「菊と刀」のバーター―日本国憲法第9条を考える―その9

1946年1月24日の幣原・マッカーサー会談―マッカーサー回想録(1)

 幣原が、遅くとも1946年1月24日の幣原・マッカーサー会談までには、戦争放棄と軍備撤廃の思想を成熟させ、それが「一種の魔力とでもいうか、見えざる力」となって幣原の頭を支配するに至っていたことは、以上述べたところにより確認できる。

 もう一つ、そのことを例証する事実をあげておこう。幣原は、日本国憲法制定後、繰り返し、以下原稿を用い、国民に9条への理解と賛同を求めている(幣原平和財団編『幣原喜重郎』)。

 「我国が対外関係において執り来たった行動を、冷静に、客観的に顧みてみまするならば、遺憾ながら正しい道筋を踏み誤った事実を認めざるを得ませね。・・・・・黙々として自ら省み、己を責め、如何に辛い試練でも堪え抜く決心を固めております。この自己反省のない処に不平や煩悶が起こるのであります。・・・・新日本は厳粛な憲法の明文を以て戦争を放棄し、軍備を全廃したのでありますから、国家の財源と国民の能力を挙げて、平和産業の発達と科学文化の振興に向け得られる筋合であります。従って国費の重要な部分を軍備の用に充当する諸国に比すれば、我国は平和的活動の分野に於いて、遥かに有利な地位を占めることになりましょう。」

 この文章の文言と前述の幣原が起草した「人間宣言」詔書の文言を対比してみられたい。驚くほど類似していることに気付かれるであろう。「人間宣言」詔書中の、「平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、民生の向上をはかり新しい日本を建設」、「徹頭徹尾、文明を平和に求める決意」、「産業と文運の振興のため、勇気をもって進むこと」、「人類の福祉と向上のため、絶大なる貢献」などの文言は、後に、9条への理解と賛同を訴えた文章中の「戦争を放棄し、軍備を全廃したのでありますから、国家の財源と国民の能力を挙げて、平和産業の発達と科学文化の振興に向け得られる」、「国費の重要な部分を軍備の用に充当する諸国に比すれば、我国は平和的活動の分野に於いて、遥かに有利な地位を占める」という文言と双生児と言っても過言ではない。

 かくしてようやく1946年1月24日の幣原・マッカーサー会談に進むことができるようになった。

 会談時間は、正午から午後3時過ぎまでの3時間余りに及んでいる。

 『マッカーサー大戦回顧録』(中公文庫。以下「マッカーサー回想録」という。)によると、会談の模様は次のように記述されている(同書456、457頁)。

 「幣原男爵は1月24日(昭和21年)の正午に私の事務所をおとずれ、私にペニシリンの礼を述べたが、そのあと私は、男爵がなんとなく当惑顔で、何かをためらっているらしいのに気がついた。私は男爵に何を気にしているのか、とたずね、それが苦情であれ、何かの提議であれ、首相として自分の意見を述べるのに少しも遠慮する必要はないといってやった。

 首相は、私の軍人という職業のためにどうもそうしにくいと答えたが、私は軍人だって時折りいわれるほど勘がにぶくて頑固なのではなく、たいていは心底はやはり人間なのだと述べた。

 首相はそこで、新憲法を書上げる際にいわゆる「戦争放棄」条項を含め、その条項では同時に日本は軍事機構は一切もたないことをきめたい、と提案した。そうすれば、旧軍部がいつの日かふたたび権力をにぎるような手段を未然に打消すことになり、また日本にはふたたび戦争を起す意志は絶対にないことを世界に納得させるという、二重の目的が達せられる、というのが幣原氏の説明だった。

 首相はさらに、日本は貧しい国で軍備に金を注ぎ込むような余裕はもともとないのだから、日本に残されている資源は何によらずあげて経済再建に当てるべきだ、とつけ加えた。

 私は腰が抜けるほどおどろいた。長い年月の経験で、私は人を驚かせたり、異常に興奮させたりする事柄にはほとんど不感症になっていたが、この時ばかりは息もとまらんばかりだった。戦争を国際間の紛争解決には時代遅れの手段として廃止することは、私が長年情熱を傾けてきた夢だった。

 現在生きている人で、私ほど戦争と、それがひき起す破壊を経験した者はおそらく他にあるまい。二十の局地戦、六つの大規模な戦争に加わり、何百という戦場で生残った老兵として、私は世界中のほとんどあらゆる国の兵士と、時にはいっしょに、時には向い合って戦った経験を持ち、原子爆弾の完成で私の戦争を嫌悪する気持ちは当然のことながら最高度に高まっていた。

 私がそういった趣旨ことを語ると、こんどは幣原氏がびっくりした。氏はよほどおどろいたらしく、私の事務所を出るときには感きわまるといった風情で、顔を涙でくしゃくしゃにしながら、私の方を向いて『世界は私たちを非現実的な夢想家と笑いあざけるかもしれない。しかし、百年後には私たちは予言者と呼ばれますよ』といった。」

           
                                (続く)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR