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明治維新という時代

外国軍隊の撤退を求めた明治政府(3)

 時移り、大政奉還、王政復古のクーデタと戊辰戦争を経て、徳川政権250年に終止符を打って、我が国が維新変革に歩み出したころの1869年4月27日、岩倉具視が、イギリス公使ハリー・パークスのもとを訪れた。

 パークスは、1865年9月、兵庫港外に英仏米蘭4ヶ国連合艦隊を集結させて、極端な排外主義にこりかたまり、安政の通商条約を認めず、兵庫・大阪の開港・開市に待ったをかけていた孝明天皇に圧力かけて屈服させるなど、偉大な大英帝国の砲艦・強面外交の申し子であり、本国外務省の訓令に従い、討幕、幕府のいずれにも肩入れしない中立外交を続けてきたが、他面ではアーネスト・サトウなど優秀なスタッフの類稀なる情報収集力に依拠し、中立を標榜しつつも、薩長両藩を中心とする討幕派による動乱収拾に期待をかける心情的討幕派でもあった。
 一方の岩倉は、王政復古のクーデタの立役者、1868年1月3日(慶応3年12月9日)、宮中小御所で行われた朝議(一般に小御所会議と呼ばれている。)の場で、土佐藩前藩主・山内容堂の「幼沖の(幼い)天子を擁して権柄を盗もうとするもの」との激しい抗議を、「御前であるぞ」一喝して沈黙させ、徳川慶喜に対する内大臣辞任と領地返還(辞官納地)の命令を決定させた人物で、文字通り明治維新の牽引車となったことは周知のとおりである。

 注:この小御所会議の模様は井上清『明治維新』(中公文庫『日本の歴史』20に詳しく描写されているので、興味のある方はご覧頂きたい。

 因みにパークスは、本国外務省に、岩倉のことを「あきらかに彼はたいへんな能力の持ち主である。」と報告しているほどである。

 もっともこの日の会談は、岩倉は輔相(首相)を辞して、一時、政府から離れて頃のもので、パークスも岩倉も、お互い、心を割って話し合ったようである。とは言え、岩倉の発言は、当時の政府の意向を示すものと考えてよいだろう。

 話は、期せずして外国軍隊の撤退問題に及んだ。当時、上述の英仏駐屯軍は、イギリスが第10連隊第1大隊・砲兵及び工兵の分遣隊の兵士およそ800名、フランスが海兵隊の兵士およそ250名であった。このやりとりは、実に興味深いので、パークスが本国外務省に送った会議録から抜粋してみることとする。

岩倉 わが国には「一寸の虫にも五分の魂」という諺がある。・・・・あなたはわれわれに向かって、実力の行使を云々するべきではない。わが国土は小さく、国民の数は少ない。しかし、わが国は威嚇に屈しはしないであろう。たとえ力は弱くとも、抵抗するであろう。実力の行使をほのめかすことは、いたずらに敵意をそそるのみである。先進諸国は、われわれに忠告をあたえ、われわれを説得することにつとめるべきである。・・・・」

中略

パークス われわれは威嚇の手段として日本に軍隊を駐留させておこうとしているのでは決してない。それどころか、日本の状態がそれを許すようになり次第、速やかに撤兵したいと考えている。現に数日前、わたしは「首相」(輔相三条実美)にたいして、われわれが日本に兵力を駐屯させるという犠牲を忍ばねばならないのは、じつに不当なことだと、不平を述べたばかりである。

岩倉 ・・・本来、日本に外国軍隊が存在すべきではない。御門(ミカド)が条約を承認されたのだから、その遵守に関して、すべての国民は御門(ミカド)の意志に従うべきである。外国軍隊の存在は、われわれにとって不名誉なことである。何か難事が起こるたびに、われわれが外国軍隊によって粉砕される、というようなことを耳にするのは実に苦痛である。愛国者はそのような言葉を聞くのを唾棄する。このような言葉を聞くくらいなら、むしろこの島に一本の緑の木でも残っているかぎり、戦いを続けようとする人間がいくらでもいる。・・・

パークス ・・・・この国に着任して以来4年になるが、その間、わたしはイギリス軍隊が撤退する日の来るのを待望してきた。そしてわたしの在任中にその日が来ることを希望している。・・・・

岩倉 外国軍隊の撤退が行われるべきであることは、疑いを容れない。

中略

パークス イギリス軍隊の撤退は、あなたがた次第である。つまり御門(ミカド)の政府がイギリス人の安全を確保することができるようになれば、イギリスは撤兵するであろう。それゆえ撤兵の時期を決定するのは、あなたがたであるといえる。

岩倉 イギリス軍隊の駐屯は、まぎれもなくわが国にとって不名誉なことである。外国人を保護するのは、日本政府にとって恥ずべきことだとされた時代が、かってあった。そういう時代はもはや過ぎ去った。

 岩倉の論は、実に堂々たるものである。今日の保守政権にこれだけの気概を持つことを期待することは空しいばかりである。それに引き換え、パークスはどうだろうか。ひたすら逃げの手を打ち、「われわれが日本に兵力を駐屯させるという犠牲を忍ばねばならないのは、じつに不当なことだと、不平を述べた」などとまるで今日の某超大国の大統領のように、威迫しているではないか。

 この話にはさらに後日談がある。

                      (続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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