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緊急事態条項と憲法9条・立憲主義(12)

平和主義と自衛権(その7)

安倍政権の暴走

 戦後、保守政権の下で打ち立てられた「自衛権行使三要件論」と「自衛のための必要最小限度論」を二本柱とする9条解釈の現実的な役割は、専守防衛と海外派兵禁止により自衛隊が武力行使できる局面をミニマムに押さえ込み、交戦権否認とあいまって、自衛隊に普通の国に軍隊とは異なる半軍隊の地位に押しとどめてきた。その意味で、なお9条の趣旨は生かされてきたと言えるのである。
 しかしながら、安倍政権は、2014年7月1日の閣議決定によって、従来の「自衛権行使三要件」に変えて、「武力行使新三要件」を打ち出し、2015年9月、安保関連法を強行成立させることにより、自衛隊を普通の国の軍隊へと一気に昇華させてしまった。

注:「武力行使新三要件」
① 我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合であること
② これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
③ 必要最小限度の実力を行使すること


 思えば、戦後わが国は、集団的安全保障と個別国家の戦争・武力行使の全面禁止を追求するフロンティアを走ってきたのだ。しかるに、安倍政権の暴走により、わが国は、9条のない普通の国々の軍事力によるパワーポリティクスの修羅場に押し戻されようとしている。

されどわが9条

 わが9条は、世界に先駆けて戦力不保持を謳い、交戦権を否認した。よもやこの9条の下で、自衛のための戦争・武力行使が許容されるとはこの憲法制定を主導した人たちは予想もしなかったことであろうし、9条2項をどのように読んでも自衛のためであれば戦力を保有できるなどという解釈が出てくる余地はない。
 事実、憲法制定会議となった第90帝国議会における政府側答弁において、一様に確信をもって、9条は、自衛のための戦争・武力行使を放棄する趣旨であることが明言されていたし、つい最近も、5月3日の憲法記念日にNHKが放映した各政党代表による討論で、自民党代表の高村正彦副総裁でさえ、「憲法9条2項は誰が読んでも自衛隊は認められないと読める」と述べたところである。

注:高村副総裁の発言の真意は、だから9条を変えなければならないという点にあり、安倍自民党の公式声明でもある。かのギリシャ神話に出てくるプロクロステスという名の強盗は、旅人を休ませてやろうと声をかけてはアジトに招き入れ、鉄製のベッドに旅人を寝かせ、ベッドの長さにあわせて、旅人の体を裁断し、あるいは引き延ばしたりして殺害ししていたと言う。安倍自民党は、このひそみに倣おうとしているのである。

 さて戦後の政府見解と国家実践は、この立場からすれば不当であり、憲法違反を重ねてきたと言わねばならない。しかし、それがいかに不当であっても積み重ねられたものは、あまりにも大きな躯体を構成してしまっており、また国民世論の支持を受けている。従って、これを一気に解体することは困難なことであり、また国論の尖鋭な対立を招く。
 9条の精神は、対立を先鋭化させず、対立する側との信頼関係を醸成することにより、平和を維持しなければならないということであろう。私たちの政治実践においても、その9条の精神を大切にしなければならない。
 かような意味で、私たちは、当面、従前の「自衛権行使三要件論」と「自衛のための必要最小限度論」に基づき専守防衛と海外派兵禁止の枠組みを堅持させつつ漸次軍備縮小と平和な国際環境の形成に努め、国連中心外交により平和国家日本への信頼を勝ち取って行く道を進むべきであろう。そのための第一歩として、7.1閣議決定の撤回と安保関連法の廃止を追求しなければならない。安倍首相の言葉をもじれば、今が「不可逆的な」ターニングポイントである。

 さてこれで緊急事態条項総論を終える。いよいよ次回から各論に入る。ご期待を請う。
(続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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