立憲君主制と象徴天皇制の間 (13)

天皇及び天皇制をどうしようと欲したか、日本降伏直前までの連合国諸国における状況を続いて見て行こう。

オーストラリアの状況概観

医療宣教師として朝鮮・ソウルに滞在し、真珠湾攻撃の日に日本官憲により逮捕・投獄された経験を持つチャールス・マクラレン博士は1944年5月23日付「シドニー・モーニング・ヘラルド」に、「日本の敗北後の交渉において、連合国は、天子としての天皇を認めることを絶対に拒否すべきである。連合国は、天皇をその言葉が普通に意味するものとして取り扱うことを要求すべきである。」と述べた。
これはオーストラリアにあっては例外的な考え方であり、同国の、天皇と天皇制に対する考え方は、概して、天皇は戦争犯罪者として処罰されるべきであり、天皇制は廃しされるべきであるという厳しいものであった。
その理由は、日本人は「天孫民族」として「世界制覇(支配)」の使命を神話的・現人神的天皇から与えられていると信じており、それが太平洋の平和の危機の原因となっているのであるから、天皇及び天皇制を廃さなければならないと考えられていたからである。その一部を例示してみよう。
 
・1942年に公刊されたW・J・トマス「日本が神と呼ぶ人間」なるパンフレット
天皇の名において政治的暗殺が栄光化され、残虐行為が正当化され、世界の征服が宗教的信念にまで高められている。

・1942年にシドニーで発行されたジャーナリスト・グループの「ファシストと日本―ヒトラーの味方」なるパンフレット
日本政府におけるすべての権力の源は、2600年を通じて万世一系に連続してきた天照大御神の子孫としての天皇であるということ、日本における内閣は議会に対してではなく天皇に対して責任を負うということ、日本における軍国主義ファシスト・グループの存在は、ヨーロッパのファシズムの真似であるということではなく、永い歴史を通して天皇宗によって作り出されてきたものであり、軍隊における訓練は、天皇の神性への宗教的熱情をもって教えこまれた道徳訓練であるということ、在郷軍人会・玄洋社・黒竜会などによる軍国主義・ファシズムのイデオロギーの唱道・宣伝は、天皇崇拝の思想、すなわち、皇道と武士道によっておし進められているということ、こうした思想を原動力として日本は外国制覇を推進しているのだ。
 
・時事誌「国際問題覚書」1945年15日号「神道―日本の国家的信仰」
ある著名な神道主唱者の最近のパンフレットによると日本は人類の根源的な母国であり、すべての文明がその淵源をもつ国だということである。いまや一つの屋根のもとにすべての国々を天照大御神の直系の子孫として、宇宙生命の中心である天皇陛下の神聖なる保護のもとにそれぞれの国が正しい位置を与えられる世界家族の一つしに再統一するための聖なる戦争を行っているということである。

・1945年5月25日付「ニューヨーク・タイムス」は、「日本の元首として、システィマティックな蛮行に対して責任があるとの理由によって、天皇ヒロヒトの戦争犯罪者としての告発と処刑をオーストラリアは要求している。中国のスポークスマンは、オーストラリアの要求に対する強い支持を表明した」と報じた。

・1945年8月12日、在米オーストラリア公使館から米国務省に届けられた「日本の将来―オーストラリア政府の見解」には「国家の元首にして大元帥として、天皇は、日本の侵略行為と犯罪行為に対して責任を負うべきである。天皇制の将来は当然、日本国民によって決定されるべきであるが、そのような決定がなされる前に、天皇制の廃止、あるいは、国家の立憲的元首としての承認を目ざす政治運動のための組織と宣伝の自由が充分に与えられるべきである。」と述べられていた。
  
 
英国の状況概観

中国、オーストラリアに比べると英国の場合、自国が君臨すれども統治せずの「立憲君主制」の国であるだけに、天皇制そのものを廃止せよという意見はあまり見られず、有力紙の報道も、天皇大権への警戒、現人神なる天皇の神話に対する批判、天皇の戦争責任を問うなどの他国の主張を紹介する程度にとどまっていた。政府及び関係機関も、1944年段階で、王立国際問題研究所が作成した文書中で「民主主義的な行政機関をもった立憲的君主制が日本と世界の利益のために最も好ましい解決となるかもしれない」と述べられていた程度で、天皇制の将来や天皇の戦争責任問題について対外的に表明することを意図的に避けていたように思われる。

もっとも英国政府の真意は、オーストラリア政府からの「日本の侵略行為と戦争のもろもろの罪の問いに対して、天皇は責任をとるべきである。・・・いかなる除外も容認されるべきではない。」との1945年8月13日付極秘申し入れ電文に対する極秘返書電文において「天皇を戦争犯罪者として告発することは、重大な政治的誤りだとわれわれは考える。日本国民を支配するために、天皇の玉座を利用することによって、人的資源、および、他のもろもろの資源におけるコミットメントを節約したいとわれわれは望んでいる。そして、現天皇を告発することは、われわれの意見としては、最も不得策だと思える。」と表明されていたとおりであった。

太平洋問題調査会の状況概観

太平洋問題調査会とは、アジア・太平洋地域内の民間レベルでの相互理解・文化交流の促進を目的として1925年、ホノルルにおいて設立された国際的な非政府組織・学術研究団体であり、当該地域の政治・経済・社会など諸問題の共同研究を通じ学術専門家たちの国際交流をはかる活動をした。

T・A・ビッソン、O・ラティモア、E・H・ノーマンなど著名なアジア研究者・日本研究者を育成する役割を果たした。東西冷戦の影響下で、アメリカで左派的・容共的団体とみなされて反共攻撃の標的となり、解散のやむなきに至った。戦時下においても1942年12月と1945年1月に、日本は不参加であるが、全体会議が持たれ、機関紙「太平洋問題」が発行されている。

アジア・太平洋問題の研究をするこの太平洋問題調査会において、それぞれの所属国にとらわれないアジア・日本問題研究者として、日本の天皇と天皇制についてどのような議論が行われていたかを見ておくことは現実に選択された政策を検討する上でも意義のあることであろう。

米国のT・A・ビッソンは日本の天皇制の歴史的研究の成果に立って、軍国主義と天皇制との不可分の関係を指摘し、天皇制は廃止されるべきことを主張した。

これに対し、同じく米国のソウル・ベイツ及びケネス・ラウレットは共同で、日本において不安定さの中で新しい政権が充分に広範な支持を獲得しうる強さ求める力は天皇の威信以外には発見できないと述べ、天皇及び天皇制を何らかの形で残すことを主張した。
 
カナダのE・H・ノーマンは該博な日本史の知見に基づいて、「天皇制が、本質上、政治的に中立のものであって、ピストルのように、生命のない、何ものかであるかのように、善にも悪にも利用されるものであり、そこにはなんら社会的価値は本来そなわっておらず、それが利用される時にのみ意味をもってくるものだと考えることは、天皇制の歴史に対する大きな誤解である。(中略)日本に現存する天皇制は、平和と民主主義の道具として利用できると、真実に信じている善意の西洋人が多く存在しているのである。しかも、近代日本の歴史において、天皇制が進歩主義的役割を演じたことを得心いくように示したくれた者は、これまでに誰一人としていないといっても過言ではないであろう。」と明快に天皇制廃止を主張した。

米国のウイリアム・ジョンストンは天皇制存続論を①伝統的神話的天皇論、②天皇は消極的な道具であるとの論、③天皇は日本社会に安定をもたらす唯一の要素であるとの論に整理、天皇制廃止論を①伝統的神話的天皇論と超国家主義及び軍国主義と不可分論、②天皇を温存・利用すれば将来復讐戦争の原因になるとの危険論、③天皇は反動支配のための基盤であるとの論に整理したうえで、自身は廃止論に立ち、第一に天皇に敗戦と惨禍の責任をとらせること、第二に1937年以後の戦争に責任あるグループの代表を戦後の政府に絶対に入れないこと、第三に連合国は天皇制廃止を求めるグループを承認、支持すべきこと、第四に連合国は日本の政治的・経済的・社会的再建を可能にするための支援をなすべきことを主張した。

なお1945年1月の第9回太平洋問題調査会会議の日本問題円卓会議で、米国のO・ラティモアが天皇制廃止を主張し、中華民国代表の毓麟が蒋介石総統のカイロ会談における発言に基づき日本人の意思によって決めるべきだとの主張をするなど、従前の天皇制廃止論、存続論、日本人の意思に任せるとの論が各出席者個人の資格でこもごも述べられた。

※さて次回は米国の状況を述べる。以上に見てきた連合国諸国の侃々諤々の議論と米国の議論の質は相当違うようだ。占領後の坩堝の中で、それらがどのように収束するか、その決め手はなんであったのか、興味は尽きない。
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プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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