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立憲君主制と象徴天皇制の間 (12)

我が国政府が、1945年8月10日に発した条件付ポツダム宣言受諾声明全文をあげておこう。以下のとおりである。

帝国政府は天皇陛下の一般的平和克服に対する御祈念に基づき戦争の惨禍を出来得る限り速やかに終始せしめんことを欲し左のとおり決定せり
帝国政府は1945年7月26日「ポツダム」に於いて米、英、華三国首脳者により発表せられ爾後「ソ」連政府の参加を見たる共同宣言に挙げられたる条件を右宣言は天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含しおらざることの了解の下に受諾す
帝国政府は右了解にして誤りなきを信じ本件に関する明確なる意向が速やかに表示せられんことを切望す

これに対して4国を代表して米国務長官バーンズ名でなされた同月11日付回答書は以下のとおりであった。

「ポツダム」宣言の条項は之を受諾するも「右宣言は天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含しおらざることの了解」を併せ述べたる日本国政府の通報に関し吾等の立場は左の通りなり
降伏の時より天皇及び日本国政府の国家統治の権限は降伏条項実施の為其の必要と認むる措置を執る連合国最高司令官の制限の下に置かるるものとす
天皇は日本国政府及び大本営に対し「ポツダム」宣言の諸条項を実施する為必要なる降伏条項署名の権限を与え且之を保障することを要求せられ 又天皇は一切の日本国陸、海、空軍官憲及び何れの地域にあるを問わず右官憲の指揮下にある一切の軍隊にたいし戦闘行為を終止し、武器を引渡し及び降伏条項実施の為最高司令官の要求することあるべき命令を発することを命ずべきものとす
日本国の最終的の政治形態は「ポツダム」宣言に遵い日本国民の自由に表明する意思により決定せらるべきものとす
連合国軍隊は「ポツダム」宣言に掲げられたる諸目的を完遂せらるる迄日本国内に留まるべし

見られるとおり、我が国が求めた天皇大権に変更を加えないとの点について、イエスともノーとも答えていない。ただ、政治形態は日本国民の自由に表明する意思により決定されると述べていること、及びポツダム宣言第12項「日本国民の自由に表明せる意思に従い平和的傾向を有し且責任ある政府を樹立せらる」ことを占領軍撤収の条件としていることから、少なくとも国民主権原理に反する天皇大権を否定していることは明らかであろう。つまり日本降伏の時点以前において、天皇大権を否定する限りでは米、英、中、ソ諸国は一致していたと言ってよい。

それではその先はどうであったろうか。米、英、中、ソは勿論、その他の連合国を構成する諸国の中でも、或いは最も有力な構成国である米国内においても、さまざまな意見が錯綜していたのであった。
米国以外の状況を見ていくこととするが、まずは我が国の侵略により最も大きな被害を受けた中国を取り上げてみよう。

※以下の叙述は武田清子「天皇観の相克」(岩波同時代ライブラリー)を負うところが多い。

孫科(孫文の長男・立法院院長)が1944年10月に発表した「ミカドは去るべし」

天皇崇拝の思想は日本の侵略戦争の真髄であるがゆえに、ミカドは去るべきである。・・・日本においては、軍国主義と軍閥の力と天皇制とは本質的に織り合わされているのだ。日本の軍国主義者たちはその存在そのものをミカドにたよるものだという点こそ強調されるべきことであり、これはごまかされてはならないことである。日本国民に対する軍国主義者たちの圧倒的で包括的な権力はミカドから発するものである。ミカド自身が膨張主義の真髄そのものである。(中略)
われわれはきびしい、変更不可能な軍事的・政治的決着をつけなければならない。すべての戦争犯罪者は裁判にかけられるべきである。天皇裕仁がそれら戦争犯罪者の一人であるかどうかは、証拠が明らかに示すべきである。(中略)
中国は、ミカドと天皇崇拝の制度を保持した日本は、中国の平和と安全保障にとって危険であると信じることを止めないであろう。

重慶における一般的論調

1944年12月3日付「ニューヨーク・タイムス」は同月2日付重慶の新聞の社説「アメリカが皇居・神宮などを爆撃しないのは、日本の神の怒りをアメリカが恐れるからだと日本人は理解している。日本がたとえどんなに全面的に敗北するにせよ、ミカドが存在する限り、彼らの神は彼らとともにあることになる」との主張を報じた。

1945年2月13日付「ニューヨーク・タイムス」は世界労働組合評議会に出席した中国代表の「日本の天皇は、日本の侵略の真の指導者として罪に問われるべきであり、戦争犯罪者として裁判にかけられるべきだ」「日本軍閥の首長としてのミカドの全制度は追放されなければならない」との意見を表明したことを報じた。

同年5月17日付「ニューヨーク・タイムス」は重慶の新聞の「天皇ヒロヒトは、戦犯第一号として罪を問われるべきである。中国はヒロヒトを許すことは出来ない。また、世界の文明国の人間は、ヒロヒトに対して寛大であることは出来ない。彼は裁判にかけられ、処刑されるべきであり、南京の孫文通りにさらされるべきだ」との記事を紹介した。

同月22日付「ニューヨーク・タイムス」は、中国政府スポークスマンが、ヒロヒトは戦争指導者の支持なしに日本人民を指導したり、影響を与えたり出来るほど強い存在とは考えないが、中国政府としては、天皇ヒロヒトは、軍閥・財閥とともに告発されなくてはならないと考えていると述べた旨報道した。

同年8月12日付「ニューヨーク・タイムス」は「『日本を如何に取り扱うか』というシンポジウムにおいて、中国の論説家が、日本の天皇はヒトラーやムソリーニよりも悪い戦争犯罪者だと言った。天皇の名において無数の人間が殺されたというっ事実は、彼の罪悪の証拠である。死刑が望ましい。さもなければ、人びとがかって全能の神と考えていた者が一個の人間に過ぎないことを示すために労働刑に処して生きることが命じられるべきだ」との重慶放送の内容を紹介した。

蒋介石総統の意見

蒋介石は、1943年11月23日、カイロ会談において、ルーズヴェルトの天皇制は廃止されるべきかどうかとの質問に対して「これは、日本の政府形態(組織)に関する問題を含んでおり、将来、国際関係に千載的遺恨を残すような誤りを犯さないために、戦後、日本国民自身の意思決定にまかせるべきことだ」と答えている。

延安の立場

やがて中華人民共和国に成長して行く延安における中国共産党が日本の天皇と天皇制についてどのような処遇を考えていたかは興味のあるところである。下記は中国共産党の考え方を反映しているものとして参考になる。

「延安―1944年」(みすず書房)の著者ガンサー・スタインが1944年9月末に岡野進(野坂参三)から聞き取った天皇制に関する意見は「『天皇制打倒』のスローガンは避けねばならない。いま、このスローガンを利用することは、日本の支配階級のさまざまな集団が、再び天皇のもとに結集して、増大しつつある相互間のいがみ合いをとりしずめ、国民の中の同様分子を彼らに従わせようとするのを助けるようなものである。(中略)天皇は実は軍国主義者の表看板にすぎない。一度軍国主義者を倒してしまえば天皇制は楽に倒すことができる。」というものであった。

1945年5月の中国共産党第7回全国大会において、岡野進(同上)は政治報告を行い、「天皇は戦争を起こしたという責任を逃れることは出来ないが、天皇はまだ多数の日本の人民に尊敬されている。従って天皇の存廃問題は、戦後、日本の人民の自由な意思によって決定すべきである。また、もし日本の人民が天皇保持を決定するならば、その時の天皇は過去のそれのように反民主的かつ膨大な専制的独裁権を握ることは絶対に許せない」と主張した。

以上のとおり蒋介石や中国共産党の見解については日本国民の意思を尊重するべきだと述べているのは、公式論として、括弧にくくってみれば、中国の天皇及び天皇制に対する考えは非常に厳しく、天皇を戦争犯罪者として処罰し、天皇制は廃止されるべきだというところに集約されるようである。


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プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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