立憲主義の重要性を説いているのだが、この主張には、首をかしげざるを得ない。

 『あたらしい憲法のはなし』4頁に以下の記述がある。

 「あたらしい憲法は、国民全体でつくったということになるのです。みなさんも日本国民のひとりです、そうすれば、この憲法は、みなさんのつくったものです。みなさんは、じぶんでつくったものをだいじになさるでしょう。こんどの憲法は、みなさんをふくめた国民全体のつくったものであり、国でいちばん大事な規則であるとすれば、みなさんは、国民のひとりとしてこの憲法をまもってゆかなければなりません。」

 また53頁には以下の記述がある。

 「憲法は、国の最高法規ですから、この憲法できめられてあることにあわないものは法律でも、命令でも、なんでも、いっさい規則としての力がありません。これも憲法がはっきりきめています。このように大事な憲法は、天皇陛下もこれをお守りになりますし、国務大臣も、国会の議員も、裁判官も、みなこれを守ってゆく義務があるのです。」

『あたらしい憲法のはなし』は復刻版が出ており、容易に入手できるので、現物にあたって、是非、確かめて頂きたい。『あたらしい憲法のはなし』は、天皇、国務大臣、国会議員、裁判官はこの憲法を守る義務がある、国民はこの憲法をだいじに護ってゆかなければならないことを説いているのである。これは、今日の憲法学の水準からも高く評価できる。

 では立憲主義とは何か。本題に入ることとする。 (続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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