「菊と刀」のバーター―日本国憲法第9条を考える―その2

憲法9条は、アメリカの構想にはなかった
               
 わが国では、憲法9条はポツダム宣言において既に構想されていたと考える人が多いようである。
 たとえば歴史学者の松尾尊兌(まつお たかよし)は、次のように述べる(『昭和天皇は真珠湾攻撃の責任を東条元首相に転嫁した』論座2007年2月号)。

 「ポツダム宣言には、主権在民、基本的人権の尊重、戦争放棄の三本柱がすでに示されていることを忘れてはなるまい。」

 そこでポツダム宣言中、9条と関わりありそうな項目を確認してみよう。

(6) 日本の人民を欺きかつ誤らせ世界征服に赴かせた、全ての時期における影響勢力及び権威・権力は排除されなければなら ない。従ってわれわれは、世界から無責任な軍国主義が駆逐されるまでは、平和、安全、正義の新秩序は実現不可能であると  主張するものである。
(7) そのような新秩序が確立せらるるまで、また日本における好戦勢力が壊滅したと明確に証明できるまで、連合国軍が指定す る日本領土内の諸地点は、当初の基本的目的の達成を担保するため、連合国軍がこれを占領するものとする。
(9) 日本の軍隊は、完全な武装解除後、平和で生産的な生活を営む機会と共に帰還を許されるものする。


 確かにポツダム宣言は、日本が軍国主義国家から平和主義国家に生まれ変わること、好戦勢力の排除・壊滅、軍隊の武装解除を求めている。

 しかし、そのことと、憲法において戦争放棄を定めることとは少し距離がある。

 平和主義国家としての再生は、国家の根本的なあり方を示すもので憲法事項である。一方、好戦勢力の排除・壊滅、軍隊の武装解除は当面の課題であり、国家の中長期のあり方を示すものではなく、憲法事項であるとは言えないだろう。そしていうまでもないことだが平和主義国家は、国家の独立を守る民主主義的軍隊を保持することとは必ずしも矛盾するものではない。

 従って、ポツダム宣言は、直ちに9条と直結するものではなく、少し距離があると考えられるのである。

 その少しの距離を端的示している資料がある。1945年10月16日、アメリカ国務長官が連合国最高司令官の国務省派遣政治顧問ジョージ・アチソンに出した日本国憲法改正に関する基本的な考え方を示す訓令である。

 この問題に関する省内関係者の態度をとりまとめると次のごとくである。
 日本の憲法が広範な代表を選ぶ選挙権に基づき、選挙民に責任を有する政府を規定するよう改正することが保障されなければならない。統治の執行部門は選挙民からその権限を発し、かつ選挙民と完全な代議制に基づく立法府とに責任を有するような規定がもうけられるべきである。

 もし天皇制が残されない場合は憲法上の規制は明らかに不必要であろうが、その場合においてもつぎの諸点が必要である。
(1)財政と予算にたいする議会の完全な統制
(2)日本人民のみならず、日本の支配下にあらゆる人民に対する基本的人権の保障
(3)国家元首の行為は、明白に委任された権限にのみ従うこと

 もし天皇制が残された場合、右に挙げたものに加えて以下の規制が必要となろう。
(1)天皇に勧告と承認を行う内閣は、代議制に基づく立法府の助言と同意によって選ばれ、かつ立法府に責任を負う
(2)立法機関に対する拒否権は、貴族院、枢密院のごとき他の機関によって行使されない
(3)天皇は内閣が提案し、議会が承認した憲法の改正を発議する
(4)立法府は自らの意思で開会することが認められる
(5)将来認められると思われる軍のいかなる大臣も文官でなくではならず、軍人が天皇に直接上奏する特権は除去される。


 ここには憲法構想として9条に直結するものは何も示されていなどころか、天皇制を残す場合に特に設けるべきものとして、将来、軍隊が再建されたときの規制があげられてさえいる。

 ではその少しの距離はどのようにして詰められていったのであろうか。

                              (続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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