緊急事態条項と憲法9条・立憲主義(17)

緊急事態条項は、危険、有害かつ不必要である(その5)

ドイツの場合・・・パーペンの虜囚から独裁者へ

 1933年1月、偉大な奇跡が起こった。日の目を見る筈もなかったヒットラー内閣が、パーペンとヒンデンブルグの介助によって産み落とされたのだ。
 だがヒットラー内閣には、ナチスからはヒットラーのほかには2名しか入閣しておらず、ヒットラー自身もパーペンの虜囚になったのだとさえうそぶいていたということだし、パーペンはヒットラーを雇ったと豪語している。ヒンデンブルグも、以前からヒットラーを「ボヘミアの伍長」と呼んで蔑んでいたことは有名な話である。 きっとパーペンもヒンデンブルグも、殊勝なヒットラーの態度を見て、ヒットラーを、当面、利用できるだけ利用し、時がくれば手を切ればよいと踏んでいたに違いない。彼らはヒットラーの狡猾さとナチスの突破力をあなどっていたようだ。
 ヒットラーは首相になるや、ナチス突撃隊(SA)に暴力的街頭行動を展開させ、その圧力のもとに暴走を始める。高齢のヒンデンブルグも野心家のパーペンも、逆にヒットラーとナチスの虜囚になってしまった。
 ヒットラーが首相に就任してからナチス独裁体制とワイマール憲法の安楽死までわずか2カ月弱、まさに一瞬の間のできごとであった。その梃子になったのがワイマール憲法48条の大統領非常措置権なる緊急事態条項であり、これこそ緊急事態条項を悪用もしくは濫用した顕著な事例である。

注:ワイマール憲法48条(大統領非常措置権)
① ドイツ国内において、ドイツ国憲法あるいはドイツ国法律に付随する諸義務が履行されない事態が発生した場合、ドイツ国大統領は武力を用いて事態に対処することができる。
② ドイツ国内において公共の安全や秩序が著しく乱され、公共の安全や秩序を回復するための措置をとる場合、ドイツ国大統領は、必要ならば、武力を用いて介入することができる。この目的のためにドイツ国大統領は一時的に、114条(人身の自由)、115条(住居の平穏・不可侵)、117条(信書等の秘密)、118条(表現の自由・検閲の禁止)、123条(集会の自由)、124条(結社の自由)及び153条(財産権の保障等)で規定された基本権利の全て、またはその一部を停止することができる。
(以下略)

 ヒットラーは、今やナチスの陰謀説が定着している同年2月27日の国会放火事件を最大限利用した。ヒットラーは、翌日、この大統領非常措置権に基づき、虜囚として思いのままに動かせる存在と化したヒンデンブルグをして、上記の七箇条の基本権を停止し、無令状による逮捕、捜索、押収及び予防拘禁を認める「民族及び国家の防衛に関する大統領令」を発令せしめた。

注:ドイツ国会放火事件についてはドイツ共産党のテロだとするナチスの主張は、ディミトロフらの裁判の結果否定されている。有罪を認定され処刑された元オランダ共産党員のファン=デル=ルッペによる単独犯行説もあるが、現代史の通説は、ナチス陰謀説である。

 これに基づきおよそ5000名ともいわれる多数の共産党員、社会民主党員などが拘禁され、収容所に入れられた(このとき設置された収容所は後に絶滅収容所となり、人類史上かってない大量の「人間廃棄処分」が行われることになった。)。
 こうした弾圧と、ナチスの突撃隊や親衛隊の暴力的街頭行動により共産党や社会民主党の活動は完全に封じ込められた。しかし、そのさなかに行われた3月5日の総選挙で、ナチスは議席数を大幅に増やしたものの、それでも過半数に及ばなかったことは、特筆しておかなければならない。

注:1933年3月5日総選挙の結果は以下とおりであった。
 ナチス:288注議席 社会民主党:120 共産党:81 中央党:74 国家人民党:52 バイエルン人民党:18 諸派:14
 

 ヒットラーが独裁を確立するにはもうひと山越えなければならなかった。それは、通常「全権委任法」と呼ばれる「民族と国家の危難を除去する法律」の獲得である。

注:「民族と国家の危難を除去する法律」(1933年3月24日成立)は以下のとおり。
① 憲法に規定されている手続き以外に、政府も法律を制定する。
② 政府によって制定された法律は、国会及び第二院の制度そのものにかかわるものでない限り、憲法に違反することができる。
③ 政府によって定められた法律は、公布の翌日からその効力を有する。
④ 条約も、政府が単独で締結し、政府は条約の履行に必要な法律を発布する。
⑤ 本法は公布の日を以て発効し、1937年4月1日もしくは現政府が他の政府に交代した日のいずれか早い方の日に失効する。


 全権委任法は、ワイマール憲法76条に定められている「憲法改正法」に該当するから、これを国会で議決するには「3分の2の出席で、その3分の2の賛成」という特別多数を必要とする。そこでここでも狡猾なヒットラーはかの緊急事態条項(大統領非常措置権)を悪用し、新たな大統領令を発令させて、拘禁中の共産党等の議員を存在しないものとして総議員の定数を減じることとし、保守政党、中間政党の議員の抱き込みにより、ようやく成立させることができたのであった。
 緊急事態条項のあわせ技で一本、ワイマール憲法は見事に踏み越えられた。この後、ヒットラーとナチスが人類史上例を見ない蛮行に突き進んだことは天下周知の事実である。
(続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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