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「菊と刀」のバーター―日本国憲法第9条を考える―その5

平和主義国家への転換から戦争放棄へ

 民間草案といわれる一群の憲法改正案においては、この軍事関連条項はどのように取り扱われていたであろうか。GHQ草案が出された1946年2月13日までに発表されたものについて、確認しておこう。

 まず有名な憲法研究会の「憲法草案要綱」を見ると、軍事関連条項は完全にシャットアウトされている。「労働の義務」条項はあっても、「兵役の義務」条項は存在しない。同研究会の有力メンバーであった高野岩三郎の「改正憲法私案要綱」は、天皇制廃止・共和制を打ち出したものであるが、勿論、これにも軍事関連条項は存在しない。政党関係では、自由党が「憲法改正要綱」を発表しているが、これにも軍事関連条項はない。日本共産党案は、1945年11月11日に骨子が発表されているが、これにも軍事関連条項は予定されていない(翌年6月29日発表された「日本人民共和国憲法(草案)」には、第5条に「日本人民共和国はすべての平和愛好諸国と緊密に協力し、民主主義的国際平和機構に参加し、どんな侵略戦争をも支持せず、またこれに参加しない。」とあるのみで軍事関連条項はない。)。

 前述の憲法問題調査委員会の松本私案(乙)、宮沢甲案、それにこれらの民間草案などから、GHQ草案が政府に交付されるまでに、既に軍事関連条項を置かないというトレンドが形成されつつあったように思われる。

 それは、帝国軍隊が解体されたという現実を反映したに過ぎないというのではなく、長くて恐ろしい戦争、自己及び近親者や近隣同胞にはかり知れない犠牲と恐怖を強いてきた戦争がやっと終わった、二度とこんなことがあってはならないという国民の思いが、反映されているのではなかろうか。

 ポツダム宣言でわが国に課せられた義務は、平和主義国家としての再生であった。しかし、国民は、そこからさらに一歩進めて、二度と戦争をしてはならない、戦争は勿論も軍隊もない方がよいという方向へ歩みを進めていたのである。

 私は、柄谷行人が『憲法の無意識』(岩波新書)で主張する「無意識」をこのようなもとして理解したい。

転向と前進

 前述の宮沢は、1945年9月28日、外務省で講演を行っている。テーマは、ポツダム宣言受諾と憲法・法令の改正の要否ということであった。その中で、宮沢は、軍隊の解消にともない兵役の義務、戒厳、非常大権を定めた条項は存在の理由を失うと述べたにとどめた。

 宮沢は、この時点では、単に帝国軍隊が解体されたという現実を反映して軍事関連条項の削除することが必要だと考えた。しかし、1946年2月初旬には、「平和国家の大方針」から、軍事関連条項の削除が必要だと考えるに至った。さらにその考えは、雑誌『改造』1946年3月号の『憲法改正について』なる論考において、「日本は永久に全く軍備をもたぬ国家―それのみが真の平和国家である―として立って行くのだといふ大方針」と展開を遂げる。

 評論家江藤淳は、かつてこの宮沢の思考の発展を示す論考を「決定的転向声明」となじった(江藤淳編『占領史録第三巻(憲法制定経過)』講談社の解説)が、宮沢は、国民の「無意識の転向」を、すなおに受け止めて自己のものとしたに過ぎないのだろう。江藤が悪罵をもってした宮沢の思考の展開を、私は、そのころの一知識人の良心のあらわれと評価したい。

 もう一人、森戸辰男の場合を見ておこう。彼は、戦前、東大経済学部助教授の時代に、ロシアの無政府主義者クロポトキンに関する論文を発表して、東大を追われ、戦後いち早く社会党の結成に参画した人で、先に述べた憲法研究会のメンバーでもあった。彼は、後に中央教育審議会会長となってわが国の教育の国家統制に道を開く正真正銘の転向を遂げたのであるが、戦後直後には、いまだ清新な息吹を保っており、雑誌『改造』の1946年1月号に『平和国家の建設』というタイトルの論文を書いている。その中で、彼は次のように述べている。

 「平和国家」には戦争のできない平和国家と戦争を欲しない平和国家がある。真の平和国家とは、後者でなければならず、「自己の発意と確信において平和を選び、国民の全道徳力をあげてその実現に努力する国家」である。そのためには以下の三つの要件が必要である。①「独立自由の国家」であること。②「平和の追及者としての国家」であること。③「理念的平和主義に留まることなく、実践的方法論的平和主義に進出すること」

 引き続き、昭和天皇の平和国家の勅語と幣原・マッカーサー会談を、こうした動向の中に据えて考えてみることにしたい。

                          (続く)
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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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