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緊急事態条項と憲法9条・立憲主義(最終)

緊急事態条項は、危険、有害かつ不必要である(その13)

自民党改憲草案の緊急事態条項批判

 2012年4月27日、自民党は、日本国憲法改憲草案を公表し、その後部分的修正をしつつ、現在もこれを改憲案として維持している。そこには以下の緊急事態条項が置かれている。

第98条(緊急事態の宣言) 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

第99条(緊急事態の宣言の効果) 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。


 これについての批判は、ここまでお読みいただいた読者には、簡単なことだろう。敢えて指摘するならば、以下のとおりである。

 第一に悪用もしくは濫用のおそれが大きいこと。緊急事態の認定・宣言は内閣総理大臣に委ねられており、国会は事後審査をするに過ぎず、しかもその時期の明示もなければ、不承認の場合の法的効果の定めもない。

 第二に、緊急事態宣言の継続期間が不当に長期化するおそれがあること。まず最長100日はそもそも長い。それに国会の承認を得さえすれば何回でも更新できてしまう。

 第三に、内閣独裁を招くこと。内閣単独で発令できる緊急政令の対象事項に限定がなく、これにより法律を改廃することも可能である。このような強力な立法権を内閣に持たせることは、ナチスの全権委任法にも匹敵する。

 第四に、過度の人権侵害が行われ得ること。99条第3項では、制限を受ける人権に限定はなく、最大限の尊重などというが、「公益及び公の秩序」による人権制限を認める自民党改憲草案(第12条、13条)の規定とあいまって人権侵害の歯止めは何もない。

 第五に、解散の制限、国会議員の任期及び選挙の特例をもうける必要はないこと。

 そして最後に、これが一番重要であるが、この緊急事態条項は、憲法9条を国防軍創設と海外派兵の承認、国防軍審判所設置と一体をなすものであること。自民党改憲草案は、日本国憲法の採用する現代立憲主義を骨抜きにし、いつか来た道を歩むことにつながるものである。

まとめ
 
 『緊急事態条項と憲法9条・立憲主義』を延々25回にわたって連載してきたが、いよいよ最終回となった。緊急事態条項は、現代立憲主義に反し、危険・有害かつ不必要であることが論証できたかどうか、その成否はともかくとして、私の、緊急事態条項創設の目論見をなんとしても阻止しなければならないとの思いはお伝えすることができたのではなかろうか。
  
 参院選の結果、はからずもというか、計略どおりというべき、改憲勢力は国会両院で三分の二を超える議席を確保した。しかし、自民党の悲願である第9条にいきなり手をつけられるという情勢にないことも明白だ。彼らの戦術は、おそらく緊急事態条項の創設、それもそのうちの自然災害とテロに限定する、あるいはさらに限定して国会議員の任期と選挙の特例をもうけるなどといったところから手をつけていき、徐々に国民を改憲に「訓育」するという迂回作戦であろう。

 国民投票は、国の重要な政治課題について国民の意思を問う直接民主主義の手法であり、議会制民主主義を補完する重要な制度である。日本国憲法には、憲法改正の可否を問う国民投票がおかれている。
しかし、国民投票には二面性があることを私たちはしっかり学習しておく必要がある。それは民主主義の重要なツールであるという面と、権力者によって、その権力基盤を固めたり、政治目標を実現したりするための大衆操作の手法として悪用されるという面である。前者の積極面からはレフェレンダム、後者の悪用の側面からはプレビシットという言葉が用いられている。
 先にイギリスで行われたEC離脱の是非を問う国民投票は、プレビシットだっただろう。そのような手法を好んで用いたのはヒットラーであった。
 今、私たちの足もとには改憲のプレビシットの波が押し寄せようとしている。これを押し返し、断じて「訓育」を拒否しようではないか。
                              (了)



  
                                
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こちらも間もなく。。。

こんばんは。
長い連載、ありがとうございました。こちらも間もなく紹介させて頂きますので、宜しくお願い致します。
今日のデジタルの "Scientific American" に "Of Psychopaths and Presidential Candidates" と云う記事がありました。(http://blogs.scientificamerican.com/mind-guest-blog/of-psychopaths-and-presidential-candidates/
大統領候補と精神病質に関しての考察ですが、非常に興味深い記事です。共和党のトランプ候補は、心理学的に精神病質者の基準に照らして行くと、一番の高得点で、イディ・アミンとアドルフ・ヒットラーの間に来るそうです。
若者を戦場に送ることも厭わない「冷血さ」はクリントン候補も脱落したテッド・クルーズ候補も持ち合わせているようですが、この分析を日本の政治家に当てはめて見ると、かなり似た結果が出るのではと思います。
イスラム教徒のアメリカ人で息子を中東の戦争で亡くしたお父さん/お母さんが、民主党の党大会で短いスピーチをされ大きな共感を呼び起こしましたが、その時に、トランプに対してもっと "empathy" を持つようにと呼びかけていました。(憲法を読んだことがありますか?、とも)リーダーには "empathy" が無ければ、人心を治めることはできないと。大会後しばらくこの騒動は続くのですが、トランプは最後まで "empathy" をこのお父さん,お母さんに対して示すことはありませんでした。
日本のリーダーたちに似ているな〜と:兵役を拒否したら、死刑だとか,懲役300年だとか、云っていた人がいましたね。
こんな人たちに緊急事態条項を持たせたら、それこそ◯チガイに刃物だと思います。
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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